216 装着の儀
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みなさま、本当にありがとうございます。
すさまじい勢いで場が整えられた。
あらゆる者が強制的に集結させられる。無論背後には兵士たちが威圧感全開で立つ。邪魔をすることも、余計な真似をすることも絶対に許さない。見ないということも許さない。そういう雰囲気。
客たちだけではなく山賊も――カラント人がある程度いるようで、その者たちからはふてぶてしい表情がなくなり、畏れの色すら見えた。
(ご主人さまは……!?)
カルナリアはその間にフィンと話をしたかった、いや、しなければならなかったのだが。
一度完全に背を向け目を離したために、認識できなくなってしまった。
ぼろ布がいたはずの場所に目をこらしても、何も見えないし、感じ取ることもできない。
まさか、去ってしまったのか。
いやそれはないはず。
まだ自分の身を買ったわけではないので、カルナリアは今の時点ではフィンの持ち物であるはずだ。
あれだけ手放すのを渋り、自分の身の回りのことをやらせたいと言っていたのだから、館があり人が暮らせるようにされているこの場所から離れて山中を移動するなどというめんどくさい真似をするとは思えない。
(……屋内に戻って、寝台に横になっているのでは……!)
自分たちにとっては一世一代の重要事であっても、フィンにとってはどうでもいいこと。
それなら寝心地のいい寝台を拝借して、ぐうたらを決めこむ。
……それでいいのかもしれない。
カルナリアはいわばフィンをだまし、裏切ったのも同然……手放さないぞと言い立てるフィンに対して、カルナリアの方から、自分を解放することを決断したのだから……。
――準備ができた。
絨毯が広げられる。
その上にひざまずき待ち受けるレイマール。
ベレニスが、細長い箱を捧げ持って進み出る。
彼女は一度館に入り、防具を外して、簡素ではあるが白いドレスに着替えてきた。髪をまとめ、装身具をいくつかつけ、わずかながらも化粧も施している。
風神ナオラルの紋様を描いた聖布を頭に巻き、『王の冠』をもたらす神の代理であることを示していた。
進行役にして見届け役の大魔導師バージル。
今の時点ですでに涙目の筆頭騎士ディオン。
我が主がついに正式な国王に、と感無量の様子。
カルナリアも、さすがに着替えることはできなかったが、美麗な布を与えられそれを今までのマントの代わりに身に巻きつけて、髪を整えてレイマールの傍らに控えた。
それでも十分すぎる美しさに見えるようで、ゴーチェなど手をわななかせ頬を赤らめて見とれている。
「天地の最高神よ! 万物を統べし大神よ!」バージルが杖を掲げ祝福の魔法光をきらめかせつつ声を張り上げた。
「ご照覧あれ! 今ここに、麗夕王ダルタスより受け継ぎし、カラント唯一無二の秘宝、国王の証たる『王の冠』を、ダルタスが子、レイマールが装着し、御身の祝福を受けたまわらん!」
ひざまずいたままのレイマールに、小箱を持ったベレニスが近づいていった。
本職の神官というわけではないが、騎士としての修行を積んでいる高位貴族であるため、動作そのものは美しい。
ただ、やはり強く緊張している。
レイマールのすぐ近くまで来たものの、そこで動けなくなってしまった。
目が力を失い、ここからどうすればいいのか指示を求めている顔つきになる。
「……カルナリア。お前がつけておくれ」
レイマールは優しく言った。
「よろしいのですか」
「ここまで、これを運んできてくれたお前こそがふさわしいよ。
我らが父、王家のご先祖方、守るために命を落としていった者たち、それら全ての人々が、お前がやってくれることを望むだろう」
「……わかりました」
カルナリアは、これはベレニスのものを借りた純白の手袋をつけた指で、小箱の中の、『王の冠』の、縁から伸びる細鎖をつまみ……。
これの経てきた歴史、歴代の装着者たちの逸話や、これを守るために失われた命の多さ、積み重ねられた思いの巨大さに鳥肌を立てつつ、高らかに告げた。
「カランティス・ファーラよ! 新たなるカラントの王に、その大いなる力をもたらし、愛しき我らが祖国に永遠の繁栄と栄誉をもたらさんことを!」
『装着の儀』の時に告げるという言葉を、カルナリアも王族教育の中で教えられている。
カルナリアの声は、砦いっぱいに麗々と響き渡った。
そして、待ち受けるレイマールの額に。
細長い六角形の金属板を近づけ……。
王宮からここまでの、命を落としてきた者たちを思い浮かべながら。
貼りつけた。
「んっ」
硬直するレイマール。
その体に、とてつもないものが流れこんだのをカルナリアは感じた。
素早くレイマールの後頭部へ指を伸ばし、細鎖をつなぐ。
カルナリアは侍女に装身具をつけてもらう立場だったが、自分でつけることも、母や姉たちにつけてあげることも幾度となく経験しており、まごつくことはない。
(……ご主人さまに、こういうことをしてさしあげる機会は、一度もありませんでしたね……)
そういうことも頭をよぎった。
「お……お…………おお…………おおお……!」
レイマールがうめき、声を漏らし――その声が、徐々に、強くなってきた。
カルナリアはすぐに離れて、その場にひざまずいた。
レイマールの額の、きらきらしていた金属板の色合いが大きく変化する。
魔力を――途方もない深く巨大な魔力を感じる。
天と地それぞれの善悪を司る最高神五柱、火水風土に運命神を加えた万物を統べる大神五柱、それら崇高なる神々がおいでになる瞬間だ。
レイマールは立ち上がった。
その目は大きく開かれているが、すでに周囲の情景は見ていない。
顔を上げ、腕をいっぱいに広げて空を、いや空に現れているだろう何かを見つめている。
代々の国王は、そのようになったと記録されている。
神々のおわすところへ招かれ、新たな王である自分のことを知っていただき、その御力を分け与えていただいたのだと、代々の王たちは共通して語っている。
すなわち今、レイマールは、人の世を離れ、神々の世界とつながっている……。
(…………!)
