第二十一話 二人の母の影
食事が終わると父リグラスは軍の関係者と共に屋敷を後にした。
食事や焼けた家具の片付けでメイド達が忙しく働いている最中、リサは食堂を後にした。
それほど長い時間では無いが食事の後母メリルとも明るく会話出来ていた、とリサ自身は感じていた。
その時のメリルの話す素振り、口ぶりは死ぬ前の兄リオ・ドルスに向けられていたものとはやはり異なっていた。
メリルも当然リサ・トゥリカを知っている。
自身の息子、リオ・ドルスに扮しているこんな小娘と会話しているだけということは。
家族ごっこか?周りの目を気にして会話してくれているだけなのか?
メリルの口調にリサに対する嫌悪感のようなものは感じられない。
メリルが会話の中でボロを出すような愚かな女性では無いことはもちろんリサにも分かっている。
同じくリサ・トゥリカを知る副メイド長のギルダはこの二人の会話を聞いてどう思っているのだろうか。
ただのおままごとにしか聞こえないだろうか。
実の子供だと思われていなくても良い。
家族のふりをした上辺だけの言葉でも良い。
生まれてからリサにとっての母は彼女しか居なかった。
違うのだ、リサが聞きたい言葉とは。
リサは食事の後、私室で身支度を整えると屋敷から少し離れた丘の上に来ていた。
周囲には小柄な白い花がまばらに咲き吹雪いている見晴しの良い丘であった。
今日は天気も良く、柔らかな風が頬を撫でることに気づく。
こんな天気だったのか、と少し晴れやかな気持ちでその小さな花を見つめ、服についた花びらを摘まみ取る。
屋敷に向かうリサには余裕が無く、天気など気にしている気分にはなれなかったからだ。
「リオ様ああぁっ、こ、こちらに!・・・おられましたか・・・」
私室にいないリオを探して、屋敷一使えないリサの専属メイド、マリーがやって来た。
ここに来るまでにまたコケたのだろうか膝の辺りに土の跡が見える。
「どうして、こちらに・・・?」
「これからしばらく屋敷には戻れない、挨拶くらいはしておこうと思ってな。」
リサとマリーの前には一つの石造りの墓があった。
その墓石にはこう刻まれていた。
【ー リノン・トゥリカ・リストヴァル ここに眠る ー】
まったく手入れがされてない訳ではないが、ここに訪れるものは殆どいないことを見て取れる。
周りにコケや蔦が絡み始め、墓石の一段目を覆うほどに伸びてしまっていた。
あのリストヴァル家の者の墓石にしてはそれはいささか質素な作りであると言わざるを得ない。
少しバツが悪そうにマリーが急いで前へ出てしゃがみ、草をむしり始める。
「す、すみません!最近手入れが出来ていなくてっ!まったく、この季節は良く雑草が伸びていやですねっ!」
「いいや、構わない。寧ろそのほうが自然だ。ここに手を合わせに来るものなどいない方が良い。」
「そう・・・なのですか・・・。」
”リノン・トゥリカ”、それはリサの”本当の”母親の名前。
兄リオ・ドルスの父親、リグラスの妹にあたる女性だった。
そう、リグラスもメリルも、リサ・トゥリカにとって本当の両親では無いのだ。
手を泥だらけにしながら草をむしっていたマリーは手を止める。
専属メイドのマリーも”知っている”側の人間の一人だ。
リオ・ドルスの正体、リサ・トゥリカのこと、そして母リノン・トゥリカのことを。
最も、正体を知る数少ない人間、両親やメイド長、副メイド長などとは立場が違う。
このマリーには秘密を守らせる為にリストヴァル家から一つの制約を課されていた。
【リオ・ドルスの正体を知らない者に伝えようとすれば死亡する】という呪いの制約だ。
それは口だけでなく、動作、文字も含まれ、意図的で無いにしても発動するという現代ではまず用いられない黒魔術や呪いを使った契約だそうだ。
過去に何故そうまでしてメイドとして仕えたかったのかと聞いたが「こうでもしなくちゃクビにされていたから」と笑いながらマリーは答えた。
確かにリサの身の回りの世話をするメイドは必要だった、姿を完全にリオ・ドルスとして誤魔化していても体形の違い、体力の違い、男女の違いは必ず現れる。
それを理解して身の回りの世話をする人間がリサには必要だった。
しかし、死ぬリスクを負ってまですることか?
