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242 救護活動

グロテスク表現あり。


 カルナリアは魔力を放った。


 フィンが斬られたと思った瞬間に発動させた、広域強制治癒魔法。

 一度やっているそれを、今度はもっと正確に、制御しつつ放つことができた。

 ファラのやり方を学び、レンカで実践することができた経験も早速役立った。


「………………」


 念じる。


 魔力を広げてゆく。


 その中で生きている者が感知できる。

 まだ生きているのなら、その相手に治癒を及ぼすことができる。


「う…………!」


 自分たちの近くにはほとんどいなかったが。


 広げていくと、感じ取れる相手が出てきて。


 その大半が、どこかしら傷ついていることがわかってきた。


(治りなさい! 治れ! 治れ!)


 幼き女王は、そのひとつひとつに命令する。


 相手が誰か、親しくしていた者、魔力の素養のある者なら判別できた。


 ゾルカンがいた。

 岩に左腕を押し潰され、抜き出しはしたが、骨は粉々に砕け原型をほとんど保っていない。


 このままなら多分死ぬと理解しつつも、その状態でなお動き、仲間たちを救おうとできる限りのことをしていたが。


 腕が突然治って、仰天し、しかし二度目なので理解も早く、見回して、こちらに目を向けてくる。


 エンフ。

 立ちつくしていた兵士を伏せさせようとした後、仲間と逃げようとして――崩れてきた小屋の下敷きになっていた。

 柱の一本が折れて、脚を貫き、大量の出血で死にかけている。


(治りなさい!)


 しかし治すにしても、脚を貫くものが抜けてからでなければどうしようもない。


 他にも、似たような状態に陥っている者は何人もいる。


 ゴーチェのことも感じ取った。

 あちこちの骨が折れ、砕け、材木が突き刺さっている部位もあった。


 そのままではどうしようもない者には、とにかく命をつなぐことを最優先と、治し方を変化させる。

 そうすることも今のカルナリアには可能だ。

 だが、それでは何の解決にも……。


「みなさん! 動ける人は、回りの人を助けてください!」


 大声で叫ぶ。


 もう脅威はない。

 どれだけ大きな声をあげても大丈夫。

 自分がどれだけ魔力を放っても、感じ取って、襲ってくるものはいない。


 自分の背後で、フィンがぼろ布をバサッと大きく払ってから、頭からかぶった。


 守護者についてきてもらって、カルナリアは歩き出す。


 まだ全身には魔力がみなぎり、自分自身の体が輝いているように感じられる。


「ゾルカンさん!」


 最も影響力があり指示を出すのにも慣れている相手に声をかけた。


「人の場所はわかります! 助けてください! 治します!」


 端的な言葉で、理解してくれた。

 言葉を費やすなどという無駄なことをしている暇はなく、まなざしと直感だけで意志が通じ合った。

 それができるくらいには、自分と彼らの関係は深くできあがっている。


 ゾルカンが大声を張り上げ、何とか動ける者たちが集まってきて、救助活動開始。


 野営地に着くなりすぐ必要なことを手分けしてやり始め、効率的に野営の支度を整えるのが日常である者たちだ。

 彼らはカルナリアの期待を超えるはたらきを示して、瓦礫や残骸を取りのけ怪我人を寝かせるための空間を確保し、この砦内の水場を探しに駆け回り、使える布やものを集めと、態勢を整える。

