第十七話 リサ達のイイお店
防衛隊士入隊試験を終えたリサとクレインは受付で合格証明書を受け取った。
合格に歓喜するもの、何も手をすることなく会場を後にするもの、暗示の中の世界とはいえ死ぬほどの経験をしたことでうなだれているもの、様々である。
ドアの外はレドが暴れた後と思われる床や壁のレンガを削り取った様な傷が多く見られた。
とはいえリサは試験終了後にアルクスやレドと遭遇しなかったのは幸いであった。
最も遭遇してもどう声をかければ良いか分からなかったというのもあるが、今はとにかくこの疲れを癒したかったというのが本音だった。
今日行われたのは3次試験の実技試験と暗示の中で行われた4次試験であったがとても一日の出来事とは思えないほど濃密であった。
空は夕日が沈み暗がりが広がり始めている。
もっとも、屋敷の執事やメイド達からこんな時間に出歩く許可が下りるはずは無く、夜の街を歩いているだけで新鮮さを感じるリサであった。
「お!お前らこんな所に居たのか!」
リサとクレインが振り向くと、そこに居たのはレド・ランパルトのパートナーであった獣人のダケル・ザーシュだった。
先ほどのレドの大暴れでケガをしたのか額に医療用の繊維の様なものが張り付けてある。
ボロボロの外見をしている一方、ダケルの尻尾はパタパタと左右に触れており試験に合格したこともあり上機嫌が伺える。
当初パートナー選びに失敗したように見られ、粗末な扱いを受けたであろうダケルだが結果として合格したのだから恐らくレドを恨んではいないのだろう。
そしてなんと横には巨大な人影、あの石拳のゴイルが居た。
二人に面識があった様には見えず、正直意外な組み合わせだった。
こちらから問いかける前にダケルから馴れ初めを話始める。
「このゴイルのおっさんとさっき仲良くなっちまってな!この後打ち上げするんだ。お前らも一緒にどうだ?」
「この男ゴイル35歳!今日を祝わずして何時騒ぐってんだ!わっはっは!」
そういえば先ほども魔道具越しに言っていたがこのゴイルという男は自分の倍ほどの年齢であることを知りリサは驚いた。
防衛隊士の入隊試験の受験年齢の上限はたしか35歳。
魔道具越しで今年でついに、と言っていたことからしてこれまで何度も受験し不合格となっていたのだろう。
そこで3次試験でのリサからのあの仕打ち。
試験の帰り道でゴイルに襲われても不思議では無かったがこの男も結果としてラルゴとのペアを組み無事合格。
ゴイルは激しく上機嫌のようだ。3次試験での自分に対する遺恨などは一切見られないようでリサは安堵する。
「わぁ、打ち上げか!いいね!」
クレインもいささか疲れは見えるが今はこの暗がりと興奮による高揚感がそれを掻き消す。
今この状態でバカ騒ぎしては明日必ず後悔するかもしれない、しかしそれはまた明日考えれば良いのかもしれない。
「ゴイルのおっさんがさぁ・・・イイ店知ってるんだってよ!へっへっへ・・・・」
獣人のダケル・ザーシュの鼻の下が伸びる。
ダケルの顔は獣らしいパーツは残っているものの顔の部分は殆ど人間と変わらないことからどんな表情をしているのかはリサでも判別しやすかった。
実際に鼻の下が伸びている人間などいない。
大抵男達が下ネタを言うときはあんな顔をしながら話すことをリサは知っている。
「はっはっは!伊達に年食っとらんわ!小僧ども!”支払い以外”は任せとけぇい!」
「え?ええっ!僕はそういうのはちょっと・・・っていうかリオは、ダメだよね・・・?」
(・・・イイ店・・・?)
ここで言うイイ店というのは恐らく通常の飲食店では無いであろうことはリサにも分かる。
言うなれば女性に接客をさせる夜の店の類のものであろうことも。
これまでリストヴァル家の長男としての振る舞い、自らを磨くことに注力していたリサはそういった部分の勉強が足りないことは理解していた。
今じゃない。まだその時じゃない。
そう言って先延ばしにしていた部分でもあった。
いざ冷静に考えてみよう。
あのリオ兄様がそうであるだろうか?いや、それは無い。
リオ兄様の魅力であれば幾人もの女性を振り向かせることなど造作も無いはず。
今がその時なのかもしれない。
女性を相手にした時の振る舞いを覚えることも、夜の店を経験しておくことも。
(これは全ては兄様を完璧に演じる為、そう、仕方の無いことなのよ・・・!)
「ああ、俺は構わない、行こう。」
「リ、リオ!?」
「よっしゃあああ!決まり!最初はエルフと獣人の子がいる店でよろしくぅ!おっさん!」
最初?最初の店ということだろうか?
