第二十九話 紅き炎のリサ・トゥリカ
【朱滅火炎】
それはリストヴァル家に伝わる炎を操る能力。
リサの右手が煌々と光り、周囲の色を紅に染める。
大気はリサを囲むように渦巻き、熱風が周囲を支配する。青いはずのリサのジャケットはレフィーナの目には赤く揺れて映り、これから起きる大炎を想起させていた。
「へぇ、それが有名な…初めて見ましたがリオ君の炎は綺麗なのですねぇ…。」
”炎を操る能力、魔法、数あれど【朱滅火炎】に敵うもの無し。”
そう言われるほどこのアイラス・ル・ビア王国の大将軍、父リグラスの武勇はこの大陸に名を轟かせている。
炎という性質上、敵から対策を取られることが多い力であったが、父リグラスはそれをものともせずあらゆる敵を【朱滅火炎】により真正面から打ち破ってきた。このアイラス・ル・ビア王国を代表する大将軍の力、大陸中に知れわたっているであろうこの力、その息子が放つ炎の力、それをレフィーナが知らぬはずはない。
「レフィーナ、始めに言っておく。大人しく投降しろ。殺したくはない。」
「リオ君優しいのですっ!…でも大丈夫なのですよ、リオ君になら焼き殺されても私、本望なのですよっ!……まぁ、できるのなら、の話ですけれど?」
「…俺は言ったからな?後で後悔するなよ?」
リサは光輝く右手を前に突き出すと、指を宙を掻くように動かす。
照準は正面に立つ一人の少女、周りには遮蔽物も身を隠す場所も無い。
リサはレフィーナに別れを告げるように目を少し細めると憂いを込めた表情を浮かべ、肘から先の腕を振り上げる。
「……ごめんね…。」
レフィーナに聞こえない程度の小さな声でそうつぶやくとレフィーナの足元に赤く輝く円形の模様が浮かび上がる。
その大きさは街路を覆いつくすほど巨大なものであり、今からレフィーナが全力で走ったとしても決して円の外に逃れるのは不可能な程の大きさだ。
地面に刻まれた円から瞬く間に炎の竜巻が発生すると空高く舞い上がり、辺り一帯を焼き払う。その火力たるや、小さな少女一人の身体を灰にするには過剰すぎるほどである。
この辺りは人通りが少ないことに加えて石造りの建造物が多く、街が燃えてしまう可能性が少ない、その為リサが【朱滅火炎】を使用するのに躊躇する必要は無い。
(私に全力で【朱滅火炎】を打たせたこと、私に戦う場所を選ばせたこと、それがあなたの敗因よ、レフィーナっ…!)
燃え上がった炎の竜巻はその中の物を焼き払うと静かに回転を弱めた。
リサは炎を収束させ、消滅させるとレフィーナがいた辺りは炎により完全に焼け焦げており、跡も残さず焼き切られていた。
リサは渦状に模様の入った焼け跡を念入りに観察する。
(……無いわ…。)
リサの首筋に一筋の汗が流れる。
火炎の旋風の一撃はリサの出せる最大火力で最大の範囲のものであった。
しかしリサは自分の炎に”鉄を簡単に溶かしきる程の火力が無い”ことを知っている。
(…あの鋏が焼け残っていない…!)
その時もう二度と聞くことは無いだろうと思っていたはずの声がリサの耳に飛び込んでくる。
「ああ…とっても綺麗な炎なのです…だけど、こんなものなのですぅ?レフィーナてっきりこの辺り一帯が綺麗に燃えて無くなると思っていたのですよぉ?」
炎を放った場所の隣の建物の上からレフィーナの声が聞こえてきた。
「手加減ですか?やさしさですか?それともまさか全力なのですか?そうであればちょっとガッカリなのですよ、リオ君。もっと激しく、グチャグチャにしてくれないならレフィーナは死んであげませんからねっ!!」
レフィーナは少し拗ねたように口を尖らせているがまだまだ余裕たっぷりといった態度だった。炎の渦に巻きこまれた様に見えたレフィーナだが一瞬で屋根の上に移動し、攻撃をかわしていた。
その時リサはレフィーナの手に持つ鋏が分離していることに気づいた。
「今のも【狂心断頭】の力っていう訳か?レフィーナ。」
「正解……良くできました、なのです。さすがリオ君なのですぅ。」
レフィーナは二つの鋏を再び合体させ一つの鋏に戻した。
レフィーナは炎に巻かれるあの一瞬、鋏を二つに分離して片方をあの屋根に向けて投げていたのだ。
そして【狂心断頭】の力を使い、手に持つもう一つの鋏と共に屋根に投げた鋏の元まで一緒に移動していたのだ。
今まで危険な遠距離からの切断攻撃だと思っていた【狂心断頭】の思わぬ活用法。
まさか回避にも使える攻守一体の能力となっていることに驚かされリサは歯ぎしりする。
自分の持っている能力を自由自在に、臨機応変に操るこのレフィーナという少女。
まるで自分とは正反対ではないかと。
そう、リサ・トゥリカは【朱滅火炎】を上手く使いこなすことができていないのだ。
純粋な【朱滅火炎】の火力は父や兄のそれに遠く及ばない。
父リグラスや亡きリオ・ドルスの持っていた火力が異常である、といってしまえばそれまでだが、リサには【朱滅火炎】を使いこなせない別の事情があった。
本来こういった異能の力はごく一部の人間のみ使うことができ、その能力は一人一つ。
しかしその中でも、極まれにリサのように二つの能力を持ち生まれてくるものがいる。
そういった者達には共通する症状が一つある。
「”二つの能力を同時に全力で使うことが出来ない”」
そう、リサも例外ではなく、【陽炎幻視】を使い続ける限り、【朱滅火炎】を全力で使うことが出来ないでいたのだ。
