第三十三話 少女を見る、暖かく悲しい瞳
「次で終わらせる…?終わらせられるのはリオ君、あなたの方なのですよ…?」
リサとの会話で少し理性的な一面が見えかけていたレフィーナだが、その表情は再び狂喜に染まり始めた。ただその表情には先ほどまでの子供のようにふざけて遊んでいるような雰囲気が消え、リサの命を刈り取る機械のように冷たい感情を露わにし始める。
リサは再びレフィーナから離れ始め、街路を移動し始める。
それを追うようにしてレフィーナも【狂心断頭】を放ち続け、辺りを竜巻のように破壊していく。
そのレフィーナの姿はリサの目に自分の心を無理やり抑え込み、苦しむ少女の姿に見えた。
(…ここかっ……!)
リサはレフィーナが粉砕した消火栓から吹き出す大量の水に対して【朱滅火炎】を打ち込む。
打ち込まれた火の玉は消火栓の水に接触し、再び大量の水蒸気を発生させ周囲は白く霧がかかり二人の視界を閉ざす。
その結果、一時的にレフィーナの攻撃が止んだ。
「…これは、何の冗談なのです?…ふざけないでもらえますか!?リオ君の作戦がこんなくだらない不意打ちだったなんて…本当にくだらない…!がっかり、なのです…!馬鹿にしているのですかっ!」
ガチャリと鋏を構えて狙いをつける。
「不利なのはリオ君なのです…見えなくても、レフィーナには問題無いのです。すぐにリオ君の場所を…。」
レフィーナはリサのいた方向へ歩き始める。独特の感覚を周囲に張り巡らせ、白い霧の中リサの姿を探る。
「リオ…君…?どこ、なの、です…?」
どれだけ歩いてもリサの気配をレフィーナは捉えることができなかった。
そればかりか周囲からは足音一つ聞こえない。
「リオ君、リオ君!どこ?どこ?どこ?どこ?…逃げたら許さない、許さない!許さないのですよっ!…出てくるのですっ!出てきなさいっ!!」
レフィーナは焦る。リサのいた方向へ走って行ってもその気配は無く、見つけることができないのだ。
これまで水蒸気で視界を塞がれようと決してリサの気配を見失うことは無かった。自分の感覚に絶対の自信を持つが故に、まさかその知覚の範囲外に逃げられてしまったのかと焦りが次第に大きくなる。
リオ・ドルスに打つ手などあるはずがない。
静かに自分に切り刻まれるだけの愛しいリオ君。
そのはずだったのに、逃げられる?逃がしてしまう?
こんなに好きなのに、大好きなのに、逃がしてなるものか、必ず私の手で切り刻む。その決意に揺らぎは無い。
「リオ君…逃げたら許さない…許さないのですよっ…!!」
「レフィーナ!!俺はここだ!」
その時、レフィーナのはるか上から声が聞こえたのだった。
「上っ…!?」
レフィーナは咄嗟に武器を構えて上空を見上げると愛しいリオ・ドルスの姿がそこにあった。その姿を見て安堵する表情を見せる一方、リサの立っている位置を見て歯ぎしりするような表情が入り交じる。
「お前はさっきこういったな、この街にいるかぎり【狂心断頭】に死角は無い、と。じゃあ…ここはどうだ?」
リオが立つ位置、そこはレフィーナの遥か上空。
芸術の街クポ・エミルのランドマークタワー、”二つの時計台”の間の渡り廊下に立っているのであった。
この街の代表的建築物にして最大の高層建築物であり、その高さは5階建ての高級宿屋の高さをも遥かに凌ぐ。そこに並び立つ建築物はこの街に存在しない。
その立ち位置を見たレフィーナは瞬時にその意味を理解する。
「…リオくぅぅぅんっ!!!」
その反応は【狂心断頭】という能力を使いこなしている彼女ならではの反応であっただろう。
「気づいたか?レフィーナ、そう、高さだ。この高さこそがお前の【狂心断頭】の死角となる!」
【狂心断頭】
それはレフィーナが放つ必殺の威力を持つ力。
この街に配置された”同じ物体”の位置を調整し、死角の無い斬撃を行う恐るべき能力であったが実は死角は存在していたのだ。
そう、それは”高さ”。
町中にいくら”同じ物体”が転がっていようと、いくらその位置を調整しようと、決して届くことの無い場所がある。リサの立つ位置、それは他の街の建造物のはるか上空となる。どれだけ町中の物体の位置を調整し、交差させるように動かしても決してその”高さ”に辿り着くことはない。
”高さ”、それはまさに絶対の障壁となる。それは完全なる不可侵の領域、この邪悪な少女を寄せ付けない神聖なる空間、それはまさに安全地帯を超えた聖域と言える。
(でも、まだ、まだある…!)
