第十六話 大将軍の息子達
「まとめての発表とならず、申し訳ない。諸君に改めて今試験をトップで合格した受験者を発表する。」
仮面の指揮官は村人が生体人形になりすましていることを見抜いたラルゴ達よりも更なる高得点で合格した者が他にいる。
確かにそう言ったのだ。
驚きの表情を見せたのはリサとクレインだけではないだろう。
ラルゴも石拳のゴイルもレドもダケルも他の受験者達も、各々がベストであろうとする選択肢を選び試験を受けたはずだ。
その上をいく合格者。
「最上位での合格となった受験者は、彼、アルクス・エーリッツである。」
画面に一人の青年が映し出される。
栗毛の髪にまっすぐを正面を捉える強い眼差し、その立ち振る舞いから育ちの良さを伺わせる。
「リオ・・・エーリッツって確か・・・」
「ああ、そうだろうな。」
エーリッツの名を聞き、恐らく各室ごとに受験生達のざわめきが起こっていただろうがそれはリサ達の部屋には聞こえてこない。
エーリッツ家。
このアイラス・ル・ビア王国においてエーリッツ家を知らぬものはいないだろう。
アイラス・ル・ビア王国の軍事の中枢を担う防衛隊士、その中でも上位4人のみが名乗ることを許される地位”大将軍”を持つ防衛隊士、その中の一人として君臨する”アルガ・エーリッツ”の名を。
大将軍。
それはアイラス・ル・ビア王国の軍事的最高指導者の地位を指す。
そしてその4人はの力はこの大陸の安寧を守る力の象徴。
単独で容易に戦場の形勢を覆すことの出来るほどの力を持つ防衛隊士の絶対戦力。
そこに名を連ねる4人の大将軍の中の一人にアルガ・エーリッツがいる。
古くからアイラス・ル・ビアにおいて数々の武功と名を残してきた、名門エーリッツ家。
その力は軍事的な一面に留まらず、エーリッツの名を関する財閥、商会も無数にあり、政界に至るまで大きな影響力を持つ。
恐らく王都では貴族から靴磨きの少年までエーリッツの名を聞いたことが無いものなど居ないだろう。
エーリッツの名はそれほどまでに王国内に轟いている。
無論、エーリッツの血筋だけで今回の試験を合格した訳ではないことはリサが一番良くわかっていた。
「エーリッツ家の・・・アルクス君か、一体何をやったっていうんだろうね。」
リサもエーリッツの人間が、ということよりもこの試験で何をしたのかということに疑問が残った。
他の最適解が存在した?
ラルゴ達よりも生体人形を迅速に処理した?
見落としていた何かが存在した?
残念ながら既にラルゴに出し抜かれているリサ達には容易に想像出来るものでは無かった。
説明の為、再度画面が切り替わり仮面の試験官がゆっくりと口を開く。
「私からその理由を説明させてもらおう。」
言葉に少し間を持たせて表情を変えているように見えるが、仮面の隙間からではこの試験官がどんな表情をしているのかリサには推し量ることは出来ない。
仮面の試験官は続ける。
「そもそも君達は”転移”などしていないのだよ」
・・・転移していない?
リサとクレインは間違いなく試験会場から離れ、あの森を抜け、物資を届け、山賊を・・・切った。
それはレドやラルゴ達も同じはずだ。
何よりもそれは先ほど映像に映し出されていたことから間違いない。
その証拠に・・・証拠・・・?
「私の能力”転移”などでは無い」
「強力な暗示の力、いわゆる催眠の一種の力だよ。」
「君たち受験生は私の力により催眠にかかり、皆同じ夢を見ていた。そう思って貰って構わない。」
「リオ・・・これ本当かな・・・?」
「・・・っ。」
暗示、催眠、夢、観察?
