199 山賊王の館
「な…………!?」
恐らく、兵士たちの敬礼に、この場で最も驚愕したのがカルナリアであっただろう。
モンリーク、そしてゴーチェも驚いてはいたが。
ここにカラントの兵士、いや「軍」がいるということの意味を本当には理解できていまい。
カラントもバルカニアも手を出すことができず、横断する道があることすら知らなかったはずの天竜山脈。
その、入ってすぐどころかほぼ中央、ど真ん中に、カラント軍の一部隊がいる。
その意味。
なぜ。
いつ。
誰が指揮して。
……最もありそうなのは、タランドン侯爵が派遣した部隊。
案内人たちとつながる伝手がタランドン領内にあったのだから、タランドン領軍もつながっていて、調査あるいは領地組み入れのために一隊を派遣していても不思議はない。
ゾルカンたちが知らなかったことがおかしいが――それはともかく、もしそうであれば、この兵士たちは、自分の存在あるいはこの後姿を見せるだろう反乱軍のセルイたちに、どう反応するか。
「お、おう、このような鄙の地において、見事である! では我らを、主の元へ――」
モンリークはとまどいつつも、すぐ立ち直り、貴族らしく命令したが。
「そいつら、厳重にふん縛って、別にしとけ」
ネルギンが山賊たちに命令すると、すぐ押さえつけられた。
「貴族だってんなら、どっちの国に対しても、いい人質になる。体の一部でも切り取って送りつけてやれば、かなりいいもん引き出せるだろうよ」
「なっ! 待て! お前たち、助けぬか!」
モンリークに呼ばれた兵士たちは――。
「申し訳ありません、モンリーク卿。『上』の許可がない限り、ここの住人たちのすることに一切関わってはならないとされております」
指揮官らしき、明らかにモンリークと同等かそれ以上の貴族であろう雰囲気の者が丁重に返答し――その言葉通り、兵士たちもその場からまったく動こうとはしなかった。
わめくモンリークとアランバルリが、足を縛られ猿ぐつわをされて、荷物のように運ばれてゆく。
「………………」
カルナリアは戦慄した。
貴族なら、東西両国への人質に。
では自分の正体がばれたら。
『王の冠』のことを知られたら……この謎の兵士たちはどう動く?
タランドン領軍なら、タランドン侯爵ジネールの判断がああだったのだから、カルナリアのことを…………!
だが手を縛られてしまっている身では、ここから逃げ出すこともかなわない。
「おら、来い」
ネルギンおよび他の山賊たちに引っ張られて、カルナリアたちは砦の中を移動していった。
ゆるやかな斜面の奥に、「館」があった。
半円形の砦の中心にして最奥部。
そこに、丸木をふんだんに使った、二階建ての建物が築かれていた。
これまでのグライル内で見た中では最も大きく、まともな建造物だ。
職人の手になる窓や玄関扉、きちんとした板屋根。
このような山中に資材をどうやって運びこんだのか。職人をどこから連れてきたのか。
言いつければすぐそろえられるのが当たり前だった王宮にいた頃とは違い、あらゆるものは誰かが作ってどこかから苦労して運んでくるのだということを、今のカルナリアは身に染みて知っている。
ましてこれまでの道のりを思えば……ここまで、このような資材を運んだり、加工できる職人を連れてくるというのは、どれほど大変なことか!
カルナリアはこんなところに存在する「館」を、深くいぶかしんだ。
案内人たちはそれ以前に、「ちゃんとした建物」を前にして唖然としている。
彼らの暮らしぶりや行動範囲から見て、こういうものを見たことはほとんどないはずだ。
グライルに入る前の「面接」で入った廃村や、あの湖畔の「村」にあった一軒家が、彼らが知っている「もっともまともな下界の建物」だろう。
そんな彼らから、この建物、こんなところにある下界風の館はどう見えることか。
背後は、黒々とした岩壁。
「館」の背面はそこに密着している。
いつぞやの、フィンと泊まった山小屋のように、その奥は洞窟になっているのだろうとカルナリアは推測した。
みなが立ちつくしている時に、突然、鈍い音と共に地面がかすかに揺れた。
「また噴いたか」
山賊がうんざりと言った。
はるか離れた所にある火口が煙を噴いたらしい。
ここではしょっちゅうあることのようだ。
いつ人間を皆殺しにする巨大な火や毒の煙を噴くかわからない山の中にいる、という事実は、足の下に人を食らう血吸蟻が無数にひそんでいるというあの平地にいた時の気分と大差なかった。
カルナリアをはじめゾルカン隊の面々は、ここでは絶対に熟睡できないだろう。
「ネルギン様、トニア様、ほか来客三名、ご来館!」
門の左右に槍を持った「兵士」が立っていて、山にも負けぬ太い声で朗々と告げてから、扉を開いた。
その作法や呼び方もまた、この者たちが格好だけではなく本物の兵士、それも貴族に直属する立場でよく教育されている者だということを示している。
「館」に入った。
まず、広間があった。
宴会などもするのだろう、がらんとした空間だ。
しかし床はちゃんと板張りで、草を編んだものだが敷物も広げられている。
横合いに階段があり、吹き抜け廊下になっている二階には、三つ扉がついていた。
さらに奥の部屋へ続くのだろう扉が、広間の左右にそれぞれある。
「こちらへ」
線の細い、山賊ではあるが荒事より細々とした仕事が得意そうな若者が待ち受けていて、来客を左側の奥の扉へ誘った。
扉の向こうにも部屋があった。
壁は漆喰を塗られ簡素ながら装飾も施され、テーブルや椅子などの調度類も色々そろっている、想像以上にちゃんとした、文明的な「家」の一室だった。
「な…………!」
このグライルでこのような住居をかまえ維持するのがどれほど信じがたいことなのか、エンフの硬直ぶりで明らかだ。
下界の者であるアリタは、むしろほっとした様子。
しかしそれも、ほんの一瞬だけだった。
「おう、来たか」
さらに奥の扉から、男が出てきた。
「!」
カルナリアは総毛立った。
壮年にさしかかった、背格好でいえばセルイに近い、長身細身、鋭い印象の人物である。
見るからにただ者ではない雰囲気、山賊たちに遥かに勝る迫力。
間違いなくここの長だろう。
すなわち、山賊たちの頭目、ガザード……!
