第四十三話 リサが知らない10年間
ド、ドドン!!
防衛隊士見習いの訓練場に轟音をたてながら火柱が上がった。
その炎はリサが放った【朱滅火炎】の爆発によるものだった。
周囲には講師であるボジャックと共に他の訓練生がリサを囲むようにして立っており、皆【朱滅火炎】による炎の爆発を見物していたのだ。
(よしっ、威力はまずまずね…!)
レフィーナの一件以降、リサは【朱滅火炎】の出力を上げるコツを掴んだようで、先ほどの一撃もクポ・エミルで二つの時計台を破壊した時の一撃に近い威力が出ていたのだ。
標的とされた土人形は跡形もなく完全に粉砕されており、【朱滅火炎】の強大な威力を周囲に見せつけていた。
周囲の訓練生がリサの姿を食い入るように見ているのも当然であった。あの大将軍リグラスの操る【朱滅火炎】を知らない者はこの40名の中にはいないのだ。そして今、息子のものとはいえあの【朱滅火炎】を見てみたいという願望が果たされたのだ。感動に身を振るわせている者もいれば、ライバルの一人として見るような鋭い視線を送る者もいる。
リサ自身も満足のいく威力の【朱滅火炎】を見せたことで周りの訓練生からは十分なザワめきが聞こえる。どうやらリオ・ドルスとして力を見せつけることには成功したようだと、リサはほっと胸を撫でおろす。
その【朱滅火炎】を見て、ラルゴが口を開く。
「ねぇ、クレインちゃん。リオ・ドルスの【朱滅火炎】はいつもこんな感じなのかしら?」
「い、いや…こんな凄い威力は初めて見たよ。リオの奴、いつの間に腕を上げたんだろう…。」
「へぇ…そうなの。”こんなもの”なのねぇ?」
リサの最大出力の【朱滅火炎】を前にしてラルゴは少しうつむいたような姿勢で疑惑に満ちた表情を浮かべる。クレインの肩に手を置いたままの姿勢で思考を巡らせているようだった。
クレインが手を払おうとするが、ラルゴは決して離さない。
「耐火炎人形に手を加えれば十分対処できそうだわぁ。ちょっと期待外れかしらねぇ。」
「それってどういう…?っていうか君、赤組だよね?どうしてまたここにいるのさ!?」
「なぜって?そ・れ・は…ここにクレインちゃんがいるからよっ!」
「もうそれはいいからっ!!」
肩を撫でまわす手を無理やり払いのけるようにしてクレインは歩き出す。
「次!僕の番だからっ!じゃあねっ!」
クレインは肩を揺らしながら訓練場に向かって行く。
そのクレインとすれ違うようにしてリサが訓練場から外へ出ていく。
(クレインの奴…やけに気合入ってるわね…。)
リサは外に出ると飲み物をグイっと飲み干す。
安定して高い威力の【朱滅火炎】を打てるようになってきたことに自分の成長を感じた。自分の成長を感じることがこれほど嬉しいこととは思わなかったリサは思わず笑みをこぼしそうになる。
訓練場から戻ったリサに対して他の隊士たちは賑やかしに集まってきた。
「すごい」、「かっこいい」、仲間からそんなことを言われて嬉しくない人間はいない。
嬉しい反面、こういった賑やかな空気が少し苦手なリサはほどなくしてその集まりから離れたのであった。
そして休憩と称して訓練場から少し離れた水場でリサは顔を洗う。
遠くに見える訓練場ではクレインが【植物操作】の力で植物の種子を成長させている姿が見えた。詳しい種類は分からなかったが成長させている植物は食料になるヤシ類の樹木に、薬草として使えるハーブ類であろうか。それはクレインの能力の有用性を分かりやすく示していた。
親友の活躍を遠目に眺めていたリサに、突然一人の男が話しかけてきた。
「おい…貴様。何をしている?」
その男はレド・ランパルドだった。せっかくのいい気分を害されたとばかりにリサは首をかしげるようにしてレドのほうを見る。振り向いた勢いで顔から数滴水が滴り落ち、地面を点々と濡らした。
レドはいつものように自分の剣の上に乗り、空中に浮いたままこちらを見ていた。
普段のレドであれば自分の剣に水滴がかかろうものなら激怒するであろう。しかし今の彼に水滴など気にする様子は見られない。
「何って、顔を洗っていたんだよ。悪いか?」
