第五十九話 帰り道の廊下にて②
不機嫌そうな表情から一変してモニカは目を輝かせながらクレインに近づいてくる。
気を失い、苦悶の表情を浮かべるリサに近づき目を輝かせながら嬉しそうに下から顔を覗き込む。
「あらあらどうしたんですのこれは?あなたが?あなたやったのですか?クレイン・ホーカー?あなたがリオ・ドルスをやったのですかっ?これはなかなか良い表情ですわっ。これはアレ、アレですわね、男同士で拳で語り合うというやつですの!?ああ、こんなことならもう少し早く見回りに来ればよかったですわっ!」
急に早口でつばを吐くように喋り始めたモニカから離れるようにクレインは顔を背ける。
「………違うよ、やったのはアルクスだよ。」
「アルクス…?」
アルクス・エーリッツの名が出るとモニカの眉がピクリと動いた。
少しだけ怪訝な表情を浮かべるといつも手に持っている扇で口元を隠すようにしてクレインを見つめた。
「ふーん、アルクスですの。それは面白くありませんわね。」
「君はどうして今朝あんな嘘を?あれじゃあトラブルになって当然さ。」
「…一体何のことか分かりませんわ?」
アルクスとリサが衝突することになった原因は元はと言えばモニカのつまらない意地でリオと自分が男女の関係があるかのような素振りを見せたことであることはクレインの目には明らかであった。
クレインはそのことを咎めたが、予想通りモニカは悪びれる様子も非を認める様子も見せない。リオ・ドルスもアルクスも簡単に嘘に騙されてしまっていたが、モニカという少女の性根の悪さを昔から知っているクレインはそのことに驚く様子を見せず話を続ける。
「昔から君はずっとリオにちょっかいを出し続けていたよね?その度に君は今のように嬉しそうな顔をして……もしかして君はリオのことが好きなのかい?」
「えぇ…?…違いますわ?」
「はぁ……?じゃあなんでわざわざリオに突っかかってくるのさ。せっかく数年ぶりに再会したってのに、僕には全く理解できないね。」
「理解して貰わなくて結構ですの。そうですわね、簡単に言えばただリオ・ドルスを見ると困らせてやりたくて、やりたくて……たまらなくなりますの。7年ほど前に私が遠くに引っ越してからリオ・ドルスの代わりを探しましたがなぜか代わりの男は見つかりませんでしたの。私にも良くわかりませんが、またこうしてリオ・ドルスが困ったり、苦しんだりしている表情が見れるなら、と………考えているとなんとも我慢できなくなりますの。」
自分でも理解出来ていないという内容にも関わらず、モニカは自信満々に言い切る。
今度はクレインが眉間にシワを寄せたような表情でモニカを見るが、彼女がそれに動じる様なそぶりは無い。
「…分かったよ。いや、全然分からないんだけどさ?とにかくリオに近付くのはもう辞めてくれないか?」
「嫌ですわ。何故わたくしがアナタにそんなことを言われなければならないんですの?」
「人を困らせることが生きがいなんて誰も得しないし、そもそもどうかしてるだろ?それだけさ。まず君といるとルームメイトの僕にもどんな迷惑がかかるか分かったもんじゃないからさ。それに、キミに近付いてリオには何の得もないじゃないか。」
「うるさいですわね。そもそも人間というものは、損得感情だけでお付き合いしてはいけませんわよ!?」
クレインはモニカに対して色々と言ってやりたいという気持ちがこみ上げてきたが、自分を落ち着かせる為一息呼吸を付き、会話を再開する。
「君もリオが何を目指しているのか知っているだろう?そう大将軍さ。コイツはもっともっと強くなりたいと思ってる、もっともっと強くならなくちゃいけないんだ。親友の夢の邪魔になる人間に近くにいて欲しく無いと思うのは友として当然じゃないかな?」
するとモニカは増々「嫌ですわ」といった趣旨の声を上げ駄々をこね始める。クレインは「もっともリオが大将軍になれば僕も得するんだけどね。」と言おうとしたがそれは辞めておくことにした。
恐らくこの少女に対して正論で話を詰めると会話が良い方向に転ばないであろうことはクレインには分かり切っていた。
「わかった……わかったから。とにかく、リオをからかうのは控えて貰えるかな?コイツ女の子と会話するの苦手みたいでさ。今朝も君たちに向かって変なことばかりいってただろう?」
「はぁ…?会話が苦手?女の子と?…リオ・ドルスが?………そうだったでしょうか…?」
