『オタク』『陰キャ』『フリーター』『童貞』というプロフィールの俺がマッチングアプリに登録したら、なんと美少女に声をかけられた
その日、俺・藤島望は高校時代の同級生と再会した。
いつもより早く家を出た結果、バイトまで中途半端に時間が空いたので、俺は少し遠回りしてバイト先に向かうことにした。
いつもと違う道、いつもと違う景色。初めて通ると言っても過言ではない道のりは、とても新鮮に思えて。
辺りの景色を楽しみながら歩いていると、ふとレトロな雰囲気の喫茶店が目に入った。
「へぇ。家の近くに、こんな店あったんだ」
俺は腕時計で時刻を確認する。バイトまでは、まだ時間がありそうだ。
バイト前に英気を養うという意味でも、ここで一服してもバチは当たらないだろう。
俺は喫茶店に入ることにした。
店内には昔の洋楽が流れていて(それも今どき珍しいレコードだ)、とても落ち着いた感じだった。
騒がしいところが苦手な俺にとっては、居心地の良い空間と言えよう。
ブレンドコーヒーを注文した後、俺は改めて店内を見回す。
こういう雰囲気のお店って、よくアニメでも出てくるよな。確か今期放映しているアニメの中で、昔ながらの喫茶店を舞台にした作品があった気がする。
主人公はその喫茶店で、毎回ブレンドコーヒーを飲みながら推理するわけで。
アニメに酷似した場所でキャラクターと同じ行動をしていると、自分がアニメの世界の住人になったようで、なんだか興奮してくる。
まぁどれだけ真似しようとも俺は俺、藤島望であり、アニメキャラじゃない。だから間違っても喫茶店の美少女店員に好かれることなんてないんだけど。
10分後、コーヒーカップが俺の目の前に置かれる。
「お待たせしました! ブレンドコーヒーになります!」
店員さんにお礼を言った後、俺は早速コーヒーカップに手を伸ばす。
今まさに一口目を啜ろうとしたところで……俺の動きは、店員さんの「あっ!」という声に止められた。
「もしかして、藤島くん?」
名前を呼ばれたので、一度コーヒーカップを口元から離して、店員の顔を見る。……どこかで会ったことがあるような気がするけど、誰だっけ?
「やっぱり、藤島くんだ! ねぇ、私のこと、覚えてない?」
自身のことを指差しながら、店員さんは尋ねる。
どうしよう。まったく覚えていない。
かといって、「ごめんなさい。記憶にありません」というのも失礼だし……俺は一か八か、彼女の名前を予想してみることにした。
「えーと……佐藤さん?」
「残念、鈴木です! 鈴木汐音、思い出してくれた?」
テキトーによくいる名前を出したわけだが、なんとニアピンだったようだ。
しかし鈴木汐音と聞いて、ようやく思い出した。確か高校の同級生に、そういう名前の女の子がいたな。
クラスの中心人物で、勉強が出来て、男子からも人気があって。基本高校時代の同級生なんて忘れているけれど、彼女は俺と正反対の存在だったから、なんとか記憶の隅に残っていた。
「鈴木さんって、あれだろ? いつも学年首席だった、天才美少女」
「天才だなんて、煽すぎだよ」
美少女っていうところは、否定しないのね。まぁ事実、美少女なんだけど。
「それにしても久しぶりだね。高校卒業以来かな?」
「多分そうだと思う」
大学進学後は、間違いなく鈴木と会っていない。それなのに「多分」と言ったのは、卒業式の日に会った確証がないからだ。
式には一応出たけど、誰とも会話してないし。
「もしかして藤島くんって、この辺に住んでるの?」
「まぁ、そんなとこ。鈴木さんも?」
「この辺っていうか、ここだね。あそこにいるマスター、私のお父さんだし」
鈴木さんの家って、喫茶店だったんだ。
高校時代ろくに話したことなかったから、知らなかった。
鈴木との偶然の再会が嬉しいかと聞かれると、正直わからない。だって元クラスメイトとはいえ、俺にとっては赤の他人同然だもの。
ぶっちゃけ「久しぶり」よりも「はじめまして」と言いたい気分だ。
しかし俺とは対極的な立ち位置に属するこの陽キャ筆頭は、そんなこちらの心中などお構いなしにグイグイ話を進めてきた。
「折角会えたんだしさ、少しお喋りしようよ。それとも、忙しかったりする?」
「少しくらいなら大丈夫だけど……鈴木さんの方こそ、平気なの? 仕事中なんじゃない?」
「今はお客さんいないから、ちょっとくらいサボっても問題ないって!」
鈴木さんはそう言うと、自分でブレンドコーヒーを淹れてくるなり、俺の対面に座るのだった。
◇
鈴木さんとの会話内容は、主に近況報告だった。
鈴木さんは現在、この喫茶店を継ぐ為経営やコーヒーの淹れ方を勉強中らしい。
大学では経営学を専攻し、高校の時同様首席で卒業したとか。本当、恐れ入る。
対して俺は……一体何をしているんだろうか?
