第六十二話 リサの休日③
街灯に照らされるペガサス通りの裏道を歩いていたのは一人の少女であった。
「あれは確か…。夕方にベンチに座っていた子……?」
横顔と後ろ姿しか見えなかったが、特徴的な可愛らしい髪型と横顔が見え、あれは夕方ベンチでリサからハンカチを受け取り、逃げるように走っていった少女で間違いないだろうと思えた。
しかしその装いは昼間とは打って変わってやけに扇情的なものであることにリサは気づく。
その服装はペガサス通りの裏道を歩くにしても浮世離れしていると言わざるを得ず、透明感のある素材が多用されている服装はリサの目を引いてやまず、頭にはなぜか動物の耳のような装飾品を身に着けていた。
少女は人間でありながら獣人のような恰好で歩いている。その奇抜な服装の少女に強く惹きつけられ、目が離せなくなっていた
(な、何!?あの子、あの服…可愛いっ……!!)
その女性の服装は、可愛い服を着てこっそり楽しむという趣味を封印しているリサにとって刺激の強いものであった。
リサは目をキラキラと輝かせながら吸い寄せられるようにその女性の後ろを追う。
昼間とは違った視線で少女を見つめながらリサは独り言を言いながら離れて後ろを歩いて続いて行く。
「私はあの子に昼間嫌われたのよ?追いかけてどうするのよ…!…いいえ、むしろ本人にちゃんと聞いてなぜ嫌われてしまったのかを確かめるべきだわ…!こんどこそ最後…これでしばらく女性に話しかけるのはやめにするの…。………あとは…あの服装の詳細を教えてもらわないと!」
まるで珍しい蝶を見つけ目を輝かせながら追いかける子供のように、リサは獣人のような服装をした女性の後をついてフラフラと歩いていく。
うわ言を一人でしゃべりながら少女の後を追う男という、いつ衛兵に呼び止められてもおかしくない光景だったが、思いに耽り少女の後付けていくリサがそんなことに気づく様子はまるで無い。
獣人のような服装をした少女は、裏通りの繁華街の途中の狭い道を曲がる。
リサも後を追うようにしてその道を曲がったがその瞬間、目の前が一瞬ピカッと光り視界が白く包まれる。
すると本来そこにいるはずの少女の姿が無く、目の前には冷たい風の吹く行き止まりの通路だけが広がっていた。
「そんな!消えた!?…あの娘はどこに!?」
リサは急いで周囲を見回すが辺りには何も見えない。壁には扉もなければ地面を見ても地下へ続く通路が見つかることは無い。
獣人のような服装をしていたが少女は人間のようであったことから建物を飛び越えて屋根の上に消えていったということは無いだろう、それに魔術で姿を透明に変えたということも考えづらい。
つい先ほどまで不思議な高揚感に包まれていたリサは焦ったような表情を浮かべ、今来た道を急いで引き返すが少女の姿はどこにもない。
少女の行方に検討も付かないリサであったが、曲がり角の手前に中年の男が立っていたことを思い出すと、その男へ向かい質問しようと荒い足音を立てながら近付いていく。
「すまない!そこの方、今そこで女性が光って消えたんだ!?何か知らないだろうか!?」
いきなりこんなことを聞かれては反応に困るだろう、とリサは思ったが残念ながら他の訪ね方を思いつかなかったのだ。しかし、リサの想像に反して中年の男性の反応は至って冷静なものであったことに驚かされる。
「え…?ああ、そりゃ多分転移陣を使ったんだろう?この辺にゃあ多いからな。それが一体どうしたってんだ?」
「転移陣…?」
「ああ、そこの足元にも見えるだろ?あの模様の上に魔道具を持った人間が立つと決められた場所に飛べるんだよ。兄ちゃん知らないのかい?」
曲がり角の先をもう一度覗き込んで見ると、確かに足元には不思議な模様が刻まれていた。
”転移陣”・・・それは魔術が込められた魔道具を地面に埋め込むことで、特別な魔道具を持つ人物のみが決められた場所まで一瞬で移動することができるという移動装置である。
かねてより王都では一般に普及していると聞いていたが、いざ自分が目の当たりにしてここまで狼狽してしまうとは思っていなかった。リサは一瞬自分が田舎者であることに恥を感じ顔が熱くなったが今はそれどころでは無い。
