第二十四話 魔導機関車、リサとマリーの二人旅
地下室の”アレ”と遭遇してしまうというトラブルはあったものの、リサの入隊準備はその後順調に進んでいた。
準備中、最も手こずったことと言えば地下室の”アレ”と別れた後、泣きじゃくるマリーを落ち着かせることだっただろうか。
リサは衣服、日用品、武具、その他身の回りのものについて考えられる限り準備した。
恐らく準備に抜かりはない。
移動は入隊試験の時と同様、魔導機関車で向かうことにしている。
魔導機関車を使っても移動には二日かかる。
入隊日までに王都へ辿り着けるように魔導機関車の予約も取ってある。
その魔導機関車の出発日が今日であった。
「ああ!とうとうこの日がやってきてしまいましたね!リオ様!このお屋敷にしばらく戻れないなんて残念ですわっ。」
「マリー…お前なんだか嬉しそうだな?」
「そんなことありませんっ!マリーは哀愁いっぱいでございます!」
この屋敷を離れるのがよほど嬉しいのだろうか。
こんな時マリーがもし犬であれば尻尾を振りながらしゃべっていただろう、とリサは思う。
(そういえば試験の時に居たわね…犬人間。)
ダケル達と入隊試験で競い合ったこと、”打ち上げ”とやらに行けなかったことを思い出し少し笑顔になるリサだった。
そうこうしている内に屋敷から続々と見送りの者が集まってきていた。
母メリル、副メイド長ギルダ、そしてしばらく屋敷を不在にしていたメイド長ユリエルもいる。
料理長のデールに見習いのタレス、庭師のエラントに身の回りの世話をしてくれるメイド達、先日の地下室の”アレ”の見張りをしていた戦闘メイドの一人もいた。
今日は別のメイド達が見張りをしているようだ。
「がんばってね、リオちゃん。」
「ご武運を、リオ様のご活躍を祈っております。」
「俺の料理が恋しくなったらいつでも帰ってきてくだせぇ!」
「リオ様、先日はその…申し訳ありませんでした。」
皆思い思いにリサに激励をくれる。
これは私に言ってくれているのだろうか。
(そういえばリオ兄様も屋敷のみんなに好かれていたわね…。)
そんな中、屋敷の皆の期待と哀愁の目がリサに向けられている。
リサは自分が屋敷の者たちに対して、リオ兄様のように、リオ兄様の代わりとして振舞えていたことに少しばかりの喜びと申し訳なさを感じる。
ゆっくりとした風の流れを感じ、母リノンの墓の周りに咲いていた白い花の花びらが周囲を舞う。そしてこんなしんみりした空気はいつもマリーが壊してくれたことも覚えている。
それは今日も例外では無い。
こんな時でもマリーはメイド長ユリエルと副メイド長ギルダに口酸っぱく指示され、叱られている。
それはリサだけでなく屋敷の者にとっても驚くことではなく、もはや日常の光景の一部であった。見慣れた光景であるがそれも暫く見られなくなるかと思うと、逆に寂しさを感じてしまうものだ。
「ミス・マリー。物資の請求書に誤りがあったので訂正しておきましたからね?」
「経過報告は一週間に一度手紙を寄越すこと、わかっていますね?」
「リストヴァル家のメイドとして、品格を持ち行動しなさい。」
マリーは叱咤を受ける度にすみません、わかりました、と頭を下げているが今となってはそれもまた微笑ましい。
正直、この屋敷の中でのマリーの扱いは決して良くは無かった。
仕事が出来ないのに私の専属になっていることで邪険にされている所もあっただろう。
それでもマリーがこれまでなんとかやってこれたのは、いつも叱っているユリエルやギルダがマリーに向ける言葉の中に、厳しさだけでなく優しさの様なものを感じさせていたからかもしれない。
マリーはどう感じているか分からないがリサは勝手にそう思っている。
そうして屋敷の皆に見送られ、リサとマリーは王都へ向かうべく魔導機関車の駅へ向かい歩き出す。
~魔導機関車~
それは父リグラスが主導となり、先代から当主を引き継ぐとすぐに普及を押し進めた公共の移動手段であった。
当時、魔導機関車の普及に懐疑的だった周囲の反対を押し切り、父の強硬な姿勢によりリストヴァル領内に普及を進めたと聞く。
そして反対意見を払拭するように、この魔導機関車の普及はこのリストヴァル領内に多くの雇用や経済的な利益をもたらすのだった。
父リグラスは戦場での働きに加え、内政においても魔導機関車の採用といった思い切りのよい決断力、そして先見の明があった。軍事的な力、そして分かりやすいリーダーシップを領民に示すリグラスは領民から愛される領主となっていた。
改札を抜け、駅のホームの発着場で多くの荷物を持ち魔導機関車を待つリサとマリー。
町の外れから立ち上る黒煙を見ると魔導機関車がこちらへ迫っている事が分かる。
リサは隣のやけに落ち着きの無いマリーを見る。
「どうしたんだ?マリー。」
「落ち着いて居られませんよ!だってあのリグラス号に乗れるんですよ!」
リグラス号。父の名を冠するリストヴァル領を走る魔導機関車の中では最上位に位置する車両だ。ただ名前のせいでリサにとっては正直乗るのが恥ずかしい車両でもあった。
内装は豪華でありながら質実剛健といった様子でデザイナーは父リグラスをイメージして制作したのだとか。当然その値段は一般庶民が気安く乗れるようなものでは無く、マリーが乗ったことないというのも頷ける。
逆にリサは”リグラス号にしか”乗った事がない。
ここから離れた場所に見える屋根も、ベンチも無い発着場に止まる汚い型落ちの魔導機関車。
リサはそれに非常に興味を惹かれている。
恐らくメイド達にいくら言っても乗ることを許されなかっただろう、あの車両。
そこにすし詰めになりながら乗り込む人々。
見知らぬ周囲の人間を肩と肘で圧迫しながら自分のスペースを確保する戦場のような光景。
あの男などガラスに顔を密着させ変形した顔を苦しそうに向けているではないか。
(なんて…なんて楽しそうなのかしら…!!)