高校卒業後、滑り止めで受かった大学に進学。勉強に精を出すわけではなく、キャンパスライフを謳歌するわけでもなく、気付けば四年間が過ぎ去っていた。
就活は失敗。今は定職に就かず、バイトに明け暮れる日々だ。
実家暮らしなのでそこまで生活費がかからないのが、幸運と言えよう。
休みの日にすることといえば、漫画を読むかアニメを観るかするくらいだ。
基本家から出ようとしない。出るとしたら、公開しているアニメ映画を観る時限定。
しかも平日の朝一とか空いている時間に行くわけだから、当然出会いなんてものもあるわけなかった。
鈴木さんには「今はやりたいことを探している最中なんだ」と言って強がってみるが、やりたいことなんて、この先何年経っても見つかるとは思えなかった。
近況報告がひと段落ついたところで、鈴木さんが話題を変える。
「時に藤島くん、こっちの方はどうですかな?」
わざとらしく小指だけを立てながら、鈴木さんは尋ねてきた。
「……こっちの方とは、どの方角のことですか? 西? それとも東?」
「もーぉ、わかってるくせに! 恋愛だよ、恋愛! 彼女の一人や二人出来たんじゃないの?」
「彼女が二人もいたら問題でしょ? 修羅場確定だよ」
「ということは、一人ならいるってこと!?」
「……残念ながら、一人もいたことありません」
彼女いない歴=年齢の記録は、今なお継続中である。
「そうなの? 誰かを好きになるのだって社会経験の一つだし、恋愛はしておいた方が良いと思うよ」
「そう言われても……恋愛しようにも、きっかけがないし」
「まぁ確かに、毎日同じような生活を送っていると、出会いなんてまずないよね。……そんなあなたに、こちらをオススメします!」
鈴木さんは、スマホの画面を俺に見せてくる。
スマホの画面では、『ウィルラヴァー』というアプリが開かれていた。
「これは……マッチングアプリってやつ?」
「そう! 最近マッチングアプリって沢山あるけれど、この『ウィルラヴァー』は一番人気のやつなんだよ。会員数も、ナンバーワンなんだって」
マッチングアプリなんて今まで縁がなかったので、俺はスマホで『ウィルラヴァー』を検索してみる。……結構評判の良いアプリみたいだな。
月額2500円かかるらしいけど、本気で恋愛したいのなら、このくらい必要経費だろう。
アプリの口コミを熱心に読んでいる俺を見て、好感触だと考えたのだろう。鈴木さんが、もう一押ししてくる。
「試しにさ、藤島くんも登録してみなよ!」
「登録って……いやいや、流石に金の無駄だって。俺みたいなオタクを、好きになる女の子なんていないだろ?」
「そうかな? 藤島くんと同じように「私みたいなオタクをーー」って思っている女の子が、もしかしたらいるかもしれないよ? なんたって、何百万人もの会員数がいるんだからね」
……確かに。何百万人の中からたった一人自分と気の合う女の子を見つければ良いのなら、なんとかなりそうな気がしてきた。
鈴木さんに『ウィルラヴァー』の登録の仕方を聞いたところで、お喋りは中断。バイトの時間が迫っていたので、俺は喫茶店をあとにした。
バイト中、これから訪れるであろう俺の春に終始胸を膨らませながら、帰宅後に期待を込めて会員登録するのだった。
◇
バイトから帰って来て、入浴を済ませた俺は、早速『ウィルラヴァー』に登録してみることにした。
アプリをインストールして、「新規登録」をタップして。何々……まずは名前を打ち込むのか。「藤島望」っと。
続け様に年齢や誕生日を登録していく。
その次に登録する項目は……職業だった。
医者とか銀行員とか、そんな肩書きを名乗れたらどんなに誇らしいことか。数年前なら名乗れた学生という肩書きも、今はもうない。
嘘をついて、見栄を張って彼女が出来たって、長続きしないよな。本当の自分を知って貰って、その上で藤島望という人間を選んで貰わないと。
俺は職業欄に、素直に「フリーター」と打ち込んだ。
職業を登録し終えると、今度は趣味だ。
