106 野外訓練
これまでを読み返して、各話がやや長めかなと反省しましたので、この先は今までより各話をやや短めにします。
「だっ、誰ですかっ!? ここは!? ご主人さまはっ!?」
カルナリアは飛び起きて――自分が、下着姿であることに気がついた。
靴もなく、裸足。
「きゃああああっ!」
「うるせえ。そんな貧相な体に用はねえよ。服が欲しけりゃ――」
髭の男は、上を示した。
つられて見上げた木の上、かなり高いところの枝に、自分の衣服や荷物が引っかけられていた!
「自分で取りな」
「そんな!」
男は立ち上がると――むさ苦しい外見に似合わぬ俊敏な動きで、スルスルと別な木に登っていってしまった。
「そんな…………!」
ひとりきりにされたカルナリアは周囲を見回した。
周りはすべて木、木、木……他には何も見えない。
渓流やその手の水の音も聞こえない。
そよ風に揺れる木々の、さわさわ言う葉ずれの音だけ。
フィンは――あのぼろ布の魔力は……………………ない。
「ご主人さまーーーーっ! 誰かーーーーっ!」
叫んでみたが、反応なし。
心臓が激しく打つ。
何が起きて、ここはどこで、あれは誰で、どうなっているのか。
まさか、フィンに捨てられたのか。
(いえ! 考えるのはあとです!)
何がなんだかわからないが、自分は拘束されておらず、怖い相手が側にいるわけでもなく、服も荷物も見える場所にはあるのだ。
タランドン城で目覚めた直後の地獄に比べれば、この程度のピンチは可愛いもの。
(とにかく、あの服と荷物を取り戻さないと……)
裸足なので、足を傷つけないよう気をつけて歩き、荷物のある木の根元に立った。
石ころや棒きれを投げつけて落とせないかと思ったが、よく見れば、衣服も荷物も細い紐でくくられている。
登るしかない。
幸い、木はあちこちにこぶや横枝のある、割と登りやすいタイプの広葉樹だった。
(木登りは、久しぶりですね)
あの髭面がどういうつもりかはわからないが、いじめるつもりならおあいにく様。
ここにいるのはおてんば姫カルナリアなのだ。
もちろん、落ちて怪我をしてはならないから慎重に、登るルートを確かめて、手を伸ばし木のうろに指を引っかけ、足の指を樹皮にかけ――。
スルスルとはいかないが、着実に、登っていった。
(ひとに見られたら、とんでもない姿ですが……)
木登りは、どうしても脚を大きく開かなければならない。
下着姿でやるのは、きわめて問題があった。
見ている者がいないのがせめてもの救い。
あの髭面は、上の方にいるはずだから問題ない。
「ふう」
何とか、目的の枝についた。
王宮の森では一度も経験したことのない高さだ。
身長の何倍ぐらいの場所か、考えたくない。
荷物も服も、先の方にある。
念のため、枝を揺らし、しっかりしていることを確認してから、またがって腰を進めるやり方で、慎重に前進していった。
到着。
罠や妨害を覚悟していたが、何もなかった。
まず上着。エリーレアの身分証と細長い小箱はちゃんとあった。
レントの短剣も。
荷物を背負う。マントは降りてから。ひらひらするものを身にまとうと、枝に引っかけてきわめて危険だということを、カルナリアは実体験ずみだ。
ズボンと靴も、樹上で身につけるのは危ないので、降りてから。
投げ落としたいところだが、整備された王宮付属の森ではないので、落としたところを小動物に奪われる可能性があり、全部自分で持って降りる。
下る時の方が危ないのは、これも経験済み。
特に今は荷物がある。
生脚を露出した姿で慎重に降りていって、何とか、地面に足がついた。
「はぁ~~~」
息をついて、へたりこみそうになったが、気を取り直し急いでズボンと靴をはき、荷物の中身を確かめた。
服に縫いこんだお金や、荷物に隠してある宝石類は無事だ。
だが――食料と水がなくなっていた。
服の替えも。
あらためて空を見上げ、太陽の角度から時間を推定する。
午前中。朝というにはやや過ぎている。
