第九話 リサの中に燃ゆるあの日
葉がかすれて音をたてないように、小枝を踏み折らないように暗い森の先を慎重に様子を覗き込む。
リサの目に映ったのは複数の男達とそれに囲まれる二人の子供の姿であった。
考えるまでもなくその二人の子供は先ほどの村人の息子と娘に違い無いだろう。
そしてそれを追う男たちの姿は先ほどの村人たちとはかけ離れている。
7人の男たちはみすぼらしい服装に加え、汚れた剣の柄が見える。
距離が離れていることもあり、会話を全て聞き取ることはできなかったが”追え”、”生きたまま捕まえろ”といった言葉を発していることは分かる。この7人が村人の話していた山賊たちであることはほぼ間違いないだろう。
そんな中子供たちの小さな姿を見て、なんてことだとリサは気持ちが落ち込むのを感じる。
(…子供たちは、”見捨てる”。その答えに変わりは無いわ。)
こんなトラブルに巻き込まれていては日が落ちるまでに出発地点に戻ることは困難となる。
目の前で起きている出来事は全て試験官たちが用意したイベントか何かであろうことは間違いない。
それに男たちも、二人の子供もまだリサとクレインに気づいている様子は無い。
そして出発地点へ通ずる道は男達がいる方角とはズレており、気づかれずに通過すればこの場を離れることは容易である。
リサたちは今、合格することに対して貪欲にならなければならない。
それが頭で分かっていても、いざ実際に悲鳴を上げ逃げ回る子供たちを前にして背を向けるというのはまるで心に針を刺すような痛みが走る気持ちになるといったものだった。
時間を気にして最短ルートを通り帰還することにしたがそれも裏目になったか、とリサは歯がゆい思いに包まれる。
「…クレイン、出発地点まではあとどれくらいかかる?」
「ここまで大分飛ばしたからね、このままこの先の丘を抜ければ日暮れまでに問題なく着くよ、何も無ければ、だけどね?」
クレインは言葉に含みを持たせている。それは小さな声量ながら語気は強かった。
追い詰められた子供たちの姿から目を離さないリサの姿を見てクレインは少し怪訝な表情を浮かべる。
「…リオ、さっき決めたことだろう?さっさと帰ろう、それで僕たちは合格さ。」
「…ああ、わかってる。」
クレインの言っていることは正しい。リサも分かっている。
しかしあの小さな二人の背中から、目が離せないのだ。
それは今にも木から落ちて潰れてしまいそうな果実を眺めているような感覚。
自分の妹を守ろうとする少年の姿。
それを眺めるリサの脳裏には焼き付き焦げつく、炎に揺れる光景、あの忌まわしい日の思い出がよみがえる。泣き叫ぶしかできなかったあの日の自分が。
その時、妹を引きはがそうとしたみすぼらしい服を着た男の手が伸びる。
兄は必死にそれを庇い、男の腕に噛みついたがそれは男の怒りを買うだけの行為に過ぎなかった。男は激怒し腕を振り回すと少年は投げ飛ばされ気にぶつかり、揺られた枝と葉がザワザワと叫びのような音をたてる。
男はろくに手入れもされていないような脂ぎった刀をヌラリと鞘から引き抜くと、手慣れた動きで刃を振りかざす。
「…おい…嘘だろっ…!?」
なんとその刃は容赦なく振り下ろされると少年の肩を容易に切り裂いたのだった。
リサとクレインも驚き声を上げてしまったが、飛び散った兄の血を顔に浴びた妹の絶叫がそれを掻き消す。
「なにやってんだよ!…あの役者は!…深すぎるぞっ…!」
クレインは目の前で起きた光景を目の当たりにして小声ながら怒りのこもった叫びをあげる。
あくまで彼らは試験の為に準備された役者のはずである。リアリティを追及する為、ということもあるかもしれないが、今の一太刀は明らかにそれを超えたものであるのは遠目にも分かった。
そして演出にしても血を吹き出し倒れる少年の姿を見せつけるなど悪趣味極まりないものである。