奇想天外な単語の連続にこれこそ夢では無いかという疑惑に駆られる。
しかしそうであったならこれまでの様々な疑問に納得がいってしまう。
更に仮面の試験官は加えて説明を行う。
「我々は君たちの夢の中の様子を観察し、その行動を採点していた。これがこの試験の全貌である。」
なぜ試験会場の景色が全て同じ森、同じ村だったのか?
現実の世界であったならば似たような場所を作ったとしても、その風景には少なからず違いが生まれることは間違いない。
高度な技術によって生み出され、通常、少数しか生産出来ないはずの生体人形達がこれほどの数が量産され、受験生毎の試験会場に配備することが出来ていたのか。
転移から帰還したリサ達の衣服から汚れが消えていたのか。
それは消えたのでは無い、元々ついてすら居なかった。
仮面の試験官は最初に言った。混乱を避ける為だと。
全ての受験者が同時に個室で目を覚まし、この合格発表を聞いている理由も。
そして森の中でクレインが常に息苦しいと言っていた理由も。
信じたくは無いが、受験生達はこの男の手の平の上で踊らされていた。
それはまるで作られた庭の池で必死に泳ぎ回る魚達のように。
我々は自ら動いてなどいなかった。ただ池の中を必死に泳ぎ回っていただけ。
どれくらい早くエサを食べるか、どんな泳ぎをするのか、面白がって見られていただけ。
リサとしてはもはや悔しさ、怒り、憤り、驚きなどという感情は通り超し、呆然としている他なかった。
そんな中仮面の試験官が更に続ける。
「だが彼は、はねのけた。」
「彼、アルクス・エーリッツは私の暗示の能力にかかることは無かった。はねのけたのだ。」
「私の”暗示”の力はより”力”を持つ相手には効きづらいという制約を持っている。」
「ここで言う”力”とは、腕力、知力、精神力、様々なものを複合して判定されている。」
「従って、私の暗示が効かなかったこと、それは彼がその他の受験生よりも気力、精神力、体力共に上回る上位の存在であることの証明となっているのである。」
「それが彼、アルクス・エーリッツを最上位の合格者とした理由である。」
どの部屋からも抗議の声は聞こえてこない。
恐らくリサ達は暗示にかけられた後、それぞれこの個室に運び込まれたのだろう。
恐らく暗示の中でどのような結果になろうと同じ様に、同じ時間で目を覚ますようになっていたはずだ。
リサ達の様に試験をクリアして帰還した者達も居れば、幸い暗示の世界で命を落とした者も無事帰還することが出来ただろう。
最も、自らの死を経験した者達からすればこの状況で動揺するなというほうが無理がある。
中には錯乱してしまう者がいても不思議では無い。
その混乱を避ける為のこの個室。
酷く、憎い配慮だった。
「失礼致します。受験生の皆さん、アルガ・エーリッツの息子、アルクス・エーリッツです。」
画面が切り替わり、映し出されたのはアルクス・エーリッツだった。
やはり試験官はラルゴと同様に上位合格者には何かを喋らせる権限を与えるつもりだったようだ。
その声は若々しく、力強く、意思を秘めたものであった。
その栗毛の爽やかな外見にこの声、街の女性達には大層人気が出そうなものだとリサは思った。しかし自分の兄リオ・ドルスには劣るが、と最後に心の中で付け加えた。
「この度、トップでこの試験を合格した者の責務として今後も訓練生としてもトップを走り続けることを約束します。」
「申し訳ないがこれは挑発でも、宣言でも無く、我がエーリッツ家に課せられた責任、当然、必然なのです。ご容赦下さい。」
丁寧で爽やかな印象を放っていた彼からの突然の挑発的発言。
それは決して武道家達の試合前のリップサービスなどでは断じてない。
エーリッツ家の誇り、教示、家の、彼の信条。
功名心を求めて防衛隊士を目指す者の多い一般の受験者にとってはこれ以上に無いほどの挑的発言。
ただの金持ちの跡取り坊主が叫んでいるだけなら一笑に伏されただろう。