趣味と言われて真っ先に思い浮かんだのは……漫画鑑賞とアニメ視聴だった。
オタクは敬遠されがちなところがあるけれど、これだけ沢山の会員がいるんだ。一人くらい、同類もいるだろう。
趣味の項目には、「漫画・アニメ」と打ち込む。
その後も嘘偽りない回答を続けていき、やって来た最終項目。
最後の質問は、悩むまでもない内容で。――恋愛経験だった。
答えは「あり」か「なし」のどちらかを選択する。俺は言うまでもなく、なしだ。
全ての質問事項を埋め終えて、最終登録する前に、俺は再度自分の打ち込んだ内容を確認する。
【名前】藤島望
【年齢】26歳
【誕生日】8月27日
【職業】フリーター
【趣味】漫画・アニメ
【性格】内向的
【将来の夢】特になし
【恋愛経験】なし
……もしこれがゲームキャラのステータスだったら、絶対こんなキャラ選ばないね!
素直に記したプロフィールは、お世辞にも魅力的なものではなかった。
本当にこんな低スペックな俺に、彼女なんて出来るのかな? 俄かに信じられないという思いを胸に抱きつつも、既に今月分の会員料は支払ってしまったので、2500円を無駄にしない為登録を完了させた。
『ウィルラヴァー』では、自分の性格に合った女の子を、自動的に抽出して表示してくれるらしい。恋愛も、科学の時代に突入したわけだ。
俺のスマホにも早くも数十人の女の子がリストアップされたわけだが、悲しいことに相性はあまり高くなかった。根尾詩季
一番高い子でも、52パーセント。辛うじて半分超えたくらいだ。
「文明の力を使っても、このザマかよ。マジで一生彼女出来ない可能性だってあるぞ」
ままならない現実に嫌気が差し始めたその時、一人の女の子から直接メッセージが送られてきた。
『少し、お話しませんか?』
女の子の名前は、さん。『ウィルラヴァー』の算出した相性は……なんと95パーセントだった。
こんなにも相性の良い相手は、恐らくこの先現れないだろう。折角訪れたチャンスを無駄にしてはいけないと思い、俺はすかさず『お話しましょう!』と返信した。
『ありがとうございます!』
『いや、お礼を言うのはおかしくないですか?』
『言われてみたら、そうですね笑。だったら、喜んでみようかな? やった!』
えっ、何その反応? 可愛いんですけど。
しかしだからこそ、どうして俺なんかに声をかけたのかがわからない。冷やかしと考えるのが妥当だろうか?
会話を続けながらも、俺は警戒心を絶やすことはなかった。
『藤島さん、アニメや漫画が好きなんですよね? それって、具体的にどういったものが好きなんですか?』
『ジャンルって意味で聞いているんですか? でしたら、特にこだわりはないですね。SFもアクションもラブコメもミステリーも、好き嫌いなく見ています。根尾さんは?』
『私はその……結構昔のアニメとか好きでして。それこそ、私たちの親世代が見ていたようなアニメです』
例えとして根尾さんが挙げたアニメは、どれもこれもひと昔前の作品だった。
しかし不朽の名作と言われる作品ばかりなので、一応一度は全話視聴している。
『昔のアニメ、俺も好きですよ』
『本当ですか!? 同年代で昔のアニメが好きな人って、なかなか見つからなくて。なんか運命感じちゃいますね!』
多分根尾さんは、何気なくそう言ったのだろう。
しかし今使っているツールはマッチングアプリなので、その……キモいかもしれないけれど、「運命」という単語に過剰に反応してしまった。
メッセージでのやり取りは、正直めちゃくちゃ楽しかった。
その後もお喋りは続いていき、気付けばあっという間に2時間が経過していた。
『あっ、もうこんな時間。そろそろ寝ますね』
『そうしましょう。おやすみなさい』
『おやすみなさい。……あっ、その前に一つお願いがあるんですけど、良いですか?』
『お願い? 取り敢えず、言ってみて下さい』
『その……週末、私と会ってくれませんか? もっと沢山、今度は面と向かってお話がしたいんです』
週末にお出かけ……それって、デートと言って差し支えないんだよな?
