127 手術
「はーい、どいてー、その首絞め待ったー!」
そうと決めたファラは、レンカにも匹敵しそうな速さで突っ走り、杖を振り回しながら人の中に突っこんでいった。
カルナリアも決して足が遅いわけではないはずなのに、ついていけなかった。
すでに首に縄を巻かれ、左右から数人がかりで引っ張られる寸前だったモンリークのかたわらに飛びこみ、大きく腕を広げる。
ついでに胸も揺れる。
案内人たちの手が止まった。
「治しますからちょっと待ってー。
お頭さん、今は雨降ってるし、魔物よけも焚いてて、下は岩だから、ちょっと血ぃ出ますけど、許してもらえませんか?」
「む」
言われたゾルカンは、厳しい顔をしつつも、素早く判断を下した。
「きちんと治せて、色々な面倒ごとも処理できて、その後で俺たちに何かあったら治せるだけの力は残せるだろうな?」
「大丈夫です。これでも私、すごいんですから」
「なら、いいぞ。俺たちだって、別に殺したいわけじゃねえ。助かるならそれにこしたことはねえってもんだ。お手並み拝見といこう」
ゾルカンは言うと、ちらりとカルナリアを見た。
誰がファラを動かしたのか、確認した目の動き。
「よっしゃ。そこのふたり、水できるだけいっぱい持ってきて! あと火、媒介にするだけなんで、燃えてる細い薪一本でいいから!
カルちゃん、まず自分の鼻と口に布まいて、それからこいつの傷まわりの服切って、肌出して!」
「はいっ!」
言われた通りに、モンリークの腹に刺さった刃物の、回りの服をレントの短剣で切り始める。
今にも首を絞められとどめを刺されかけていたモンリークは、ぎりぎり意識はあるようで、うつろな目でファラとカルナリアを見てきた。
「う……」
人の体に刃物が突き刺さり、少なめとはいえ血があふれているところは、やはりぞっとしてしまう。
従者たちが大急ぎで水桶を運んできて、火の付いた薪も要望通りに持ってこられて、口元に布を巻いたファラの左右に置かれた。
「できるだけ痛くないようにするけど、変な動きしないよう、しっかり押さえておいて。あと私が言ったら、手とか床の血とか、洗い流してね」
布越しで少しくぐもった声のファラの指示に、従者たちは全力で従った。
「お願いします!」
モンリークの足を縄で縛り、腕は自分たちで押さえて、折りたたんだ布をくわえさせる。
それから、大丈夫です、治ります、治してもらえますとひたすら声かけをし始めた。
「さあて、始めるよ……!」
ファラは地べたに脚を組んで座り、杖を垂直に立てると、半眼になりぶつぶつ呪文を唱え始めた。
それによる精神集中で、魔力が大きく動き出したのがカルナリアにはわかった。
杖を中心にものすごい量の魔力が渦巻く。
美しい。
やはりこのファラは天才だ。
ファラは片方の手を杖から離して宙に掲げた。
その手が、淡い魔法の光を帯びて、輝き始める。
見守る案内人たちから感嘆の声が上がった。
「普通の切り傷なら、これだけで治せるんだけど……」
集中しているからか、抑揚乏しくファラは言った。
「中身、ズタズタだから、開いて、ひとつずつつないでいかなきゃならない。……吐くなら横にね。絶対に傷口にぶちまけちゃだめだからね」
凄絶なものを見せられることになるとカルナリアは覚悟した。
横の水桶に、ファラはまず光を帯びた自分の手を入れた。
それが抜かれると――ひとの頭ほどもある透明な水の球が、手の周りにくっついていた。
「水を媒介にして生み出した、魔法の水。きれいだから、これで洗いつつ――」
ぷるぷる揺れる水の球からひとすじ、傷口へ触手のように垂れ落ちる。見事に制御された水魔法。
モンリークの肌に触れた途端に、それは普通の水となって、血を洗いつつ流れ落ちていった。
「痛みを止める魔法使うから――カルちゃん、まずその刺さってるのをゆっくり抜いて。その刃ですぐ、私の手が入るくらいに、お腹を切り開きなさい」
「っ! は、はいっ! やります!」
ものすごいことを言われたが、たじろぎこそすれ、やらないという選択肢はなかった。
ファラの杖の先端から魔法の光が広がって、モンリークの全身を包みこんだ。その範囲内に入ったカルナリアも温かいものに包まれる。痛みを軽減する魔法だろう。
水魔法を使いながら治癒系の魔法を同時展開。これだけでも、できる魔導師がどれだけいるかというレベルの高等技術だ。
カルナリアは突き立った刃物を、これ以上内臓を傷つけないように、刺さった角度を保って、引き抜き始めた。
手にぬるりとした感触が伝わってくる。
悲鳴を漏らしそうになるのを必死でこらえて抜いてゆく。
うむむ、とモンリークがうめいた。
魔法が施されていなければどれほどの激痛か、想像するだに恐ろしい。
握りは太めだが、刃は細長くまっすぐな、両刃の短剣。刃はカミソリのように薄く、鋭かった。
抜いた後からたちまち赤いものがあふれ出てきて、水に流されてゆく。
自分のすぐ後ろで案内人たちが、それにさらに水をぶっかけて、できるだけ薄めようとするのを感じ取った。
次は――ファラの手が入るように、肌を切り開く!
