第二十八話 吐き気を催す気狂い女
リサの頭上から巨大な刃と化した二つの街灯が落下した。
その勢いは人間にかわせるようなものでは無く、轟音と共に土煙を巻き上げ石畳の地面を破壊した。
その土煙を、レフィーナは離れた位置から満面の笑みを浮かべ見ている。
レフィーナは殺戮と愛情の快感と興奮に包まれ、表情へ滲みだし、笑みを浮かべ、鼻水が、涎が、その愛らしい表情を汚していく。
「ぞくぞくっ!ぞくぞくっ!いい音っ!いい音がした…なのですよぉ…。」
「どうでしたかリオ君?私の【狂心断頭】は?」
「痛かったですか?気持ちよかったですか?苦しかったですか?もう聞こえていないですか?」
「レフィーナにはいい音が聞こえたのですぅ…肉が千切れ、臓物が飛び散り、骨が砕ける音が。最高の音なのですぅ…これがリオ君の音…。」
「ああ…たまらないのです…流石リオ君なのですよぉ…!!」
横倒しになった柱の中心には赤い血溜まりが広がっていた。
その位置はそう、攻勢を仕掛ける為にリサが前方に踏み出していた位置とちょうど重なる。
刃と化した巨大な二本の柱、その直撃を受けては人間の身体などひとたまりも無い。
「もっと。もっと、良く見せて欲しいのですよ…リオ君…。」
「そのひきつった顔、そのちぎれた断面、そのお腹の中身、更にその中まですみずみとっ!」
「ああっ…ダメなのです、レフィーナっ!はしたない娘だとリオ君に嫌われてしまうのですっ!」
もの言わぬ街灯の残骸と瓦礫に向かってレフィーナは一歩、また一歩と距離を詰める。
そして繰り返される独り言。それにしては一人で芝居が過ぎる。
その内容はあまりにも異質であり、幼稚であり、理解し難いものであった。
リオの切り取った唇にキスしたら嫌われるだろうか。
リオの小指だけは瓶に入れて飾りたい。
リオの肋骨部分をくり抜いてベッドにしようか。
リオの目玉は化粧箱に入れて一緒に持ち歩こう。
リオの足の骨でお気に入りのドレスを飾るハンガーを作ろうか。
リオの一物は綺麗に切り取ってアクセサリーにしよう。
独り言の内容はどれも狂っている。
言葉をオブラートに包みこの少女を言い表すならば、「吐き気を催す気狂い女」
だがそれもあと数歩、数歩で終わる、あと数歩で終わらせる。
「でも…でもね……、リオくぅん…。」
「…これは、ちょっと、………”ちがう”のですよぉ…???」
レフィーナは進むのを止め、ピタリと足を止めてしまった。
だがこれは決して偶然やレフィーナの幸運などでは無い。
「…もしかしてリオくぅん…、”身体が引きちぎられた人間の死体”、見たことないのですかぁ??」
レフィーナは優しく言い放つ。
それはまるで、初めてキスをする少年をリードする年上の女性のように。
クスクスと優しく笑いを添えて。
”身体が引きちぎられた人間の死体”くらい見たことがないのかしら?
お姉さんは何度も見たことがあるのよ?と。
普通に暮している人間であれば絶対に目にすることの無い、そんなものを。
自慢気に。胸を張って。自信満々に。大層誇らしく。
「だぁかぁらぁ…”ちがう”のですよぉ、リオ君。」
「血の吹き出す位置は少し下なのですぅ。」
「肋骨の折れ方がきれい過ぎなのですよぉ。」
「そこの内臓の下にやわらかいブヨブヨがあるんですよ、知ってますぅ?」
「あれぇ?この部分は何ですか?まるで女の子みたいなのですっ!くすくすくすっ!」
無残に両断された人の死体を前にして腹を抱えてケタケタと笑う人間がいるだろうか。
レフィーナは遠巻きにリオ・ドルスの死体を眺め、笑っている。
自分の放った二本の柱に両断された上半身側を。
それを見て少女は声を上げ、あざけ笑っている。こんな面白いものは無い、と。
「自分が”見たことないもの”は作れませんよねぇ?…そうなんでしょう?…リオ君?」
(そんな…まさかっ…!)
バレている、完全に。リサは確信した。
レフィーナの前に横たわる【陽炎幻視】によって作り出した、偽りのリオ・ドルスの死体に。
死体から離れて瓦礫の影に身を隠していたリサは驚きの表情を隠せない。
レフィーナの発言からして【陽炎幻視】は完全にレフィーナに効果を発揮している。
そしてリオ・ドルスの身体を二本の柱が両断し、粉砕した音も聞こえていたはずだ。
地面に広がる肉片、そして生臭い血の臭い、疑いを持つはずが無いほどの強烈な幻覚。
しかし幻影の死体の断面、骨、破壊された筋組織、肉の残骸、それを観察し本物との僅かな違いを見つけレフィーナは偽物だと見破った。
「うーん…柱の向こうにあるリオ君の下半身をチェック出来ないのが残念なのですぅ…。」
死体からレフィーナまではまだかなり距離があるはずだが、見破られた。
もちろんリサとて人体の知識が無い訳では決して無い。
教養の一環として医学書には目を通していたし、人体の構造を把握することは防衛隊士として戦いに身を投じるものとしてそれは当然の知識であった。
だが、リサも見たことがあるはずが無いのだ。
「”身体が引きちぎられた人間の死体”」など!