確かにリストヴァル家の使用人の給料はこの辺りではそれなりに良いだろう。
だがそれだけだ。
この屋敷の使用人に個人として求められるスキルは非常に高い。
これまでマリーを見ていれば分かる。馬鹿にされ、蔑まれ、周囲から雑に扱われながらするような仕事か?
ましてや自分の命をかけてまで?
「リサ・・・いえリオ様は・・・リノン様のことをどう思ってらっしゃいますか?」
マリーがリサに問いかけるが、マリーのその分厚い眼鏡のレンズが反射して表情は見えない。
リサは周囲に自分とマリーしかいない事を確認すると小さく口を開く。
「知りませんよ。こんな人のことは、顔も見たことがありませんし。」
「そう・・・ですよね・・・。」
「ここに来たのは一応、血が繋がっているという義理の為だけです、そしてー。」
「私はこの女のように無様に生きないようにしよう、という決意する為、ですかね。」
マリーはその様子をただ見ていた。
母リノンはリサを生んだ後、息を引き取ったのだという。
マリーがこの屋敷に仕え始めたのは母リノンが亡くなった後なのでマリーもリノンのことを良く知らないと聞く。
母リノンは防衛隊士として非常に優秀な女性であり、戦士だったと聞いている。
女性でありながら前線に立ち戦う、美しく、強い戦士だったと。
リストヴァル家の一族の力として美しい炎を纏って戦ったのだとか。
また指揮官として部隊を率いるほどに防衛隊士として出世し、数々の武功を残していたと聞いた。
だが15年前の東の大国との戦いに敗れ、捕虜となり、私が生まれた。
捕虜となって半年以上経った後、リノンの兄、今の私の父リグラスの手によって救出されたがその時すでに私を身籠っていたという。
そしてリサを生んですぐに亡くなった。
戦乱続くこの時勢、こんな話は珍しい話でも何でもない。
それがリサが周囲から聞かされたこの女、本当の母親の話であった。
「無様に敗れた女、哀れな女、私はこうはならない。」
風が少し弱まり、鳥たちの声もあまり聞こえなくなって来た。
代わりに雨の匂いが少しずつ立ち込めてくる。
この季節は決まって夕方から雨が降るのだ。
幼い頃からこの地で暮らすリサも、長くこの屋敷に務めるマリーにもそれは分かっている。
「リオ様、その下で泣いておられるのでは無いですか・・・?」
【陽炎幻視】により作り出されたリオ・ドルスの表情に曇りは一切無い。
一切の表情の変化も無く、リサの想像する兄リオ・ドルスの凛々しい顔を保っている。
「・・・馬鹿なことを言うな、マリー。そんな分厚い眼鏡をしていても目が悪いのか?」
「・・・これは、失礼・・・致しました。」
言われるまでリサ自身も気づいていなかった。
マリーのいう通り、確かに幻影の中にいるリサの目からは一筋の涙が零れ落ちていたことに。
「だけど、そうだな、マリー・・・母は声が美しかった、と使用人が話しているのを聞いたことがある。」
「・・・どんな声をしていたのか、聞いてみたかった、かな・・・。」
空は暗く代わり、空から降ってきた小さな水滴と小さな涙はリサの服を濡らす。
「今日の雨はまったくもって冷とう、ございますね。」
リサとマリーは立っていた小高い丘を後にするが、墓石だけは絶えず雨に晒され打たれ続けていた。
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