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 レイマールが猛然と部屋を出ていってしまったあと。


 残された者たちは。


「………………!」


 カルナリアは、頭が真っ白なまま、いやな汗まみれになった。


 どうして、ここにあります、この首輪の中に隠し持っていますという、それだけのことを口にできなかったのか。


 自分で自分がわからないカルナリアに、ゴーチェが平伏してくる。


 先ほどレイマールに示したよりもさらに深い、礼儀の範囲を超えた仕草。


 すなわち――床に這いつくばり、額を何度も床板に打ちつけ始めた。


「お、王女殿下で、あらせられましたとは! こっ、これまでのっ、私の無礼っ、いたらなさっ、ぶざまっ、失敗の数々っ、どうかっ、ご容赦っ、おゆるしっ、くださいますようっ、なにとぞっ……!」


「いえ、その、顔を上げて、起きてください、ゴーチェさん」


「いえっ! 呼び捨てにっ!」


「……第五位の方を、そのようには扱えませんよ」


「それもっ! この身には、重すぎて、大きすぎてっ、そんなのっ、どうしていいかわかりませんっ!」


 ゴン、ゴッ、ゴツッと、音が延々と響き続ける。


「まあ何だ。奴隷だと思ってた嬢ちゃんが、実は自分の国の王女様だったなんて、びっくりするのはわかるけどよ、その辺にしときな。嬢ちゃんを困らせるのがお前の仕事じゃねえだろ?」


 ゾルカンが言ってくれて、ようやくゴーチェは平伏をやめてくれた。


 しかし、散々打ちつけた額を真っ赤にしつつ、異様な興奮状態なのはそのままで。


「ではっ、他のみなさまも、やはり!? ファラ様は王女殿下付きの魔導師で? ライズ様は筆頭侍従でしょうか、レンカ様は同年代で身辺を直接お守りする、他のみなさまも王女殿下の護衛、フィン様に到っては、あれほどの方ならば、王家直属の特別な………………ああ、何もかも合点がいきました!」


「あ~~~~~~~」


 自分たちの状況や関係を説明したとしても、受け入れてもらえる自信はまったく湧かず。

 カルナリアもまた、ゴーチェに負けず困惑するしかなかった。



「…………俺も、今まで通りでいいのかな、()()()?」


 ゾルカンが言ってきた。


 しかし、その目に親しみの光はなかった。

 呼びかけにも皮肉の響きがあった。


「俺たちを助けてくれたことはわかってる。よーくわかってる。ありがたくは思ってる。

 でもな、カラントのお姫様の下につくことができた貴族さまにしてもらえたこいつはすげえ最高だ……なんてのを期待されても困るぜ」


 彼らはグライルの民。この過酷な山脈で、下界とは一切関わりを持たない生き方をしている者たちだ。

 レイマールの傘下に入ることを受け入れられないのと同じように、カラントの王女の下につくというのも望まない。


 これまで何日も共に旅をしてきたカルナリアには、その辺りはよくわかっていた。


「はい。わたくしも別に、あなた方にひざまずいてもらいたいわけでも何でもありません。そんなことされたら気持ち悪くて我慢できません。今まで通りでお願いします」


「今まで通り、ね……」


 ミラモンテスを助命する際の、おとしまえをつけさせようとした厳しい目つきでゾルカンはカルナリアをにらんだが――。


 フッ、と、あるところで険しいものを引っこめて、笑み崩れた。


「くくく。いやほんと、やっぱり、ただ者じゃなかったわけだ。貴族ってのは大体、あのモンリークみたいな感じだったんで、あの嬢ちゃんはなんか違うよなって思ってたんだが……ずっと上のやつになると、全然違うものなんだなあ」


「あ……いえ、その…………わたくし……いえ、私は、貴族らしくなさいませと、よく叱られていた、()()()()でして……」


「そいつはありがてえ!」


 ゾルカンはさらに笑った。


「あんだけ色々やりまくったお嬢ちゃんが、あれでも()()()()()()()()だなんて言われたら、カラントの王族ってのはどんだけとんでもねえんだか、怖くなってたぜ!」


 恐らく意図的なものなのだろうが、場を明るくしてくれたことに、カルナリアは深く感謝した。


「下界の連中から、色々よろしく頼むって言われてたのも、そういうことだったんだな。王女様を、バルカニアまで連れてってやってくれって含みか。まあそりゃ、はっきりとは言えねえなあ……俺も、最初からそれ聞かされてたら、どういう扱いすりゃいいのかさっぱりだったぜ」


「……これまで、たくさんご迷惑をおかけしましたけれど、他の人たちと同じように扱ってくださって、本当にありがとうございました。嬉しかったし、楽しかったです」


「そういうとこがほんと、普通の子じゃねえんだよなあ。嬢ちゃんぐらいのガキってのは、次から次へとあんな目にあったり、俺からも殴られてて、そんな風に明るく言えねえよ」