俺の返事は、勿論『OK』だ。俺だって、根尾さんとお喋りがしたい。
眠りに入る直前で、根尾さんから『ありがと……じゃなくて、やった!』というメッセージが入る。うん、やっぱり可愛いな。
◇
週末。
俺はわざわざ新しい洋服を買って、可能な限り最大限のオシャレをして、根尾さんとのデートに臨んだ。
偶然にも根尾さんは俺と同じ街に住んでいるらしく、その為待ち合わせ場所は駅のロータリーとなった。
楽しみが募るあまり、俺は1時間も早くロータリーに到着する。
手持ち無沙汰だったので、俺はソシャゲをして時間を潰すことにした。ソシャゲは、アニメが原作のやつだ。
ソシャゲに興じること、45分。待ち合わせ時刻より15分早く、根尾さんが現れた。
「あの……藤島さんですか?」
「そういうあなたは、根尾さん?」
「はい、根尾詩季です。今日はよろしくお願いします」
初めて会う根尾さんは、なんていうか、アニメのヒロインみたいに可愛らしい女の子だった。
本当にこの子とデート出来るの? 詐欺とかドッキリじゃないの?
「同い年みたいだし、敬語はなしでいこうか。……今日どこに行くかとか、予定立ててたりする?」
「いや、何も考えてなかったけど……マズかったかな?」
「ううん。私も同じだから、問題なし! そうだねぇ。そしたらまずは……古本屋さんでも行こうか。オススメの昔の漫画、教えてあげるよ」
古本屋巡りから始まった俺たちのデートは、終始和やかな雰囲気で進んでいた。
根尾さんのプレゼンは非常に上手で、俺は彼女の勧めた漫画全てに興味を持った。
一冊100円くらいだし、思わず大人買いしてしまおうかと手に取ったところで、根尾さんに制止される。
「今オススメした漫画は全部持ってるから、今度貸してあげるよ」
デート開始から、僅か小一時間。早くも次のデートの約束を取り付けてることが出来た。
ランチは洒落たイタリアン……ではなく、こってり系で有名なラーメン屋さん。「ラーメンが食べたい」と言い出したのは根尾さんの方で、リア充な空気が苦手な俺を気遣ってのチョイスだと思う。
午後は二人でカラオケに行き、昔のアニメの主題歌を熱唱しまくった。
カラオケなんて苦手意識しかなかったけど……こういう楽しみ方なら、アリかもしれない。
午後5時を回ったところで、俺たちは待ち合わせ場所の駅のロータリーに戻ってきた。
「今日は楽しかった。ありがとう、藤島くん!」
それはこっちのセリフだよ。
今まで人を避けてきたから、誰かと遊ぶというのがこんなに楽しいことだとは知らなかった。
恋愛から逃げてきたから、デートがこんなに素晴らしいものだとは知らなかった。
勿論相手が根尾さんだからというのは、間違いないだろう。でもだからこそ、このデートをもうちょっとだけ続けたかった。
今から行けて、俺も根尾さんも楽しめそうなところとなると――
一箇所だけ、思い当たる場所があった。
「ねぇ、根尾さん。まだ時間ってあったりする?」
「え? うん、大丈夫だけど……どうして?」
「最後に、連れて行きたい場所があるんだ」
◇
俺が根尾さんを連れて来たのは、鈴木さんの家……つまりは喫茶店だった。
「ここって……」
「最近見つけた喫茶店なんだけどね、レトロな雰囲気なお店で、オススメなんだ。きっと根尾さんも気に入ると思うよ」
「へっ、へぇ……」
……あれ? なんだか淡白な反応だな。
だけど嫌がっている様子は見受けられないので、俺は彼女を店内に案内した。
「いらっしゃい。……あっ、おかえり」
マスターが笑顔で俺たちを出迎える。