羨ましい、なんと楽しそうな光景だろうか。
私も一度で良いから乗ってみたい。
もしかするとマリーはこんな気持ちなのだろうか。
美しい汽笛が音を慣らし、魔導機関車が到着するとマリーはその造形を食い入るように見ている。それが終わると何故か魔導機関車のドアの前に一番に並んで待っている。
席は指定の場所を取っているので急ぐ必要は無いはずなのだが。
そして一番最初に乗って何をするのかと思えば客室内の空気を鼻から目いっぱい吸っている。その後マリーは不必要に多くの手すりを握りながらルンルンと一人で歩いていってしまった。
「お、おいっ!マリー!まて!」
何も荷物を持たずに行ってしまったマリーに取り残され、リサは多くの荷物と共に一人ホームに佇むのであった。
客室に乗り込むと見慣れた二人掛けの席が向かい合うようにして二つ並ぶ。
そして中央に装飾が施された美しい机が並ぶ。
各室にはドアが設けられており、施錠もできる完全な個室といった作りだった。
リサにとっては驚くことのないいつもの部屋だったが、マリーはドアの鍵を閉め椅子に腰掛けるとそのまま横になる。
「最高ですぅ・・・。」
「なぁ…マリー、リストヴァル家のメイドの品格とやらはどこにいったんだ…?」
王都までは二日かかる。
ここから日中、魔導機関車は王都に向け走り続ける。そして夜間は街に停車する。
夜は乗客達は街で宿をとり、翌朝、魔導機関車に再び乗り込み旅を再開するのだ。
今回の停車駅は芸術の町クポ・エミル、リサは何度も訪れたことがある。
魔導機関車が発車し走り続け夕暮れに近づいた頃、リサは魔導機関車の最後方の車両から外へ出て外の景色を眺めていた。何度もリグラス号に乗っているリサのような人間でなければここに入れることを知らないだろう。
一日中魔導機関車に揺られ、本を読むことにも飽きてしまった。
マリーに「長時間一緒にいると疲れる」と正直に言ってしまえば、また泣いてしまうかも知れない。そう思いここに来た。
遠く離れ、もう見えなくなってしまった故郷を眺める。
故郷を離れるのはこれが始めてでは無いが、今回は違う何かをリサは感じずには居られなかった。
そうして故郷のことを考えているといつも脳裏にあの光景が浮かぶ。
兄様が死んだあの日の光景を。
燃える屋敷を。黒い人影を。私を庇って立つ、兄様の姿を。
リサは故郷が好きか嫌いかと聞かれれば、もちろん好きだった。
しかし、考えたくない。
考えないようにしようという気持ちが何時も心の奥底に眠っているようで、何かが常にリサの後ろ髪を引いている。
これから故郷を離れるのはある意味幸せなことなのかもしれない。
僅かな時間でも、兄様を”死なせてしまった”という事実から目を背けられるのだから。
少し風が冷たい。
この辺りは季節の変わり目で夕方は冷え込むのだろうか。
(そろそろ戻らないと・・・マリーをあまり放って置けないしね。)
自分達の客席のドアの前に戻ると、中からマリーが誰かと話す声が聞こえる。
中から聞こえてきたもう一人の声は若い女性のもののようだ。車内販売の駅員かと思ったが中から聞こえる話し声からしてそれも違うようだ。
リサはマリーに「知らない人間を部屋に入れるな」と言っておいたことを思い出し、少し苛立つ。
そう思ったがリサは念のため丁寧にドアをカチャリと開ける。
そこには楽しく談笑する二人の姿があった。
一方はマリー、そしてもう一方は…見知らぬ少女。
その少女は紫色の長い髪をしており、左右に分けて作った特徴的な髪型が印象的だった。
服装は白黒を基調としたゴシック調のものだが、妙に露出が高いことが気になる。
そして手荷物は大きな楽器ケースが一つ。
年はリサとそう変わらない様に見えるがその少女にはどうにも幼げな動きが目立つ。
「おや、お客様が居られましたか。これは失礼。マリー、こちらのお嬢様は?」
冷静に考えれば自分は領主の息子だ、領民に顔を知られていてもおかしくは無い。
父リグラスのイメージを損ねない為、できた息子を演じて魅せる。
「リオ様!ええと、こちらのお嬢様は…」
ようやく戻ってきたリサに対してマリーは何か言おうとしたが、それを遮る様に見知らぬ少女が前に出てしゃべり始める。
「リオ君、私っ、レフィーナ!あなたに、とーっても会いたかったのっ!!」
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