 言われて、半ば壊れてしまったカルリト少年の姿が浮かび、母親の最期の姿ともども思い出してしまって、切なく悲しい思いを抱いた。


 自分がああならずにすんだのは、ひとえに――。


「ひどいことには、慣れてしまいましたから…………特に、ご主人さまがらみで、色々とありすぎて……」


 ――あの怪人のせいだ。

 ありとあらゆる意味で。


「あ~~~~、まあ、うん、()()()あ…………なあ…………」


 ゾルカンはうなりながら、何度も同意のうなずきを繰り返した。


「あのぼろも、やっぱり、すげえやつなんだな?」


「『剣聖』と呼ばれている方です……」


「そいつはよく知らねえが、あんなとんでもないのに守られてる嬢ちゃんが、実は王女様だったってのは、ぴったりすぎて何も言えねえ!」


「でも…………」


「そうなんだよな、ここに攻めこんできて俺らを助けようとしてるんだよな、あいつら。

 あの王子様、嬢ちゃんに呼びかけさせるつもりなんだろうけど、大丈夫かね」


 カルナリアは、各陣営のことに通じているトニアに向いた。

 彼女はレイマールに付き従うことなく、この部屋に残ったままだ。監視役でもあるのだろう。


「トニアさん――アルトニア、と呼んだ方がよろしいでしょうか?」


「トニア、のままで……私も、自分の生まれは知ってるけど、振る舞い方、よく、わからないから……今まで通りで……お願い」


「わかりました。

 トニアさん、わたくしが呼びかけるとして……何を、どこまで言えば、みな無事にすむでしょうか? 

 カラントの第二王子様がここにいらっしゃいます、と言ってしまってよいものでしょうか?」


「ん~…………あのライズや、ファラが、()()()()()()()()()()()()()()()なら……出て来ないかもね……フィンさんも……王子様と聞いたら、面倒を避けて……忍びこんできて、みんなを助けて逃げ出そうとする方針に変えるかも……」


「!」


 カルナリアの背筋を冷たいものがはしった。


 トニアはやはり、セルイたちの素性におおむね気づいていた。

 反乱軍、とは明言しなかったものの、ほぼそう言ったも同然である。


 その上での予測――反乱軍側の者にとってきわめて危険な、第二王子およびその騎士団が待ち受ける場には近づいてこないかもというのは、納得できる話だった。


 しかし、セルイの目的は、レイマールに会うことのはずだ。

 それ以外にガルディス側近である彼がバルカニアへ向かう理由がないと、最初の頃から考えたその推測には、今でもまったく変化がない。


 とはいえ、王宮にいるレイマールにこっそり接触し密会するならともかく、このような場所では、騎士ディオンはじめ周囲の者たちが――みな貴族だ――平民の反乱軍一味を放っておくわけがなく……血が流れてしまう展開になるのでは……。


 だがあのセルイにその程度のことが予測できないはずもなく。


 どのようになり、何が起きるのか予想がつかず、カルナリアはいやな感じだけを味わい続けた。


 ――女騎士ベレニスがカルナリアを呼びに来た。


「支度がととのいました! どうぞおいでくださいカルナリア様!」




 広間に、レイマールと魔導師のバージルだけがたたずんでいる。


 ディオン、ガザードの姿はなく――恐らく先に外に……。


「おいで、リア。私の隣で、みなに顔を見せた後で、そのフィンという剣士に呼びかけてもらいたいんだ。このとおり自分は無事であるから、他の者たちともども、ここへ来るようにと」


 レイマールの、笑顔は今まで通りだが、その目のぎらつきが尋常ではなかった。


 気持ちはわかる、わかりすぎるほどにわかるのだが……!


(何だか………………とても、いやです…………!)


 この目で、フィンにぐいぐいと迫っていくところを想像するだけで、とてつもなくいやな感覚が胸に充満した。


 もちろん、うそをついてしまったことへの罪悪感はひどいものだ。

 レイマールに対しても、面倒事に巻きこむかたちになってしまったフィンに対しても。


 しかし外にいるフィンたちに、自分の無事と、ここへ来ても危害は加えられないということを伝えなければならないのは確かであり……。


 セルイ、ファラ、レンカたちがどうするのかも――彼らが殺されそうになるなら止めて、逆に彼らが王族たるレイマールを殺そうとするなら、それも止めなければならない。


 すべては自分のせいなのだから!


「開きます!」


 小姓の少年の声と共に、館の玄関扉が開かれていった。

 それと共にカルナリアの鼓動も速まっていった。




自分のやったことから波及して、連鎖して、大変なことになる。よく起きること。影響力を持つ者にはいつものように起きること。カルナリアはその責任、その重みをこれから細い体にずっしり背負わされることになる。だがその前にあの人物が動く。次回、第208話「道化」。暴力描写あり。



※解説

これまでも登場しているレイマールの小姓の少年には、ジル・サーディル・ドゥ・コルネイユという名前を設定してあるのですが、レイマールはじめ周囲の人間が誰も呼ばないし、レイマールもカルナリアに紹介したりしないので、カルナリア視点で名前が出てくる機会がありません。書き進めた先の方までそれが続くので、ここでお披露目。カルナリアよりちょっと背が高いくらいの、細身の少年です。レイマールの付き人でなければ山賊たちに大変な目に遭わされていそうな、見目麗しい上に危険な感情をかきたてる、妙な色香を漂わせる美少年。なおレイマールの寵童(ちょうどう、夜のお相手)かどうかは一切不明。その辺に触れるとノクタ送りになるので一切ノーコメントです。

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