おかえりって……メイド喫茶じゃないんだから。俺は苦笑でマスターに返した。
俺は前来た時と同じ、ブレンドコーヒーを注文した。
コーヒーが来るまでの間、根尾さんは俯きっぱなしだった。
根尾さんの反応は気になるけど、コーヒーを飲めばたちまち元気になるだろう。
それにここに来た目的は、もう一つあるし。
根尾さんという素敵な女性と出会えたのは、マッチングアプリを紹介してくれた鈴木さんのお陰だ。
「こんな素敵な子と知り合えました」と、俺は彼女に一言お礼が言いたかった。
「マスター、鈴木さん……汐音さんは?」
尋ねると、マスターはキョトンとした表情になる。
「何を言っているんだい? 汐音なら、そこにいるだろう?」
マスターは、根尾さんを指して言った。
いやいや、マスター。ここにいるのは鈴木さんじゃなくて、根尾さんだって。
またも苦笑いしながら根尾さんを見ると……彼女の顔が、真っ赤になっていた。
「根尾さん? ……いや、根尾さんじゃない?」
髪型を変えていて、化粧の仕方も変えていて、だから今まで気づかなかったけど……目の前にいる根尾詩季という女の子の正体は、鈴木汐音だった。
「もしかしなくても、鈴木さん?」
「……はい、そうです」
根尾さんがウィッグを取ると、鈴木さんが現れる。
俺は一日中、鈴木さんとデートをしていたのだ。
「どうして、偽名なんて使ったんだよ?」
「それは……なんだか本名でデートを申し込むのが、恥ずかしくて」
スッと、根尾……じゃなくて鈴木さんは、『ウィルラヴァー』のプロフィール画面を見せてくる。
【名前】根尾詩季
【年齢】26歳
【誕生日】11月2日
【職業】喫茶店店員
【趣味】漫画・アニメ・映画
【性格】恥ずかしがり屋
【将来の夢】喫茶店のマスター
【恋愛経験】少しだけあり
「これが私のプロフィール。これまで相性の合う人が、なかなかいなくてさ。高くても、精々70パーセントだったんだよね。それでもと思いデートしてみたんだけど、やっぱりどこか物足りなくて。そんな時、偶然90パーセントを超える相性の人を見つけたの」
「それが俺だったと?」
「うん。びっくりしたよ。まさか私がアプリを勧めた人が、マッチングするなんて」
「最早運命だとも思ったね」。そんなことを言われたら、こっちの方が恥ずかしくなる。
「この運命を絶対に逃しちゃいけないと思った。でも私が藤島くんにデートを申し込んだら、その為にマッチングアプリを教えたと勘違いされかねないじゃん? それが嫌だったから、その……」
「偽名を使ったと?」
「……そういうことです」
仮に鈴木さんが本名でデートを申し込んでいたとしても、多分俺はその誘いを受けたと思う。
だけど鈴木さんは、それが嫌だったのだ。
折角の運命が運命でないと俺に思われるのが、耐えられなかったんだ。
『ウィルラヴァー』によると、俺と鈴木さんの相性は95パーセントだっけ? ……逃げたな、マッチングアプリ。
今日デートしてわかった。俺と彼女の相性は、95パーセントじゃない。100パーセントだ。
「俺、マッチングアプリを使って良かったよ。お陰でこうして鈴木さんとデート出来たから。この喫茶店に来て良かったよ。そのお陰で――鈴木さんと再会出来たから」
来週末を、君とデートしよう。午前中約束した通り、昔の漫画を貸して貰おう。
マッチングアプリの【将来の夢】という項目を、今なら埋められる自信がある。
どんな仕事がしたいのか。それはまだわからない。
でも、やりたいことなら見つけた。俺は鈴木さんを幸せにしたい。
手始めに美味しいコーヒーの淹れ方でも、覚えるとしようかな。