「思ったよりやるな。ありがたい」
髭面が現れた。
カルナリアはレントの短剣を手にした。
抜きこそしないが、全力の警戒と威嚇。
「あなたは、誰ですか。私のご主人さまはどこですか。どういうつもりですか。ここはどこですか!?」
「ギー、と呼べ」
明らかに本名ではなさそう。
「わけありみたいだが、詮索はしねえ。俺は俺の仕事をするだけだ」
「仕事……?」
「俺の仕事は、教師だ」
「教師?」
「こういう森の中、山の中でやっていく方法を教える」
「………………」
「色々教えてやる。だが助けてはやらない。自分でできるようにならないと、寝床も、メシも、水も、手に入らない。夜が寒くても知らん」
「それは…………どういう…………」
「時間が惜しい。三日の間に、できるだけ教えるように言われている。まず、水の探し方から」
ギーは疑問に答えてくれず、一方的に、森で様々なものを手に入れる知識を伝え始めた。
確かに、教師だった。
水場の探し方、飲めるかどうかの確かめ方、簡易濾過器の作り方、飲む前の警戒、食べられる木の実や草の種類、日が差さない森の中での方角の確かめ方、獣の見つけ方、ナイフの使い方、危険な獣への警戒の仕方などを次々と教えてくれた。
(旅には役立つ知識ですし、面白いことは面白いですけど、意味がわかりません!)
理由がわかる勉強なら身が入るが、何もわからずただ教えこまれるだけというのは精神的にきついものがある。
「あの…………私は、ご覧の通り、奴隷で……主の名は、フィン・シャンドレンというのですけど……」
午後になり、我慢できなくなって、告げてみた。
「ふうん」
完全な無反応だった。
「では、火の起こし方を教える。暗くなる前にできるようにならないと、真っ暗な中で寝るしかなくなる」
「…………」
「先に言っておく。三日後、ナイフ一本だけで、この森を抜けてもらう。出られなければそのままだ。出て来ないやつもよくいる」
「そんな!」
「いやなら、全てを体に叩きこめ。いいか、よく見ていろ」
(助けてくださいご主人さまっ!)
カルナリアの心からの叫びが届いたのか――。
「む?」
ギーが何かに反応した。
カルナリアは見た。
赤い星が、こちらへ飛んでくるのを!
「!!!!!」
『流星』の光が――頭上を通過した。
「わあああああああああああああ!!」
全力で叫び、両手を振り回した。
お話の中で聞いた、漂流している船が、他の船を見つけた時に船乗りたちがそのようにしたという、そのままをやった。
――赤い光が、戻ってくる。
着地。
ぼろ布が出現した。
カルナリアはわけのわからない声をあげて飛びつき、しがみつき、全力でひっついた。
「なんだ、あんた?」
「この子の主人だ。あなたがギーか」
「ああ。妙な依頼だが、やっぱり妙なやつがらみか」
「フィン・シャンドレンという。この子はどうだ」
「ああ、割とましな方だ。聞き分けはいいしおぼえもいい。泣きわめきもせず、よくついてくる」
「…………なんでずがっ、どういうごどですかっ! ぜつめいっ! じでっ! くらざいって、前も!」
ギーの評価を裏切って、カルナリアは泣きじゃくりながらわめいた。
「ギー、少しいいか?」
「ああ」
ギーから離れて、切り株にフィンとカルナリアは座った。
「ここは、タランドン領内の、南の方だ。グライル山脈に近いところにある」
驚いたことに、カルナリアは一晩ではなく、完全に丸一日眠らされていた。
「それについてはすまなかった。だが、そうしないとならない運び方をしたからな。事前に話しても、覚悟するのは大変だっただろうから、ああ言って強い眠りの蜜を飲ませた」
「どんな運び方ですか。普通に言ってくださるだけで何でもしましたのに」
険しく、厳しく、カルナリアはフィンをにらむ。
「まず、素っ裸にして」
「!?」
「顔の周りに、水を通さない袋をつけて、しばらく窒息しないようにしてから、肉にするために解体した牛の、捨てる臓物を入れた大樽の中に沈めた」
「!!」
