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ひとつの夕陽[1:1]

作者: こたつ

「ひとつの夕陽」



大葉/♀大葉夕陽(おおばゆうひ)

葉山/♂葉山一陽(はやまかずひ)


__________________________





葉山:お前、ここは立ち入り禁止だぞ?


大葉(M):私は特別になりたかったのだと思う。


葉山:先生はいいんだよ。


大葉(M):何者でもない誰かになぞなりたくはなかった。


葉山:学校でビールはまずいと思うよ俺も。


大葉(M):きっとそれは憧れだ。きっとそれはなによりも尊い。


葉山:ごめんな、もう決めたことだから。


大葉(M)故に、その思いこそが平凡なのだと私は少しも知らなかった。


葉山:あまり、意地悪なことを言わないでくれ。


大葉(M):特別とは、痛みを伴うものだということも。



<<場面転換>>

<<夕暮れ、電車の中>>



大葉:はは、やった、やっちゃった!


大葉(M):電車の窓から燃えるような夕陽が見える。そう、夕陽だ。大空を赤く染める、強く綺麗で、おそろしいほどの夕陽。お母さんには家に帰るなり部屋に閉じ込められて、見ることのできなかった夕陽!水面に照り返すそれがたまらなく美しかった。


葉山:ん?君、その制服はうちの生徒だよな?この線じゃ見ない子だ。


大葉(M):そんな私の興奮は、この人によって冷まされた。子供のささやかな反抗は、いつだって大人の手で阻まれるものだ。


葉山:もしかして初めまして?えっと、国語の葉山です、葉山一陽(はやまかずひ)。知らない?知らなそうだな。


大葉(M):そうして私、大葉夕陽の家出生活は最寄駅から二駅で終わる……はずだった。


葉山:おい君、さては家出だな?……まあ、嫌なことから逃げ出したい気持ちはわかるよ。


大葉(M):そう言って夕陽を眺める先生が、とても寂しそうに見えたことを覚えている。




<<場面転換>>

<<夜、葉山の家>>


葉山:っだー!お前の母ちゃんどうなってんだ?お子さんを保護しましたって電話したら誘拐だのなんだの死ぬほど焦ったぞ!


大葉:あはは……やっぱり興奮してましたか……?


葉山:してたしてた、びっくりしたよ。なんとか学校の者ってわかってもらったんだけど……。


大葉:けど?


葉山:「家出するような子はうちの子じゃありません」だとよ。言ってることめちゃくちゃだぜ。


大葉:あー、たまにあるんです。……そういうのが、なんていうか、嫌になっちゃって。


葉山:すげー気持ちわかるわ。俺も疲れた。


大葉:でも……そっか、じゃあ私、今日は野宿か……。


葉山:え、なに、さっきのお母さんマジなやつなの?


大葉:そういう時のお母さんは大体マジ。お父さんは傍観。そのくせへんなところで心配性で、この間なんか数年前の事件引っ張り出して轢かれるよって言ってきたり……。


葉山:……想像以上だ。


大葉:びっくりした?


葉山:死ぬほど。


大葉:ふふ。(ため息)じゃあ私、そろそろ行くね。


葉山:待て待て、お前マジで野宿する気か?


大葉:慣れてるから。こういうの。


葉山:(ため息)……お前なぁ、学校の先生がそういうの放っとけるわけないだろ。


大葉:え?


葉山:泊まってけよ。外よりマシだろ。


大葉:……それ、なんか危ない気がする。


葉山:え?……あ!待て!違うぞ!たしかに未成年をよく知らない大人の家に置くのはめちゃくちゃやばいがな!?


大葉:あはは!先生犯罪者だ!


葉山:……は、は。そう見えるか?


大葉:あはは、先生本気にしないで──え、先生目ぇ怖いよ……?


葉山:あ、ああ、すまん。まあとにかく泊まってけ。無駄に、広いからな。好きな部屋使ってくれ。


大葉:え、あっ先生!どこいくの!


