第三十八話 クポ・エミル、騒動の後
火事やら、倒壊やら、叫ぶ声、怒号が辺りから次々と聞こえてくる。
この騒ぎの絶えないクポ・エミルの夜の街を、肩を抱き合うようにして歩く二人の姿があった。
「いたたた…マリー!痛い!痛いって!」
「すっ、すみません!でもリオ様、あと少しです!」
エンペルたち三人から逃れる為、リサは自分もろとも巻き込むように【朱滅火炎】を放った。
一見自殺行為のように見えるリサの行動であったが、それは自分にはリストヴァル家の人間特有の炎への高い耐性を持っていることを知っていたからである。
あの場で爆炎を受けても自分は生き延びることが出来るだろうと、そう思って放った全力の【朱滅火炎】であった。
兄様と私、二人で何としてでも生き延びねばと、その思いがリサにこの危険を犯させた。
確かにリサは死ぬことは無かった。しかし想像以上に身体が痛む。リサ自身、あれほどの威力の【朱滅火炎】を放ったのは始めてだった。だがあの威力が出なければ敵に途中で見つかっていたかもしれない。
そしてレフィーナに服を切り刻まれたということもあるが、着ていた服もひどく燃えてしまっている。【陽炎幻視】で焼ける前の状態を見せかけ、リサは街の中を歩く。
しばらく歩き、リサとマリーはようやくアドルのいる防衛隊士の詰所に辿り着いた。
そこでリサはようやく適切な治療と、今回の事件についてアドルに説明を行うことが出来た。
マリーから聞いていた通りで、レフィーナが魔導機関車の線路を操作したことが原因で駅で大事故が発生したようであった。駅で起きていた事故はひどいもので駅を通過するはずだった夜間特急便がホームで脱線。民間人に多数の死者が出ているようだった。
そして駅での大事故に加えて、この街のランドマークである二つの時計台の崩壊。この街は深夜にも関わらず騒ぎが収まる気配は無い。
リサが翌日の朝乗る予定だった王都行きの魔導機関車は当然のように欠便となった。
駅での騒ぎがひと段落つき、ゆっくりアドルと話せるようになったのは事件の翌日の夕方であった。
「まったくお前には驚かされるぜ、一人でテロリストどもを撃退しちまうんだからな。流石リストヴァル家の人間ってとこか!」
この事件でレフィーナたち一味はこの街を狙うテロリストの犯行として処理されている。
アドルは年季の入ったその逞しい髭を揺らしながらガハハと笑う。
アドルの年齢は父リグラスとそう変わらないであろう歴戦の防衛隊士の一人だ。軍で父リグラスの関係者としてリストヴァル家と古くから交流があり、リサもアドルと会う機会は子供の頃から何度もあった。
「笑いごとじゃありませんよ、アドルさん。ところで駅のほうはどうなんです?」
暗い雰囲気を紛らわせる為だろうか、体に包帯を巻いたリサをおちょくるように笑いながらアドルが話しかけてくるがリサはそれに合わせて笑う気分には到底なれない。
「ああ、ひでぇもんさ。魔導機関車の車両の中は人間を詰めてシェイクした容器のように血まみれさ。亡くなった人の身元も分からないような遺体が多い。もしあれをやって心が痛まないとしたら犯人は人間じゃねぇよ。」
アドルはこの街で最強の防衛隊士だ。
正義感の強い彼のことだ。彼はもし自分がその場に居合わせていれば、もし自分が敵と対峙できていれば…そう考えているのかもしれない。豪胆なはずの彼の表情はどこか陰りを感じさせるものが見えた。その表情がリサにも今回の事件での自分の落ち度を感じさせた。
「その犯人と思われる少女と…俺は切り結びました。感想は正直な所、少女はまともな人間とは到底思えませんでした。あの少女の心はもしかするとすでに…壊れているのかも知れません。できることなら俺は彼女を…止めたかった。ただ、俺が止められなかったのも事実です。すみません…。」
「おいおい。今回俺たちはお前に助けられてるんだ。頭を上げてくれよ。あのままテロリストどもを放っておけば街にどれだけの被害を出したか分からなかったからな。それより俺はお前の言っていたそいつが気になってな…。」
アドルが指を指しているのはリサが報告した犯人グループの特徴を記載した調査資料だった。
リサが話した犯人の似顔絵や事件の状況が事細かに記載されている。
その中でアドルが見つめているのは犯人たちの服装を描いたイラストについてだった。
「それは…奴らが身に着けていたエンブレムの模様ですか?」