この距離から見ていた二人にすら、少年があとほんの少し身を翻さなければ一太刀の元に絶命に至っているであろう、そんな一撃が放たれた。
剣術や武術を嗜む者としてこの距離であっても分かる。それほどまでに重い一撃。
これは演技の範疇で、もしかしたら回復魔術の使い手が近くに控えているのかもしれない、と頭を過ぎった。しかし周りを見まわして眺めてみてもその姿は無く、人の気配も無い。
「…うっ…、……くぅっ……。」
(…兄……様…。)
リサの頭に思い出したくも無い記憶が蘇る。
倒れた兄の身体を必死にゆするあの妹の姿を見て、軽い吐き気を催しながらリサは地面に生える雑草を強く握りむとブチブチと引き抜いてしまう。。
「リオ…?どうしたんだい?」
するとリサはゆっくりとクレインを見据え大きく息を吸い、続ける。
「仮に、だ…もしあの男達と一戦交えて、出発地点に戻るとしたら…どうなる?」
「…リオ…自分が何を言っているのか分かっているのか?君は?」
クレインの顔に一切の笑みは消え、少し細めた目が冷たくリサを睨みつける。
リサは動かない。クレインも動かない。そして切られた少年も動かない。
「あの男たちも、子供も!彼らは役者だ、これは全て演技さ!分かっているだろう…!?」
「…ああ、分かってる。」
「いいや、分かって無い!リオのその目は分かっていない目だ!僕には分かる!」
クレインの目はこれまで誰よりもリサを良く見てきた。
リサはこれまで時折突っ走ってクレインに迷惑をかけることがあった。その度にクレイン小言を言われ、嫌味や皮肉で罵られて反省させられた。
だが今はクレインには従えない。もし仮に従ってしまえば自分を許せない。心に刺さったままの針の痛みが収まらないことは間違い無い。
その決意は揺るがぬものであるということをリサの強い意志を秘めた瞳が物語る。
その目でまっすぐ見つめられたクレインはゴクリと生唾を飲み込むが、彼も引くわけには行かない。
そんなクレインを見て、リサも思いの全てをぶつけ再度説得を試みる。
「もし、演技じゃない…としたら…?」
「…なんだって?」
「もし、本物の役者たちはあの男たちにすでに殺されていて…今俺たちの目の前で本当の殺人が起きようとしていたとしたら…お前ならどうする…?」
「バカバカしいっ!リオ、それは今は君の考え、思い込み、自分の考えを正当化しようとしているだけだ、それに気づけよ!」
自分でも馬鹿なことを言っているだけなのかも知れないとリサは分かっていた。
(私は自分を正当化したいだけなのかもしれない。もし、あの日の私を正当化出来れば、私はどれだけ楽になれるだろう。そう、私は今まで間違え続けてきたのだから…。)
「…クレイン、じゃあお前はあの男達が本物の役者だと証明出来るか?」
「屁理屈かい?ああ、本物の役者じゃないとも証明できないよ?でも今はそんなことどうだっていいことさ!」
「合格基準も明らかになっていないだろ?もし、ここでの子供の救出が合格の必須条件だとしたらどうする?」
「不確実な合格条件にかけるんじゃ無く、今は確実な”不合格”の条件を潰していくべきだ!…賢い君なら分かっているだろう!?」
(…兄様は誰よりも賢かった。こんな私なんかより。)
兄であればこんな時どうするだろうとリサはつい考えてしまう。
「そしてあの人数、遠目に見えた身のこなしである程度の力量は分かる。…勝てはずだ。俺とクレインなら。」
「僕の見立てじゃ余裕は無いよ、もしあの男たちが本当の役者で無いなら早く戻って僕たちは本物の防衛隊士にこの現状を伝えるべきだ。リオがやろうとしていることは僕たちのやるべきことじゃないよ。」
リサも譲らない、クレインも譲らない。お互いが何が相手をここまで突き動かすのか疑問になるほど真っ向から対立する。
「いいや、ここまで俺たちがこの試験で高得点を取れていないことは明らかだ。このままじゃ合格ラインに達しない可能性が十分にある。ここは多少のリスクを取ってでも行動するべきだ。」