「き、切りますっ!」
「まとめて治すから、ちょっと切りすぎても大丈夫。一気に、ズバッといっちゃえ!」
その通りにした。
抜いたばかりの短剣で、人の肌を、たっぷり、深々と。
モンリークがうめいて。
大量の血と、腸があふれ出てきた。
カルナリアは横に顔を向け、口を覆う布を取りのけるのがぎりぎり間に合って、嘔吐した。
「水! 洗ってやって!」
ファラの声が飛び、普通の水がカルナリアにぶっかけられる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
カルナリアは息をつくと、自分から水を口に含んで、口内をきれいにしてから、あらためて患部に向いた。
これは、自分がやったことの結果なのだから、自分が絶対にやりとげなければならないこと。
逃げることも、気絶することも、許されない!
魔法の水で洗われた、ぬめぬめした肉の管。
昨日の、豚の臓物と同じようなものと思って耐えた。
そのあちこちが切れている。
内容物もあふれていて、片端から魔法の水で洗われてはいるが、便所のにおいも漂ってきた。
見守っている無数の人垣に、気分が悪くなってきた者が出てきて、へたりこんだり、離れてうずくまったりする。
従者たちは全力でモンリークの手足を押さえつけている。
カルナリアは歯を食いしばって、あらわにされた人の体内に手を伸ばした。
「よーし、がんばれ。まず、これと、これ。くっつけて」
手で、ぬめる長いものをつまみ、言われるままに接着させる。
糸で縫うのと違い、適当でもいいようで――。
「ほい、ひとつ」
ファラの、杖を握っていない方の手、その指先から治癒魔法が放たれ、液体のような光がサラサラと流れて、あっという間に切れていた部分がつながった。水で洗われるともう、どこで切れていたのかもわからなくなった。
「次はそっち」
カルナリアは何も考えられないまま、言われた通りに、求められるままに肉に触れ、様々な色の内臓をつまみ、あるいは患部を広げてファラの手が入るようにした。
「レンカちゃん、ほんと上手だよねえ。すぐに死なないように、血がいっぱい出るところや刺激が強すぎるところは避けて、でも大事なところはきちんと切られてるから、何日もかけて、苦しみ抜いて死ぬようになってる。切り口綺麗なんで、治しやすいよー」
人の内臓を見ても何ともないらしいファラに話しかけられても、カルナリアには返事をする余裕などまったくなかった。
「ほい、これで最後、肝臓くん、切られたとこ治して……元気にして……はみ出たものを全部押しこんで、整えて……」
もういいよ、と言われて、血や色々なものまみれの手を、腹の中から引き抜いた。
横にやると、案内人のひとりが水をかけ、洗ってくれた。
まだ手を入れているファラは、目を閉じて、これまでと違う魔法を行使し始める。
「お腹の中、焼いて、悪いものを消すから――しっかり押さえておいて。強いのいくよー」
準備させてから、魔力が渦巻いた。
火魔法だ。
横に置かれていた薪の炎が、伸び上がって、細くなり、それこそ液体のように患部へ注がれていって……。
「グオオオォォォォォォォ!」
モンリークが絶叫し、噛ませられている布に歯を食いこませた。
カルナリアはどこか遠いところからそれを見ているような心地になって、以前に、体の中を焼いてやって全部白状させてやればいい、と言われたことをぼんやり思い出していた。
それを言ってきたギリアはもうこの世にいない――はずだ。
彼女がどのように命を落としたのかはフィンには聞かせてもらっていない。
恐ろしい、わかり合うことはできそうにない相手だったが、風に乗った彼女の魂が良き流れ先に届くようにとあらためて祈った。
そして、目の前の、生きている者は……。
「ほい、最後に、外の傷を治して、全身の力を強めて、血が沢山作られるようにして…………と。おしまいっ!」
ファラが、洗った手で杖を持ち直して、淡い魔法の、何種類かそれぞれ違う光を注ぐと。
それまでは平然としていたのが、一気に汗の珠を浮かべて。
「はぁぁ…………」
長々と息をついて、へたりこんだ。
杖を横にして、メガネを外して顔を拭く。
「終わった…………のですか…………?」
カルナリアも地面に尻を落として、ぜいぜい喉を鳴らした。
「こっちにできることはね。あとは、服とか、地面とか、そういうのを洗うお仕事だねー。そっちは力仕事。みなさん、よろしくー」
従者や案内人たちが作業を始めた。
モンリークは、気絶したのか、動かなくなって、安静にできるところへ運ばれていく。
「ありがとう……ございました……」
カルナリアはよろめきながら、ファラに礼を言った。
色々なもので汚れた岩床に、今にも倒れこんでしまいそう。
そうなったら自力で起き上がれる気がしない。
「カルちゃんも、素人なのに、がんばったねー…………見直した。さっきの言葉、取り消すよ。自分じゃ何もしないっての、取り消す。そこは認めてあげる」
「いえ…………治してくださったのは、あなたですから…………」
「二人とも、よくやった!」
ゾルカンが、感動の面持ちで言ってきた。
一番いいところで休ませてくれるとのこと。
ファラは同じ女性であるエンフが助け起こし、カルナリアは――。
「がんばったな」
フィンが、支えてくれた。
その手にはしっかりした力がこもり、声には優しいものが満ちていた。
「………………はい」
返事してから、涙があふれた。
やりとげた。初めて、自分の意志で、自分自身で何かをやった。失われるばかりだった人の命を、助けることができた。――だが、助けた相手も、治した者も、カルナリアの味方でも何でもない。次回、第128話「道の先にあるもの」。少々性的描写あり。




