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124 カルナリアの選択


 カルナリアたちは、泥水の流れの中をひたすら登り続けて――。


「よし、見えた! 休めるぞ!」


 案内人が喜びの声をあげて脚を速めた。


 その言葉通り、休憩できる場所らしいものが見えてきた。


 岩壁である。


 濡れた岩肌がのしかかってくるような、威圧感ある場所。


 だが岩の一部が屋根のようにせり出し、その下に、まったく雨にあたることのない空間ができていた。


 その「屋根」の下は、一行の全員が入りこんでもまだ余裕のある広さである。


 しかも、岩の隙間から清水が流れ出てもいた。


 先に、自分たちも雨を避けつつ水を飲んでいた、小さいけれども凶暴な獣がいたが。

 案内人たちがすぐに片づけた。

 さばき始める。いい毛並みをしているので、毛皮にするのだろう。


 亜馬の列が入り、続いてカルナリアたちが転がりこんだ。

 心底からほっとした。


「……さっきはすまなかったな。不安にさせたなら謝る」


 水滴を垂らしたぼろぼろが、背後から襲われることのない、岩壁を背後にした場所にいた。


「大丈夫です。教えてもらいました。わかっていなかった私の方こそ、謝ります」


 自分もぼたぼた水を垂らしているカルナリアは、レンカの所在を確認し様子を見てから、身をもたせかけた。


 ぼろ布が開いて――顔は見せないが、カルナリアの首から下を包みこんでくれた。


 発熱サイコロと送風の魔法具を組み合わせたか、かなり熱い風が吹きつけてくる。

 カルナリアは意図を悟って、少しだけ体を離し服をゆるめて隙間を作った。

 肌も衣服も、みるみる乾いていった。


「……思い出します」

「ああ」


 それだけで通じて、頬がゆるんだ。

 ふたりきりでこうして過ごした河べりの一夜。


「…………」


 自分がやらかした醜態も思い出してしまったが。

 こんな時と場所なのに体が変に熱くもなってしまったが。





「火、急げ! 湯を! メシ! 場所を作れ! 干し台作れ!」


 ゾルカンが入ってきて、精力的に次々と指示を出していった。


 案内人たちは、濡れないようにして持ってきた(まき)で火を起こし、あるところには大鍋をかけ、あるところでは手持ちの棒を組み合わせて自分たちの服や靴を乾かし始め、さらに場所を作って後続の者たちが衣服を乾かせるようにしたが――。


 ゾルカンたちの次にやってくるはずの客たちが、姿を見せなかった。


 心配になり人をやるかと検討し始めた頃に、ようやく雨煙の向こうに人影がゆらめき現れる。


「何ということだ! おおゴーチェよ! 我が忠実なる従者よ!」


 モンリークの従者のひとりが、他の二人の従者に左右から支えられつつ、片脚を引きずって「屋根」の下に転がりこんできた。


 足を痛めてしまったようだ。


 客の中では前の方にいた彼らがそういう状態に陥ってしまったために、後続がみな停滞したらしく、貴族班の後からすぐぞろぞろと「屋根」の下に入ってくる。


 みな、長く雨に打たれて、疲れきっていた。


 案内人たちも肩で息をして、女性班は濡れなくなった途端にへたりこみ、最後近くに現れたセルイ一行も、ずぶ濡れで、今までのような油断ならない雰囲気ではなくなっていた。


「手伝いますよー……ううう」


 ファラが、濡れて冷えたか、歯を鳴らしながら杖を突いて進み出てきて、湿りぎみの薪や炭などを魔法で乾かし、焚き火の数を増やしてゆく。

 炎を放つよりも、今はその方がありがたい。


 十ほどの焚き火の周りに人が群がり、いくつもの輪ができた。

 あちこちで湯気が上がった。


 先に用意を始めた大鍋では、朝と同じ角豚(ゴルトン)の臓物煮こみが作られ、振る舞われはじめる。


 カルナリアも一椀もらい、弾力あるモツを噛みしめ、脂いっぱいの熱い汁を飲みこんで、腹の底からの幸せをおぼえた。


 口にした誰もが、ほっとした顔になってゆく。




「雨がやむまでは動けんな」


 一行のすべてを背負う立場であるゾルカンは、灰色の空を仰いで言った。


「それで、どうだ」


 怪我人の様子を確認に動く。


 モンリークの従者、ゴーチェは、転んで片脚をくじいたどころか、ひどく痛めたようで、靴を脱がせたその足首が紫色になっていた。


「こりゃ……折れたか。歩けねえな」


 ゾルカンの表情に、冷徹なものがあらわれた。


「担架を用意することはできるが……運ぶのはお前たちだ。その余裕はあるか。そいつの荷物はどうする」


「う…………!」


 同僚の従者たちは青ざめた。


 ここまでの山道を経験し、ここまでまともに歩けない者を連れてきた苦労をし……もっと険しくなるというこれからの道行きで、その重たい体を運び、あるいは支えて移動するのがどれほど厳しいことか、体でわかってしまっている。


