第十二話 止まらないリサの歩み
最後に残された一人の山賊は今何が起こっているのか必死に頭を整理しようとしていた。
彼は仲間の7人の中で腕っぷしが一番弱かった。
いつも彼の飯を奪って食っていたゴドーも、戦場で役に立たない彼をいつも馬鹿にしてたギンムルも、いつも理不尽に彼らを束ねていたトーラスも、皆あっという間に死んでしまった。
不揃いでお互いに我の強い、歪な集団だったが一際弱い彼の存在で上手くいっていた部分は少なからずあった。
いつも悪事を働く際に真っ先に下手を打つのは彼だったが、彼をエサにいつも他の男達が暴れていたのだ。それに加えてストレス解消の為だけに殴られたり荷物を運ばされたり、そんな日々の連続だった。
その日々は彼にとって楽しくはなかったがそれなりにうまくいっていたという感覚があったのだ。
しかし、今日はいつもの様にうずくまる彼を尻目に暴れてくれる仲間達はもういない。
この山賊稼業を永遠に続けられるとは思っていなかった。人を殺し、犯し、盗んだ酒や宝石を眺め馬鹿笑いしながら焚火を囲む生活。
そしていつかはこんな日が来ることも想像していた。
(でもこんなんじゃないだろ!?こんな餓鬼一人にっ…!)
彼に残された選択肢は少なかった。
…あの餓鬼に切りかかるか?
…トーラス達でも勝てなかったのに?
…尻尾を巻いて逃げ出すか?
…ここまで来て見逃すとはとても思えない。
生き残ったのがなぜ自分だけだったのか…せめてもう一人くらい生き残っていればそいつをエサに逃げ出す参段が立てれたものを。
そう考えたがあの強い6人の仲間が餓鬼一人にこんなに早くやられるだなんてなんて思ってもいなかった。
分け前が7人の仲間のうちで最も少なかった自分に、今までの蓄えなどというものは存在しない。この先自分が生きていくにはどうしたら良いだろうか?
あの作物の碌に育たない村に帰ってひもじい暮らしをまた始めるか?
乞食として街でボロ布を被って寒さに凍えながら過ごすのか?
逃げる、逃げるしかないのだ。生きるための当面の金をその手に持って。
なんとか逃げ延びれば、自分たちの隠れ家に帰り死んだ6人のへそくりか何かが見つかるだろう。それに賭けるしかない。
そう思ってからの彼の行動は早かった。
先ほど追い立てていた子供のうちの一人、木の下にうずくまる少女の腕を掴み自分の元に引き寄せる。
少女の首元に今までの山賊稼業でほとんど役に立たなかった彼の剣をあてがった。
子供たちとも、金髪の餓鬼ともしゃべる言語が違うのだ。
少女は何か叫んでいるようだが彼には言葉が通じ無かった。
しかし言葉は通じなくとも彼には、少女に対して刃物を突き立てている姿が見せつけられればそれで良かった。
先ほど切られた少年も無視しておけばそう長く無いだろう。この少女を助けようとすれば恐らく少年は死ぬ。
しかしこの少女は助けられなくてもすぐに死ぬ可能性は低く、奴隷として売られるのが関の山だ。そして逃げるこの男を追って戦闘になれば少女を盾にされ命を救えない可能性も十分にある。
見たところ二人の子供は兄妹の様だった。
であれば跡取りとなる少年のほうが助ける価値は高いだろう。
この金髪の餓鬼は見たところ賢そうだ、確実に助けられる命を選ぶ、そうだろう?
そして人質にしたこの少女を売れば、なんとか一人でも生き延びる事ができる。
頭の回転の悪い彼が考えた必死の作戦。
残された山賊が考え抜いた最後の作戦。
生きる!生き残る!これで俺は生き残ることが出来る!
