第二十五話 鋏(はさみ)のレフィーナ
自分の名前は”レフィーナ”だ、と。
開口一番に少女はそう言った。
「うんうん!実際にリオ君を見るのは始めてだけど、やっぱりカッコいいのです!」
少女の姿は薄紫の長髪に妙に露出の多いゴシック調の服装をしており、リサの身近な地域に住んでいるようには思えなかった。持ち物は大きな楽器のケースが一つ。少女の体格から見るにそれは不釣り合いな大きさに思える。
大きさからして中の楽器はコントラバスか何かだろうか。
どうやらレフィーナはリオ・ドルスのことを知っているようであり。
ここは領主の息子として相応の態度を示さねばとリサは少女に対応する。
「これは可愛らしいお嬢さんだ。私のことをご存じなのかな?」
「はいなのっ!レフィーナはね、リオ君を探してここまで来たの。」
「リオ様リオ様っ!レフィーナさん、とっても面白いんですよっ!」
マリーによると、レフィーナがリオを訪ねてきたがリオは今居ないと言われ、戻るまで客室で待つということになったようだ。
「リオ君に会えて、レフィーナとっても嬉しいですっ。わたしいっぱいお話したいのです!」
リサが席に着くと、マリーの隣に座っていたはずのレフィーナがリサの隣に座って来た。
それにしてもこの少女、何故か常にニヤニヤと笑っている。
「こちらこそよろしく、レフィーナさん。レフィーナさんはどこへ向かっているのかな?」
「レフィーナはね、クポ・エミルで降りるのっ!」
クポ・エミル、それは芸術の街と言われている。魔導機関車の本日最後の停車駅であり、リサとマリーの宿泊予定の宿がある街でもある。
「クポ・エミルの街並み、レフィーナはとっても好きなのです。できればリオ君と一緒に夜景を眺めたいなぁ、なのですっ。」
クポ・エミルは”芸術の街”と言われるだけのことはあり、町の建築物のデザインや公共物には一流デザイナーの手によって設計されたものが数多くある。
また芸術関連の学校、施設が数多く並ぶ、芸術やファッションの発信地として知られており、クポ・エミルで名を上げることはデザイナーや画家の目標とされているような街だ。
この少女の奇抜な恰好もクポ・エミルに住んでいるということを考えれば納得がいく。
それにしてもレフィーナという少女はリサにやたらしつこく質問してくる。
「リオ君の好きな食べ物は何なのです?」
「リオ君の好きな色は何なのです?」
「リオ君の好きな場所は何なのです?」
「リオ君はどんな女の子が好きなのです?」
リサは領主の息子として差し触りの無い、無難な回答を述べていく。
興味を失ってくれれば良いのだが、と思うリサであったが答えれば答えるほどレフィーナの質問攻めはさらに加速していく。
気づけばリサとレフィーナの距離は非常に近くなっており、レフィーナの手がリサの太腿の辺りに置かれモゾモゾとリサの脚を、腰を、首を撫でまわし始めた。
「へぇ…リオ君見た目によらず引き締まってますね、悪くない、なのです。」
「レフィーナさん…少し近い、のではないですか…?」
「悪くない、悪くない、なのですよ。」
リサは念のため【陽炎幻視】が正常に発動していることを確認する。
間違いなくレフィーナの五感は【陽炎幻視】によって狂わされ、リサの太腿に触れてもリサの作りだしたリオ・ドルスの太腿を触っているかの様に錯覚しているはずだ。
いくら同性とはいえ、太腿や身体を撫でまわされてはリサとしてもなんとも言えない気持ちになってしまう。
それにしてもこのレフィーナという少女、一体何がしたいのだろうとリサには理解できないでいた。レフィーナは軽く触るのみに留まらず、肩、首、腰回りと触る範囲、触り方を変えながら、リサの反応を見て楽しんでいる。
その光景を隣で眺めていたマリーは、出発前にメイド長ユリエルと副メイド長ギルダに言われていたことを「そういえば…」、と思い出した。
「くれぐれも、リオ様に悪い虫が付かないようにしなさい」と言われたことを。
「レ、レフィーナさん、こっちでマリーとお話しましょう。それがいいです。そうしましょう!!」
リサをベタベタと触り続けるレフィーナを引きはがし、自分の隣に座らせる。
「マリーがこっちに座りますからねー…はうわっ!!」
マリーはレフィーナの代わりにリサの隣に座ろうとしたが、リサに押し返される。
結局レフィーナとマリーが隣に座る形になってしまった。
その結果マリーとレフィーナは二人とも頬をプクッっと膨らませ、むくれながら席に着くことになってしまった。
「そうそう…レフィーナ、リオ君に大事なお話があるのです。」
レフィーナは先ほどまでニヤけた顔をしていたが、ますますニヤけた顔へ変化していた。
「クポ・エミルに着いたら、レフィーナと一緒に来て欲しいのですよ。」
「だ、だめです!若い男女で夜の街へ出かけるなどはしたないですわっ!」
マリーがすかさず拒否するが、リサも意見は同じだ。今の自分に遊んでいる余裕は無い。
「レフィーナさん、申し訳ない。長旅で体調が優れなくてね。今日は早めに休みたいんだ。」
「レフィーナ、リオ君と一緒に夜景を眺めたいと言っているのですよ…?」
「芸術の町で絡み合う若い二人っ!ダメですっ!ああっ!リオ様には早すぎますっ!」
「…マリー、少し落ち着いてくれ。」
リサが体よく断ろうとしているがマリーは一切話を聞いていない。
(そもそもあなたは私が女だということを知ってるでしょ・・・!)