ぞわっ、と背筋をすごいものが駆け抜けた。
豹獣人たちのように毛が生えていれば、すべて逆立っただろう。
経験したことのない、とてつもない感覚。
人間のものではない存在が、すぐそこにいる。
レイマールはそちらの世界に入りこみ、この時だけ、そちらの世界の一員となっている。
今、レイマールに触れたならば、自分にも神の力が流れこんでくるのではないか……。
――その考えは危険だということも、教えられていた。
カラント王国の王は、父ダルタスが第十八代目。
つまり『装着の儀』は初代黄金王から十八回行われている。
その中には、同じようなことを考え王子たち数人が手を重ねた状態で王太子に装着させてみた記録や、装着しまだ「色」が整わないすなわち神の世界とつながっている瞬間に刺客が襲ったという事件もあった。
結果は――触れながらの場合は、装着した新王のみが無事で、他の者はみな神の力に耐えられず、どうやら精神が神の世界へ行ってしまったらしく、二度と正気に戻ることはなかった。
刺客は、魔力ではない未知の力でこの世から消滅した。
神の世界とつながるという行為は、あくまで神々の側が許すものにすぎず、『王の冠』を装着するというのは、いわばそこへ入る身分証を示したのと同じこと。
したがって、装着していない者が踏みこめば、捕らえられたり、排斥されたりする。そういうものなのだろうと考えられている。
そして今、神の世界に踏みこむことを許されたレイマールは。
雄叫びをあげた。
激しく、猛々しく。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
限界まで、いや限界を超えて、人が出せるものとは思えないほどの凄まじい声を張り上げた。
お気づきください、あなた方と人の世とをつなぐ者がここにおります。
天地に、神々に、そのことを伝える咆哮。
誰もが息を飲んで見つめる中――。
「あ………………!」
真っ先に気づいたのは、最も近くにいたカルナリア。
ほとんど白目をむいて咆哮するレイマールの、額の、『王の冠』が。
装着した瞬間から色合いが変化し始めていたのが、ここに来て、大きく輝きを増した。
「虹…………!」
思わず口をついて出た。
そのように表現するしかないものだった。
まず『王の冠』は赤く輝き、黄へ、緑へ、青へ、紫へと、虹の色つらなりと同じ順番に色合いが変わっていった。
これも伝承通り。
紫から漆黒になり、色合いが復活して今度は紫から赤へ戻って、そこから再度変化し始めて、新王の色で止まり、固定される。
カラント王国十八代三百年、王宮の広間、何百何千という人々が見守る中で行われる「装着の儀」において毎回起きてきたこと。
カルナリアはもちろん、あらゆるカラント人がそのことを、色が決まるということの重みを理解しており、固唾を飲んで見守る。
「…………!」
柱のようにすら見える濃密な光が――。
変化しなくなり、ある色のままになった。
「おおっ! ………………こ、これは……!?」
大魔導師バージルが、困惑の声を漏らす。
その色は――『白』、だった。
赤でも紫でも、その中間のどの色でもない。
「純白王…………いや、白雪王……白銀……」
王の名は、その「色」により決まるのだが、見事な明るさにもかかわらず赤から紫までの虹の色の中に存在しない『白』という色合いに、バージルはどのように呼ぶべきか迷った。
「白は、全ての色を含んだ、最もすばらしき輝き――すなわち!」
セルイの声が流れて、優美な青年は舞踊のように腕を持ち上げ、場の全員の視線を導いた。
――空へ。
この午後のとき、斜めにこの場を照らし出している、まばゆきもの。
「太陽! 最高の輝き、赤から紫まですべてを含んだ至尊の色!
……すなわち、太陽王レイマール陛下!」
「おおっ!」
騎士ディオンが、ベレニスが、他の者たちも、直視しがたい空の輝きからレイマールへ視線を移し、その額の白い光に、同じものを見出して。
「太陽王!」
「太陽王レイマール陛下!」
「太陽王ばんざい! カラントに栄光あれ!」
口々に歓呼し始めた。
「…………太陽王…………」
カルナリアも、その輝きが太陽のそれと似ているということは否定できなかった。
しかし同時に――想像とはまったく違っていた強い輝きに、不安を抱いた。
太陽の輝きを宿す王。
強い日差しに肌が焼け大地が干からびるように、強力すぎる王により、何もかも灼かれてしまうのではないだろうか……と。
兄は、人の世とは隔絶された上位世界へ赴いた。
兄は、世の者たちが触れてはならない至尊の存在となった。
太陽王レイマールの誕生。それは何を意味するのか。何が起きるのか。装着者の能力を高めるという神具はどのような効果をもたらすのか。
カルナリアが望んでいたはずの、これでいいはずの、これでめでたしめでたしとなるはずの儀式を経て――次回、第217話「変貌」。