葉山:たーばーこ。ガキに副流煙はだめ。


大葉:もう……ありがと。


大葉(M):かくして私は、しばらくこの人の家で安息を得ることになる。私を縛るものなんてなにもない、心休まる日々。思えばもうこの時に、未来は決まっていたのだろう。



<<場面転換>>

<<数日後、葉山家、夕食>>



葉山:そういやお前、あのとき俺が見つけなかったらどうするつもりだったんだ?


大葉:先生こそ私がいなかったらごはんどうするつもりだったんですか。洗ってない食器が山でしたよ山!


葉山:あ〜……いや、その、な?ビール飲んだら全部どうでもよくなっちまって、な?


大葉:ダメな大人。


葉山:あ、こら!俺一応先生なんだからな!


大葉:生徒家に連れ込む先生〜?


葉山:お前!ほぼ居候の分際で……!


大葉:あはは!怒んないで先生!ほら、なんの話しようとしたの。


葉山:ったく。俺がお前拾わなかったらどうしてたって話だよ。


大葉:あ〜……なんていうか、後先考えずにやっちゃったからなぁ。


葉山:マジか?春休み狙ってたからなんか考えてんのかと思ってたんだけど。


大葉:そこだけは狙いました。かしこいので!


葉山:さてはお前残念なやつだな?


大葉:こんなにかしこいのに!?


葉山:飯作ってもらってなかったらグーパンチだぞそれ。


大葉:ご飯って偉大なんですね!これからも頑張ろ!


葉山:はいはいがんばんな。ごちそうさま。


<<葉山、食器を台所に運ぶ>>


大葉:ねえ先生。


葉山:んー?


大葉:私ね、特別になりたかったんだ。だからね、先生には感謝してるの。


葉山:また急だな。俺は何にもしてないよ。


大葉:してくれたよ。私のご飯、全部食べてくれてる。ごちそうさまもくれる。うちでの普通はこうじゃないから。


葉山:……。


大葉:ね、だから。ありがとう先生。


葉山:……俺は、そんなこと言われる人間じゃない。てかさっきまでのアホはどこいったんだよ。


大葉:あほの私はもういないんですよ!


葉山:お、アホだ。よかった見つかった。(カバンを持つ)よっと。


大葉:あ、先生今日もおでかけ?


葉山:そうだよ。ちょっといろいろな。


大葉:保険の紙なんかもってどうするの?


葉山:いろいろだよ、いろいろ。


大葉:知ってた?公務員は副業禁止なんだよ!


葉山:そんなに金に困ってません〜。じゃあ行くから。


大葉:お留守番はかしこい私に任せてくださいね!


葉山:(笑う)頼んだぞ、ばか。


大葉(M):先生は料理が下手。好きなタバコはWinston(ウィンストン)

先生はお酒が好き。この前読んでいたのはカフカだったろうか。

畳のいぐさが香る。目が覚めても夢を見ているようだった。夕陽が差すこの家での暮らしは、まさに夢のようだったから。


<<場面転換>>

<<夕焼け、学校の屋上>>


大葉:うわぁ……人気のない学校って、なんかワクワクする……!


葉山:勝手についてきやがって……。本当はここ立ち入り禁止だぞ。


大葉:だってスーパーの帰りにフラフラしてる先生がいたんだもん!心配ですよこれは!


葉山:好奇心にしか見えないけどな。


大葉:それもありますけど。ねえねえ、どうして屋上来たの?


葉山:あー……ほら、夕陽。綺麗だろ。


大葉:えへへ!私の名前です!


葉山:取り消そっかな。


大葉:それは失礼じゃない!?で、それだけ?


葉山:大人にはノスタルジーに浸る時間が必要なの。


大葉:つまり寂しくなったからここに来たんだ。でも安心して先生!あなたには私がいます!


葉山:お前もう少し慎みを覚えたらどうだ。


大葉:先生が全然褒めてくれないからだからね!私、愛に飢えてるのに……(嘘泣き)よよよ……。


葉山:おい待て、絵面、絵面がまずい!


大葉:おやおや?ここで大声で泣いて欲しい?ご新規様には「不審者だー」って叫ぶのもオマケしてますよ?


葉山:こいつ……!


大葉:ほらほら!早く褒めて!ハリーハリー!