 その上で、カルナリアが次々と示す場所に群がって、そこで苦しんでいる怪我人を見つけ出しては、運び、横たえ始めた。


「強引でも、抜いてください! 折れてるところは無理矢理でいいので元通りに直して! 痛みはやわらげるようにしていますから!」


 魔力を放ち続けたまま言い、酸鼻でもあるその行為があちこちで行われた。


 行われたはしから、カルナリアは治していった。


 案内人も兵士もなかった。

 あらゆる負傷者に、治癒の力を注いだ。


「手伝うよ。細かく治すのは私がやるから、カルちゃんは人を探して、大きく治す方がんばって」


 後ろから声がかけられ、肩を叩かれた。


「あんがとね」


 メガネの下の目を潤ませ頬を染めて、ファラが言った。


 セルイも、力仕事の手伝いに、袖まくりして従事し始めていた。


 こちらを見て、笑った。


 意地悪いもののまったくない、感謝のこもった――少年のような顔つきだった。




「おい。一発、殴っていいか」


 レンカが詰め寄ってきて、にらまれた。


「……なんてことしやがる。ふざけんな。どこまでオレに屈辱味わわせりゃ気がすむ。あんな……すごいの……」


「すごい?」


「うるせえ!」


 レンカは赤くなって目をそらした。

 カルナリアをにらもうとして、直視できず、目を左右にした。


「いいところへ。この子を頼む」


 フィンが言い、定位置のようだったカルナリアの背後を離れる。


「どちらへ?」


「ここは、いくら私でも、働かなければならないだろう。切らなければどうにもできない者が何人もいる。手伝ってくる」


 ぼろ布をかぶった――ふくらはぎから下が出ているフィンは、地を滑るように移動していく、その足運びがしっかり見えた。


「なるほど……」とレンカがつぶやいた。


 足が出ているせいで認識阻害効果がほとんど発揮されないフィンが、案内人たちに近づいていって声をかけ、望まれたところで何かをやって、障害物がばらばらになるところが全て見えた。


「……すごい……」


 その妙技にカルナリアは感動し、フィンへの想いをさらに重ねたが。


「お前が、どういうわけだか、見せてもらえてなかっただけだ」


 レンカは仏頂面で口にした。


「知らなかったのはお前だけだ。お前以外のみんなは、もう何度もああいうとこ見てる。グライルに入ってからも、その前のタランドンでも、もっと前からも」


「ええっ!?」


「それ知ってるから、みんな、頼りにしてても、怖がってもいたんだ。もう教えてもいいようだから、後で全部話してやるよ」


 今すぐにも聞きたかったが――。


「嬢ちゃん! 他には!?」


 ゾルカンに問われると、怪我人の所在を探る方を優先せざるを得ない。


 すぐに見つけ出せない――大量の瓦礫の下敷きになってしまった者がかなりいた。


 見つけても、どうすることもできない――治しようのない、手足がちぎれてしまっていたり、顔面のほとんどや、体の半分がなくなっている者すらいた。


「くっ……!」


 カルナリアもファラも可能なかぎり延命に励んだが、重傷者のほとんどは、いまは凍らせて命を保つ以外のことはできない。




 牛獣人が、亜馬たちと一緒に、潰れていた。


 巨体の彼らは、通常の人間たちのように隠れひそむやり方は選べず、家畜たちにまぎれて、食う価値のない存在と見せかけることで生存をもくろんだようだが。


 恐らくレイマール兵たちを叩き潰すついでにあの尾にやられたのだろう、半分ほどの亜馬と、ひとりが、死んでいた。

 しかしもう片方は、片脚を平べったくされつつも、まだ生きていた。


 バウワウも、喪心状態ながら、五体満足で生きながらえていた。

 あまりのことに、きゅーん、きゅーんと高い声で鳴くしかできなくなっている彼の頭を、カルナリアはなでなでしてやりたくてたまらなかったが、我慢した。


 アリタが、自分の荷物をしっかり抱きかかえ――バルカニアへ持ち帰ろうとしていた薬の容器とシーロの遺髪を収めたものを守って丸まった状態で、掘り出された。ほとんど怪我はなかった。


 アランバルリ、ライネリオもいくらか怪我はしていたものの無事で、傷をカルナリアの魔力でほぼ自動的に癒やされると、感情をあらわにして子供のように泣きじゃくりながらアリタも含めて三人で抱き合った。


「あ……!」


 女騎士、ベレニスがいた。


 騎士ディオンの、平べったくなった遺体を見つけて嘆いているところで、近くの岩床から若干の魔力、魔法具と生命を感じたのだ。

 わずかなくぼみに、無残に擂り潰された他の遺体と同じような状態で……美麗な甲冑が中身ごとぐしゃぐしゃになっていたが、それのおかげで、まだぎりぎり生きていた。


 巨蛇に押し潰され、元の整った顔立ちを知っていると顔をそむけそうになるほどひどい状態になってしまっていたが――それでも死んではいなかったので、その場である程度治してから、他の者たちと同じ場所へ運ばせた。


