第三十五話 歪んだ笑顔を浮かべるレフィーナ
リサの強い意志と追い詰められたレフィーナの渾身の一撃が激突した。
二つの時計台の広場の周囲には二人が激突した衝撃により発生したすさまじい音と衝撃波が広がった。
その音は周囲の草木の葉を揺らし、崩れ落ちた瓦礫を跳ね飛ばす。
その結果…、リサの剣がレフィーナに届くことは無かったのである。
だがしかし…、もう一方のレフィーナの鋏もリサに届くことは無かった。
「…イイ加減ニシロ、レフィーナ…!!」
なぜなら、二人の全身全霊を込めた一撃は鎧を着た大男により受け止められていたからである。
その男は全身に甲冑をまとい、二人の間に立っていた。
顔を覆い隠す分厚く頑強な鎧、リサやレフィーナの二倍はあろうかという巨大な体躯、そしてその全身鎧を着こなす男の屈強な肉体が伺える。
全力を込めた一撃でリサの細身の剣はその分厚い鎧を貫くことができず、パキンと折れて地面に突き刺さった。
対するレフィーナの鋏は折れることは無かったが刃こぼれとヒビが入り、その変形した姿を周囲に晒していた。
「イイ加減にシロ、レフィーナ…。」
鎧の大男は念を押すようにそう言った。
その言動から察するにこの大男はレフィーナの知り合いのようだ、つまりリサにとって敵であることを意味する。
二つの時計台の上からの一撃はリサにとって紛れもなく最後の一撃であった。
それが失敗に終わった。
リサの愛剣は無残に折れ、地面に刺さったままキラリと反射してリサの後ろ姿を映すのみとなっていた。
リサの最後の秘策が失敗に終わり、苦悩の表情を浮かべる彼女に対して新たに出現した鎧を着た大男、そしてまだ余力を残しているであろうレフィーナの存在。
更にリサは再びレフィーナの【狂心断頭】の射程内に降り立ってしまったのだ。もう一度二つの時計台に登る余裕など、あのレフィーナはもう与えてくれようはずがない。
リサは様々な可能性を考慮するが、次第に焦りを感じ始め右手で腰のあたりをさするように動かす。しかしそこには何も無い。
この二人からひとまず距離を取るしか無い。取らざるを得ない。
リサは鎧の大男の様子を警戒しながらゆっくりと後ろに後ずさる。
「…なァ…?デンドロス…?」
沈黙していたレフィーナが口を開く。鎧の大男に向かってデンドロスと呼んだのだ。
その鋏を持つ手は抑えきれない感情を表す様にガタガタと震え出し、デンドロスの鎧と鋏がぶつかり歪な音をたてている。
「……何してくれてんだァ…?テメェは…?」
突然レフィーナの口調が変わる。
それはおおよそ酒場で気性の荒い男たちがするような発言であった。
「…この局面……この大一番……それもリオ君の前で恥かかせてくれてよォォ!!?ブチ殺されてェのか!?お前はあアアァ!?」
それは暴力的で、粗野で、下卑た発言。とてもレフィーナの可愛らしい外見からは考えられないような言葉の数々が飛び出す。
しかしリサは、今のような発言を聞いてもあまり驚くことは無かった。レフィーナの過去を聞いてしまったリサは、少なくとも彼女がそういった一面を持つであろうことが何となく想像できていたからだ。
「…おおィ?このウスノロの鎧野郎がァ!!なんとか言えやああああァァァ!!!」
そう言いながらレフィーナはヒールのついた黒い靴でデンドロスの脛の部分を何度も何度も踏みつけるように蹴り続ける。デンドロスの足元からガン、ガンという鈍い金属音が響いていたが鎧の大男はその様子にたじろぐ事は無い。
レフィーナのヒールの踵の部分が壊れて足元に転がると、レフィーナはコケそうになりながらも【狂心断頭】で遠くから引き寄せた二本の鉄の棒を刃に変え、デンドロスに放つ。
しかしリサとの戦いで消耗したのだろうか、リサを狙い続けたこれまでの【狂心断頭】の勢いはそこには無かった。
デンドロスはその巨体と分厚い鎧で二つの刃をガキンと受け止めると刃を失った鉄の棒を適当な場所に投げ捨てる。
その様子を見たレフィーナはネコ科の猛獣が威嚇をする様に喉をゴロゴロと鳴らし、紫色の長い髪を逆立たせる。
