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陽炎のリサ・トゥリカ  作者: 出水 達郎
~第2章~ 防衛隊士訓練編
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第五十七話  小さな介入者



リサは仰向けに倒れるアルクスを上から見下ろし、落下する。


いかにアルクスであってもリサが全体重を乗せた一撃を受ければただでは済まないだろう。


いくらアルクスが自分を殺さんとばかりに迫ってくるとは言え、この上空から一撃は本来友や仲間に向けて使って良いような技では決して無い。当たり所が悪ければ最悪相手が死ぬ可能性がある事をリサは頭では理解していた。


だが多少危険であろうとアルクスとの圧倒的な体格差を埋めるにはやむを得ない。リサはアルクス目掛けて攻撃を仕掛ける為反射的に飛び上がった後に自分に言い聞かせたのだった。


頭部を避ければ即死はしないだろうとリサは思い、アルクスの胸部に狙いを付ける。

幸い浴場には訓練生が皆集まっている。万が一の場合は回復魔術が得意な者に急いでアルクスを癒してもらうことにしよう。


一瞬リサの頭を過った迷いは消え、重力に身を任せると瞬く間にアルクスに向かって接近する。


(悪いわねっ!アルクスっ…!!)


リサは再度腕に力を込める。



ズドン!!



突如その音が浴場に響き渡ると、リサの身体が空中で止まっていた。

見える景色が動くのを止め、意味が分からず呼吸することさえできなくなっていたことに気づいたのは腹部に強い痛みを感じるのとほぼ同時であった。


目線を下にやるとリサは自分の腹にアルクスの足が突き刺さっていることに気づいた。

アルクスはリサに倒された後、上空から迫るリサに対して体をひねるようにして両手を頭の横に付くと、真上に向かって鋭い蹴りを突き出し放っていたのだった。


アルクスが足先に力を込め、払うように足を振りぬくと空中で止まっていたリサの身体は横に投げ出され浴場の床を二転、三転し動かなくなった。


リサは自分の置かれた状況を理解し、立ち上がろうと手足に力を込める。


呼吸がうまくできない苦しさと、腹部に走る激痛、双方がリサに襲い掛かる。立とう、立とうと足に力を入れるが滑りやすい浴室の地面をベチャベチャと撫でるだけで手も足も本来の役目を果たさなかった。頭の中はグルグルと回転し、リサの目には十字模様であるはずの浴場の床がいびつならせん状の模様にしか映らなくなっていた。


アルクスを倒せる程の威力をもつはずであった上空からの加速、それに加えて下からの鋭い蹴りの勢いを合わせた一撃。威力の増した反撃の一撃を受け、リサが立てるはずが無かったのだ。


「終わりだ、リオ・ドルス。」


そう言いながら立ち上がったアルクスが悠然と地面に這いつくばるリサを見下ろしてくる。

そのアルクスの様子には地面に横たわるリサに対する優越感や嘲笑するといったような態度はどこにも感じられず、ただ怒りの矛先だけがリサに向けられていた。


「やっとやる気になったかと思えば、またこんなくだらない奇策、奇襲、そんなものばかり。なんなんだお前は?そんなものでこの俺に勝てる訳がないだろう。お前はその程度の男なのか?こんな男がモニカに手を出し、俺と同じ大将軍(アークジェネラル)の息子として肩を並べているということ自体腹が立たしい。」


リサはアルクスから何かを言われていることは理解できていたが、言われている意味は理解でておらず、それに加えて呼吸もままならないこの状況で言葉を発することも出来ないでいた。


「もう一度聞くぞ、お前はモニカに何をした?吐け。」


リサは答えない。

這いつくばりながら肩を揺らしてアルクスをなんとか見上げることしかできないのだ。


「ちっ……。」


アルクスが舌を鳴らすとリサの腕を掴み上に持ち上げる。


「なんとかいったらどうだっ…!!」


右腕を掴まれ、膝を付いたままリサは吊り上げられる。


「…っ………!」


周囲で見ていた他の仲間たちも流石に今の状況に困惑の表情を浮かべていた。

普段であれば誰かが止めに割って入っていたであろう。だが普通ではないこの場所、この状況、そして鬼気迫るアルクスの様子が仲間たちが介入することに対して二の足を踏ませてしまっていたのだ。