「肥料にするため近くの農村へ運びこんで、今度は本物の、熟成した肥料の樽に移しかえて、顔だけ出して息ができるようにしてから、その状態で約半日」
「………………」
想像して――吐き気をおぼえた。
「ほら、な?」
「ううう…………」
確かに、事前に聞かされていたら、命の保証はされていても、どうしても拒否して他の方法を考えてもらっただろう。
聞いた後だと、自分の体から肥のにおいが漂う気がする。
首輪に染みてはいないだろうか。
「この近くの村へ運びこんで、じっくり洗って、それでもまだ目覚めないので、先にここへ運ばせた」
「…………」
「追っ手には犬を使うやつらがいる。侯爵家も全力で探している。到るところに検問が設けられ、時には魔導師もついて、タランドン市から出る者を厳しく詮議していた。なのでそういうやり方にした。お前の衣服や道具を、ばらばらに色々な方向へ運ばせて、撹乱もしたそうだ。
ああ、首輪を始め、お前が大事にしているものは、私がまとめて運んだからな」
それは朗報だった。
肥料には漬けられていない。
「ご主人さまは…………同じように……?」
「私は、体が大きいし、意識を失うと色々危険なので、水に何度も入るやり方でどうにかした」
「ずるい……」
「ずっと眠っていられた方が楽だろう。肩まである川や沼の中を何度も何度も歩かされたんだぞ。ずっとずぶ濡れのまま、一日……どれだけお前をうらやましく思ったか」
フィンの声音に恨みがましい響きが乗った。
「…………」
確かに、方法はひどいが、カルナリア自身は何一つせずに移動できたのは事実。
それに実際、今に到るまで、追っ手はまったく現れていないのだから、捜索の目を逃れることにも成功している。
文句は言いづらかった。
「それで――ようやく目的の村に着いたんだが、そのまま次へというわけにはいかないらしい。私はともかくお前がまずいと」
「私が……ですか?」
「あのギーにも言うなよ」
フィンは声をひそめた。
ぼろ布の、頭部が近づいてきた。
少しドキッとする。
「グライル山脈を越える道が、あるらしい」
「!」
「何日も、山の中を移動する。今のお前では、それについて行けない。だからここで、しばらくそういう技能を身につけてもらう必要があるらしい」
「…………!」
「あのギーは、こういう森や山の中での過ごし方を子供に仕込んだり、兵士に教えたりする役目の者だそうだ。できる限り教えてもらえ。私はその間に、届けられる魔法具を受け取ったり、色々なことを試したりする。ここは周囲から見られない地形になっているから、飛び回ることも試せてありがたい」
「わかりました」
カルナリアの心身に力がみなぎった。
そういうことか。
足手まといではなくしてくれるというのなら、いくらでも学び、自分を鍛える!
「……でも、やっぱり、先に説明してほしかったです」
「お前がもう少し早く目覚めていれば、その時間もあったのだが」
「むう…………」
あの蜜の、ふた口めを吸いこんだことを思い出し、カルナリアはうなだれた。
「そろそろいいか」
ギーが言ってきて、話はおしまいになった。
「がんばれ」
「はいっ!」
――三日後。
レントの短剣一本だけで森を抜けたカルナリアは、途中の川で木の枝の槍を使って魚を捕らえ、自分でさばき、自分で起こした火で焼いて食べた。
教えられずとも村を見つけ、近づくと、フィンが待っていた。
「戻りました」
「いい顔になった。こちらも必要なものは全てそろった。向こうの準備もいいらしい。
…………この国を出るぞ」
サバイバル塾の集中合宿により、少しだけカルナリアのレベルが上がった。お荷物度は前より減って、いよいよ祖国を離れる過酷な旅路へ。次回、第107話「グライルへ」。
カルナリア「レント、エリー! わたくし、強くなりました!」(川辺で焼いた魚をむしゃむしゃ食べながら)
レント&エリーレア(……私どもが姫様に望んでおられたのは、そういう強さではないのですが……)




