第五十六話 何度も見せた攻防
リサとアルクスは互いに向かい合い、腕を構え対峙する。
それは本日の午後の体術の訓練の時の光景と同じであるが、その時とは大分状況が異なる。
リサはヤケクソ気味に構えを取りアルクスから距離を取る。
首を締められ殺されかけたがリサは戦意を失うことなく、眼前の殺意をむき出しにするアルクスと対峙する。怒れるアルクスが暴れ始めたことで他の男性隊士たちの半数以上が居なくなってしまったことについては申し訳なく思う半面、リサにとってはむしろ好都合な状況であった。
「リオ・ドルス、一体何なんだそのチョーカーは?随分大切にしているようだが…?」
チョーカーに触ろうとした瞬間に力を取り戻したリサを見て、アルクスは怪訝な表情を浮かべる。
「ああ、これはマリーから……いや、そんなこと今どうでもいいだろ!!」
「マリーだと?…今度は別の女の名前か!?…いい加減にしろよ!お前という奴は!!」
何を言っても怒り出すアルクスを前にしてリサはやるしかないと覚悟を決める。
そのチョーカーはアルクスが思うような俗物的な物では無く、リサにとっては非常に重要な【陽炎幻視】を使い生きる上で欠かせないアイテムであったのだ。
「…はっきり言うぞ、俺はもう訓練の時のように手は抜かない。」
手は抜かない、とはっきり宣言したアルクスであったが、訓練中も手を抜いているようには到底思えず一方的に殴られ続けたのはリサの方だった。彼が訓練の時以上の暴力を振るうという宣言を受け、訓練の時のように静止するものが居ない今の状況にリサは背筋が冷たくなる。
「へぇ、昼間は手を抜いていてくれたんだな。実は俺もなんだ。まさかもう勝ったつもりでいたのか?おめでたい奴だな!!なあっ…!」
リサは虚勢を張るが、正面からやりあっても勝ち目が無い事は昼間の訓練の時に嫌というほど思い知らされた。リサよりも年上でこの長身で屈強な肉体をもつアルクスとまともに殴りあって勝てるはずが無い。
そして素手で挑まれたこの勝負。彼女の中の愛する兄のプライドを守る為、道具や能力を使うことは彼女自身が許さない。
「減らず口を叩いていられるのも今のうちだぞ?モニカを悲しませたお前を絶対に許すわけにはいかない、俺が貴様に鉄槌を下す。」
「…だからモニカが俺に何の関係があるっていうんだよ!?」
「あくまで自分の非を認めるつもりはないということだな!?いいだろう、ならば力づくで認めさせるまでだっ!!」
そう言うと同時にアルクスはブンとその長い腕で殴りかかってきた。
昼間の訓練でアルクスのパワーとスピードを体験していたリサは唐突な攻撃を受けたにも関わらず、素早く反応する。彼女は身を翻し、横から薙ぎ払うように迫ってきた腕の一振りを紙一重で回避した。
前のめりになったアルクスに隙ができたものの、返す刀で彼の顔目掛けて数発放ったリサの拳はガードされ、続けて下半身に向けて放った蹴りもアルクスの脚の分厚い筋肉に防がれ、効果は薄い。
リサの攻撃を防ぎきると、今度はアルクスの連打がリサを襲う。
リサは連打をなんとか防いだが最後に放たれた斜め下からの鋭い蹴りのあまりの威力に壁に向かって吹き飛ばされた。
強烈な蹴りを受けたリサは別の半個室状の洗い場に吹き飛ばされ、中で体を洗っていた人物もろとも壁に叩きつけられる。
「いてててて…!クレイン!?なんだ、お前逃げてなかったんだな!!」
洗い場でリサの下敷きになっていたのはクレインであった。
リサとアルクスの問答と殴り合いを聞いていたにもかかわらず周りに無関心な彼は呑気に身体を洗っていた。クレインはこれから髪についた泡を流そうとしていた所のようで、ぶつかった衝撃で彼の使っていた桶や椅子が辺りに吹き飛ばされ散乱する。
「いてててっ!うわっリオ!?な、な、なにするんだよ!?」
自分には関係の無い出来事だと思っていたのだろうか、戦いに巻き込まれてようやくクレインが慌て始める。
「くそっ!そんなの俺の方が聞きたいぜ!何故か風呂場で殺されそうになってるんだよ!!だからお前もさっさと逃げたほうがいいぞ。そらっ!」
「う、うわぁっ!?」
下敷きにしていたクレインをリサは足で蹴り飛ばすと、床を滑るようにしてクレインが転がっていく。