転移陣に乗って移動したということは今こうしている間にも刻一刻とあの少女は自分から遠ざかっているということなのだから。当然、転移陣に対応する魔道具を持たないリサは転移陣を使って後を追うことはできない。
「あ、ああ……知らなかったよ。ありがとう。それで転移陣に乗った人間は一体どこへ向かうんだ?」
「そんなの分かるわけないだろう?王都にいくつ転移陣があると思ってるんだい?」
「そ…そんな…。」
男の言葉を聞いたリサはガックリと肩を落とす。男からは理由に検討も付かなかったが目の前の青年がやるせない気持ちに包まれているであろうことはこの中年の男性にもはっきりと見て取れた。
その時リサが感じていたのは、昼間なぜ自分が嫌われてしまったのか確かめることが出来なくなったという脱力感、そしてあの女性の服装の詳細をもう確かめることができなくなったという無力感である。
防衛隊士の訓練生となった自分が今さらそれを確かめてどうするのだという疑問は浮かんだが、ここまで高ぶった好奇心を抑える方法をリサは知らない。彼女は顔を上げると藁をもつかむ思いでその中年の男に質問を投げかける。
「すまない…そこのお方。無理を承知で質問するんだが今ここを通った少女に心辺りは無いだろうか!?年は俺と対して変わらないと思う…、そして不思議な透き通った透明感のある素材の服を着ていて頭に動物のような髪飾りを付けていた少女なんだが。多分さっきあなたも目にしたと思うんだ。」
「はあっ?おいおい、若い女がこの時間に何人ここを通ったと思って……いや、まてよ…その服装…確かにさっき見たな。あの娘は確か……それに今日だとまさかあの店か……?」
中年の男はこんな裏通りに似合わないこの誠実そうな青年に多少の好感を持ったこともあり、普段なら適当な理由をつけて一蹴する場面であるにも関わらず一応記憶を多少呼び起こして考えてみることにしたのだ。
「おい!知っているんだな!?…………ん?なんだこの手は…?」
食い入るように肩を掴んで来た青年を前にして、中年の男は手のひらを上にすると指をクイクイと動かす。この青年に好感を持ちはしたが情報をタダで売ることはこの裏通りで汚い仕事して生きるこの中年の男にはできないことであったのだ。
その手を見てリサは一瞬カッとなったが立場上、金を払うのが筋だと思い直すと冷静になり腰の巾着袋から急いで取り出した硬貨を数枚男に握らせる。
「んー…覚えているような…覚えていないような…。」
男は手に握った硬貨をチャラチャラと鳴らしながら首をかしげる。
「ええい!早くしろ!嘘をついたら許さないからな!」
リサはもう数枚硬貨を重ねて男の手に叩きつけるように握らせて睨みつける。
「へっへっへ、毎度。さっきの娘は恐らく”舞い舞い亭”の従業員だよ、あの娘最近入った娘で確か名前は”ルルミ”とか言ったかな?良かったねぇ兄ちゃん…聞いた相手が俺で。」
「”舞い舞い亭”…?少女の名は”ルルミ”というのか!?……それは本当なんだろうな?さっきも言ったが嘘を付くとタダではすまさないからな!?」
「なぁに俺以上に詳しいヤツなんてこのあたりにはいないから心配するなよ、ああ、一人いるかもな……確か石拳のゴイルとかいう……。」
「ああ、わかった、わかったよ…!!今の俺にはアンタを信用するしかないからな!すまないが俺は急ぐからこれで失礼するぞ!」
リサはクルリと踵を返すと舞い舞い亭という店があるという区域に向けて早足で歩き出す。日も殆ど沈んでしまっていたが、リサの目はバッチリと冴えており、足取りは今日一番軽いものとなっていた。
「ほほー!元気だねぇ…さすが若い方は!」
その様子を過去の自分と重ねて見ていたのか、中年の男性は善行を行った後の聖職者のようなほほ笑みを浮かべると顎に汚く生える髭を撫でながらリサの後ろ姿を眺めて見送ったのだった。
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