第三十七話 溶けるようにして見えたその顔
「…オ様っ……リオ様っ……!!」
瞼が重い。まるで徹夜の後、2時間寝てすぐ起こされた時のようだとリサ・トゥリカは思った。
なんとか重い目を開けると、見慣れたメイドの顔、マリーの顔が見えた。
その背後には噴煙が入り交じる空に、焦げたように火の粉がチリチリと舞っている。こんな景色の中でマリーを見たのは始めてだ。
「…マリー…か?」
「リオ様っ!?」
マリーはボロボロと泣いていた。片手をリサの頭の後ろに回し、もう片方の手で自分の口を覆うようにして震えていた。
リサはマリーに”今度は誰に泣かされたんだ?”と問いかけようとしたが頭が少しずつ今の状況を理解し始めていた。そう、自分はたしかレフィーナたちと戦っていたはずだ。
「そうか…生きているのか…俺は。」
「はいっ!…はいっ!当たり前でありますっ!」
「…こうするしか、もう手が無かったんだ…。」
「リオ様…なんという無茶を!倒れたリオ様を見つけた時に、マリーは心臓が止まってしまうかと思ったのですよ!?」
「…すまないな…マリー。」
その時頭の後ろに回されたマリーの手には、より一層の力が込められていた。
マリーの瓶底の様な分厚い眼鏡越しから、怒りと喜びが入り交じった表情が見え隠れしている。リサはそれを見て謝る以外の言葉が思いつかなかった。
「…アドルさんはその…駅のほうで手一杯でして、こちらで大きな音がしたのでマリーだけ急いでこちらに参りました。」
リサは頭をコクリと傾けると、先ほどの【朱滅火炎】の爆発音を聞いて人が集まってきているのが見えた。完全に崩壊した二つの時計台を見て、リサは自分のしてしまった事の大きさを痛感する。
だが幸いなことにレフィーナや、他の二人の姿は見えない。
周囲を警戒するようにリサは上半身を起こす。
「マリー、俺は何に見えている…?」
「はい!リオ・ドルス・リストヴァル、その人でございますっ!」
「…そうか、ありがとう。」
つまり、【陽炎幻視】は失われていない。つまり”リサ・トゥリカ”としての姿は誰にも見られてはいないというわけだ。
「移動しようマリー。早くここを離れないと。」
「だ、ダメです!まだ動いてはいけません。リオ様!」
マリーに肩を借りて歩き始めたリサを見る人影が上空にあった。
それはエンペル、デンダロス、レフィーナの三人である。
「ふふふ、面白い坊やねぇ。」
「苦シ紛レの反撃カト思イキヤ、逃ゲノ一手ダッタトハナ。」
「うぐっ…ううっ…。」
上空にいる三人には何の傷も、火傷も無かった。しかし一人、レフィーナだけはデンダロスに抱えられたまま、まだ身体を震わせていた。先ほどあてられた魔力による痙攣がまだ続いているようだ。
リサの【朱滅火炎】の一撃は三人に当たっていない。リサが【朱滅火炎】を打ち込んだのはリサと三人との間の地面に対してだった。
【朱滅火炎】が放たれた瞬間、エンペルたち三人はとっさに回避をとってしまった。なぜならそれは自分たちに向かって攻撃が放たれたと思ったからである。
その結果、回避行動を取ってしまった三人は、爆炎と煙に吹き飛ばされたリサの姿を完全に見失う。
バラバラに崩れた時計台、周囲の建物のレンガ、そして巻き上げられた粉塵、そこに包まれたリサを見つけることができないまま時間だけが過ぎ、とうとうクポ・エミルの住人たちが集まってきてしまった。
そして集まってきた住人の中にはこの街に駐在する防衛隊士がいる可能性は捨てきれない。この街の防衛隊士にはかなりの使い手がいると聞く。
流石のエンペルとデンダロスでも、容易に事を構えるのは避けたかったのである。
粉塵が収まりようやくリサを見つけた三人だが、もはや時すでに遅く手を出すことができない状況となってしまっていたのだ。
「あの坊や、命乞いをすれば本当に逃がしてあげたのに…。それに最後のあの目…私はてっきり玉砕覚悟で攻撃してきたのかと思っちゃったわ。」
「見事ダ、次ハ俺ガ手合ワセシタイモノダ…。」
「…彼、何やらいろいろ訳がありそうねぇ。ふふふっ。」
リサを逃したことに対して、些細なこと程度にしか思っていないエンペルとデンダロスの二人。その横で身体を震わせるレフィーナは一人考えていた。
(…さっきのは…?)
(今、見えたのは…何だったの…です…?)
レフィーナは先ほど一瞬だけ見えた光景を思い起こしていた。
それはリサが全力を超えた【朱滅火炎】を放った瞬間のことである。
その瞬間、レフィーナにはリオ・ドルスの顔と肩の辺りが一瞬だけ溶けるようにして崩れて見えたのである。どうやらエンペルとデンダロスがそのことを気にしている様子は無い。
あの猛烈な熱波の中ではそれもそのはずだ。
熱された空気は空間を歪ませる。意識して見ていなければその一瞬はまるで陽炎が空間を揺らし、風景を歪ませている様にしか見えなかっただろう。
だがこれは自分の見間違いなどでは無い。それは確かだ。
(…あれは…あの溶けるような…顔は確か…。)
レフィーナは溶けるようにして消えたリオ・ドルスの姿を一度見ていたことを思い出す。そう、それは【狂心断頭】によりリオ・ドルスの身体を真っ二つに切り裂いた後、幻を見せられた時のことだったと思い出す。
(リオ君…。あの時の、リオ君は…。)
二つに引き裂いたリオ・ドルスは自分に幻術を見破られ解除すると同時に消えてしまった。
溶けるようにして消えたリオ・ドルスの顔はあの時見た光景だと気づく。
では、先ほどリオ・ドルスの顔が同じように溶けて見えたのは一体?
(リオ君っ…?リオ君っ…!…ふふふっ…ふふふふっ!なのですよ…リオ君っ!リオ君!!)
激しい喜びを表現するかのようにデンダロスに抱えられたままのレフィーナの身体がビクンビクンと震え始める。
「デンダロス、その子…大丈夫かしら…。」
「コレハ…一度、戻ッタ方ガ良サソウダナ…。」
エンペルたちは狂ったように身体を動かし始めたレフィーナを心配すると、ふわりと浮きその場を飛び去るのであった。
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