 ゴーチェが「救護所」に運びこまれてきた。

 グレンが背負っていた。


「『流星』をつけていたので、見つけるのはたやすかったです」


 しかしあちこち砕けてひどいことになっているゴーチェの足首に、あの足環はなかった。

 回収されてしまったのだろう。

 恐らく、案内人に見つけられ奪われるのを避けてそうしたのでは。


「ありがとうございます」


 礼はちゃんと言って、他の重傷者に悪いとは思いつつ、先にゴーチェのあちこちの怪我を癒やした。


 意識は戻らないが、折れた骨や切り傷は癒えて、顔色は良くなり呼吸も落ちついてきた。じきに目を覚ますだろう。


「…………?」


 妙な感覚がした。


 生きている人間、治す必要のある相手は感知できる今のカルナリアだが。


 その感覚を持ってしても、判別しがたい、おかしなものを感じた。


「どうした、嬢ちゃん?」


「ええと…………その…………あそこに……生きている感じが、するのですが…………!」


 言ってから、カルナリア自身の血の気が引いた。


 示した先にあったのは…………グンダルフォルムだったから!


「!」


 ゾルカンやセルイが血相を変える。


 まさか、あれがまだ生きている!?


 ……いや。


「大丈夫です、あれは、完全に、死んで、止まっています……」


 カルナリアは『麻痺の指輪』の最大効力で時間を止められた、その魔力をしっかり感じ取って、安全を確信して言った。


 小屋より大きな首の方はまだしも、それよりずっとずっと長い、砦の外まではるかに伸びている胴体側も止めてしまうとは、あの指輪はどれほどのものなのかと恐ろしくなる。


 だがとにかく、あれの中から、生命を感じるというのは……?


「フィン様!」


 カルナリアは声をあげた。


 すぐ、来てくれた。


「あの中に、何か、まだ生きています!」


 カルナリアは、青い血液にまみれた巨大なものに恐る恐る近づいて、自分が感じるものの場所を大まかに示した。


「む。そうか、胃袋か。いくつ胃があるのかわからないが……これは少々、めんどくさいな……」


 フィンはうなり、ファラを呼んだ。


「大量の水が必要だ。出せるか」


「王女さんのおかげでほとんど回復してるんで、余裕っすよ」


「では、斬るので、洗ってくれ。押し流してしまわないようにな」


「うす」


 フィンは進み出て、身構えた。


 再び、あの低い姿勢、腰だめにザグレスを構え、柄を握り……。


 一瞬だけ、麻痺の指輪の魔力が動いたのを感じ取った。


 何をどのようにしたのかはカルナリアにはわからなかったが。

 フィンが踏みこんで、黒い刃を振るって。

 その姿に、また大いに胸がときめいて。


 グンダルフォルムの胴体に、ほぼ水平に、線がはしった。


 切れ目だ。


「棒か何かで、持ち上げて開け。中身が出てくるから気をつけろ」


 フィンの指示に案内人たちは即座に従い、丸木の残骸が何本も集められて、その線に差しこまれた。


 先ほどは鍛え上げられた戦士の槍がまるで通用しなかった巨蛇の肉に、突きこまれたものが埋まってゆく。


 力をこめると――その横線が、上下に開いて、青みを帯びた分厚い肉らしい層がのぞいて。


 その奥から……粘液と、青いものと――どろりとした、何かが……!