ザッ…
その希望とは裏腹に、金髪の少年が山賊と少女の元に歩みを進め始めたのだ。
その時の山賊の男の混乱は疑いようのないものであった。
ふり絞るように上げた大声でけん制するが金髪の少年が歩みを止める素振りはない。
ザッ…
状況が理解できていないのかと少女の腕を軽く切って見せるが金髪の餓鬼の歩幅が変わることはない。
掴んだ少女が痛みで何か叫んでいるが山賊の耳には届かない。
どうしてだ、と彼は背中に冷たい液体が流れるのを感じる。
ザッ…
金髪の少年が両手で細身の剣を構えると目にもとまらぬ早さで突きを放った。
ザクリ、と音を立てて赤い血が彼の視界の中で舞った。
避けることができなかった山賊は必死に少女を盾にしたが、その刃は少女の身体一つなどで止めきれるものではなかった。
少女と山賊、二人の身体を貫通して後ろの木にその身体を打ち付けたのだった。
彼の”盾”は一突きにして動かなくなり、役に立たないものとなった。
この人で無しめ!と彼は叫んでみたが言葉が通じないことを後悔する。
剣が二人から抜かれ、山賊と少女はズルリと木にもたれかかるように腰を落とす。
その時山賊の目に、反対側の木陰に3人の人影が見えた。
やっぱり仲間がいやがったか、卑怯者め、と通じない言葉を彼はまた話した。
小さい餓鬼が三人。その内の一人は目の前の少年と同じ服を着ているので餓鬼の仲間で間違い無いだろう。
もう一人はさっきトーラスに切られて死にかけていた少年だ、なにやら手当を受けている。
最後の一人はさっき盾に使った少女だ、自分と一緒に剣で突かれたはずなのに何故か元気に動いている。
頭の悪い彼には今何が起こっているのかすぐに理解することが出来なかった。
そして今、何故自分は藁で出来た人形を持っているのか。
身体だけは丈夫だった彼は一太刀で絶命するようなことはなかった。
しかし、十分な時間が与えられたが、彼は何故自分が藁で出来た人形を盾にしていたのか最後まで理解することは出来なかった。
そして彼は7人で過ごした彼の中では輝かしかったあの日々を思い出すと、仲間の6人が倒れている方向へ数歩にじり歩き、手を伸ばすようにして息を引き取った。
最後の一人の山賊が事切れたことを確認すると、リサは素早く剣に着いた血を払いクレインと救助した二人の子供達の元へ向かった。
「少年の傷は?大丈夫か?」
「…なんとかなりそうだよ、ただ今は薬で眠らせているよ。」
クレインは【植物操作】の力により生産した血止めと消毒作用のある野草を包帯状にして少年に巻きつけていた。
周りを見ると多種多様な植物がそこら中に生えていた。
効果は気付け、鎮痛効果、造血作用、様々あるもののようでクレインなりに最善の治療を行ってくれたようだ。
少年には十分な応急手当は行われているようで容体はひとまず安定し、その目を覚ましたのだった。
子供たちの命を救うことができ、リサとクレインはここでようやく一息ついた。
「さっきは蔦で足止めしてくれて助かったぜ、クレイン。」
リサは何気ないような一言でクレインに感謝を告げる。
魔術による範囲攻撃をしようとした二人の山賊の足元に蔦を生やしたのもクレインの【植物操作】の力に他ならない。
リサのそんな不遜な態度を前にして、クレインは釘を刺すように冷たく言い放つ。
「まったく…もっと分かりやすく言って欲しいね、いつかキミ死ぬよ」
それは最後の山賊に掛けた【陽炎幻視】についてのクレインのサポートについてであった。
「まさか、お前なら気づいてくれるだろ?」
リサが作戦開始前に見せた親指と人差し指と中指の三本をこすり合わせる動作は、昔二人で遊んでいた賭場でのカードのすり替えを行う時の合図だった。【陽炎幻視】は幻影をかぶせる対象物があったほうがより高い効果を発揮する上、リサ体力の消耗が少なく済むのだ。
今回はその媒体としてクレインが植物を生成した人型の植物に【陽炎幻視】を使ったのだ。いつもはカード、役を揃わせる為の番号、絵柄の指示は言葉を交わさずに問題無く出来ていた。
それが今回すり替えを行った対象は”少女”と”植物でできた人形”だった。
しかしクレインには、”何を” ”何時” ”どのように” といった指示は一切出していなかった。
だがクレインのサポートは的確なものだったし、リサの思った形で動いてくれるであろうことはリサの信じていた通りの結果であった。