リサはマリーをキリッと睨むが、マリーの妄想は止まらない。
しかしこの変わったお嬢さんとようやくお別れ出来る、とリサは安堵する。
「リオ君は…一緒に来て……くれないの??です???」
しかしこの会話を境にレフィーナの様子が何か変わった。
「あ、ああ、申し訳ない。またの機会に頼むよ。」
レフィーナの様子が変わったが、リサは妄想の世界で叫び続けるマリーに気を取られてしまっていた。
「…どうしても…なのです?」
「ええ、レフィーナさん。申し訳ありませんがー」
そう言うとレフィーナは、持ち歩いていた巨大な楽器ケースから何かを取り出し始める。
「レフィーナはね。この鋏っていう道具がとっても大好きなのです。」
そう言うレフィーナの手には細く長いアンティークな鋏が握られていた。
「この二つの刃が交わると、どんなものでも二つに分かれてしまうのがとっても好きなのです。二つに引き裂かれていく物をみるのが、レフィーナはとっても好きなのです。なんでも、どんなものでも、チョキチョキ、チョキチョキ、チョキチョキ。」
始めリサはレフィーナが何を言い出したのか理解できなかった。
「レフィーナ、一人でせっかくここまで来たのに。リオ君は一緒に来てくれないのです。それはとっても悲しいことなのです。」
「どうしても一緒に来てくれないようなので、わたしはマリーさんにとっても可愛いこの”赤いネックレス”をプレゼントすることにするのです。」
レフィーナはそのアンティーク調の鋏を二つに分離させる。
妄想にふけっているマリーの背後から手を回し、その二つに分けた鋏をマリーの首の横に離して左右に並べて手を離す。
レフィーナが分離して左右に構えた鋏から手を放すが鋏は地面に落ちず、宙に浮いたままの状態となった。
「この鋏、マリーさんにとってもお似合いで可愛いと思います。…リオ君も、見ていて下さいね?」
「おい…!何をやっているんだ…!」
何故、鋏は宙に浮いたままなんだ!?
子供の癇癪にしては度が過ぎている。
古びた鋏だがマリーの首筋が切れれば大変なことになる。
そんな事が分からない年齢では無いはずだ。
怒りを感じ、レフィーナを止めにかかろうとしたリサだがレフィーナを見て手を止めてしまった。
レフィーナは笑っている。
何よりも楽しそうに、今の状況を。
レフィーナという少女は出会ってから常にニヤニヤと笑っていたが、今の様な表情をしているのは初めて見た。
笑ってこそいるが声は出ていない。言うなれば狂気、愉悦、快楽の表情。
正にこれから起こる惨劇を前に衝動を抑えきれない、滲み出る赤黒い感情による少女の笑顔。
レフィーナは唇をしきりに舐め回し、涎が垂れ、レフィーナ自身の服を汚す。動悸は荒くなり、指先は喜びに震えている。
「マリーさん…!マリーさん…!マリーさんとのおしゃべりはとっても楽しかったのですよ?レフィーナはマリーさんのことが好きなのですよ。大好きなのですよ。」
「好きなので…好きだから私、マリーさんを”二つに”するのですっ!!」
宙に浮いた鋏がゆっくりと姿を変えていく。
刃の無かった手元の部分まで刃が作られ、刃が元々あった部分は更に鋭い刃となる。
そして二つの鋏はゆっくりとマリーの首へ向かい動き出した。
マリーは相変わらず妄想の世界に浸っており、今の状況に気づいていない。
速度を増しマリーの首元に鋏が迫ったが、首に触れる直前、リサはマリーを抱きかかえ自分の方へ引っ張り込んだ。
二つに分かれていた鋏は間一髪マリーの首に触れることは無かったが、ガチンと音を立て交差した後、元の一つの鋏に戻った。
「おい!大丈夫か!?マリー!?」
「な、な、な、なんですか!?なんなんですか!リオ様!?いけませんわ!主人とメイドの仲なのにっ!いけませんわ!?こんなおばさんとっ!!」
「…レフィーナっ!お前っ!!」
今ほどマリーを殴りたいと思った日は無いと思ったリサだが、それより問題の少女がまだ目の前にいる。
(この女、間違いなく何らかしらの能力をもっているわね…!!そして狙いは、私…!?)
「さすがリオ君かっこいいのですー!あ、その目、その顔、その表情。今日一番良い表情なのですよー?ところでリオ君…レフィーナに付いてきて、くれますよね?」
レフィーナは両手に3つの鋏を持ちクルクルと回しながらニヤニヤ笑っている。そんなリサとレフィーナがにらみ合う最中、魔道機関車は速度を緩め駅へ停車した。
「魔導機関車リグラス号へご乗車の皆様。長旅大変お疲れ様でした。当車両は只今、本日の停泊駅のクポ・エミルに停車致しました。明日朝、出発致しますので時間までに再度ご乗車下さい。皆様のご乗車を心よりお待ちしております。」
最終駅のクポ・エミルへの到着の車内アナウンスが流れ、降車する乗客たちの声で騒がしくなってきた。
「もっとたくさんの人に鋏をプレゼントしないと…ダメなのですか?リオ君?」
「…わかったよ、レフィーナ、クポ・エミルの夜景を眺めに行こうじゃないか。」
「…えへへへ、さっすがわたしのリオ君なの、ですっ。」
☆~☆☆☆☆☆ 何でも構いません。
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