第五十八話 帰り道の廊下にて①
夜遅く静まり帰った、防衛隊士訓練施設。
薄暗い宿舎の廊下にはズルズルと何か物をひこずるような音が響く。
日中は訓練生や教師たちの往来が絶えないこの廊下も、日が完全に落ちたこの時間では人の気配は全くと言っていいほど感じられない。幸い窓から月明かりが差して歩く程度には不自由しないといった程度だった。
そんな廊下に二人の人影が映る。
その二つの人影は小さく子供のような大きさに見えた。
「はぁ…はぁ……全く…どうして僕がこんな事を…。」
子供のような背丈をした人影の一人がそう愚痴めいた口調で不平を漏らす。
その子供の様な体格には不釣り合いに大きい手のひらと足先が彼が小人族であるという事実を物語っていた。そう彼は小人族のクレイン、リサの親友にしてルームメイトの青年である。
その肩に担がれるようにして廊下を引きずられながら進むもう一つの人影、それがリサであった。目を閉じた状態のリサは今だ濡れた髪と薄い部屋着を身にまとったまま、廊下を物のようにひきずられながら進んでいた。
クレインの肩にしがみつくでも、ぶらさがるでもなくただ引っ張られ、ただ動かされるがままという扱いであった。
浴場でアルクスと一戦交えた後、意識を失ったリサを周りの仲間たちは最初は自業自得だとばかりに放っておいたのだが、リサが中々目を覚まさないことに気づくと次第に皆が気をやるようになり、チラチラと様子を伺うようになっていった。
しかし責任を負うことも、トラブルに巻き込まれるのはゴメンだという周囲の仲間たちの目は段々と一人の小人族の元に集まるようになる。
他人に干渉するのを嫌うクレインといえども背中に多くの視線を浴び続け、その空気には逆らえず、ついには一日に一度ならず二度までも、手だけでは無く肩までもリサに貸すことになってしまったのである。
クレインはトラブルに巻き込まれたことに苛立ちを感じながらも、リサをこのようにぞんざいな扱いをして廊下を運ぶ事は、決して苛立ちをぶつけているわけでは無かった。
自分よりも背の高いリサを運ぶことに骨が折れたようで、クレインなりにリサをなんとかして運ぼうと試行錯誤した結果、後から文句を言われそうなほどリサの衣服をシワだらけにしてしまっていた。
もしもゴイルや獣人のダケルのような体格や力があれば楽々を部屋までリサを運ぶことができただろうが小人族であるクレインにそれはできない。クレインはまるで自分の非力さを恨むように唇を軽く噛みしめながら廊下を進む。
「はぁ…はぁ……リオのやつ……目を覚ましたら覚えておけよ?…そもそも何なんだ今日の君は……!どうして君はいつもいつも女の子が関わると急にポンコツになるんだ…!?」
クレインは今日のリサの行動をどこからダメ出ししてやろうかと憎しみのこもった眼差しで目を閉じたリサを見る。
「まず今朝出会ったあの二人の女子に対する態度だ…なんなんだ君は…あの言葉、あの態度、怒らせて当然だろう…!?いつものクールな君は何処に行ってしまったんだよ…。」
クレインは反応しないリサを横目に見ながら続ける。
「アルクスに目を付けられて当然さ、レド君も怒ってそうだったけどね。昔から君は…いつもそうさ…女の子を前にするといつも今日みたいにポンコツになって…今日という今日はガツンと言っておいたほうがキミの為かもしれないね……。」
そうクレインは吐き捨てるように文句を言い終わると、廊下の端がぼんやりと光って見えた。ちょうど人が明かりを持って歩いているようにユラユラとその明かりは揺れる。
クレインは少し目を細めると物音を立てないようにリサをゆっくりと床に下ろし、腰に手を回す。
ここは防衛隊士の宿舎の一部だ。危険は無いだろうことはクレインにも分かっている。
しかし防衛隊士の宿舎という場所だからこその危険もあるのも事実であった。
「防衛隊士見習いの死亡率が近年異常に高い」
そんな話を教員たちがしていた、という話を聞いたことがある。
防衛隊士を目指すと決めた日から元より危険は承知の上である。任務中に命を落とすことも、行ってみれば仕方のない事なのである。
だが訓練施設に最近配置されたという魔力を探知する術式の数々や、多数の監視用の魔道具という異常な程の警備体制に違和感を覚える。
そして、身近な出来事で言えばリオ・ドルスが立て続けにトラブルに巻き込まれ、入隊式に遅れたのは本当に偶然だったのだろうか?