「もうちょい! 力こめろ!」


 ゾルカンの銅鑼声、案内人たちの盛り上がる筋肉とそろった野太い気合い――切れ目はさらに大きく開かれて。


 ぐちゃり。

 それが、出てきた。


「うぐっ!」


 カルナリアはその瞬間だけは、治癒も頭から吹っ飛んでしまい、目をそむけ激しくえずいた。

 モンリークの時の経験があるので、嘔吐こそしなかったが……。

 そうなった案内人は何人も出た。


 ファラが、流れるのではない、その場にたゆたう、粘体生物(スライム)のような水の塊を出現させた。

 案内人たちはそこに顔から突っこんでいって自分を洗浄した。


 水の塊は、あふれ出たものにのしかかり、包みこみ、少しだけゆらめいてから、形を失って、岩の上を流れていく。

 色が濃厚に変わっていて、細片は無数に流れていったが、形あるもののほとんどはその場に残された。


 残されて、何なのかわかるようになってきたものは――。


 咀嚼され、飲みこまれた、かつては人()()()()()、だった。

 それも食われた人数だけの。

 原型をとどめておらず、しかも消化され始めている……。


「ぐ、ぐ…………げえ……」


 みな蒼白になりながら、さらに切れ目を開いて、中のものを取り出し続けた。


 最初に出てきたものは、早くに食われた者たちのようで――わずかに魔力を感じる、魔法具の残骸らしきものをカルナリアは感じ取った。

 大魔導師バージルが身につけていたものだったのかもしれない。


 その後からも、ドロドロでぐちゃぐちゃの肉塊と、防具やそれぞれの武具だっただろう金属が色々と出てきた。


 金貨がぞろぞろ出てきた。すなわちその辺りは、まとめて食われた山賊たち……突き刺さった(やじり)や槍の切っ先も……。


 そして――粘液まみれの、大きなものが、転がり出てきた。


「!」


 カルナリアは目をみはった。


 自分が感じとったものは、それ。


 まだ生きている、人間!


「…………トニアさん!」


 カルナリアはわずかに感じる魔力から判別し、叫んだ。


 ファラが急いで出した新たな水に洗われると――衣服も、表皮も、大半が消化液に溶け崩れていたが、いちおうはまだ原型を保っている、丸まった人体がわかってきて。


「あ…………?」


 ごく小さいが、うめき声のようなものも聞こえた。


「治れ!」


 即座に叫び、治癒魔法をぶつけた。


 そうだ、他の者たちは「噛み砕かれる」ところを見てしまったが、トニアだけは、レイマールを弾き飛ばした後に巨蛇の口の中に飛びこんでゆき、喉が動いただけで、潰された気配はなかった!


 むしろ積極的に腹の中に入りこみ、魔力を吸われつつも魔法で自分を守って耐え続け……ここまで、生き延びたのだろう。


 命に替えても守ろうとした父レイマールが、その直後に、こちらはもうどうしようもなく噛み砕かれて、同じ胃袋に流れこんできたというのは――彼女が治ったとしても、どう告げていいのだろうか……。


「…………!?」


 レイマールで思い出した。


 バージルの遺物らしきものが残されていたのなら……もう完全に失われたものと思いこんでいた()()も、もしや!?


 思い至り、感覚を向けると。


「あっ!」


 ……………………あった!


 ずっと首輪の中にあり、毎日目覚めるたびに確認していたものの、慣れ親しんだといってもいい魔力が。


 あふれ出てきた肉塊の、奥の方に。


 形状としては、人体に比べるとごくごく小さな、薄い金属板だ。

 大きな歯に噛みつぶされることなく、原型を保ったまま飲みこまれていたとしても不思議はなく。


 ぐちゃぐちゃの肉の中に、ある。


 すなわちそれは、そのひどい肉は、レイマールだったものだということでもあり……。


「う…………!」


 それでも、吐き気をこらえて進み出て、踏みこんで、巨蛇の腹の中に手を伸ばそうとすると。


「これか」


 横合いから声がかかって、誰も刃を立てられない強靱なものをあっさり切り裂いたその人物が、黒いものを切り口に差しこんだ。


 カルナリアが求めたものを、黒い刃の先端で器用に引っかけ、引っぱり出してくる。


 横に長い、六角形の金属板。


 つい先ほど――あれからまだ半日も経っていないのだ!――自分の指で触れ、粗末な革首輪の中から引っ張りだしたもの。


王の(カランティス・)(ファーラ)』!!


「あ…………ああ………………ああああああっ!」


 強い声を漏らすカルナリアの目の前で。


「……私が狩ったものから出てきたのだから、これは私のものということだな」


 フィンは、黒い刃ごと魔法の水に突っこんで洗った、きらきらしたそれを――。


 ぼろ布の中に吸いこんでしまった。


「…………………………へ?」


 女王としては許されざる、間抜けな声をカルナリアは発した。



やっつけた、倒した……それで終わりではない。むしろそれからの方が大変。生き延びた者たちの苦労は続く。次回、第243話「見えない者」。まだ少し残酷表現続く。


※余談

牛獣人くん、片方死んでしまいました。ほとんど絡みがなかったので名前を出す機会がないまま退場。161話の熊退治の時のように、戦えばかなり強かったのですが、相手が悪すぎた。

トニア生存。そのことで波乱おきます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「……私が狩ったものから出てきたのだから、これは私のものということだな」 フィン様、カルナリアが声を上げて求めたものを懐にしまうあたりほんと容赦がなく、面白いです。また次回も話の展開が気に…
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