そう…まだある。先ほどと同じく、邪悪なる少女がこの聖域に踏み入る手段が。その右手に。
その事実にレフィーナはすでに気づいており、行動を開始していた。
しかし、先ほどとは異なり鋏を構えていたレフィーナの身体はビクリと動き、直後にピタリと身体の動きを止めてしまった。
「ふふふっ!ああ…危なかった…のです……。」
「…あーっはっはっはは!!危ないっ!危なかったのですよっ!!リオ君っ!!」
レフィーナが鋏を構えたその時、周りを包んでいた白い霧は完全に晴れ、周囲の状況が明らかになっていたのだ。
(気づかれたか…っ!!)
二つの時計台がそびえ立つのは開けた広場となっていたのだ。
その周囲には芝生や数少ない木が生えるのみで、見るからに二つの”同じ物体”は存在しない場所だった。
少し離れた位置に街灯や鉄柵が見えるが流石の【狂心断頭】
でもレフィーナの近くに移動させるには時間がかかる。つまりこの一瞬、レフィーナを守るのは手に持つ鋏のみとなっていたのだ。
「…流石、リオ君なのです。確かにそこにいれば【狂心断頭】で町中の物をいくら交差させ、移動させても攻撃することは出来ません。」
「でも、でも、でも、本当に惜しい、惜しいのですよ。ここで私がリオ君に対する唯一の攻撃手段、この鋏を投げてしまえば私を守る物は何もありませんでした。その結果、もしかしたらリオ君が勝っていたかもしれないのですよ。」
「水蒸気を使ってレフィーナに周囲の状況を悟らせずにここに誘いこんだこと、【狂心断頭】から逃れる為に逃げただけのように見える塔の上への退避、それすらも全て、私を無防備にする為の撒き餌。どれも素晴らしかったのですよ…。」
「鋏を投げる、という餌に食いついたが最後、私の周囲に私を守る物はなく、上空からのリオ君の反撃を防ぐ術を持ちませんでした。」
レフィーナはリサの作戦を完全に見抜いたかのようにニヤニヤと笑うと二つの時計台の間の渡り廊下の上に立つリサの表情を伺う。リサは何も言うことなくレフィーナの話を聞き見下ろしている。
「それが狙いだったのですよね?でも残念っ!リオ君、本当に惜しいの。私が鋏を”投げず”に済んだというこの事実!これが即ち、リオ君の敗北、リオ君の死、リオ君の絶望を意味する、のです。ああ、あああ、なんてことでしょう…!!」
リサは二つの時計台の間の渡り廊下でダクトに体を預けるようにして立っている。
ここまでリサの身体は何度も切り刻まれたことで、ダクトにはベッタリと血の跡が見える。
「もうボロボロなのですね…リオ君。もう動けないのですよね…?つまりこれが最後の一手、起死回生の一手だったのでしょう?ふふふっ、残念だったのですよ…?」
「でもリオ君、気づいていますか…?リオ君はレフィーナの【狂心断頭】から逃げ切れてなどいないということに…!!リオ君の立っているその場所が私の”死角”などでは無いということに!!」
「…くっ…!!」
リサの立っている二つの時計台はなんと左右同じ造りをしていたのだ。
窓の位置も、扉の位置も、装飾の位置も、その時計の位置も、差す針の位置も何もかも全て同じだったのだ。
【狂心断頭】の力に目覚めてから、常日頃から目に映る二つの同じ物体を探す癖がついているレフィーナがこの二つの時計台の形を見て見逃すはずがなかった。
「二つの時計台、そう、” ふ た つ ”!”二つ”の時計台!!!リオ君の立つその位置、この二つの時計台の間!!それこそがこの芸術の街クポ・エミル最大の構造物であり、最大の!二つの!”同じ物体”!つまりっ!この鋏のレフィーナの最大の一撃、最強の火力、最高の一撃を放つことができる場所なのですよっ!!!」
レフィーナは両手を前に突き出し力を込めると、二つの時計台に狙いを付ける。
「…逃げようとしても無駄です。そこから飛び降りたが最後、なのですよ。別の【狂心断頭】で切り裂いてあげますからね…?」
二つの時計台はミシミシと音を立ててリサの立つ位置に向かって巨大な刃が生え始めていた。それはもはや人間一人を殺すにしては巨大すぎる、巨大なドラゴンの首すら容易に刎ねてしまうほどのギロチンとなっていた。
時計台の外壁がパラパラと崩れ始め、倒壊するその時が近づいていることを物語っている。
「この一撃こそ愛するリオ君の最後にふさわしい……さよなら、リオ君、大好きなのですよ…?」
レフィーナが力を込めようとしたその時、これまで沈黙を続けていたリサが口を開いた。
口を開いたリサのその目には不思議な暖かさと悲しさを感じさせるものがあった。
「…レフィーナ…お前なら…、そう来てくれると思っていた。」
☆~☆☆☆☆☆ 何でも構いません。
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