そんな想像ばかりが頭を過る。
今のクレインにとってはそんな噂が真実であるか、偽りであるかはこの際どうでも良かった。腰から植物の種子の入ったビンを取り出すと、細かい粒状の種子を薄く廊下に広がるように撒く。
手際よくクレインが【植物操作】の力を発動させると、粒状の種子は芽吹き、目に見えない程細くうねったツタとなり廊下の床を絨毯のようになり進見始める。
そのツタはこの薄暗い廊下に溶け込み、意識しなければ殆ど視認することは出来ない。
このツタを急成長させれば人間を拘束できるほど強靭なものに成長させることができる。
こうして地面にあらかじめツタを薄く広げておくことでツタの成長を瞬時に行い拘束が可能となるのだ。
万が一の場合クレインの【植物操作】では種子の配置、その成長とその過程に時間がかかり、いざ戦闘となれば必ず出遅れる。
接近してくる人間がもし同じ訓練生や教員と分かれば植物の成長を止め、攻撃を仕掛けなければよい。
もしこれが全てクレインの杞憂であるならそれで良いのだ。
準備を終えたクレインは月明りの指す廊下でいつでも動き出せるようにリサを担ぎ直すとこちらへ接近する人物に備え、前方を凝視した姿勢のまま固まった。
廊下の角を曲がり、その明かりがこちらに近づいてくるがまだその人物の顔は見えない。
横にある窓から差し込む明かりがちょうど顔が見えるようになる程度の位置まで、クレインはツタを伸ばしていた。
一歩、また一歩と正面から明かりを持った人物が近づいてくる。
そして明かり差す、顔が視認できる位置…ツタの先端までその人物が歩みを進めるとクレインはゴクリと唾を飲んだ。
明かりを持った人物がツタにその足を踏み入れた瞬間───
バチッ!!
稲妻のように火花を散らせ、足元に生えたツタが突然焼き切れたのだ。
焼けたツタの残骸が黒い粉や灰のようになり吹き飛ばされ辺りに散らばる。
「あらあらあら、こんな時間に誰かと思いましたらクレイン・ホーカーではありませんか?」
若い女性の声が廊下に響く。
クレインは驚くような表情を浮かべたままの自分の名を語る女性の顔を見る。
「モニカ…さん!?どうしてここんな所に…?」
長い黒髪の少女の姿がそこにはあった。
モニカ・シュナイメル。今朝久しぶりに再会したリサとクレインの旧友の少女であった。
「そんなこと…こちらが聞きたいですわ?今日はわたくしが夜の見回りの当番なのですから。それより、この足元に広がった汚い植物は何のつもりですの……?」
モニカは不愉快そうに足元の焼き切れたツタを踏み、二度、三度床にこすりつけて黒いシミに変えてしまった。
「ご、ごめん。まさかこんな時間にここを人が通ると思わなかったんだ。それより夜の見回りだって…?こんなところを女の子一人で…?」
「……ふん、まぁいいでしょう……もちろんわたくしの他にも何人かいますわよ?でもわたくしは一人であったとしても何の問題もありませんけど。」
モニカは不機嫌そうな顔を浮かべながらも自慢気に語る。自慢気な表情を浮かべるのは彼女の癖のようなものだとクレインは知っていたが、ツタを退けた稲妻のような力を見せられ、モニカが自慢気な表情をすることが許されるだけの実力を持っているであろうことを感じさせられていた。
「クレイン・ホーカーこそどうしてこんな………あら…?まぁまぁまぁ…!!その肩に背負って粗末に扱われているそれ!それですわっ!!もしかしてそれはリオ・ドルスじゃありませんことっ!?」
モニカは一転して笑顔に変わるとクレインが肩に担ぐリサを指さし、高らかに叫んできた。
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