第四十一話 初日の夜は
そうしている内に日は沈み、夜が近づく。
荷物の整理も終わり、明日の訓練に備えてしっかりと休息を取ることが大切だろう。
何よりもリサは今日まで馬車に揺られ山賊に魔物にと、連日の様に戦い続けてきたのだ。少しでも気を抜けばすぐにでも寝てしまいそうなほどの疲労を感じていた。
だが眠ってしまわないのはリサの身体がやたらと汚れていた為だろう。服や髪が肌にへばり付き不快なことこの上ない。馬車旅で野宿をしていた時には気にせず眠れていたのだが、今のように綺麗なベッドを前にしていると自分の汚さが気になり眠れそうに無かったのだ。
その時、ガチャリとドアが開いた。
毛並みがボロボロになったダケルが部屋に訪ねて来た。
「や、やっと片付けが終わったぜ…あの野郎散々蹴りまくりやがって…許さねぇ…!」
「お疲れさまー。」
クレインは本を読みながらダケルのほうを見ることなく冷たく返事をする。
「お…お疲れさま。ダケル。」
レドと相部屋になってくれたダケルには同情と感謝の気持ちしか浮かばないリサであった。
しかしながらこの獣人の青年の無邪気で明るく、あっけらかんとしたこの性格ならあの気難しいレドとなんとかやっていけるのではないかという気もする。
ダケルが壁にかけてある時計を見ながらこちらに話しかけてくる。
「おーそろそろ時間だな、よっしゃ、リオ、クレイン風呂行こうぜー。」
「もうそんな時間なんだね。」
「…え…風呂…?」
先ほど確かにリサは風呂に入りたいと考えていた。
しかしダケルの言った言葉が引っかかり、ポカンと口を開く。
「おいおいリオ。書類に書いてあっただろ?訓練生は所定の時間内に共同浴場で入浴することって。」
「………共同?…入浴?」
リサは完全に固まってしまった。
(いやいや、まさかそんなはずは…。)
リサはガサガサと手元の資料を拾って見ると、入浴については確かにそう書いてある。
(こ、これは…とてもまずいわ…!)
リサが何度読み直しても書いてある内容に変化は無く、例外も抜け道は無かった。
動こうとしないリサを見てダケルが部屋の中に入って来て床に座るリサの隣まできて呼びかける。
「何してんだ?リオ、さっさと行こうぜ。」
「…い…いや、いい。」
リサはダケルから顔を反らし、違う方向を見ながらボソリとつぶやく。
リサの声が聞こえていなかったのか、ダケルは首をかしげたままリサの方を見ている。
クレインがいそいそと荷物を取り出し部屋を出ようと歩き出している。
しびれを切らしたダケルがリサの肩に手をかけようとした瞬間、リサは口を開く。
「い、いや。俺はいいっ!先に行っててくれっ!」
「いい?いいって何だよ?ボロッボロの恰好のお前が一番風呂に入らないといけないと思うぜ?ほら、そこに時間内に入らねぇといけないって書いてあるだろ?さっさといこうぜ?」
ダケルはリサの襟元を掴むとグイと引っ張る。
「はうっ!」
獣人らしい強い力で襟を引っ張られ、座っていたリサは人形のようにひっくり返るとズルズルと引きずられて行く。引きずられるリサに恥ずかしさがこみあげてくる。入隊試験の時にはダケルがレドに首輪を付けられ引きずられていたはずなのに、今日はリサがダケルに引きずられているのだ。
「は、離せ!いいからっ!いいと言っているだろう!?」
リサは焦ったように手足を子供のようにバタバタと動かすがたくましい獣人の体を持つダケルにその抵抗は全く意味がない。リオ・ドルスの体だがリサの体重分しか無いこの体であるが、幸い獣人の筋力を持つダケルがその違いに気づくことは無かった
リサは今まで屋敷では一人で風呂に入ることが殆どだった。たまにマリーの介助があるくらいでそもそも複数人で風呂に入るという概念そのものがリサには無かったのだ。
(し、しまった…全然準備してなかった…!)
リサは【陽炎幻視】を使っている以上、風呂に入ってもクレインやダケルの目に映るのはリオ・ドルスの裸体であろうことは頭では分かっている。リサ自身はその姿を見られることは無い。
しかしリサは裸で男たちの中を歩き回ることにどうにも我慢できそうにない。
それがこの二人のような友人の前であればなおさらのことだった。
「そ、そうだ!ダケル!聞け!聞けって!!」
「んー?」
「ええと…そ、その………そうだ!俺は風呂に入っちゃダメなんだよ!」
「え?ダメなの?」
「…ほ、ほら…見ての通り、俺は王都に来るまでの戦いでケガをしてしまってな。それで医者から風呂には入るなと言われているんだ!よ、よく言うだろっ?風呂に入ると傷が悪化するとっ!いやー残念だなぁー!俺は水場で身体を洗って済ませるから、二人で行っててくれー!ははははー!」
急に早口でしゃべりだしたリサを見てダケルはキョトンとしている。
視線が泳ぎ、手足がソワソワと落ち着きなく動かすリサを見てクレインは溜息を漏らす。
「はぁ…。ダケル、もういいよ。ほっといてさっさと行こう。」
「そ、そうか?なら行くけどよ。お大事になー。」
二人が部屋を去った後リサはいそいそと一人で水場に向かった。
そして周りに誰もいないことを確認して、リサは冷たい水で身体を洗うのであった。
「うぅ…つめたい…。」
身体に傷が残っているというのは全て嘘なのだ。
リサの傷は旅の道中出会った治癒師に回復魔術を施してもらったので殆ど癒えていた。
あれほど親切にしてもらったダケルに嘘をついてしまったという罪悪感がリサの頭を過ぎる。こんな言い訳がいつまでも続く訳が無いと思いながら、我ながらやってしまったと思うリサであった。
(はぁ…これからどうしようかしら……。)
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