いつものようにリサは冷たい言葉でレドをあしらうが、レドが言い返してくることは無かった。いつものような馬鹿笑いも聞こえない。
レドの方からまともに話しかけてくるとは珍しい、とリサは思った。
リサを馬鹿にするか、ケンカを吹っ掛けてくる以外でレドが話かけてくることは殆どないのだ。
「なんだ…?…用が無いなら俺はもう行くぞ?」
痺れを切らしたリサは水場を離れようと置いていた上着を持ち上げ去ろうとすると、そこでレドがようやく口を開く。
「そういうことを言っているのでは無い。今のは何だ、ということを言っている。」
「今の?何か問題でもあるのか?」
リサはレドの真意を問いただす為、もう一度振り返りレドを見た。
そこに立っていたのはいつも馬鹿のように笑い、人を見下しながら話すレドの姿ではない。
その目は真剣そのもの、彼が自慢の剣を磨いている時の表情に近い。
「何故貴様は手を抜いているのか、ということだ。答えろ。」
「…手を抜いている?何を言っているんだ?」
「とぼけるな…貴様は今の2倍、いや3倍の炎を楽に出せるはずだ。それが何故手を抜いている?周りの雑魚どもに気を使っているのか?おめでたいやつだ。」
リサは少し苦い表情を浮かべた。身が少したじろぐようにして両手に力がこもる。
(レド……こいつ…知っているのね…。)
レドは知っている。そう、リサが入れ替わる前のリオ・ドルスの真の力を。
リオ・ドルスの持っていた真の大将軍リグラスの息子の力。
真の【朱滅火炎】の力を。
(こいつ…クレインでも知らないリオ兄様の力を、知っている…!)
リオ・ドルスの力をリサは良く覚えている。あの頃のリオ・ドルスは10歳ほどの少年であっただろうか。だが、その少年の力は今のリサ・トゥリカの力を遥かにしのいでいた。
リサのまがい物の【朱滅火炎】とは比べ物にならない、リオ・ドルスの放つあの鮮烈な輝きの炎こそが真の【朱滅火炎】なのだ。
(リオ兄様は人前で滅多に力を使うような人じゃなかった…。)
リオ・ドルスが生きた10年間、リサが知らないリオ・ドルスの10年間。
どのような場面で、リオ・ドルスが全力を振るったのか。それはリサには分からない。
その10年間を知る数少ない人間の一人、それがこのレド・ランパルドだったのだ。
「たしか…6,7年前だったか…?貴様が俺に見せたあの炎を。忘れたとは言わせんぞ!」
(その頃だ…ちょうど私がリオ兄様になったのは…!)
「レド…何を言っているんだ。今のが全力だぜ?あの爆発を見ただろう?」
レドは笑み一つこぼさず、リサを睨みつける。剣の上に乗り腕を組むその姿からは過去の記憶を疑う様子は何一つ見られない。
「フン…貴様がシラを切るつもりならそれで構わん。貴様がどうだろうが俺には関係ない。俺は上を目指す、俺が上を行く。それだけだ。」
そういい放つとレドは身をひるがえし、その場を去っていくのであった。
その場を去るレドの後ろ姿を見てリサは思う。
レドはリサにいつも突っかかってくる。だが彼が戦っている相手は私ではなく、リオ兄様なのではないのか、と。
「レドとリオ兄様は、どんな関係だったのかしら…。」
レドの中でリオ・ドルスは巨大な壁だったのかもしれない。ライバルだったのかもしれない。
リサがリオ・ドルスになる前は、リオとレドの関係はいがみ合いながらも、今とは少し違ったものだったのかも知れないと考える。しかし今となってはもうどうしようも無い。
そしてレドに対してリサが出来ることは恐らく無い。
(そう、あるとするならば…。)
リサは自分の右手を赤く光らせ、チリチリと燃やす。
濡れていた手や顔は熱で渇き、髪が空気とともに流れる熱で揺られる。
リサは再び訓練場へ向かって歩き出す。
今の自分の【朱滅火炎】では兄のリオ・ドルスには遠く及ばない。
今は皆の能力を見て、力を、情報を集めよう。
仲間の力を借りて、知恵を廻して、私に出来ることをするんだ。
そうして私は強くなるのだ、そしていつかは兄様を……と、リサは空を見上げた。
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