だがカルナリアが戦慄したのは――自分にだけ見える「色」だった。
様々な才がすばらしく豊かで、このようなところにいるのが信じられないほどの人物。
その上で宿している…………とてつもなく悪い色!
その色合いに似たものを、このような「色」を持った人物を、カルナリアはよく知っていた。
レンカ。
あるいはその師匠、グレン。
彼らに見えていたのと同じ種類の「色」を、この人物はそなえていたのだった。
(何者ですか……!?)
カルナリアの内心に気づくはずもなく、男は案外軽い調子で言ってきた。
「俺がここの長、ガザードだ。久しぶりだな、エンフ。バカがやりやがったか、すまねえな。きれいな顔が台無しだぜ」
「うるさい」
エンフは――聞かされた話通りなら、妹をさらい、犯し、手下どもに食わせたやつらの首領を、火の出るような目つきでにらみつけた。
「おお怖い。でもな、そういう顔してると、そそられるんだよなあ。普段のお前は子供あやしてる方が似合うけど、今のお前は、もてあそんで、屈服させたくなる……くくく」
下劣に笑う――が、まったく本気ではなく、見知らぬ相手がいるために一切油断していないことを、カルナリアは肌で感じ取った。
クズどもの親玉らしい「どクズ」だ、と思いこむと、痛い目を見せられることになるだろう。
「で、トニア。こいつらは?」
こともなげに言った。
トニアとは、本人の言い分によれば肉体関係はないはずだが、相当に親しい間柄だとカルナリアでもわかる口ぶりだ。
「……そちらの女性が、アリタ。バルカニアの人で、夫と一緒に来たけど、夫は途中で、死んじゃった……。
隣の子供は、カルス。男の名前だけど、女の子。カラントの、奴隷。
……主人は、フィン・シャンドレンという、とんでもない相手……捕まえられず、外にいる……」
「お前が、かよ」
ガザードのその言葉と表情は、トニアの実力をしっかり知っていることのあらわれだった。
もう絶対に間違いなく、トニアはガザードと深く結びついている。
「この子を取り戻そうと、他にもいる厄介な人たちと、ここに、攻めこんでこようとしてる……」
「どんなやつらだ?」
セルイならぬライズ、強者であるファブリスとジスラン、そしてとてつもない魔導師であるファラのことが簡潔に語られた。レンカという暗殺者。グレンという名前の男。犬獣人のバウワウ。戦闘担当の案内人たち。
――トニアがグレンを認識していることに驚いた。
早朝、自分に話しかけてきたときの会話を聞き取っていたのかもしれない。
「なるほどなあ。じゃあ、こいつらに手を出してる場合じゃなくて、人質にして、呼び出して、何とかしなきゃいけないってことか」
「それが……おすすめ……外の人たちには、伝えさせてるけど、あの人たち、みんな、すごく強いし……フィンさんは、すごすぎ……どれほど危ない相手か、言葉だけじゃ、本当には伝わらない……実際に見たことがないと……見たら、わかるけど…………怖すぎ。絶対に、敵にしちゃ、だめ。ギャオルが、怖がって、裏切った」
「それほどか」
「それほど」
「わかった。ええと、このちびっ子が鍵だな?」
「うん」
「よし。じゃあネルギン。この子を外から見えるところに出して、何もしないから来いって呼びかけさせろ。ラクバとセルオドには強く言っとけ。奴隷だけど、お前らのために買ったやつじゃねえってな。おっ勃ててるの引っこめさせろ。絶対に手ぇ出させるんじゃねえぞ」
「へい。……親分は?」
「俺は……くくく、こっちの女たちと、お楽しみさ」
ガザードが手で合図すると、先ほどの若者はじめ、「小姓」であろう少年たちが数人現れて。
アリタとエンフを押さえつけ、その服を脱がせ始めた。
山賊王。人間の世界ではないグライルの中で山賊たちを束ねている者が、尋常の存在であるはずはないのだが、それにしても素性も能力も危険すぎる。そして謎も多すぎる。この砦は一体。砦にいる兵士たちは何者なのか。「あの方」とは。次回、第200話「驚愕」。性的暴行描写あり。