葉山:いい性格してるぜほんと……(咳払い)あー……家事とか、料理とか、俺苦手だからほんと、いつも助かってる。その、ありがとな。


大葉:あ、えへ……。


葉山:お前まじで照れてんじゃねーよ!こっちまで恥ずかしくなるだろ!?


大葉:誤魔化すと思ったんですー!汲み取ってよ私の乙女心!!国語の先生でしょ!


葉山:乙女心は教員試験になかったんでな!


大葉:では今から追加で試験します。問1、大葉夕陽の今のお腹の空き具合を答えよ。


葉山:それは乙女心なのか?どうせ腹減ってんだろ。


大葉:ぶっぶー!実はさっき試食コーナーにいたので割とお腹いっぱいでした!


葉山:乙女じゃないだろその行動は!


大葉:(笑う)……ねえねえ葉山先生、私と暮らして快適でしょ?


葉山:常にうるさいおしゃべり野郎が読書の邪魔してくるのに?


大葉:そこは省いて!省いて!


葉山:はは、まあ悪くないよ。夢を見ているようだ。


大葉:……!へへ。


葉山:嬉しそうで何よりだ。


大葉:あ、そういえば!ねぇ先生、古城深也って人知ってる?私の先輩なんだけどね!


葉山:っ……ああ、よく知ってる。教え子だった。


大葉:やっぱり?すごいよね!高校卒業してすぐ新人賞獲得!へへ、私サインもらっちゃった〜!次回作ももうすぐなんだって。


葉山:ああ、そうらしい。あいつの本は一番に読みたかったな。


大葉:あとね、ペンネームが「室伏紫苑」に変わってたの!


葉山:(息を呑む)


大葉:確か彼女さんの名前だったよね、なんだかロマンチックじゃない!?


葉山:(小さく)その子は死んだよ。


大葉:え、今なんて?


葉山:……なあ、ちょっとタバコ吸うから。先帰っててくれるか。


大葉:ああ、またタバコ〜?寿命縮んじゃうよ先生。


葉山:多少縮んだところで誤差だよ。ほら鍵。じゃあな。


大葉(M):そう言って先生は夕陽を眺める。雲を赤く燃え上がらせるあの夕陽は、強く眩く、恐ろしいほど美しかった。今でも、忘れることはない。



<<場面転換>>

<<数日後>>


葉山(M):なぜ、人間は血の詰まったただの袋ではないのだろうか。そう問うたのはカフカだったか。

葉山(M):全く同意だ。しかし保険が降りないのは困る。遺書を読むのがただの袋だなんて論外だ。


大葉(M):今日もスーパーの帰りに綺麗な夕陽をみた。それはあの日屋上で見たように、世界の全てを燃え上がらせている。


葉山(M):あの子はもう家についただろうか。俺なんかとの生活を、特別と言ってくれたあの子は。心残りがあるとすれば……。いいや、いいや。全てもう遅い。ただ、靴を脱いで揃える。


大葉(M):さあ、先生がお腹を空かせて帰るはずだ。だから今日もご飯を作ろう。家に帰ろう。そう思うことこそが、私には特別なのだから。


葉山(M):あの日見たような恐ろしい夕陽が遠くの街へ落ちてゆく。そういえば、あれはあいつの名前なのかと今更のように思い出した。学校の屋上でビールを片手に、遺書をそっと足元においた。


大葉(M):先生はまだ帰らない。ご飯はもうできている。そうだ、そういえば先生の帰りが遅い日は、決まって夕陽が綺麗じゃないか。あの屋上に二つの夕陽。先生は笑ってくれるかな。ふふ、呆れられてしまうかも。


葉山(M):そうか、俺の最期はあいつに看取ってもらうのか。あの眩しい夕陽に、可哀想なあの子に。


大葉(M):電車に乗って二駅。あの屋上に、きっと先生はいる。寂しがり屋の先生が。いつもは億劫(おっくう)な階段も、いまこの時は心が弾む。


葉山(M):それはとても残酷だ。けれどもう、どうでもよかった。俺は、葉山一陽が生きていることをこれ以上許せない。ああ、なぜ人間は血の詰まったただの袋ではなかったのか。


大葉(M):ドアの前、呼吸を整える。


葉山(M):息を吐いて、柵の向こうへ。燃える夕陽がよく見えた。


大葉:先生……?なに、してるの……?