 しかも、仲間を助けて疲労がたまり、今度は自分が動けなくなっても、他の者は助けてくれないということも……。


「おお、そうだ、あの平民魔導師! 治癒魔法を使えるはず! 呼んでこい!」


「限界っすーーー」


 巨乳魔導師は、あちこちの焚き火の間を回り、「洗浄」や「乾燥」の魔法を案内人たちにかけて回って、よろめいて、へたりこんでいた。


 嘘だ、演技だとカルナリアにはわかった。


 ファラの体には、まだ魔力がたっぷり残っている。


 王宮魔導師に匹敵するかそれ以上の、天才魔導師だ。

 やろうと思えば、この場の全員をたちまち乾かし、さらなる魔法で活力を与えることもできるだろう。


 ――だが、カルナリアからそれを指摘することはできかねた。


 ファラが疲れ果てた風に装う意味がわかる。


 もっとやれるとなれば、もっと手伝いを要求される。


 前にフィンが言っていた。

 料理ができると知られれば、誰もが求めてきて、とてつもなくめんどくさいことになる…………それと同じ。


 まして、治せと言われる相手は貴族の、その従者である。

 貴族のためになることをやれと命令されるのである。


 反乱軍の一員であり貴族を憎んでいるファラが、受け入れるわけがない。


「だめだ。そもそも、案内料代わりに俺らを助けるっていう契約だ。あんたらを助けるのは話が違う。これから先は、あの姉ちゃんが俺たちの命綱になる。無理させるわけにはいかねえ」


 ゾルカンも、ファラを使わせないという強い意志を示した。


 モンリークは――自分が痛いわけではないからか、食い下がることはしなかった。


「むう…………仕方ないか。ゴーチェ、これまでよく仕えてくれた」


「ま、待ってください! モンリーク様! お待ちを!」


 ゴーチェという従者は、すさまじい顔つきになった。


 ゾルカンたち案内人はもとより、主のモンリーク、同僚たちですら、自分を見捨てようとしていることを理解したのだ。


「一応、ここは水が出る。雨も当たらねえ。食い物は残していってやる。誰かが来るかもしれねえし、途中で遭ったやつにはあんたのことを伝えて、できるだけ助けてやるよう言っておく。俺たちはバルカニアへ着いたら、またこっちへ戻ってくるから、生きてたらそん時には連れて戻ってやるよ」


 ゾルカンがなだめるように告げたが、納得するはずもない。


 魔獣を目の当たりにしている。

 草木も、人間も、区別なく食らう巨大な雑食獣を直接見ている。

 本当の肉食獣がいることも容易に想像できる。


 そんなところに、足を痛めてまともに動けない者が放置されて、何日生き延びられるのか。

 いや、一日どころか……置いていかれた直後にすら!


「お待ちを! お助けください! お助けを! どうか! お待ちください! 助けて!」


 ゴーチェは猛烈にわめいた。

 気持ちがわかりすぎて、カルナリアも、他の客たちも、彼らを正視できなくなった。


「大丈夫ですから! 私は、起きられます! 歩きます! 杖があれば、いくらでも、負担をかけずに歩けますから!」


「いや、無理だ。その足で、今までのように荷物は運べまい?」


 これもなだめるように、主のモンリークは言った。


「お前がついて来られなくなってしまったことは、本当に、悲しいことだ。

 しかし我が大望のためには仕方ない。

 ゴーチェよ、お前の忠義、このモンリーク・サーディル・タランドン、カラント王国貴族の誇りにかけて、心より感謝する!

 この私が大志を成し遂げ帰国する際に、必ずお前を助ける。そしてお前のことは最優先で褒賞(ほうしょう)するからな!」


「うわあああああああああああ!」


 ゴーチェは、聞くに()えない哀れな悲鳴をあげた。


「待ってくれ! 助けてくれ! 俺を置いていって、魔獣に食わせて、その間に先へ行くつもりだろう!? そんなのいやだ! 助けて! お願いします、助けてください! モンリーク様! アルバン殿、オラース! 見捨てないでください! どうか! いやだ、いやだいやだ、いやだああああああ!」


 同僚たちが顔を歪め、こちらも見るに()えない顔つきとなり。


 ゾルカンたちが、これは早々に処分した方がいいのではないかということを視線でやりとりして、戦闘担当の者たちが動き出した。

 彼らの手にはロープが握られていた。

 血を流さずに処分するための……。


「………………」


 カルナリアは――。


 背後にいてくれるご主人さまを意識し、勝手な真似をしてはいけないという奴隷の心得もしっかり理解しており。


 自分たちにはまったく関係ないことに、口をはさむ必要がないことも、関わっても何一ついいことはないだろうという予測も、すべて考えた上で――。


「放っておけません。いいですか、ご主人さま」


 心臓をバクバクさせながら、フィンに言った。


 それによりフィンにかける負担も想像できる限りあれこれ想像して、その上でなお、決断して言ったことだった。


 今の自分は、あのゴーチェを助ける手段を持っている。

 それなのに使わないで見捨てたら、自分が自分でなくなってしまう。


 ご主人さまに禁止されるのなら仕方ないが――。


「お前が本当にやりたいことなら、いいよ」


 いつもとまったく違う声音で――体の芯が溶けるような優しい声で、言われた。


「やれる限り、やっておいで」


「……はいっ!」


 カルナリアは進み出た。

 唇を引き締めて。

 やらなくてもいいことをやりに。




カルナリア、動く。王宮を逃れ出て以来初めて、必要だからでも追われてやむなくでもなく、完全に自分の意志だけで行動した。それがどのような結果をもたらすか。次回、第125話「頭の高さ」。暴力表現あり。

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