そんなものはリサが今まで目を通したどんな文献にも載っているはずが無い。
そう目の前に転がっているリオ・ドルスの死体の幻影は全てリサのイメージの中で限界までリアルに作り出された想像上の産物に過ぎないのだ。
その僅かなゆがみ、歪な造形、実物との差異、その全てをこの少女は見破った。
それがたとえ事前にリサが”幻術のような技を使う”という情報を持っていたとしても、だ。
そんな芸当はまともな生活をしている人間が身に着けられるものであるはずが無い。
(吐き気を催す気狂い女...! 今までどれだけの人間を殺してきたのよ…!!)
「あぁ…ファースト・キスがかわされてしまったのです…レフィーナはとっても悲しいのですぅ…。」
「だからぁ……そろそろぉ…出てきて欲しいのですよぉ?…そこですかぁ?リオくぅん…???」
(なんなのよっ!この女っ…!)
まったくこちらへ向かって来なくなってしまったレフィーナを前にして、リサは仕方なく【陽炎幻視】を解除する。
横たわっていた死体も、飛び散った肉片も、床に広がっていた血だまりも、全てがゆらめき空中へ霧散していく。
「わわわっ、すごいのですぅ…溶けていくリオ君の顔も好みなのですぅ…。」
死体の確認に近づいたレフィーナを待ち伏せ、不意をついて一撃で仕留める。
この一手をかわされたことで、戦況は一気にリサに不利なものへと傾く。
それは今の一手でリサの【陽炎幻視】の使用限界に大きく近づいてしまった為だった。
【陽炎幻視】が生み出す幻覚には制限がある。それは決して万能の力では無いし、使い続けることは出来ない。
・自分の身体から離れた位置で幻を作る場合。
・幻を被せる「媒体」が無い場合。
こういった状況では【陽炎幻視】は大きく力を消耗してしまう。
そして今回の【陽炎幻視】もその例外ではなく、リサは【陽炎幻視】の力を大きく消耗してしまっていた。
では、【陽炎幻視】を使う力が尽きればどうなるか?
それはリサが一番良く理解していた。
リオ・ドルスにかけられた幻は解け、その中からリサ・トゥリカという小娘が姿を現すのだ。
それだけは絶対に避けなければならない。
寧ろリオ・ドルスとして英雄的に死ねるのであれば、受け入れられるかもしれない。
しかし、”リサ・トゥリカ”として死ぬことだけは決して出来ない。
私の為にも、家、国の為にも、そして兄様の為にも!
「まったく、初デートだっていうのに…おてんばなお嬢さんだな…!」
柱と瓦礫の間からリサは姿を現す。
それを見たレフィーナは真顔で少しこちらを眺め、再び気持ちの悪い笑顔を浮かべ始める。
「ふふふっ…こっちは本物…みたいなのですねっ?これは乙女の勘なのですっ!」
いつの間にか最初に投げた巨大な鋏がレフィーナの手に戻っている。
リサよりも後ろで交差したはずだが、どうやら自動的に持ち主の手元に戻る機能を持つ魔法の武具のようだ。
「あれれぇ?リオくぅん?どうしたのですぅ?汗がすごいのですよぉ??」
悪条件での【陽炎幻視】の使用も、短時間であればここまで疲弊することは無かっただろう。
柱の落下からレフィーナが近づくまでにはかなりの時間があった。その長時間の発動。
そして幻影を被せる対象も無く、離れた位置からの能力の連続使用。
それは【陽炎幻視】の使用限界だけでなく、リサの体力を大きく削っていた。
そもそもレフィーナの持つ、【狂心断頭】という能力が今だに分かっていない。
恐らく物体を刃物に変えて飛ばしてくる能力であることは分かっているが、リサにはもはや出し惜しみしている余裕は無い。
レフィーナの能力の発動する条件、能力の制約、距離、対象、様々な情報が欠落している。
それらが分かればまだ力を温存して戦うことも、逃げることも考えることができた。
一見観念したかのように、リサは目を閉じ、深呼吸する。
そしてリサ・トゥリカの右手は赤く光り始める。
そう、それは父リグラスが屋敷で見せたあの異常な高温を放つ眩い光と似ていた。
「へぇ…それがあの有名な…なのです…。」
周囲に高温の空気が渦巻き、リサの髪を、破れたスーツを巻き上げ揺らす。
出来れば使わずに勝利したかった、リストヴァル家に伝わるこの炎を操る力を!
(使うしかないわね…【朱滅火炎】を…!)
リサは手を赤く光らせ、揺れる炎の映るその瞳でギロリとレフィーナを睨みつけた。
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