そしてリサを追うようにしてアルクスが迫ってくる。
無言で上から手刀のようにして腕が振り落されたがリサはそれを見て床を転がるようにして回避する。
そしてリサの代わりに手刀を受けた木製の椅子が真っ二つに砕け散る。
「なんだ…リオ・ドルス…お前の突きや蹴りは!軽い!軽すぎるっ!全く話にならないぞ!?そんなことで彼女を守れるのか?いいや、お前などに守れるはずがない!!貴様にできるのはぬるい炎を起こすことくらいだろう!!やる気があるのか?俺を舐めているのか?それとも手を抜いているのか!?」
リサが手を抜いているはずがない。しかしリオ・ドルスの見た目をしていながら繰り出されるのは彼を演じるリサ・トゥリカの放つ突きや蹴りであった。見た目に反するそのか弱い打撃から、アルクスが違和感を覚え、この戦いや自分に対する侮辱に感じるのも致し方なかった。
一連の駆け引きからアルクスとの圧倒的な体格差を覆せず、リサには焦りが生じる。
床にしゃがみ込むリサとアルクスが動かないまま対峙している今この時、周囲の人間の視界に映る景色はゆれる蒸気だけが動きを与える存在となっていた。
「さっきも言っただろ、何を勝ったつもりでいるんだ?俺に何か言わせたいことがあるんだろ?モニカに何かを謝らせたいんだろう!?だったら、うだうだ言ってないでさっさとかかってこいよ!!」
リサは再びアルクスを挑発する。
その挑発にアルクスは疑いもなく小さく叫び声を上げるとリサに突進していく。
そして彼が繰り出したのは上から大振りの一撃。
リサは腕で何とか受け流し、反撃で突きをアルクスの腹めがけて打ち込む。
「またそんな攻撃かっ!!」
アルクスはリサの渾身の一撃を腋を締めるようにして肘を曲げた姿勢でガードする。
ガードした後アルクスの腕はリサの突き出した腕に巻きつくようにして絡まり始める。
しかし、アルクスが意識することなく「またそんな攻撃か」と言ったのは、今のリサの突きは昼間の訓練でアルクスに何度も見せていた攻撃だったからである。
アルクスの上からの大振りの攻撃に対してリサの反撃の突き。
(そう、アルクス。お前はこの後に必ずこの腕をっ…!!)
リサは午後の訓練でアルクスに散々に投げ飛ばされていた。
何度もリサの攻撃は受け止められ、掴まれ、そして投げ飛ばされた。その投げ飛ばされたパターンの一つがこの一連の攻防であった。
本来、アルクスの圧倒的な腕力に掴まれてしまえばリサに抗う術は無い。
しかし、今は違う。
「掴めない…だとっ…!!」
アルクスの手は確かにリサの腕を掴み捉えていた。
しかし掴んだリサの腕はヌルヌルと滑りアルクスの拘束を許さず、投げ飛ばされることなくリサはそのまま腕を引き抜いたのだ。
そのヌメリの正体はクレインが身体を洗っていた時の洗剤である。
先ほどクレインとリサがぶつかった時に辺りにぶちまけられ、一部がリサの身体に付いた。
クレインとの激突。
それはリサがアルクスに気取られることなく、腕を掴まれ投げ飛ばされないというアドバンテージを得た瞬間であった。
リサを完全に捕らえたと思い込み、投げ飛ばそうと力を込めたアルクスの重心は必要以上に傾いていてしまっていた。
(そしてアルクス、お前の立っている床も同じ状態なのよっ!!)
「くらえっ!!」
「くそっ!?何なんだ!?」
洗剤が撒かれ、滑りやすく濡れた地面に立つ不安定な姿勢となったアルクスの足に、リサは低い姿勢から力を込めた蹴りを回転するように叩きこむ。
バシンと大きな音を立ててアルクスの重心を支えていた足が蹴り払われると、その巨体は仰向けに地面に倒れ、ドンと大きな音が浴室に響き渡る。
仰向けに倒され混乱するアルクスを見た瞬間、リサはすぐに次の行動に出る。
アルクスに重い一撃を入れる為リサは前方に飛び上がる。
右手を左手で支えるようにして肘を下に突き出すと、落下する勢いでアルクスのみぞおち目掛けて狙いをつけたのだ。
リサは重力に身を任せ、倒れたアルクス目掛けて落下する。
☆~☆☆☆☆☆ 何でも構いません。
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