第六十〇話 リサの休日①
人通りが多く、喧騒が行きかう街の中をうつむきながら歩くリサの姿がそこにはあった。
まだ日は落ち切っておらず夕暮れに差し掛かろうという時間で、普段であれば彼女は防衛隊士見習いとして訓練に励んでいるであろう時間帯であることは間違い無い。
しかし今日は防衛隊士としての訓練の予定は無い、つまり今日はリサにとっての休日であった。
珍しく二日続けての休日ということもあり、それなりにまとまった額の金を腰に下げる巾着袋に入れ、外行きの洋服を着て彼女は街を歩く。無論、その飾りっ気の無い暗い色を組み合わせた洋服が男性ものであるということは言うまでもない。
リサが一人でゆっくりと歩いているこの通りは王都の商業施設が集まるエリアの西側に位置する通称「ペガサス通り」と呼ばれる場所であった。
その呼び名は「歩いているだけでペガサスが羽ばたくように浮かれた気持ちになる。」という商業通りで王都の民衆から親しみを込めて呼ばれる名前だということをリサは以前ダケルから聞いたことがあったが、今の彼女はとても羽ばたくような気持ちにはなれないでいた。
そして空は徐々に夕焼けに染まり、道行く人の数も昼間に比べて少し減ってきたであろうか。
(…くんくん……良い匂い……あの出店はお肉でも焼いているのかしら…。)
その街並みは流石は王都といったところであろうか。道の両脇に整然と並ぶ出店は夕暮れにも関わらず、どれもリストヴァル領の主要な駅前の店々以上の賑わいを見せており、見渡す限り続くその出店の数々はこの賑わいが永遠に続いているのではないだろうかと思わせるほど長く続いているのである。
一人で道を行くリサにも出店の店員から呼び込みの声が何度もかかり、その度に美味しそうな食事の香りがリサの鼻につき食欲を刺激する。リサは通り過ぎるその瞬間まで料理を目で追うが、最後には視線を反らしてしまう。
腰から下げる巾着袋には出店で買い物をするには十分な金が入っていたが、リサは今それを使う気にはなれないでいたのだった。
もちろんそれは金に困っての思考では無い。
防衛隊士の見習いとして給金は出ているし、リストヴァル家からも金銭面での援助はある。しかしあくまでこれは兄リオ・ドルスとして稼いだ金、兄リオ・ドルスとして受け取っている金である。そんな後ろめたい気持ちが彼女の中には常に付きまとう。
王都で生活する上で必要最低限のものは購入せざるを得ないが、それとは別、リサ自身、リサの為の買い物でその金を消費する気にはなれないというのがリサの心情なのである。
そんなことは全く気にする必要など無い。なぜなら兄リオ・ドルスという存在は彼女リサ・トゥリカを除けばもうこの世に居ないのだから。
彼女の頭ではそのことは当然理解していたが、リオ・ドルスの名目で得た金を消費した時の不快感は彼女には耐えがたいものであり、こんな不快感を味わうならばとリサは常に金銭を消費しないという選択肢を取るのだった。
おかげで防衛隊士の仲間たちからは「金持ちのくせにケチなやつ」だと思われているようで何か金を使うフリでもしたほうが良いだろうかと最近考え始めるリサであった。
しかしそんな禁欲的な生活を送るリサも物欲が無い訳では無い。出店に並ぶ女性物の衣装や装飾品・化粧品といったリサに言わせる所の「必要最低限のものでは無いもの」というものがやけに自分の目に映っていることを否定はできないでいた。
マリーと屋敷でこっそりやっていた”二人だけのファッションショー”ももちろん防衛隊士の見習いとして男性隊士たちと共同生活を始めてからは出来るはずもなく、それに伴い身だしなみに時間をかける暇などなくリサの心の中は寂し気な感情が渦巻く。
(………お腹も減ったし……それに今日はもう疲れたわ……。)
そう思いながら首をさするように手を動かす。
リサが買い物をするわけでも無くこんな所を一人で歩いている理由、それは首に巻くチョーカーにあった。
彼女は今日マリーの住む借家を一人訪れ、チョーカーの取り換え、ひいては残光石の取り換えを行ってきたその帰りなのだ。
残光石は込めた力を保持し続けるという特殊な性質を持つ石である。
彼女は自身の【陽炎幻視】の力とその残光石の力を借り、一日中リオ・ドルスの姿を維持し続けることが出来る。しかし残光石が持つ特殊な力には限りがあり、連続して使用しているとその効力は徐々に弱まり、最後には失われてしまうのだ。
箱に入れておくなどして外部からの影響を遮断しておくと残光石の持つ力は回復する為残光石はチョーカと共に定期的に交換することが必要不可欠なのであった。
そして彼女は今日、残光石の管理を任せているマリーの元へ行き、残光石と共にチョーカーの交換を行って来たばかりなのだ。そしてリサの憂鬱の原因の一つもその時のマリーとの会話にある。
「それにしてもなんなのよマリーのやつ!あんなに怒らなくてもいいじゃないの!………!」
思わず女性口調で声を発してしまったことに気づき、リサはハッとなり静かに周囲を見まわす。
マリーを怒らせた原因となったのはリサが自身の近況報告として、先日起きたエリナとモニカに関する一連の騒動をマリーに話したときのことであった。その騒動の原因を作ったリサの振る舞いを聞いてからのマリーの怒り様はまさにカンカンに熱したヤカンのようであった。