「…テメェ、ヤんのかァ…?…この鋏のレフィーナ様とよォ…!!?」
「レフィーナ…落チ着ケト言ッテイル…!!」
今しか無い。
今、この二人めがけて残った力で全力の【朱滅火炎】を叩きこむしか無い。
それがリサが今想像しうる唯一の勝機。唯一の活路、唯一の生存方法である。
リサは両手に力を込めるとレフィーナとデンドロスに向けて狙いを定める。
「…止めておいたほうがイイわよ?坊や、死にたくはないでしょう?」
両腕を前に突き出そうとしていたリサの背後から女の手が伸びてきていた。
その手はリサの腕を抑えこむと同時に、もう一つの手でリサの首や頬を撫でるように触れてきた。
「…う、後ろっ…!?」
リサは突如現れた女に完全に背後を取られていたことに驚き振り返ると、身をすくめるようにして2,3歩後ずさる。
振り返るとそこにいたのは妖艶な雰囲気を放つ一人の女性であった。
薄暗い中ではあるが、露出の多い服装からその女性のスタイルの良さが見て取れる。
その開放的な服装と褐色の肌からこの女性の出身地はアイラス・ル・ビア王国では無い様に感じられた。遥か南の大陸の人間はこういった開放的な服装をしているとリサは過去に文献で読んだことがあった。
長く伸びた髪は手入れが十分にされているようで巻きうねっている。女性のリサから見ても、女性的な魅力に満ちた人物に映っていた。
しかし、この女性も目の前の鎧の大男の仲間と見て間違い無いだろう。リサは警戒感を露わにするとキッと上目でこの女性を睨み付ける。
「こらこら、レフィーナ。デンドロスを困らせちゃあ…ダメでしょう?」
リサを無視するように横を歩いて通り過ぎながら、女性はレフィーナに向かって話しかけた。
「で、でもね!エンペル!もうちょっとで…!」
エンペルと呼ばれた女性の登場でレフィーナの怒りが少し収まったのだろうか、口調が元の少女じみたものに戻る。
「まだ、ダメって言われていたでしょう?まったくしょうがない娘なんだから。」
「で、でもっ…嫌なのっ…レフィーナ……我慢できないのっ…!今…やりたいのっ!」
「わがまま言わないで…?レフィーナ。」
「でもっ…でもっ…!!でもっ!!!」
レフィーナはせがむようにして歪んだ笑顔を浮かべる。
この戦いを通してリオ・ドルスがレフィーナに言った言葉の真意が理解できるかも知れない。自分の中に起きた僅かな心境の変化の正体を確かめることができるかもしれない。確証の無いその答えを目の前にしてか、レフィーナは立場が上であろうエンペルに対して必死に食い下がる。
その様子を見たエンペルは深く息を吐き出し、少しうつむいたように顔を反らすとデンドロスのほうを一瞥する。
「デンドロス、ジークからアレを渡されているわね?」
「…ココニ。」
リサからは見えないがデンドロスは手に持つ何かをエンペルに向かって見せる。
「使いなさい。」
「…良イノカ?」
エンペルは手で髪をかきわけるとデンドロスを見据えて唇を固く結んでいる。
その様子を見てデンドロスはもう問い返すことは無かった。
そうするとデンドロスは手に持った何かをレフィーナに向けたのだった。
「ひっ…!や、やめっ…!」
デンドロスの手に持つ何かを見たレフィーナは恐怖にひきつったような表情を浮かべ歯を食いしばる。
デンドロスの手に魔術的な光が浮かぶと同時にレフィーナの身体は反り返すように跳ね上がり、ビクビクと身体を揺らし始める。
「……あがっ…あ…ぐ…ああっ…!!」
レフィーナは苦しみの表情を浮かべると白目を向き、動きを止めると力なくその場に崩れ落ちる。
レフィーナが地面に激突する直前デンドロスの腕に受け止められ、抱えられるようにして抱き上げられた。
甲冑の中の男がどんな表情をしているのか分からないが、レフィーナを抱き上げるその動きには労わるような仕草が見て取れた。
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