しかしそんな時…。


下からゆっくりと伸びてきた手がアルクスの肩を叩くのだった。




「はいはい、そこまでだよ。」


そう二人の間に割って入ったのはなんとクレインであった。


クレインが直接的にリサを助けてくれるのは珍しい。そう、クレインはいつも基本的に自分に危害が無ければ遠くで見ている場合が殆どなのだ。リサは良くトラブルに巻き込まれるがその時のクレインはリサの様子を面白がっている訳でもなく、気の毒がる訳でも心配する訳でもない。


自分に関係無ければただ見ているだけ。徹底した無干渉。それが彼の生き方であった。


そのクレインが珍しく救いの手を差し出してきた。これはダケルに続き本日2回目のことであった。自分が巻き込まれて他人事に思えなくなったのだろうか?それとも今日は機嫌が良いだけなのだろうか?


苦悶の表情の中に少し驚いたような表情を浮かべるリサだが、不本意ながらにこの救いの手をありがたく受け取るしかなかった。


「邪魔をするな。クレイン・ホーカー。俺は今この男と話しているんだ。」


アルクスはギロリとクレインを睨みつけるとリサを締め付ける腕の拘束が少し緩む。

大人と子供ほど体格の違うアルクスに凄まれてもクレインが怯む様子は全くない。


「僕にはとても話してる様子には見えないけどね?そろそろやめておきなよ、みっともない。」


「……みっともないだと?」


「僕じゃなくても皆思ってるよ。事の発端は女性を巡って争ってるだけなんだろう?あのエーリッツ家のご子息様ともあろう人がえらく狭量じゃないか。君が誇りに思ってるエーリッツ家っていうのはその程度のものなのかい?」


「だからなんだというんだ…。」


「まず初めに…それはリオ一人を殴ったら解決する話なのかい?違うって事は君自身分かっている。でもどうしたら良いか思いつかなかった、いや、勇気が無かったのかな?つまらない一時の怒りに身を任せて、にの一番に頭に思いついた解決方法が人を殴るだって?そんなでたらめな行動をするのは酒場のならず者たちくらいさ。これをみっともないと言わずしてなんと言うんだい?」


「……ちっ………。」


クレインの言う一言一言がアルクスの表情を曇らせる。

アルクスの中でも今の自分の行動は自分の信念とは遠い位置にあるものだということは理解していた。彼の振り上げたその拳が、降りる場所を求めてこの現状を招いていたことも。


リオ・ドルスという男が憎いことには変わりない。殴りたいと思った気持ちも、頭を下げさせたいと思った気持ちも紛れもなくアルクスの感情であることに変わりない。しかしこうして改めて人に指摘されてなお、冷静に自分を見つめ直し間違いに気づくことが出来ないほど彼は愚かではなかったのだ。


「ふん、友に恵まれて命拾いしたな、リオ・ドルス。」


そう言うとアルクスは掴む腕の力を緩め、リサを解放した。

リサは浴室の地面に膝と手を付きゲホゲホと背中を跳ねるようにしてゲホゲホと咳き込む。


「ふん……次は別の機会に相手をしてやる。お前よりも俺の方が優れた男だということを証明してやる、必ず…な。」


そういうとアルクスは浴室から去っていくのだった。

完全にアルクスの姿が見えなくなって周囲の人間の緊張が溶けると、ようやくリサはまともに喋れるようになっていた。


「す…すまない。…助かった、クレイン。」


「今回はそもそもキミの方が悪いんだからね、始めは僕も助けないつもりだったんだけ……。」


肩を貸してくれるのかリサは手を伸ばしたがクレインにプイとはねのけられてしまう。

争いに巻き込んでしまったことを申し訳なく思い、「そんなに怒るなよ」と言おうとしたがリサは自分の声が出ていないことに気づく。


そういえばクレインが言っていることもよく聞き取れない。

リサはだんだんと手足に力が入らなくなり、先ほどまで四つん這いだったはずなのに何故か自分が顔を床につけていることに気づいた。


そして徐々に視界は暗くなっていくのであった…。








☆~☆☆☆☆☆ 何でも構いません。


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