マリーからリサが受けた叱責の数々は一言でいえば終始「女性に対しての言動を今一度改めてください。」という内容であったことは間違い無い。
マリーの叱責に怒りの感情はもちろんあったものの、その中に同情に似た感情が入り交じっていることはリサには感じ取れていた。
その理由はもうじき17歳になろうかというリサであったが、彼女がこれまでの人生で自分と年が近い女性と殆ど会話して来なかった、いや会話する機会が無かったということをマリーも理解していたからである。
リサの本当の母、リノンの件もあり幼いころから屋敷の中で余り人の目に触れないよう育てられていたリサの周りは常に大人しか居ない環境であった。
その頃リサには殆ど外に出る機会は与えられず、年の近い人間は兄リオ・ドルスくらいという環境であった。
そしてリサがリオ・ドルスとして生きる為に屋敷の外に出るようになってからはクレインやレドと同じ男子校に通い、女子と呼べる存在は身の回りに全くといっていいほど存在しなかったのだ。
もちろん、街を歩けば少女という存在はいたがその時にはもう既にリサはリストヴァル領主の息子としての振る舞うことが義務付けられ、年頃の女性に気安く話しかけることは許されたものでは無くなっていたのだ。
公務として、領主の息子として上流貴族や政治家のパーティで若い女性と会話する機会はあったがそれはあくまで仕事としての会話しかした記憶は無い。
リサは自身が女性でありながら女性の気持ちが分からず、かといって本当の男性のように異性として女性を見ることも出来ない。リサは自分がそんな歪な立ち位置を取ることになってしまっていることに今ようやく気づかされている。
そしてそのことを恐らくこの王都でただ唯一、理解してあげることが出来る人間としてマリーは今日彼女を叱責することを頭では必要だと理解しながらも、同情の気持ちを向けざるを得なかったということなのである。
しかしそれを考慮してもマリーの言動は主人に対しての態度とは到底思えなかった為憤りの気持ちを押さえられなかったリサだが、何故か近頃マリーに口喧嘩でも逆らえなくなってきているということに気づかされる。
マリーが屋敷を出てからというものメイド長、副メイド長から叱られることが無くなり、見るからに生き生きとし始めたのだ。そして今回のようにリサが過ちを犯した時にはしっかりと意見してくる。
元々リサは口喧嘩が強いほうでは無く、マリーが強く主張してくると自らが主人という身分でありながらも一歩引いて話を聞いてしまう。
しかし屋敷に居たころドジで毎日ニコニコ笑ってばかりいたマリーがいつの間にか口うるさい小姑のようになってしまったようだと思うとリサは哀愁と少しの喜びを感じずにはいられないのであった。
しかし、同じ話題でつい先日同じようにクレインに叱られたばかりの彼女にはやけに堪えるものであったのは事実である。
(…マリーもクレインもなによ…!…ダメだダメだ!直せ直せって!そんなこと言われたって、私にどうしろっていうのよ…。)
リサがクレインから浴びせられた小言はリサに言い返す隙も、言い返す言葉を思いつかせることが無いほど辛辣なものであった。
自分が同年代の女性ときちんと会話できていないという事実を突きつけられ、リサは肩を落としうつむいてペガサス通りをフラフラと歩く。
(そうよ、………できないならまずは訓練…訓練するしか無いのよ……勉強や戦いと同じよ。これまでもそうしてきたじゃない!………でも一体どうやって……?)
防衛隊士の訓練生として今の環境にいては同年代の女性と会話する機会など殆ど無いのだ。会話する機会を求め、女性隊士であるモニカやエリナとまた会話しても恐らくまた怒らせてしまい、先日の二の舞になるだけであろうことはリサにも予想はつく。
どうやって会話の訓練などすれば良いだろうと思案するが、経験の無いリサには一向に答えは出ない。
少し顔を上げると道をすれ違う女性たちがチラチラと自分のほうを見ながら通り過ぎていくことに気づく。
「あと、リオは見た目はいいんだから女性に勘違いさせるような言動は控えること!」
その時、先日クレインに説教された時のセリフが頭をよぎった。
リサは手で自分の顔をペタペタと触る。
そして出店に飾ってある金属製の食器に自分の顔を、兄リオ・ドルスの顔を映してじっくりと見る。
(………兄様の顔……やっぱりカッコいい…………。)
リサは呆けたような表情を浮かべ、自分の顔を手で触りながら気づけば見とれていた。
リオ兄様の顔はカッコいい。いや、めちゃくちゃカッコいい。リサ自身はそう思っていることに加え、リサは自身が思い描く兄リオ・ドルスの最高にかっこいい顔を、姿を【陽炎幻視】で作り、その身にまとっている。
恐らく他の女性にとってもある程度魅力的に見えていることだろう。
ペガサス通りを歩いているときも自分が若い女性たちから注目を浴びていたことに気づく。
(そうか……今まで意識してなかったけど私は女性に対しては異性として接しなければいけなかったのね…!いいえ、私が女性に異性として接するのは当然、あたりまえのことじゃないの!だって……私はリオ・ドルス兄様なのだから!)
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