第二十話 【|朱滅火炎《エル・イグニート》】
父リグラスの手に持つ食器が赤黒く変色を始める。
窓も閉め切られているはずの室内に何故か空気の流れが生じている。
そしてリサが父リグラスを見ると体を縁取るように光っている、いや、これは燃えているのであろうか。
そう、父リグラスは炎を操る力を持つ。
今見えるだけで体の周囲に高い熱量を纏い、張り巡らせている。
まるで父の感情に呼応するかのように。
【朱滅火炎】
これがこのリストヴァル家の人間が持つ力、このリグラス・ドルス・リストヴァルをこの国で最強の大将軍たらしめる力、そして、リサにとっては羨望の力。
リサも当然【朱滅火炎】を受け継いでいるが父リグラスの火力には遠く及ばない。
ほんの少し、リグラスが感情を高ぶらせただけで周囲はもはや家族団らんの食卓とは程遠く、まさに炎熱の地獄へ足を踏み入れようとしていた。
無論こういった事態が初めてと言うことは無く、その為に優秀なメイド達がこの屋敷に務めている。
周囲のメイド達は水、氷系の力を持つ者を積極的に採用している。
それはリグラスに付き従い今のような状況に対応する為だ。
リグラス専用で作られている机や椅子には問題無いが、その周囲の可燃物には次々と火の手が上がる。
そこに水をかけ燃焼を抑え、氷を生成し室温を下げる。迅速な対応だ。
当然母メリルの安全は最優先に行われ、メイド達によってメリルは熱風からは遮断され避難させられる。
「あらあら、あなた熱いですわ。」
母メリルはいつものことかのように軽い口調で言い放つ。
まるで癇癪を起こした子供を慰めるように。
残念ながらメイド達はリサのことを守ってはくれない。
それも当然でこのリグラスの息子であるリオ・ドルスはこの最強の大将軍の炎を操る力を受け継いでいると思われているからだ。
つまり守ることはむしろ失礼に当たるというもの、そういった認識だ。
(熱い熱い、熱いのよっ!髪が焦げてしまうわ!)
リストヴァル家の血を引くリサにも、もちろんある程度熱や炎に対する耐性はある。
だがそれはもちろん炎による熱い、熱くないを感じない訳ではない。
炎に耐えられるのと、熱さを感じないのとでは意味が異なるのだ。
だが今までずっとこうしてきた、父の前では父の放つ熱、熱さ、燃え盛る炎に耐えてきた。
今更メイド達に助けて欲しいなどと言えるはずもない。
ちらりと副メイド長ギルダのほうを見るがもちろん何の手回しも無い。
「リオよ、お前は自分の立場が分かっているのか?」
リグラスは再び重々しく口を開く。
「・・・はっ、リストヴァル家の長男としてこれまで以上の結果を残せる様・・・・」
「違う」
リグラスはリサの弁明を遮る。
「大将軍はこの国の力の象徴、それは分かるな?」
「・・・もちろんでございます。」
「その大将軍の息子であるお前はこの国の将来を照らさなければならぬ。その義務がある。」
義務、という言葉に4次試験をトップで合格したアルクス・エーリッツの言葉が頭をよぎる。
アルクスは確かこう言っていた、「エーリッツ家に課せられた責任、当然、必然」なのだと。
義務、責務、勤め、責任。
リサも、恐らくアルクスも、何度も言い聞かされてきた言葉、その身を晒して繰り返し聞かされてきた言葉だろう。
「大将軍の力に陰りあれば、それは即ちこの国の陰りとなる。そしてこの国の陰りはこの大陸の陰りとなる。」
「それは許されない。決してあってはならぬことなのだ。」
アイラス・ル・ビア王国はこの大陸の雄であり、長年に渡り周辺諸国の安寧を守ってきた。
それは周辺諸国の軍事、経済、政治へ介入し武力衝突の鎮圧。
小さな部族間の争いや凶暴な魔物の討伐など多岐に渡る。
そして大陸外からやって来る侵略者達との戦いにおいてもそうだ。
リサが生まれる原因となった17年前の東の大国との大戦の際もアイラス・ル・ビア王国が主権となって大陸連合軍を結成、徹底交戦を敢行し、これを退けた。
「・・・このアイラス・ル・ビアは常に力の象徴で無ければならぬ。」
「試験結果の順位などどうでも良い、だが常に他を圧倒し、この国の力はここにあると周囲の者たちに誇示し、見せ続けなければならない。その事実をその身をもって体現すること、それがお前の存在価値なのだ。」
「そして次の世代に繋ぐのだ、それがお前の役目、しかと心得よ。」
リグラスは多くを語らない。
「心得て・・・おります。」
一見父親から息子への激励に見えるだろう。
しかしリサには感じ取れてしまう。
自分の息子のふりをするこの小娘に。
お前如きが大将軍になどなれはしない、そう言いつけられていることに。
ただの間に合わせに過ぎないのだ、と。
その器では無いのだということを。
お前は”私の子では無い”のだから、と。
「このリオ・ドルス、リストヴァル家長男としての”役目”、必ず果たして御覧に入れます!」
そう言わざるを得ない。
それが私の存在価値、生きる理由なのだから。
「まぁまぁ、あなた。リオちゃんも頑張ったんだから、ね。」
母メリルも場を和ませようと普段の口調で父へ話かける。
(母上・・・やめて下さい・・・)
何気ない一言だが、それは今のリサには深く突き刺さる。
(母上・・・貴女は昔、兄様のことを「リオちゃん」、などと呼んでいなかった・・・)
普段は気にしないように務めているその言葉だが、今は妙にリサの心を締め付け、痛みが走る。
(貴女は兄様のことを”リオ”と呼んでいたはずだ。)
(なぜなら貴女が、~ちゃんと呼び方をする時の相手は決まっている・・・そう、あなたがそう呼ぶのは・・・”他所の子供を呼ぶ時”、だけなのですから・・・。)
(まだ・・・まだリサは、お二人の息子に・・・なっていませんか?・・・なれませんか?)
「分かれば・・・良い。精進せよ。」
父リグラスの放つ【朱滅火炎】の炎が消え、再び口を開く。
「ところでギルダ、地下室の”アレ”の様子に問題はないか?」
「は、問題はありません。常に3人以上の戦闘メイドが監視に当たっております。」
「・・・家畜で我慢させておくのだぞ。」
「もちろんであります、が、火急の際にはリグラス様の助力を頂きたく。」
「ああ、分かっている。」
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