第三十六話 跪き、泣きながら、惨めに生き延びる
謎の力を受けたレフィーナは完全に動かなくなると、デンドロスの脇に抱えられる。
「いい子にしていないあなたが悪いのよ?レフィーナ…。それと…坊やも、さっき止めておきなさいと言ったはずだけれど…?死にたいのかしら…?」
エンペルはヘビのようにギロリと目を光らせると、【朱滅火炎】を放つ為、腕を構え直していたリサの方を睨みつけた。
「…ふん…、悪党を一網打尽に出来るんだぞ?止める理由がどこにある?」
我ながら苦しい言い訳だとリサは思った。
そんなことできやしない、エンペルたちも分かっているだろう。だがしかし、もう打つ手が無いのだ。
リサにできることがあるとすれば自分が殺された後、正体がバレないように身体を丸ごと焼いてしまうことぐらいだろうか。
「…若い子たちは本当に言うことを聞かないわね。分からないの?見逃してあげる、と言っているのよ?」
「そんなこと…信じられるものか。」
「そうねぇ…ただ見逃すだけじゃ面白くないわねぇ。じゃあ…武器を捨てて私の前に跪きなさい?そして泣きながら私たちに命乞いをするの…。そうすれば見逃してあ、げ、る。ふふふふっ。」
「…ふ、ふざけるな…!」
「デンドロス、その映像をあとでレフィーナに見せてあげなさい。そうすればあの子も少しは落ち着くでしょう?」
「……致シ方ナシ。」
捨てる武器など無い、それはエンペルたちも分かっているだろう。
リサの手にあるのは折れた剣、そして尽きかけた【朱滅火炎】を打つ力ぐらいだ。
もしあるとするならば…。
「…坊やがもう少し大きくなったら。お姉さんが相手をしてあげるから、ね?」
「そう、もう少し後よ。後であなたも、あなたのお友達も、あなたのお父様も…。」
エンペルと名乗った女性の表情が暗いモノに染まる。
「……後で皆、殺してあげるから、ネ?」
そう言い放った瞬間、リサの目にエンペルの姿は途方もなく大きく、黒く、暗い存在に映った。
リサは声を上げることもできず、口を閉じ生唾を飲み込むことしかできない。
唇は震え、呼吸は全力疾走した後のように荒いものとなる。何か声を出して反論しようと試みたが、上手く声が出ずリサは小さくうめき声を上げただけだった。
エンペルの放つ凄まじい恐怖は、前に構えていたはずのリサの腕を下に下げさせてしまったのだ。
レフィーナに続いて現れた、自分より強いであろう二人の敵。
その二人に囲まれた絶望感とエンペルの恐ろしい眼に睨まれたリサの心は完全に恐怖で染まる。
(何なのだ、最近は。)
リサは心のなかでやり場の無い不平をもらした。
地下室の”アレ”、吐き気を催す気狂い女、そしてこの女にデンドロス。
どうして私ばかりこんな目に会うのだ、どうして私の周りに、こんな化け物ばかり!
レフィーナのようにうずくまって倒れてしまいたい。
逃げたい、逃げ出したい、泣きながら、わき目もふらず、一目散に!
「…さぁ…跪きなさい…?坊や…?」
エンペルは嗜虐に満ちた表情でリサを見下しながら片足を突き出す。
(兄様………兄様なら…こんな時どうする……?兄様ならば…。)
彼女は呪われたいつものその言葉を思い浮かべる。
…恐怖と苦悩に包まれ涙を浮かべたリサ・トゥリカ。
…しかし、彼女は逃げ出さなかった。
…逃げ出す訳にはいかないのだ。
(兄様ならば、リオ兄様ならば、絶対に負けない。負けるはずが無い!こんな悪党どもに!私は負ける訳にはいかないのだ!)
(逃げる?馬鹿を言うな、リオ兄様が、あのリオ兄様が無様に逃げ出す訳が無いだろう!ここで敵の顔色を伺って、泣きながら敵に頭を下げて、命からがら、惨めに生き延びるのが兄様か?ありえない!)
(そんなことは私は許さない!許さない!許さない!絶対に許されるはずが無い!!)
リサは震える唇を噛むようにして抑え込み、エンペルを睨みつけると喉の奥からふり絞るようにして声を絞り出す。
「……命乞いをしろだと…冗談じゃないっ…!!」
そう叫ぶとリサは再び自分の手を輝かせ、自らの最後の力をその両手に込める。
そして目を合わせることすら恐ろしいエンペルに向かってその青い瞳を向けたのだ。
「あらあらぁ…この坊や、とっても良い目してるわねぇ…。」
リサの両手は深紅に染まる。
ここで敵に跪けば死んでしまう、死んでしまうのだ!私の中のリオ兄様が!
私は二度と兄様を死なせたりしない。
兄様を死なせるくらいなら、私が死のうと、昔誓ったではないか!
”あの時死ぬべきは、私だったのだから!”
リサ・トゥリカは両手を輝かせ二つに重ねる。
(兄様の…!兄様の…!兄様の……炎はっ…!!)
リサは重ね合わせた両手から熱線とも、爆炎とも違う大きな熱量の塊を、エンペルとデンドロス目掛けて打ち出した。
その火力と巨大さにはリサ自身も驚きを隠せず、目を見開いた。
リサ・トゥリカが放ったこの一撃は彼女のこれまでの人生の中で最大の威力の一撃であったのだから。
その激しい炎は広場一帯を包み込み、芸術の街クポ・エミルのランドマークタワー、二つの時計台を完全に吹き飛ばしたのであった。
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