<<場面転換>>



葉山:どうして……。


大葉:せんせ──


葉山:来るな!


大葉:!


葉山:なんで、ここに……どうして……!


大葉:先生、なんで、なんで……。


葉山:っ……!


大葉:…………私のせい……?


葉山:なんだと?


大葉:私のせいで……死にたくなったの……?私、わたし──


葉山:ちがう!……お前のせいじゃない。俺が死にたいのは、俺のせいだ。3年前からずっとなんだ。昨日で免責期間が終わった、それだけなんだよ。


大葉:……。


葉山:お前……うちに来た時、数年前の事件がどうのって言ってただろ。


大葉:う、うん。


葉山:それ、俺だ。女子高生の交通事故、俺が原因なんだよ。


大葉:え……?どういうこと。


葉山:祭りの日だった。俺は急いでて、その時女の子を突き飛ばしちまった。慌てて引き起こそうとしたら、その子の驚いた顔が車のヘッドライトに照らされてて……。


大葉:(言葉が出ない)


葉山:俺は、思わず逃げた。人混みのせいもあって簡単に逃げられた。ホッとしてた。そんな自分が信じられなかった。その時だ、その子のご両親が、古城の親御さんと話してた。深也には伝えないでくれって。


大葉:なんで、そこで古城先輩が。


葉山:その子なんだ、その子なんだよ室伏紫苑は!俺が突き飛ばした女の子が、古城の大切な人だった。古城は彼女の弔いに参列することもできない。今もどこかで生きていると信じてる。


大葉:ああ、うそ……。


葉山:なあ、帰ってくれるか。煙草が、吸いたいんだ。


大葉:嘘、嘘だよ。煙草、だって、家に忘れてた。


葉山:……お前、ここは立ち入り禁止だぞ


大葉:先生、先生そこ、危ないよ……!


葉山:先生はいいんだよ。


大葉:ちがう、ちがうよ!そういうのじゃなくて……。


葉山:学校でビールはまずいと思うよ俺も。


大葉:先生……。


葉山:悪いな、本当に。けど、もう死にたいんだ。水の中みたいに苦しいんだよ。頼む……。


大葉:わたし……先生と過ごしてて、楽しかった。特別だったんだよ、今まで明日が楽しみなんてことなかったのに。


葉山:……。


大葉:先生も、おんなじだと思ってた。


葉山:……思ってたよ。


大葉:ねえ、今日は肉じゃがなの……自信作。私と先生、二人分。


葉山:……ごめんな。もう決めたことだから。


大葉:ねえ、ねえ……!もうごちそうさまをくれないの……?


葉山:っ……。


大葉:ねえ!答えてよ!いつもみたいに笑ってよ……!


葉山:すまない……。


大葉:(すすり泣く)


葉山:なあ、お前。人を好きになれよ、自分を騙してでもいいから。そしたら、いつか心から好きになってる。こんな俺を特別に思えたんだ、お前ならできる。


大葉:いやだ……いやだよ……!


葉山:……誰か別の、普通のやつの特別をもらってくれ。


大葉:……!……あなたの特別がいい。私、わたしあなたに特別に思われていたらそれでいい!他の誰にも想われなくていい、あなただけが私の顔を覚えていたら、それでいい!それだけで、いいから……!


<<間>>


葉山:あまり、意地悪なことを言わないでくれ。


大葉:先生?先生!?


葉山:死ぬなよ、お前は死ぬな。


大葉:いやあああ!


葉山(M):遠くの街に沈む夕陽が逆さに見えた。叫ぶ声も聞こえる。ああ、屋上に、ふたつの夕陽。永遠にも感じられる一瞬で、俺はたしかに笑っていた。走馬灯には、ひとつの夕陽。



<<場面転換>>

<<数年後、廃ビルの屋上>>


大葉:せんせぇ。ご飯、味しなくなっちゃった……。お酒しか味わかんないの。笑っちゃう。


大葉:(酒を飲む)ああ、まずいなぁ……。


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