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陽炎のリサ・トゥリカ  作者: 出水 達郎
~序章~ 入隊試験編
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第十八話  闇に蠢く者たちの宴


リサが魔道機関車両に乗り込もうと荷支度を整えている頃、またクレイン、ダケル、ゴイルの三人が1件目の店で飲み食いしている頃、その男は街の暗闇の中を歩いていた。


特徴的なデザインの仮面。


それは仮面の試験官、第4次試験でリサ達を始め受験生に暗示の力を使い潜在世界の中に落とした男だった。


仮面の試験官は一人闇の中を行く。


この辺りは王都の中でも繁華街から離れ人通りが少なく、道の端に廃棄された工房や資材の並ぶ明かりの少ない場所であった。


その服装は灰色の外套を頭から羽織っており、防衛隊士の制服もそこには無かった。


男は地図を確かめる事もなく細く蛇行した道を足早に進み、薄明りが照らすのみとなった一軒の古民家に辿り着く。


入念に周囲を確認し、魔力を帯びた粉末を周囲に散布する。


粉は何の変化を起こす事もなくそのまま地に落ち、風に消える。


仮面の試験官はその様子で何かを確かめたようで、仮面の試験官は奇妙なリズムでノックを行うと、古民家の扉を開け敷居を跨ぐ。



「あらぁ・・・試験お疲れ様、どうだったかしらぁ?」



闇の中から妖艶な女性の声が聞こえる。口調こそ柔らかいが何処か冷たく、冷酷な声が。



「はっ!滞りなく・・・。そして試験の映像をこちらに。」



仮面の試験官は入隊試験会場で映像を投影していた魔道具を皮袋から取り出し机に丁寧に並べる。


その手つきはさながら王族に献上品を差し出す時ほど丁寧なものであった。



「それで、何人ダ?お前の力が効かなかった者ハ?」



再び暗闇の中から声が聞こえる。鎧の様な金属音と共に低く、威圧的な男の声が。



「ひ、一人でございます・・・。」


「最低でモ、二人はいるだろウ、という話では無かったのカ?」


「そ、それが・・・。」



威圧的な男の声に仮面の試験官は頭を上げることが出来ない。



「まぁまぁ、彼に落ち度がある訳じゃないじゃないですか?今年は出来が悪かった。いいじゃないですか私達の仕事も楽になると言うものです。」



知的な男性の声が別の場所から聞こえる。


一人の少女が仮面の試験官が持ってきた魔道具を使い、映像を映し始める。


そこには山賊達と交戦する若者達の姿が映った。


それは正に本日行われていた防衛隊士入隊試験の4次試験の映像であった。


「弱イ・・・弱スギル・・・。」


「可愛いの、みんなとっても可愛いの。わたしは誰にしようかしらー?」


「こらこら、勝手に見ちゃダメでしょう?」



影の中の男女は思い思いに防衛隊士入隊試験映像を見ながら感想を述べ始める。


闇の中の人影達はこの暗闇の中、禍々しく目を輝かせ映像を見る。


それは闇に隠れる獣の様に、若者達の姿を見据えていた。




「それで、どうして我々がこのようなことを?」




今まで口を開いて居なかった頭にバンダナを巻いた男が口を開く。


この中での序列はそう高くないであろうか、知的なしゃべりをする男に対して敬意のような感情を見て取れる。



「きみはそう、新入り君か。そろそろ教えてあげようかな。それはこの国、アイラス・ル・ビアを刈り取る準備さ・・・?”あのお方”が言うにはね?」


「馬鹿な、そんなこと。流石に無理がありますぞ。」



リサ達、防衛隊士の守るアイラス・ル・ビア王国、大陸の西方に位置しながら紛争の絶えないこの大陸を常に監視している超大国。


圧倒的な軍事力も去る事ながら侵略行為を悪とする国法、気質を持ち、特に防衛戦争に積極的に介入してきた歴史を持つ。


過去から現在にかけて数多の侵略戦争を打ち砕いてきたその姿を英雄視する国もあれば、その逆の感情を抱く国は少なくない。



「まずその下準備として、見習い防衛隊士であるこの青年達には死んで頂きましょう。下を育てさせない、実に効率的だ。」



「任務や訓練中に見習いが死ぬのは珍しくありません、始めはゆっくりと、静かに死んでもらいましょう。」


「下らんナ。」


「つまんない!つまんないー!」



国の転覆を狙うという異常極まりない話。


その為に防衛隊士を秘密裏に刈り取る。


なんと馬鹿げた話だろうか。


だが反対意見は愚か、作戦の修正を提案する者もいない。


頭にバンダナを巻いた男を除けば。


「そんなことで、この超大国(アイラス・ル・ビア)が揺らぐとは思えない。」


「・・・問題ありません、”あのお方”の方針に間違いはありませんから。」


「それにあの4人・・・大将軍(アークジェネラル)がいる限りアイラス・ル・ビアを落せなどしないだろう。」


「もし・・・算段がついているとしたら・・・?」


「・・・・?」


「もし、あの4人の大将軍(バケモノ)どもを殺す算段がついているとしたら・・・?」


「そんな馬鹿なっ・・・どうやって?」



知的な言動をしていた男は急に黙って映像を映していた魔道具を仕舞い始める。



これまで口を開かなかった仮面の試験官がその様子を見て、落ち着き無く口を開く。



「そ、それで、私のことはあのお方に口利き頂けるので・・・?」


「もちろん、貴方のことはよくやってくれたと報告しておきますよ。」


「で、では・・・。」




「レフィーナ、もういいですよ。」


「もうっ!待ちくたびれたのっ・・・!」


背後で先ほどの小さな影、少女だろうか?