打ち上げというのは複数の店舗で行うのが普通なのだろうか。
学生時代からそういったことに疎かったリサにはそこすら分からない。
クレインも嫌がっているように見えるが、口では文句を言いながらリオが行くのならばと後ろをついて来る。
リサはどこであろうと始めて行く場所には未知の発見が無いかと期待に胸膨らませる人間であった。
何度も通った道は迂回して細道を見つけてみたり、買い物はいつもと違う店を積極的に利用するなどして常に自分の世界を広げようとする気持ちを持っていた。
そんな気持ちが今も心を動かす。
エルフと獣人の女性のサービスとやらは何なのか、何が魅力なのか、男性はその時どう接するべきなのか、どう反応をするべきか。
リオ・ドルスとして当然持ち合わせている教養として、学びたい。
(どんな世界なのかしら・・・そう、これはリオ兄様を完璧に演じ切る為・・・)
ようやく終わった熾烈な入隊試験の後の気持ちの高ぶり。
受験勉強と訓練で疲れ切っていたリサだが今の足取りはこの数か月で一番軽いと思わされるものであった。
そんな騒ぎをしている中、道の中央に一人の人影が浮かぶ。
「こちらに居られましたか、リオ様。探しましたよ。」
そこに現れたのは中年のメイド。それなりに整った顔立ちをしているが年齢の為か、見るからに厳格そうな性格からか疲れた印象を受ける。
「えーと、どちら様です?」
ダケルが問う。
入隊試験会場を含め、軍事関連施設の立ち並ぶこの道端に中年のメイドが一人。
当然浮いていて当然だ。
「申し遅れました、わたくしリストヴァル家の副メイド長を務めさせて頂いています”ギルダ”と申します」
これはこれはと姿勢良く気品ある挨拶を受けたダケル、ゴイル、クレインの三人は慣れないかしこまったお辞儀を返す。
「リオ様、申し訳ありませんが予定が変わりました。ご当主様、”リグラス様”が屋敷にてお待ちです。」
”リグラス”、その名前一つでリサはいつものリサに戻ってしまう。
楽し気な感情が風に巻かれるように散っていく。
だがこれは仕方がない。だって私はリオ・ドルス・リストヴァルなのだから。
「ご報告を。分かって頂けますね?”リオ様”?」
何気ない会話に聞こえる、使用人と屋敷の息子の単純なやり取り、ただの業務連絡。
だが知っている。この副メイド長は知っている数少ない人間の中一人。
リストヴァル家の副メイド長、ギルダ。
知っている。
私がリオ兄様の妹、”リサ・トゥリカ・リストヴァル”だということを。
【陽炎幻視】でその姿を変えているだけだということを。
「・・・そういうことだ、すまないなお前達。」
「そ、そうかなんか、忙しい所すまねぇな!変わりに俺たちが沢山飲んできてやるからな!」
「後はこのゴイルに任せておけぇい!」
少しだけ、打ち上げ出来た、この石畳の上で、ほんの数十歩だったかな?このひと時の間。
リサはダケルのことを先ほどただの馬鹿な犬だと思ったことは心の中で撤回することにした。
もしかするとゴイルにも訓練生として世話になることが多くあるかも知れない。試験で恥をかかせたことは申し訳なく思う。
「リオ様。魔動機関車の夜行便を予約しております。宿にて身なりを整えた後、遅れず乗車下さい。」
「・・・ああ、分かった。」
「じゃ、じゃあ僕もこれで・・・」
リオに合わせてクレインがこっそり抜けようとするがダケルとゴイルがそれを許さない。
「イケメンで金持ちのリオが抜けたが仕方ねぇ!だが小人族がいると女受けがいいんだよっ!絶対逃がすか!」
「は、はなせえぇぇぇ・・・!!」
そのまま二人に引きずられて三人の姿が消えていく。
「確かご学友のクレイン様でしたね。ご一緒に魔動機関車で帰られたほうが宜しかったのでは?」
「いや、あれでいいさ。それがいい。」
ギルダはクレインの顔も良く知っているほど古くからリストヴァル家に仕えていた。
私が生まれるよりも前に、兄様が生まれるよりも前から。
彼女の目には今恐らくリオ・ドルスの姿が映っているだろうが、本当は何を見ているのだろうか。
私のことを本当はどう思っているだろうか。
聞けば恐ろしく苦しい気持ちになるかもしれないし、救われるかもしれない。
だけど私は聞きたくない。
「所で、リオ様。」
「・・・何だ?」
「これから皆様で何処へ、行かれるおつもりだったので・・・?」
「・・・・・・しっ、知らんが、”打ち上げ”っというやつだ・・・!!」
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