だがそれが許されるこの試験結果、圧倒的実力差、現状において許される、いや皆はこれを許さざるを得ない。
だがアルクスが決して優位的立場から発した発言でないことは一部の人間には分かっていた。
リサ・トゥリカもその中の一人だった。
そしてリサの瞳は微かに捉える。
アルクスの纏うもの。
リサと違い、アルクスはアルクス本人であるのは間違い無いだろう。
しかしその背後、エーリッツ家の威光、責任、重圧。
大将軍の息子という存在。
先ほどの発言はリサ含めた他の受験生に向けられているものではないということ。
”そう在らなければならない”というアルクス自身の為の発言。
家も、国民も、国も、アルクスにそうあらぬことを許しなどしない。
まるで光には反射しない呪われた鎧。
それはリサとは違うアルクスの纏う呪われた鎧。
アルクスは更に続ける。
「我がエーリッツ家の人間が頂点に立つのは当然のことであり、それは仕方ないこと。だが、これは何だ?私は酷く落胆している。」
「同じ”大将軍”の息子の体たらくには!」
クレインはリサの方に少し目をやるが、リサが表情を変えることは無かった。
「同じ”大将軍”の息子として大変残念に思う。」
「我々”大将軍”の息子達はこの国を、大陸の安寧を、平和を守り抜くという責務があるというのに!」
「全く以て低く見られてしまうではないか!あのダークエルフよりも下、、、」
「更に、”戦場で無様に死んだ下級防衛隊士”の息子と同列だなどと許されるはずがない!」
「貴公がその程度の男で無いことを切に願うよ、私からは以上です。」
驚くことにアルクスから悪意や嘲笑といった感情は感じられない。そこにあるのは真っすぐな誇り。
寧ろ猛々しい正義感。彼としては当然、罵倒しているつもりで言っているのでは無いのだろう。
そう感じられるほどに純粋で力強い罵倒。
ただそれは容易に、他人の入ることの許されない領域に踏み込んでしまうものでもあった。
「・・・リオ、この話題はマズいね。」
「・・・ああ。」
リサとクレインには、アルクスの先ほど口にした”戦場で無様に死んだ下級防衛隊士”の息子という単語に激高するであろう人物に心当たりがあった、いやあり過ぎた。
リサが彼のことがいくら嫌いでもこの話題にだけは触れないように心がけていた言葉だった。
別の部屋のドアが吹き飛ぶ音が木霊する。
泣き叫び、ドアと共に吹き飛んでいく獣人ダケル・ザーシュの声も。
先ほどの馬鹿笑いから打って変って激情に包まれたレドの怒号が遅れて反響する。
次々と個室のドアで在ろう物体が破壊される音が聞こえる。
恐らくアルクスのいる部屋を探しているのだろう。
彼の持つ【飛空神剣】によって操られる9本の”自称”神剣は次々とドアを順番に破壊し、中の受験者を引きずり出していった。
厳密にはリサ達から見えないので音から状況を察しているだけだったが恐らく間違ってはいないだろう。
その後続けて3つ、4つとドアを破壊してレドは進んでいく。
だが7個目のドアを破壊したところで駆け付けた数人の現役の防衛隊士に取り押さえられるレドの叫びが聞こえてきた。
「す、すごいことになってるね。」
「本当に馬鹿だなアイツは。」
取り乱したように見える仮面の試験官が画面に映る。
「こ、混乱を防ぐ為に諸君らを個室に分けさせて貰っていた!」
「魔道具の裏に鍵があるので各自ドアを出ること!これ以上トラブルを起こした者は不合格とするからな!以上!」
「これにて第113回 王都 防衛隊士入隊試験を終了とする!」
これは入隊試験の終了を意味していた。
ドッっと沸き立つ歓声が各々の部屋から響き渡る。
これにはリサもクレインも長期に渡って準備してきた試験がようやく終わり、肩の重荷が降りた勢いで互いの肩をぶつけ、寄り添うようにへたり込む。
「終わった・・・のかな?」
「ああ、終わったな・・・。」
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