【陽炎幻視】の力を一瞬弱め、リサはその空いたキャパシティで【朱滅火炎】をふり絞るように放つ。
それがリサ・トゥリカの戦い方。
それが今しがた放った全力の炎の渦。
つまり【陽炎幻視】で兄リオ・ドルスを演じ続ける限り、リサは全力で【朱滅火炎】で戦うことができない。
リサがどれだけ懸命にリオ・ドルスとして生きようとしても、永遠にリオ・ドルスになることはできない。
【朱滅火炎】を使うたびにそう思わされる。
どれだけ訓練しても、修行してもありし日の兄様の火力には遠く及ばない。
(いっそ【陽炎幻視】を解除すれば…。)
この強敵に勝つ方法を模索するうちにそのことがリサの頭をよぎったが…無い。
それだけは絶対に、無い。
私はその程度の覚悟でリオ兄様を名乗っているのでは、無いと。
リオ・ドルスとして勝つしかないのだと、リサは小ぶりな火力で【朱滅火炎】をレフィーナの乗る屋根に放つ。
「今度は花火なのですか?これは綺麗なのですねぇっ!」
小さな炎の弾を、レフィーナへ向けて立て続けに打ち込んでいく。
その一発一発をかわしていくレフィーナだが、避けることに飽きたように大きく飛んで石畳に降りる。
リサはそのタイミングを狙ってもう一度特大の火力を叩きこんだ。
「リオ君とデートするのですから…レフィーナ、しっかり準備しているのですよぉ?」
レフィーナの言葉の後、リサの左右からリサの胴体ほどの大きさの赤い鉄の塊が飛んできた。
刃と化した二つの物体の動きはまぎれもなく【狂心断頭】の挙動、今度のリサは危なげなくそれを回避する。
大きな鉄の塊は【朱滅火炎】で溶かすことが出来ない。
しかし飛んでくるのが分かっていれば十分回避できる。攻撃をかわした後、再びレフィーナに視線を移すが何処にもその姿は無い。
また【狂心断頭】で高速移動したのかと思ったがそれは違った、遠くにぼんやりとレフィーナの姿が見えていた。しかしやけに視界が白い、靄に、霧に包まれたように。
リサは汗でも目に入ったかと目をこするが視界が元に戻ることは無い。
「知っていますか?この街には”しょうかせん”というものがそこら中にあるのですよ…リオ君?」
目をこするリサの頭上から大量の水が降り注いできた。
この視界を遮る白い物体の正体はもやでも霧でもなく、水蒸気。
リサの放つ火炎により蒸発した水が大量の水蒸気がこの状況を作り出していた。
「そう!この芸術の街クポ・エミルには街中の文化財を守るために、町中に一定間隔で消火設備が設置してあるのですっ!素晴らしいでしょう?」
消火栓から吹き出した水が足元に流れている。その水は靴に染みてくるものの、リサの動きを奪うものでも無ければ、炎を止めることができる量でも無い。
「こんな水で俺の炎が消せると思っているのか?」
「消えなくてもいい、なのですよ。リオ君、もう”見えない”でしょう?」
全力が出せない【朱滅火炎】でもこの程度の水ならば問題無く炎を放つことができる。しかし水ごとまとめて焼き払ったその後は?残されるのはこの白い霧、水は忌々しい目つぶしとなりリサにまとわりつく。
「炎を使えば使うほど、リオ君は見えなくなる。怖くなる。恐怖する。見えないと怖いですよね?恐ろしいですよねっ?でもレフィーナには見えるのですっ。怖がっているリオ君の姿が!」
「うれしいなぁ、たのしみだなぁ。リオ君のひきつった顔、もっと近くで早くみたいなぁ。ねぇ?…リオ…君…?。」
その声を最後にリサの視界からレフィーナの姿が霧の中に消える。
そして白い霧を切り裂いて細い鉄の棒が刃に姿を変えリサ目掛けて飛んできた。
風切り音を頼りにリサは何とか身をかわすが視界を奪われた状態でそんな回避が何度もできるはずも無い。
「レフィーナっ…!」
「リオ君はここにレフィーナを呼び込んだつもりなのですか?違いますか?…残念でした、無駄なのですよぉ、消火栓はクポ・エミルの街中どこでもある、のですよ。」
奪われた視界の中でレフィーナの声は周囲を反響し、リサに居場所を悟らせることは無い。
「つまり、クポ・エミルの駅を降りた時点で!私に付いてきた時点で!この街の中で戦うことを選んだ時点で!リオ君に勝ち目は無くなっていたのですよおおぉぉ?」
これ以上視界を奪われるわけにもいかないリサは【朱滅火炎】を使うことができなくなり、手から赤い輝きは消える。仕方なく、と剣を構えるが、着ていた青色のスーツは雨でずぶ濡れになってしまっていた。
(くそっ!くそっ…!なんでレフィーナには私の位置が分かるっ…!?)
水を吸った青色のスーツの色は今のリサの心境にぴったりの色合いとなっていた。
「ああっ、イイ!!いい顔、いい顔なのですっ!リオ君っ!キスしてしまいたいのですっ!」
レフィーナは少し落ち着いたようにこの白い霧の中リサからギリギリ見える位置に姿を現す。
「でもぉ…このままじゃ不公平なのです、私達はカップルなのですからねっ?少しだけ教えてあげようかなぁ…どうしようかなぁ…?」
「…何の話だ?」
「私の能力、【狂心断頭】のことを、教えてあげようかなぁ…なんてぇ?」
レフィーナはニヤニヤとリサの表情を見ながらその反応を楽しむ。
それは街の夜景を背に佇む小悪魔のようであった。
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