「そうさ、リオが女の子と話す時はいつもあんな感じさ。緊張してるのか、無駄に気張っているのか……意味不明なことばかり言うし、空気は読めてないし、喧嘩を売るし。まったく困ったもんだよ。」
モニカは訝しむように気を失ったリオ・ドルスの顔を見る。
それは7年前に分かれてから幼さは消えてしまっていたが年相応に成長したであろうリオ・ドルスの顔そのものであることには間違いない。
明かりに照らされ煌めく金色の髪も、若干釣りあがった眉も、鼻筋の通り方も、男性にしては薄い唇も、何もかもそれはリオ・ドルスである。そしてモニカの好みの苦悶の表情を浮かべるその様子も全て。モニカはこみ上げてくる感情を押さえ、目を細めその顔を観察する。
「ですが、しかし………昔はここまで良い表情をしていたでしょうか……?」
「え…?なんだって?」
「質問ですわ。クレイン・ホーカー。この7年の間にリオ・ドルスに何かありませんでしたの?」
「今度は何なんだよ………何か?…何かってなにさ?」
クレインは下から照明に照らされている手に持つ扇に半分ほど隠されたモニカの顔をじっと見る。先ほどのニヤついた顔とは打って変わったモニカの鋭い眼光がクレインに向けられている。
「例えば……リオ・ドルスの人柄が変わってしまうような大きな事件、事故とか………出来事はありませんでしたの?彼の個人的な出来事でも構いませんわ、何か彼に影響を与えるような出来事ですわ。」
「事故?事件?さぁ、何も聞かないけどね。そういえば昔、リオの家の別亭が火事になったって事故があったくらいかな。だけどリオにも、リオの身近な人にケガは無かったみたいだし、ご両親は今でもご健在だよ。………どうして今そんな話を?」
「……いえ、それなら良いですわ。7年ぶりに再会して妙な違和感を感じた……などとわたくしのほうがどうかしていました。」
「そりゃあ7年ぶりじゃ仕方ないさ。君が感じてる違和感っていうは、コイツなりに毎日成長しようとした結果なんじゃないのかな?まぁ僕が毎日のように会ってるから何も思わないだけかもしれないけどね。」
「そう……ですわよね。」
少しだけ不服そうな顔を浮かべるモニカの横をクレインは立ち上がり、リサを肩に抱えたまま歩き始める。先ほどと同じ様に床をズルズルと引きずる音が廊下に響き始める。
「ちょ、ちょっと……クレイン・ホーカー!!お待ちなさいっ!!」
「……まだ何か?」
「わたくし…!リオ・ドルスと会うのを止めませんからね!!」
「はいはい…そうですかー。できれば僕に関係無いところで勝手にやって欲しいね……まぁ、どれだけ迷惑かけてもリオはお人良しだから笑って許してくれるかもしれないけどね?」
その時、引きずられていくリサの腰の辺りをモニカがしゃがみ込んだ姿勢のままギュっと掴む。それまで振り返ることすらしなかったクレインも少し驚いたように後ろを振り返る。
「わたくし…簡単な回復魔術なら使えますの。だからリオ・ドルスを少し横にして下さいな…。」
クレインは驚いたままの表情でいわれるがままにリサを廊下に横たえる。
リサを仰向けに寝かせたまま上半身の衣服を上にまくると、腹部には痛々しい打撃による跡が残っていた。クレインは倒れたリサを癒して貰うため浴場で仲間の防衛隊士に回復魔術をかけて貰っていたのだが、その跡を見るに今だ全快にはほど遠いと言った状態であった。
その状態を見るとモニカも驚いたようで、リサの腹部を手で軽く撫でるとすぐに回復魔術を発動させる。廊下には回復魔術特有の淡い緑色の発光が広がり、辺りを満たし始めた。
「どうしたのさ…いきなり?」
「な、何でもありませんわ…ちょうど回復魔術の実験台が欲しいと思っていた所だっただけなのですからっ…!!」
「そ、そうですわ……リオ・ドルスを部屋まで運ぶのは大変でしょう?人を何人か呼びましょう。勘違いしてもらっては困りますがこれは見回りの仕事の一環、というだけのことなのですからねっ…!」
回復魔術を受けるリサの苦悶の表情が僅かに動くと、モニカはまた息を荒くし、顔を二ヤつかせ始めたがクレインに気づかれるとモニカは急いで顔を元の表情に戻す。
クレインはモニカに聞こえないように深いため息を漏らすと、今も気を失ったままのリオ・ドルスの顔を見る。
(どうして君はいつも面倒な人物に目を付けられるんだ……だからトラブルばかりに巻き込まれるんだろう!?)
部屋に戻りリオ・ドルスが目を覚ましたら今日こそは説教してやると心に誓うクレインであった。
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