第八話 クレインの野望と胸中
リサとクレインの帰路への道程は、行きの道のりと打って変わって速足で、険しいものとなっていた。
歩く二人の歩幅はリサとクレインの体格からは不釣り合いなほど大きくなっていた。
これはこの試験の採点基準に任務達成までの時間が重要であると二人は考えたからであった。ここまで安全な道を選び慎重に進んできた二人だが、ここにきて採点基準の一つ、達成時間を早めておきたいという思いが強くなっていたのだ。
また、村で村人から余計な足止めを受けたことで、村に向かうまでのようなゆっくりとしたペースで進んでいては制限時間内に帰ることが難しくなってきたということも理由の一つにあった。
(あの男!まさか足止めの為に配置された役者じゃないでしょうねっ…!)
何もかもが罠に見えてくるが八つ当たりする相手もいない。
リサは上手く行かない自分たちの状況と、森の中を歩く不快感で苛立ちを募らせる。
険しく過酷な地形ということもあり、先ほどまで気にすることもなかった弱い魔物との戦闘でも異常に体力を消耗する感覚に見舞われる。
リサは懸命に足を早めるが起伏の激しい地面の隆起と地面から剥き出しとなった木の根が絡みつきリサの脚力を奪っていく。何よりも見通しの効かないこの風景が何よりも辛い。せめてどの程度進んでいるのか分かれば歩く気力も保てるというものなのだが。
積み上げたレンガを崩してまた積み上げるような、そんな空虚な感覚に見舞われる二人の行軍が続く。
森での移動に慣れた小人族のクレインですら若干の疲労が見られるが、リサには更に辛いものであった。
「リオ…、一度休憩しよう。」
「…問題ない、俺はまだいけるぞ。」
「問題あるよ。今魔物に襲われたら厄介だ。」
仕方ないな、と言わんばかりにクレインに従うフリをしてリサは軽口を叩いたが、荷物を降ろす速度とリサの尻が地面に付くのはほぼ同時であった。
リサも歩き疲れていたが意外にもクレインも妙に苦しそうにしているのが目に留まった。
「僕もなんだかここに来てからずっと息苦しいんだよね。この辺りは空気が薄いのかも。」
「鍛え方が足りないんだろ?小人族なんだから人一倍頑張らないとだな。」
「リオに言われたくないね。キミももっと鍛えたほうがいい。」
「…うるさい、これでも鍛えてる。」
クレインにそう言われリサは少し気を悪くする。しかしこれはクレインが悪い訳では無い。
”体力が無い”、”力が弱い”、その言葉はリサに刺さる。
リサ・トゥリカが実兄であるリオ・ドルスに成り代わり、防衛隊士としてやっていく上で教養・学力・体力は欠かせない要素であった。リストヴァル家の息子として教養はもちろん勉学についてもリサは十分に身に着ける努力をかかさなかった。
それはリオとして生きる目的の為でもあった、しかし実際は彼女の中のリオ・ドルスがそれを許さなかったという側面が非常に大きかった。
鏡に映る自分の兄の姿を見ては、あの兄様がこんなことも出来ないだろうか?あのリオ・ドルスであればこの程度当然簡単にやってのけるだろう、と何をするにもリサは思い続ける。
リサは自らが作り上げた実兄に姿を変えて生きているつもりであったが、リサ自信も自らが作り出した幻影によって突き動かされ生きてきたのであった。
(この程度、兄上であれば出来て当然。)
彼女が口癖のように言ってきたこの言葉。
それはさながら呪われた言葉。呪われた魂。呪われた幻影。
【陽炎幻視】、それは呪われた鎧。
リサはさながら呪われた防具を纏い戦う戦士のように生きてきたのである。
呪われた幻影に突き動かされるように中等部では学業において目覚ましい成果を残したリサ・トゥリカが扮するリオ・ドルスであったが、体力や戦闘技術においては残念ながらそうはいかなった。
年を重ねる毎にスポーツや剣術の訓練をしていると、男子生徒達に生物的なポテンシャルの違いを見せつけられる場面は増えていった。
柔軟さこそ女性に劣るが、彼らが持つのはしなやかに跳ねる身体、爆発力な力を生む重たい筋肉、多少の攻撃ではビクともしない強靭な体幹。
今まで負けるはずの無かった者に力で負け始めるリサは焦りを隠せなかった。
女性と違い十代半ば以降に大きく成長する男子生徒達との身体能力の差は、リサがどれだけ訓練しようが埋められるものでは無かった。
