256 真相その1
答え合わせ回。16話~53話にかけての裏事情です。
「で…………では…………」
何とか立ち直ったカルナリアは、今までより自分の体が小さくなったような気がしつつも、フィンに訊ねる。
「わたくしのことを……王女と知りつつ…………あのような扱いを!?」
渾身の、とはいかないまでもかなりの怒りをこめたが。
「名乗らなかったからな」
あっさり返された。
「奴隷の格好をし、ランダルは奴隷と言い、自分でもそれを否定せず、全力で奴隷として振る舞おうとしていた。それなら、わざわざ指摘してやることはせず、本人が望むように扱ってやるべきだろう?」
「…………」
「小屋に置いていた魔法の道具を、そうとわかっていたが、わかっていることに気づかれないよう、わざと間違えてみたり。
日常的なことを全然知らないのを、必死にごまかそうとしていたり。
子供のがんばりを無下にするほど、私も意地悪ではない」
「………………!!!」
カルナリアは自分の体をかきむしるような、ぐねぐねした動きを神の世界で猛烈にやった。
何もかも、最初から見抜かれ、ばれていたのだ!
「で……では…………うあぁ…………お、王女と知ったのに………………どうして…………!?」
どうして、投げ出さなかったのか。
反乱軍に売らなかったのか。
護り続けてくれたのか。
「言っただろう。ランダルへの恩があるからだと」
地上でなら、それだけかと失望するところだったが。
ここは違う。
自分の記憶を思い出すだけではなく、他人の記憶を思い出す――体験することもできる。
他人が見たものを見る、というだけではなく。
その時の相手の感情もまた、伝わってくる。
その感覚が、フィンは別なものを隠していると教えてくれた。
「それだけではありませんよね」
「そういうことにしておけ」
「教えてください」
「いやだ」
「どうしてですか」
フィンはためらい――そのことが肌というか感覚的に伝わってきて。
「……恥ずかしい」
ぼそりと、言われた。
嘘ではなかった。
それもわかった。
「人の恥ずかしいところを散々暴いておいて今更なにを!」
カルナリアはキレた。
これはそうしても許されることだろう。正義は我にあり。
「お互いさまです! 自分だけ隠すなんてずるいです! もうわたくしはあなたのものですし、何もかも見抜かれていたのですから、いまさら何がどうであってもかまいません! 遠慮なく! さあさあさあ!」
カルナリアは、肉体がある時と同じようにずいずいぐいぐいと詰め寄り――。
「はぁ………………わかった」
光景が浮かんできた。
景色というより、心象風景というべきか。
嵐だった。
感情と肉体と音声とがぐちゃぐちゃのめちゃくちゃな。
「うああああああああ! あーーーーーっ! うあーーーーーっ! わーーーーーっ!」
声をあげ、じたばた、暴れているのは…………自分だ!
「よし、よし」
それを抱きかかえ――硬いものを急いで体から外して、ぼろ布の前を開いて暴れるカルナリアをかかえこみ、顔は胸元に押しつけ、背中を撫でてあやすフィン。
村の者は赤ん坊をこうやっていたな、放置されて危ないことになっていた子を抱きかかえた時にやってみたのもこんな感じだったなとフィンが考えていたこともぼんやりだが伝わってきた。
「…………怖く、つらい目にあった子が、こうなるのも仕方がない。
こんなに赤ちゃん返りして泣きわめいている相手を、放り出すなどとてもできないよ」
なおも暴れていたカルナリアが、あるところで突然止まり、死んでしまったかのように眠りに落ちた。
ため息をつき、念のためもう少しあやしてやってから、横たえて、フィンは自分も隣に横たわってくれたのだった。
カルナリアは、まぶたの隙間から涙を流し続けていた。
「………………」
「次の日も」
ローツ村を逃げ出した直後。
ぼろぼろに飲みこまれた、いや背負われて――おんぶされて山に踏みこんだ時。
フィンの記憶と感覚、思考。
背中に乗ってきた華奢な少女。
(軽すぎる……)
哀れな、という同情の気持ちを、あの時フィンは抱いていたのだ。
さらに光景が変わる。
闇の中。何も見えない。
ローツ村から逃げ出し、山を『流星』で駆け上がったあの山小屋だと、フィンの記憶から伝わってきた。
ごくわずかな発熱サイコロの光が床にあるだけの、粗末な寝台の上。
山の下では戦が起きているとカルナリアが告げた後、戦は怖い、いやだと感情が止まらなくなり、泣きじゃくり、抱き寄せられ、あやされて……またその状態で眠ってしまったというのがカルナリアの記憶だったが。
フィンの記憶だと。
「…………おかあしゃま……」
身を丸めて眠りに入ったカルナリアが、もぞもぞと手を這わせ始めて、フィンの衣服をはだけ、胸をすべて丸出しにして、吸いついていた!