薄紫の長い髪と、変わった丈の短い黒いドレスを揺らしながら荷物の中からいくつかの道具を取り出している。


年頃の少女が今日の髪留めの色で鏡の前で悩むように首を傾げ、一つの道具を取り出した。


それは誰もが一度は見たことがあろう道具、はさみであった。



「今日はぁ・・・このチョキチョキの気分なのっ!」



問題はその、大きさ。


少女の身の丈ほどもあろうかという大きさの巨大なはさみ、それを少女が軽々と持ちあげ、構えている。


刃はの他に不気味な装飾が持ち手の部分に目立つ。


そして仮面の試験官ははさみの刃は装飾の角に所々、黒ずんだ汚れが目に付くことに気づく。


その時、仮面の試験官は自分が防衛隊士として経験豊富であったことを心底恨んだ。


それは泥でも、キズも、凹みやカビや錆ではない黒ずみ。



「チョキ・・・チョキ・・・。」



よく戦場で彼は良く目にしていた。


人を切った剣に似たような黒ずみが付いていたのを思い出す。


それは金属の表面と血液が反応したときに残る汚れ。


巨大なはさみに残るその跡が物語る事実に仮面の試験管は残念ながら気づいてしまった。



「チョキチョキっ・・・チョキチョキっ・・・」


「あ、あの・・・レフィーナ様・・・その様なものを出してどうされたのです・・・?」



仮面の試験官は一歩後ずさる。


するとレフィーナと呼ばれた少女は二歩前に進む。


彼女は楽し気にチョキチョキと口にし、それに合わせてハサミを動かす。


チョキチョキチョキ、彼女の口調が速度を増す。



「チョキチョキッ!チョキチョキッ!チョキチョキチョキィッ!」



少女のその顔は、笑顔。


引きつる様に上がった口角が、可愛らしい少女の顔を醜悪で凶悪なものに変える。


少女は大好きなおもちゃで遊ぶ子供かのように巨大なはさみを振りかざす。


そして彼女の口から放たれるチョキチョキという声を掻き消す程にはさみの音と動きは早くなった。


そして仮面の試験官のすぐ目の前にレフィーナは迫ってきていた。


この少女の幼げな一面しか見たことの無かった仮面の試験官。


彼は唐突に現れたこの恐怖にうろたえ、後ずさり、悲鳴を上げる以外の行動を取ることが出来ないでいた。


その風を切るハサミと正気を失った様な狂気の表情を浮かべる少女の前進は突如止まった。



「・・・ねぇねぇ、”どっちを”チョキチョキしていいの?」


「嫌ですねぇ・・・”どっちも”ですよ。」


どっちも、という声の後、一人の男に視線が集まる。


反対意見を述べた男二人に注がれていた。


それは先ほどのバンダナの男。


仮面の試験官はまるで動くことが出来ずにいたが、バンダナの男は視線に気づき口を開く。



「おいおい・・・ちょっと生意気な口聞いたからってそりゃないぜ?」


「・・・ええ、もちろん、その程度の事で我々は処分を下したりしませんよ。」


「・・・じゃあ・・・!」


「我々が気づかないとでも?」


「・・・”防衛隊士”アロルド・エイゼルさん?」


「・・・な、何を言って・・・?」


「ほぅ、中々優秀みたいですねぇ・・・隠密部隊所属のエリートで、奥さんと二人のお子さんがいるようで。ほぅ、郊外の良い土地に家をお持ちとは。」


「空気の壁を作る能力ですか・・・これは良い能力ですねぇ・・・?」



部屋の中を再びはさみの擦れる音がゆっくりと鳴り始める。


始めはゆっくりと、リズムを刻み、部屋中に鳴り響く。


アロルドと呼ばれた男がレフィーナと呼ばれた少女を見ると、月明りに照らされた少女の目は人間とは思えぬおぞましい輝きを放っていた。


月夜に獲物を狙う狼のように。


やがてリズムは早くなり、先ほどと同じ様に彼女の口から聞こえる声をハサミが上回った。


先ほどと違う点はただ一つだろう。


もう、レフィーナは、止まらない。


仮面の男の長年のキャリアがそう告げている。


バンダナの男も仮面の試験官の方へ飛び移り、構えを取る。



「おい、起きろレンド!芝居は終わりだ!やるしかねぇぞ!?」


「騒ぐな、アロルド・・・ここ近年、若い隊士の任務中の死亡率がやけに高かった、・・・まさかてめぇらか?」



怯えていた仮面の試験官はレンドと呼ばれ、まるで人が変わった様にゆっくりと立ち上がった。



「俺たちがどんな想いで若造(ひよっこ)どもを育ててるのか、分かってンのか?あぁ?」



二人を囲む人影達は何も言わない。


はさみを持つ少女は不気味に笑い続ける。



「やれやれ・・・ドジっちまったねぇ、まったく。アロルド、お前と組むと禄なことが無ぇな。」


「グダグダいってんじゃねぇ!今日も仮面叩き割るぞ!」


「最近家、帰ってないんだろ?さっさと終わらせようぜ?」


「ったりめぇだ!アイラス・ル・ビアを、防衛隊士を、俺達をナメんじゃねぇ!レンド、いくぞ!」


「・・・おうっ!!」


















─その頃、暗闇に包まれていた夜の町には淡い月明りが差す程度の明るさとなっていた。


少ない人通りは更に減り、日中営業している店で空いている店は無いだろう。


リサが魔道機関車に乗り込み、クレインが人生で初めて自らの飲酒量の限界に到達しようとしていたその頃。


闇に蠢く者達は虎視眈々と瞳を輝かせる。


芽吹いたばかりの小さな芽を狙って。


捕食者は誰にも気づかれることなく、忍び寄る。


夜は深く、長く、まだ明けない。








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