259 女王の「色」
フィンと手をつないでたくさん飛翔したのと同じだけ、降下してゆく。
落ちる、という恐怖感はない。下へ移動しているという感覚だ。
神々のいる所に戻ってきた。
十の、それぞれの存在感を示す大神たちの間を、このままだと通りすぎる。
代々の王は、ある神の祝福を得て力を授かった、というようなことを言っていた。父ダルタスがバルカに見送られたように。
では自分には、どれかの大神が……?
一柱が、落下するそばに来た。
運命神エルム。
火水風土という現世にある「もの」ではない、人の心や感情、巡り合わせ、運などを司る大神。
姿かたちを見定めようとするとかえってぼやけてしまうが、その存在が、「手を差しのべる」ような動きをした気がする。
(エルムがわたくしに御力を? 「目」に関係して、でしょうか……?)
だが、そのかたわらを通過した直後に、白いものがやってきた。
(ナオラル様!?)
カラントの主神、風の神。
二柱の祝福とは聞いたことがない。
ここでもやはり、人の言葉でどのようなお姿と表現することはできないが、麗しく美しく雄大であるということは間違いなく感じられる、その女神が。
落下する自分に寄り添ってきた。
女神はその身に、何かをまとわせていた。
きわめて小さな光がひとつ。
その光が、神を離れ、カルナリアを一巡りしてから、また神の元へ戻っていった。
感じた。
わかった。
ずっと、ずっと……死者の理に逆らって、ひたすらに自分を護ろうとし続けてくれていた、あの魂だ。
最後の役目を終えて、風神が司る流れに乗って、大いなるもののところへゆくのだろう。
(ありがとう………………さようなら…………!)
他の魂も感じた。
これは女神のはからいだった。
死神の剣により地上に呼び出された者たちが、本来の流れに戻ろうとする、その道のりをカルナリアの帰路と重ねてくれたのだ。
(ありがとうございます!)
懐かしい人々と交差しつつ、カルナリアは風の女神に深く感謝した。
同時に、悲しくもなった。
魂が現れるということは、その相手は、もう……。
(そのために!)
もう二度と、そのような悲しい出来事を起こさないために、自分は地上に戻って、王となる!
神々に敬意と感謝を捧げつつ、心を強く持ったカルナリア女王は人の世へ戻っていった。
※
「…………………………」
夕暮れ。
踏みしめる地面。肌をなでる風。目を射る夕陽。
自分を見守る人々。
カルナリアは、三十人ほどの人間に取り巻かれている自分自身を見出した。
記憶が戻った。
ここは人の世、現世、現実の世界だと認識した。
体に重みが戻ったことで、わずかによろめき、しかしへたりこみはせず踏みとどまる。
「カルナリア様!」
ゴーチェが、緊迫した顔で声をかけてきた。
「わたくしは…………どれほど…………?」
「レ、レイマール様と、同じくらい……大きく叫ばれてから、それほど経ってはおりません!」
まだ神の世界から戻りきっていない頭を振って、しっかりさせる。
その際に、女剣士が目に入る。
「あ……!」
胸が強烈に打った。
死神の剣を垂直に立てて、それを握って、敷物の隅のところに座っている。
だが――ぼろ布をかぶっていた。
カルナリアが絶叫している間にその位置に下がって、座って、かぶり――周囲の者に気づかれないようにして、心を神の世界に飛ばしていたということか。
あの相手と、あんなに長く過ごし、たくさんのことをたっぷり話したはずなのに、地上では一叫び、二叫びした程度だとは!
神々の世界、驚異と神秘に感じ入りつつも――それよりも、先ほどわずかに感じた「悲しみ」の理由を聞きたくてたまらない。
いやそもそも、彼女は、人の世に戻ってきているのか?