「ああ、糞!どうしちまったんだよ!…まったく!」
クレインの中でのリオは、言ったことに嘘は付かない、言ったことを決して曲げることの無い良い意味で頑固な男のはずであった。
それがこの土壇場に来て方針転換、全く以てリオらしくない。それはクレインの中で言いようのない違和感となり、対抗心を搔き立てていた。
だが目の前で倒れる子供の姿に胸を打たれたのだろうということ、それは理解できた。
そう、これもリオであるということをクレインは知っていた。
「ああ、そうだね!リオ!防衛隊士になれなかったらそれがほんとの終わりさ!でもね、あんな子供達なんか救わなくていいんだよ!ああ、いいさ!やってやるよちくしょう!!」
「ああ、お前は本当に頼りになる親友だな。」
クレインは眉間に皺を寄せたまま手荷物に手を入れ植物の種子を取り出す。
クレインの能力【植物操作】は植物の種子を媒体に自由に成長させ操作する力なのだ。
クレインほどリサは植物に詳しくないがクレインの手にもつ種子の種類はいくつか分かった。一つは強力な鎮痛効果をもつハーブで、もう一つは止血に利用できるほど巨大で柔軟な繊維の葉を持つ大きなシダ植物の一種だろう。
「助かるよ、クレイン…じゃあ、アレやるぞ。」
そう言うとリサは親指と人差し指と中指の三本で合図を送ると武器を握り男たちの死角となる位置へ移動した。
「おいおいっ…!リオって最後はこうなんだよな!まったく!」
クレインは急いで植物の種子を地面に撒く。
両手を広げて小さくつぶやくと緑色に地面が発光し、地面からニョキニョキと植物の種子から芽となり、茎となり葉となり辺りに広がり始める。
音を立てない様に適度な量の植物を急いで採取するとカバンにしまい込み、クレインも別方向から男たちに向かって接近し始める。
そんな中、男の一人が血を流す少年を跨いで少女の元に迫った。
男たちは少年を売り物にすることは諦めたのか、少年を粗末に蹴り飛ばす。地面を2回ほど転がると少年は小さくうめき声をあげるがそれだけだった。
先頭の男が後ずさりする少女に手を伸ばしたその時、背後で汚い音と男の短いうめき声が上がった。
何の音か?と振り返った6人だったが、そこには7人の山賊の集団で一番背の高いの男が立っていた。前歯が二か所ほど欠け、いつもの変に結んだ汚い髭面だ。しかしいつもと違う場所が一つだけあった。
良く手入れがされた細身の剣が彼を後ろからまっすぐと貫いていたのだ。
男たちからは誰にも見えていなかったがその男の後ろには背後から接近し剣突き立てたリサの姿があった。
キラキラ光ってきれいな棒だな、ところでこれは何だろう?背の高い男はそう考えていた。
しかし、その答えが出る前に彼の人生は終わった。
それを見た隣の男が聞きなれない言語を叫びながら剣の柄にグルリと腕を回す。
想定通りの反応をしてくれた山賊へリサの第二刀を放つべく行動に出る。
始めの男に突き刺していた剣を引き抜くとその流れのまま回転しリサの剣はヒュンと短い音を立てる。舞うような低い姿勢から二人目の男を下から斜めに素早く切り上げる。
剣を持つ腕ごと胴を切られ、血を流し倒れる男を蹴り飛ばすとリサは残りの5人の方へ睨みを利かせる。
戦い慣れしているのだろうか、残念ながら残る男たちに慌てふためく様子は無い。
森で戦った魔物達のように、二人殺して逃げ出してくれれば良いのだがと思っていたリサの甘い考えは打ち砕かれる。
男たちはそれぞれ距離を取ると、リサをゆっくりと囲み始めた。
こうなってしまってはリサも容易には近づけない。初めの奇襲でどれだけ数を減らせるかが重要であったのだ。
(残り5人…想定通りね、残念なことに…!)
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