(!!!!!!!)
ちゅば、ちゅば、音を立て乳首を吸い――手は軽い握り拳、全身をさらに小さく丸めて。
「……私は、自分の子というものを持ったことはないが……まあ、こういう心地だろうなと思い…………王女だろうが何だろうが、これを見捨てることはできないなあと、しみじみと」
「くおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………!」
カルナリアは奇声と一緒に、顔をものすごいものにさせていた。
まさか、フィンの豊かですばらしいふくらみそのものを、こんなところで味わっていたとは!
いや、そこではなく。
あの時のつらい、苦しい、ぐちゃぐちゃになっていた自分は思い出せる。
フィンにしがみついてしまって、目覚めた後に恥ずかしくなったことも。
だが――まさかここまで、ひどい様を見せてしまっていたとは…………!
「で、これだ」
急斜面の上。
降りることはできるがかなりめんどくさいさて楽に降りるにはどうするかと考えていたところ、認識阻害の効果を見抜いてしまったらしいカルナリアが、いきなり顔をパッと輝かせて――フィンに向かって駆け下りてきて。
転んで。
転げ落ちていって……!
「あ、だめだ、これは目を離した途端に死ぬなと確信した」
「~~~~~~~~~~~~~!!!!」
殺してください、とカルナリアはかなり本気で思った。
フィン視点の、転がり落ちてゆく自分の姿は、間抜けすぎた。
「だから、恥ずかしいと言っただろうが」
「わたくしが、という意味ですかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
だったらそう言えぇぇぇ!
と新女王は心から怒鳴った。
憤激が通りすぎると、今度は感情が底なしに沈んでいって。
地上に戻りたい戻ってあの岩塔に空いた穴に潜りこんで一番奥深いところで小さく丸まっていたい自分はそれがふさわしい存在だ……とドン底の状態に入りこんだ。
しかしフィンは解放してくれることなく。
『透過』の魔法布での視界と同じく、「見える」ものが途切れることもなく……。
さらに、山を下りた後のワグル村でのカルナリアの色々な行動、それを見聞きし、この子はやはり王女だなと納得していたことがわかり、カルナリアは悔しさと恥ずかしさにのたうち続けて。
「ただ、な………………その」
フィンから、感情が伝わってきた。
先ほどと同じもの。
恥ずかしい、という感情………………フィン本人の……。
「私は、ずっと一人でいて、それで平気で、ローツ村で適当にうろついているだけの暮らしで何の問題もなくて…………そこにお前がやってきて、平穏は失われて、とにかく目を離せず手間のかかる子供をかかえて色々な目に遭ったわけだが……」
「もうしわけ……ございません……」
穴に潜りこみたい気持ちのままカルナリアはつぶやく。
「――だが、な。
山を下りて、ワグル村で、ようやくまともな食事をさせることができて……それを嬉しそうに食べているお前を見ているときにな」
「…………」
その光景が浮かび、感情が共有された。
「かわいいな、と思い」
その通りの、温かい感情が伝わってきた。
「この子は人の間にいるべき子だ、私と同じ暮らしをさせてはならない、人里へ連れてきてやれてよかった、と思い」
嘘もごまかしも何もなかった。
「ここまでのめんどくさいことも、まあそれはそれで、楽しいと言えば言えたなという気分になっていた」
「…………」
「そのあと、のどかな所を、馬にまたがり進んでいる間に……一緒に、こうして旅をするのも、悪くないと思い始めていて……」