リサが男子生徒をどれだけ付き飛ばそうと力を込めても最後に投げ飛ばされるのはいつもリサであったし、殴り合いをすれば先に倒れるのはいつもリサとなった。鍛えてもそれが容易に覆ることはなく、敗れ地面に伏し土の味を感じれば感じるほどリサの歯がゆい思いは募る一方であったのだ。
(小人族のクレインでもこんな身体だっていうのに…。)
汗にまみれたクレインの上着の胸元から健康的な胸筋が覗いているのが見えた。
それは決してトレーニングして作ったようなものではないが、十分に力を伝えることが出来る”使う為の”筋肉。土に触れ生活する小人族なら自然に作られるであろう当たり前の身体。
だが力比べをすればこんな小さな小人族青年でも腕力でリサを上回るだろう。
クレインの胸を見ながら自分の胸に手を当ててみては、そんなことを考えても無駄だと、虚無感でリサの心は蝕まれる。
「えっ…ど、どうしたの?リオ?疲れたのかい?」
クレインの胸元を凝視しすぎたのだろうか。少し警戒されてしまった。
「いや、そういえばクレインはどうして防衛隊士目指してるんだったかな?中等部にいた時は森に帰るって言ってた気がするけど?」
クレインの胸筋を凝視するのを止め、話題を変えた。
クレインとは初等部からの付き合いだ、もちろん知っている。ただ今は違う話題が欲しかったのだ。
クレインの将来の進路が小人族の森に帰ることであるのは間違ってはいない。だがクレインは小人族の森に帰るまでの箔を付けるために、防衛隊士という肩書を選んだのだ。
「何度も言うけどさ、防衛隊士になれる小人族はとっても少ないのさ。」
まだ防衛隊士になってすらいないのだがクレインは少し自慢気な表情でリサの方を見る。
そう、防衛隊士になれる小人族は非常に少ない。
いや、防衛隊士になりたい小人族が非常に少ない、と言うのも間違いでは無い。
彼らは出世欲や独占欲、金銭欲といったものを持つものは非常に少ない種族だ。
牧歌的な牧場でその朝採れたミルクや果実で行われる一日二回のティータイムをこよなく愛する種族、それが小人族だ。
しかし、恐らくリサの親友であるクレインはそこに含まれない。
彼は防衛隊士という肩書を身に着け、故郷に帰り、成り上がろうというのだ。
防衛隊士としての位は低くても問題は無い。そもそもなれる小人族、なろうとする小人族など殆ど存在しないのだから。そんな中にあっては防衛隊士という肩書が小人族の社会で燦然と輝くものであることは間違いない。
人間中心の社会の中で小人族として底辺に甘んずるのならば、小人族の社会の中で成り上がってやろう。
それがクレインの野望であり、秘めた強い意思だ。
目標に貪欲な男、小さな身体で努力するもの、目の前のそんな小人族をリサは見てきた。
彼は恵まれない肉体でありながら、この世の中を強く生きようとしている。
そんな小人族の青年の姿にリサは自分を重ねて何かを見ようとしていたのかも知れない。
「まぁ、小人族の森で僕が偉くなったらおいしい山羊料理をご馳走してあげるよ。」
「へぇ、そいつは楽しみだ。」
「まぁ、リオの場合は防衛隊士にならざるを得ないというか…お家柄しょうがないっていうか…。」
そう言いかけたクレインの声を遮り、小枝がバキバキと折れる音とまとまりの無い複数人の足音が聞こえた。
それはただの歩行音ではないのは明らかで、追われているいるものと逃げているものを二別したものであるのは簡単に聞き分けることができた。
念の為二人は身を低くし、剣の柄を握るリサであったが、足音が木々の向こうで止まったのを確認すると物陰から覗き込む。
足音から察するにこの辺りで遭遇した魔物の歩調とは明らかに異なるのだ。
「どう?…魔物かな…?」
先に物陰から足音のする方向を覗き込んだリサに向かってクレインが少しだけ心配そうに訪ねる。そのクレインのほうをチラリとみてリサは小声で囁いた。
「残念…俺は魔物であって欲しかったよ、クレイン。」
リサの覗くその視界の先。
そこには複数の男たちに取り囲まれる二人の子供の姿があった。
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