リサは学生の頃から長年ともに過ごしてきたクレインのことを唯一無二の親友のように信用していた。
リサとしては最高のサポートをしてくれたこの相棒を抱きしめて賞賛してやりたいところであった。
だがクレインが親友だと思ってくれているのは我が兄、リオ・ドルスに対してだろう。見ず知らずの自分が抱きついてはこの相棒に失礼というものだ。
その思いからかリサはクレインと二人でいるとき、そして彼と仲が良くなればなるほど負い目を感じずにはいられなかった。
一先ず去った脅威と目の前の課題を攻略した安心感からか、リサの視界が歪みを見せる。
転倒するほどではないがバランス感覚の狂いと視界が歪むような軽い吐き気を感じる。
ある種の興奮状態にあったリサだが、今しがたの自分の行いを改めて認識する。
悪人たちとはいえ、肉を、骨を断ち、全員を絶命に至らしめたのだ。
手に残るのは生々しい感覚、血と、臓物と、命を切る感覚。
そして【陽炎幻視】の連続使用により体力を大きく消耗したことで、全身の倦怠感と異様な汗がリサの顔に浮かぶ。
その倦怠感からか視界が歪み、その場に倒れてしまいそうなほどの不快感を覚えた。
リサにとってはいつもの動き、訓練で何度も繰り返した淀みない剣裁きを行っただけのことであった。
ただ今日吹き飛んだのは訓練用の藁や材木では無く男達の腕や血肉であったというだけ。
これから防衛隊士になろうというのに、人を切るということは避けて通れない道。
それがたまたま今日だった、そう自分に言い聞かせた。
ただ、思っていたよりも苦味が強い、そんな料理を口に含んでしまったそんな時の表情をした。
「リオ…?少し休みなよ。」
クレインがリサの様子に気づくと少し心配そうな顔をして下から覗き込んでくる。
チラリと見るとそそくさと薬草を取り出して混ぜ合わせ始める、恐らくリサの為に何かを調合してくれているのだろう。
「大丈夫だ、少し魔力を使い過ぎただけさ…本当に、大丈夫。」
そう、これは幻術魔法。幻術系の魔力の適正のあるものなら誰でも使うことが出来る。
少なくともクレインにはそう話している。
あの程度の相手に【陽炎幻視】を使うだけでこれほど消耗するとは思わなかった。戦闘での【陽炎幻視】の使用は極力控えなければとリサは自分を改めて戒める。
(こんな程度の相手に、兄様であれば遅れを取るはずがない…。)
”兄様であれば”とリサは再び自分に対する呪いの言葉を口にする。
この言葉を口にする度にリサの心は不思議と落ち着き、どんな苦しいことにも耐えれてしまいそうな錯覚に陥るのだ。
そうしてリサは今一度、彼女の中にいる兄を認識すると【陽炎幻視】を安定させリオ・ドルスが崩れてしまうのを防いだのだった。
「…それで、どうするんだい?」
クレインは調合した薬草に水を注いだだけの簡単な飲み物をリサに手渡し問いかけてきた。
「手合わせして分かった、アイツらは間違いなく本物の山賊だ。恐らく本物の役者達はもう…。」
「それはこの子供の傷を見ればわかるよ。…残念だけど本物の役者たちはさておき、今僕たちはやるべき事をしなくちゃいけない、そうだろ?」
リサとクレインに残された時間は少ない。
討ち取った山賊達の所持品を手早く漁ると山賊の一人が傷に良く効く薬液を持っていた。少年の命はこれで心配要らないだろう。
その上で魔除けの香が人数分見つかる。
魔除けの香を持たせ、薬液のおかげでなんとか立てるようになった少年と少女の二人にこのまままっすぐ傾斜を下り、村に戻るよう指示をした。
そして山賊達の亡骸はこの場へ放置することにした。
この山賊達は近くの街へ運び込めば懸賞金が掛けられているであろう程の手練れであることが想像できる。しかし今二人はそれどころでは無い。
一晩もすればこの森に潜む獣や魔物によって山賊の遺体は跡形も無くなるだろう。
それもこの山賊たちに対する十分な罰になると二人は考えた。
そして山賊の亡骸が消える頃にはリサ達の試験の合否が決定しているのだ。時間は残されていない。
「よし、日はまだ落ちていないな。出発地点まで急ぐぞ、クレイン。」
「おいおい…リオがそれをいうのかい!?」
リサとクレインは再び森の中を駆け始める。
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