カルナリアは、胸が高鳴ってくるのを感じて、顔をあげた。
フィンの顔にあたる部分は、ぼろ布がかぶさっているように見えて、しかもそむけられていて、表情が見えない。
「傭兵どもに出くわし、襲われた時は、自分でも驚くくらいに、腹が立った。この子に傷一筋でもつけてみろ、その時は本気で行くぞ……ぐらいに」
本気。
フィンのそれがどういうものか、今では実によく知っている。
「馬から飛び降りた後、お前が無事に駆け抜けたのが見えて――だから、全員は斬らず、強そうなやつだけを斬るにとどめて、後を追った」
人を殺した話を、平然とされた。
しかしもう、今のカルナリアは平気だ。
自分にあの時レンカのような戦う技が身についていたら、フィンと一緒に剣を振るって、敵を殺していたことは間違いないのだから、責めることはできない。
悲しいだけ。
「追いついた時に、お前が安心して、しがみついてきてくれた時は、つい引っぺがしてしまったが……血の臭いをかがせたくなかったのもあってな。あの時は悪かった」
「………………いえ………………」
「その後、ドルーまでの間…………この王女様は多分、城へ入ったら、正体を明かして、騎士たちに保護されて、それでお別れになるのだろうなあと思って……そうなると、この一緒の時間もおしまいかと…………それが寂しく感じられて、そういう自分に驚いたよ」
「…………!」
ドルー城で、身分を明かしたことを思い出してしまう。
フィンも一緒にタランドンへ連れていってもらおうとしたことも。
しかしそうしたならば…………今ならもう知っている、傾国の美貌と死神の剣というとてつもないものを持つ最強の女剣士は、確実に自分を狙ってくるだろう貴族には関わろうとせずに、身を隠してしまったことだろう。
あの時、レンカたちが襲ってこなかったら、あのまま本当にお別れだったのだ!
「……襲われたことが、良かったとは言わないが」
先回りするように言われた。
その通りだ。それを言ってしまえば、カルナリアの目の前でレンカに首を飛ばされた二人、そのあと城の中で殺されただろう多くの人々、それらの命が失われて良かったと言ったも同然だからだ。
フィンもそういう感覚を持っていてくれたことは嬉しかった。
「お前と一緒の時間がもう少し続くことになって、まだ私が守ってやれると嬉しくなり、守らなければという気持ちが強くなったのは本当のことだ」
「…………ありがとうございます…………」
死者たちの魂に祈りながら、カルナリアは礼を言った。
「その後、舟に乗って、襲われて、逃げて、また襲われて、水に落ちて、とにかくもう大変だったが――」
「………………」
「呪いにやられたお前も」
「それはっ! やめてください!」
「だがな――大事なことを忘れているぞ」
一番ひどいところを見せられそうだと羞恥にのたうつカルナリアは、何のことかわからず顔をあげた。
「私も、船着き場からずっと、呪いにやられていただろう。普段と違うことを、なぜか選んでしまって、良くないことが連続する…………だからあのとき、私も、お前と同じだったんだよ」
「……と、おっしゃいますと……」
「お前に手を出したくてたまらなくなっていた」
「…………!?」
意味が理解できた瞬間。
見上げたフィンの瞳が――『夜の姫』の、それになっていた……!
散々な羞恥プレイのあげく、自分の中でも一番の醜態であるあの呪いの場面。しかし明かされる真実。あの時危なかったのは、自分の方だった……!? 川べりでの夜、一体何が起きていたのか。次回、第257話「真相その2」。百合注意。




