第三十二話 鏡のように映る少女の姿
「ついてこい」そう叫びリサはレフィーナに背を向け走り始める。
それを追うようにして背後から迫るレフィーナ。
【狂心断頭】の攻撃に容赦は無く、攻撃の苛烈さは増す一方であった。
この町中にある、あらゆる”同じ物体”を操作し始めたレフィーナの攻撃範囲にもはや死角は存在しない。ありとあらゆる方向から刃がリサに向かって襲い掛かる。
リサも全てを回避しきることは不可能であり、身に纏う青色のジャケットは次第に引き裂かれ始め、所々に血が滲み広がる。
「ははははははっ!どうしたんですの!リオ君!なぁにが”着いて来い”なんですのっ!」
【狂心断頭】で放たれた鉄柵がリサの足元で交差し、それをかわしたリサは体勢を崩し片膝をつく。
こけるリサを見てレフィーナがケタケタと笑いながら歩きリサに近寄る。
窮地に立たされているリサだが、その様子に先ほどまでの弱弱しさは感じられない。
手に持つ剣を壊れた石畳の間にザクリと突き刺すとリサはレフィーナに向かってゆっくりと語りかけ始める。
「レフィーナ、最後に一つ聞いてもいいか?」
「んー?…何なのです?」
「”好きなものをチョキチョキしてきた”、確かお前はそう言っていたよな。」
レフィーナの表情は少しムっとなるが気味の悪い笑顔は崩れない。
自分からは散々質問攻めをしてきたにも関わらず、人に質問され不機嫌になるなんてふざけた女だ、とリサは思う。
「ええ…そうですよ。レフィーナは好きな人、好きな物、全てチョキチョキしなければ気が済まないのですよ。」
「そうか、じゃあその”チョキチョキ”してきたという人たちにもう一度会いたいと思ったことはないのか?」
「…思ったこともないのです。何の話なのです?」
「…俺にはもう一度会いたい人がいる、いやいたんだ。」
「俺はその人のことがとても好きだった…それでお前の言う”好き”というはどんな気持ちなのだろう、そう思ってしまって不安になった。」
「…もしかして私の前で他の女の話ですか…?リオ君?」
レフィーナはザワザワと毛を逆立たせるように怒り、リサを睨みつける。
「いいや、相手は男だな。それにお前が思っているような関係じゃない。でもお前を見ていて少し不安になったんだ。俺のこの思いはもしかしたらお前のような独りよがりの感情だったんじゃないかってな。俺一人で勘違いして生きているだけなんじゃないかってな。」
「…独りよがり…?勘違い…?意味がわからないのです。」
「レフィーナ、この際はっきり言っておくぞ、俺はお前の事が”嫌い”だ。」
「…!?リ……リオ君…!?何を、言っているのです…?レフィーナはリオ君のことを好きだと言っているのですよ…!?」
そんなことを言われるとは予想だにしていなかったという表情を見せるレフィーナ。
「それに、今までチョキチョキしてきた人たちも皆レフィーナのことが大好きだったのですよっ!?」
レフィーナは今まで殺してきた人たちに自分は愛されていた、相思相愛だったのだと言う。
そしてそれを証明する為にレフィーナは自分の過去を、そして過去に殺してきた人のことを語り始めた。
大陸の東方にあるセルナス教国、その国で路地裏の娼婦の娘として生まれた少女、それがレフィーナだった。
望まぬ形で生まれた彼女の家庭環境は恵まれたようなものでは無く、貧しい環境の中彼女が周囲から受けてきた惨たらしい仕打ちをリサは聞かされたが、それはとてもレフィーナのことが”好きな”人間が行うものとは思えない行為ばかりであった。
彼女の話の中に出てくる母親以外の家族、”お父さん”、”お姉ちゃん”は恐らく血の繋がりの無い人物だろう。それらの人物から受けたおぞましい仕打ちをレフィーナは”自分のことが大好きだから”という、愛情によるものだと思い込み、明るい表情でリサにペラペラとしゃべり続ける。
そんな生活の中彼女が目覚めた力、それが【狂心断頭】。
それは彼女を地獄のような生活から救い出す一方、彼女の心に致命的な亀裂を生むこととなる。
彼女の周りで唯一、本当に彼女の事が好きだったのは子供の頃から共に過ごして生きてきた愛犬のテリーだけだったのだろう。
それを自らの手で葬った時、彼女はついに壊れてしまったのかもしれない。
リサにはそう聞こえた。
「…レフィーナ…もういい。分かった。」
レフィーナが延々としゃべり続けるその壮絶な人生をもう十分だとリサはさえぎった。
レフィーナは少し自慢気な表情で分かったか、と言わんばかりにリサを見返す。
「だからリオ君もレフィーナのことが好きですよね?そうなんですよね?」
「…同じことを言うぞ、俺はお前が嫌いだ。お前の話を聞いて俺が兄様に向ける気持ちは、少なくとも独りよがりでは無かった、と思う…。もう確かめることはできないが俺にはそう思えた、ありがとう。そしてすまなかった…。」
「…リオ君…?何を言って…。」
先ほどの話を聞きリサはレフィーナという少女のことを少し理解してしまった。
リサの目にはさきほどまでの狂った獣のように見えていたレフィーナの姿が、今は守らなければいけないか弱き少女のように映った。
リサはレフィーナの生い立ちを自分と重ねて見てしまったのだ。
望まぬ形で生まれ、本当の両親の愛情を受ける事もなく成長し壊れることしかできなかったこの少女に、自分を重ねて見たのだ。
立場が違えばリサの青い服を着ているのが彼女で、壊れていたのは自分かもしれなかったのだと。
リサはこの少女に自分の秘密を話せば自分は何か救われるのではないのだろうか、そう考えてしまった。
「…レフィーナ、相手に好きになってもらうにはお前はどうしたらいいと思う?」
「分からない…そんなの分からない、のです!」
「一方的に気持ちをぶつけるだけじゃダメだ、相手に自分のことを知ってもらうんだ。少なくとも俺はそう思っている。」
「じゃ、じゃあリオ君はレフィーナのことを知ってくれるのです?」
「さっき少しだけ知ることができたよ、でももう遅いんだ…。」
自分の兄に対する感情に疑問を覚え、何気ない気持ちでレフィーナのことを知ることになってしまったリサは後悔に苛まれた。こんなことならこのまま何も知らないうちに彼女を切ってしまうべきだったのだと。
もっと早く、別の形でこの少女に出会っていれば違う関係が築けたかもしれない。
自分の立場であれば彼女を救い出すことができていたのかもしれない。
だがリサとレフィーナの置かれたこの状況はもはやそれを許さない。
リサは地面に刺した自分の剣を引き抜くと柄を強く握りしめる。
今のリサにできることはただ一つ、この少女を止めてやることだけだ。
「…意味が…意味が分からないのですよ。リオ君…。」
「もういい!もういいのですっ!リオ君をチョキチョキすればいいのです!そうすればリオ君もレフィーナの事を好きになってくれるはずなのです!!レフィーナはいつもそうしてきたのですからっ!!」
「…すまなかったな、レフィーナ。…次で終わらせてやるからな。」
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