――しかしその前に、やらねばならないこと、今の自分がはっきりさせなければならない義務があった。
頭を振った動作の際に、否応なく意識させられた。
自分の額の、今まではなかった装飾品。
国王の義務。
神の世界も自分の想いも何もかも、これを装着し本当の王となってからのこと。
『王の冠』。
神の世界へ赴いていた、その間にこれは――レイマールの時と同じなら、虹の色をひとめぐりしてから、新たな色に……今も、自分という王の色を輝かせているはずで。
「何色ですか!?」
勢いこんだ少女王の問いに。
ゴーチェは。
セルイやファラも、レンカも、ゾルカンたちも、みな。
困惑の表情と無言で応じた。
「……!?」
血の気が引いた。
どのような色だというのか!?
ちなみに『王の冠』は、外すと色も消えてしまう。もちろん装着すればまた王の色を取り戻すのだが――そのため、外して色合いを自分で確かめることはできない。
レイマールの姿を映し出した、大鏡になる魔法具は失われてしまっているので――どこかに、鏡は……。
スッ、と誰か近づいてきた。
レンカだ。
小さな丸い手鏡を手にしている。
見覚えがあった。フィンのもの。
以前、顔面が火傷状になったひどい有様を見せられ、また河の上では陽光を反射させて猫背の男を撃退した、あれ。
カルナリアは飛びつくようにのぞきこんだ。
「……………………?」
丸い中でこちらをのぞきこんできている、自分の顔の上半分。
その額に装着された、横に細長い額飾り。
まばゆく輝いているはずの、その輝きが……ない!
(無色!?)
カラント史上、「無色王」と呼ばれた者はいた。
しかしそれは、『王の冠』に頼らずやっていくとして装着を拒否したからそのように呼ばれただけで。
装着したのに、色が現れなかったというのは、聞いたことがない。
「……!」
カルナリアは、神の世界から、死の世界へ落下してゆく心地に襲われた。
以前、タランドンで、何もできない自分、何の力も持たない自分を、装着したところで無色王かもしれないと自嘲したことはあったが……。
まさか、本当に、自分には何の能力もなく、無力、無色、すなわち無能!?
祖国を統べ、戦をなくし、多くの人々が悲しい目に遭わないようにするために、『王の冠』の力を借りて……そのはずが!
お前は役に立たない、貸す力などないと、あの神々から見放されたとでも!?
「角度を変えろ」
無限の闇に沈みこみかけたところを、もっとも信頼し愛する相手の声がつなぎ止めてくれた。
こっちの世界に、ちゃんといてくれた!
――その喜びはともかく、指示の通りに、カルナリアは顔を動かしてみる。
あごを引いて、王の冠の角度を変え――。
「!?」
いきなり色がついた。
鮮やかな、橙色。
美しい夕空の色。
「お父様と同じ!?」
「……空の色だ」
言われて、鏡から顔を上げる。
いま自分の額で光っていたのと同じ色が、頭上いっぱいに広がっている。
ということは!?
あらためて鏡をのぞきこんだ。
さらに顔の向きを変え、色々やってみた。
額飾りの中に、鏡を持つレンカの顔が現れた。間近にいるゴーチェの顔。ファラ。その胸。セルイ。遠くにいるゾルカンたちの姿も見えた。
これは…………。
「鏡…………?」
そうだ――本当に無色だったら、外した時と同じく、『王の冠』の地金や、刻まれている国章や魔法紋様が見えているはず。
そうではなく、自分の額にあるのは、周囲のあらゆるものを反射する、鏡そのものだった……。
「…………最初は、レイマール王子の時と同じように、ひととおりの色を示したのですが」
セルイが、見たものを言ってきた。
「一巡した後、固定されたのは――色というか、状態というか……それが、今の、その……あらゆるものを、ほぼそのままに映し出す……これまで見てきたどのようなものよりも鮮明に…………そのような、鏡となりまして……」
「かがみ…………だとすると…………どういう名前に?」
レイマールの白色の輝きを太陽王と名づけた者が。
困惑を極めた顔つきで、カルナリアの「色」を、告げた。
「鏡………………真鏡王………………と、いう表現は……いかがでしょうか……」
真鏡王カルナリア。
カラント史に色濃く記される名が、初めて人の口に上されたのが、この時であった。
カルナリアはついに父を継いだ。真のカラント王となった。そのはずなのだが……何なのだこれは。次回、第260話「即位」。カルナリア、新バージョンのお披露目続く。