それはエンペル、デンダロス、レフィーナの三人が身につけていたそれぞれの持ち物に刻まれていたエンブレムのことであった。三人とも同じ模様のエンブレムが彫られた持ち物を所持していたのだ。その見た目は十字のような文様にヘビのようなものが巻きついたような模様、と報告したものであった。
「ああ、似ているんだ。あの教団の紋章に。」
「あの教団?」
「17年前の東の大国…ガイ・ザルバとの戦いの時に似たような紋章を見たような気がする。あの教団は確か…サルーダ・ヴラモン教団…といったかな。」
「サルーダ・ヴラモン…教団…?」
リサは聞きなれない言葉を復唱するように問いかける。東の大国ガイ・ザルバとの戦いはこのアイラス・ル・ビア王国において余りにも有名であるが、サルーダ・ヴラモン教団というのは始めて耳にした名前であった。
「ああ、サルーダ・ヴラモン教団。同盟国であるセルナス教国で生まれたカルト教団だがガイ・ザルバ側について過去に我々と戦った歴史がある…つまり敵だ。17年前の戦いで教団はすでに壊滅したはずだが、どうしてこの街に…。」
「犯人の一人はセルナス教国で生まれたと言っていました。もしかすると残党が残っていて、再び活動を開始したのかも知れません。」
「…その可能性は高いな。奴らが最後に参加した戦いは確か…ボエスン川の戦いだったか。あれをもう一度洗う必要がありそうだな…。あぁ…、いや…すまない…。」
”ボエスン川の戦い”その言葉を聞き、リサは無表情を貫こうとしたがその言葉を聞き眉がピクリと動いてしまっていた。その様子に気づいたアドルはすかさずリサを気遣うように言う。
ボエスン川の戦い…それはリサの母リノンが敗れた戦いの名であった。そして17年前の戦いでアイラス・ル・ビア連合軍が最も屈辱的な敗北を喫した戦いの名である。
もちろん兄リオ・ドルスにとってもそれはリストヴァル家の恥とも言うべき忌むべき戦いの名前なのである。アイラス・ル・ビア王国民であれば、本来口に出すことも憚られるその戦いの名。アドルがリサに謝りを入れるのも当然であった。
「私個人としてもサルーダ・ヴラモン教団には借りがある、そしてこの街の件もある。…これ以上好きにはさせないさ。リオ君、この後の捜査は我々が責任を持って行うと誓うよ。」
「分かりました…ありがとうございます。アドルさんもお気をつけて。」
「リオ君。君はこれから自分の為に、力を付けてほしい。そして君の父上のような立派な防衛隊士になるんだ。そして君ならすぐに私を追い抜いて立派な防衛隊士になるよ。何せあの大将軍リグラスさんの息子さんだからな!将来は私が仕事を助けてもらえるようになるかな?はっはっは!!」
「…ええ、父の名に恥じぬよう努力します。」
数日後、クポ・エミルから少し離れた街道の晴れた昼下がり。
ゴトゴトと音を立てる馬車に揺られながら、リサとマリーは肩をぶつけるようにして外の景色をぼんやりと眺めていた。
リサは傷の治療もそこそこにアドルに別れを告げ、リサとマリーは芸術の街クポ・エミルを後にすることにした。
魔導機関車が事故で使えない以上、ここからは馬車を使っての移動となるのだ。
リサの傷はまだ癒えていないが、これ以上出発を遅らせては防衛隊士の入隊日に間に合わない可能性が十分にある。
トラブルに巻き込まれたとは言えそんなことはごめんだった。
「リオ様お怪我の具合はどうですか?」
「大丈夫だよ。思ったより痛みは無いし、跡も残らないと思う。」
「それは何よりです!」
「ん…?マリー…また何か嬉しそうだな?」
「リオ様が元気になったのですから当然ですっ!リグラス号もとても良かったのですが、この馬車に揺られる旅というのもなかなか良いものですねっ!」
「確かに中々良いもの…ね。」
リグラス号のようなフワフワのクッションが付いた椅子もなければ、美味しい車内料理も出てこない。
しかしリサはやたらと揺れるこの馬車の旅に不思議と新鮮さと楽しみを見出していた。
馬車の車輪は小さな石を拾う度にギィギィと軋むような音を立て、頭の上を覆う帆はポツポツと穴が空いており日差しがチラチラと差し込んでくる。
そして簡素な木製の荷台の上に何人もの人々が座っており、リサたちと共に馬車に揺られて運ばれていくのだ。
その見知らぬ人たちと同じ馬車に乗り、リサは相手の身なりを見ては彼らは何をしに来たのだろうか、どこに行くのだろうかと一人妄想にふけるのであった。
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