第6話 魔法 × ナノテク
「おらぁ!」
気合いと共にカレンの剣がファングをぶった切る。
ほとんど不意打ちに近かったので、一撃でノックダウン。
まだ、かろうじて生きてはいるが、それだけだった。
続けて、リアムが大剣をなぎ払いファングのペアを牽制する。
カレンのように殺す気満々の斬撃ではなく、あくまでもこちらに近寄らせないためだというのは、素人のオレの目でもすぐにわかった。
「領主様!」
2人が前衛で支えている隙にフィオナが精神を集中。
同時にオレの支配下にあるナノマシンが解析不能のエネルギーが空間からしみ出すように湧出していることを教えてくれる。
ピリピリと毛が逆立つような、不思議な感覚。
これが魔力ってヤツか。
たしかにその存在は検知できるのだが、どういう種類のエネルギーかさっぱり見当がつかない。
熱でも運動でも光でもない。
その未知のエネルギー源が空間に直接、作用して空気分子をかき回し始める。
分子の運動がとんでもない勢いで加速開始。
拳大の大きさの空間が加熱されて、炎となる。
おお、ファイアボールか! こうやって、作るのか!
ちょっと感動。
だけど、これならオレでも簡単に再現出来るな。
なるほど。シーワンがほとんど再現出来るっていうわけだ。
エネルギー源は不明だが、それによって引き起こされる現象までは謎現象というわけではないらしい。
「やぁ!」
可愛らしい声と共に拳大の炎が撃ち出される。
ん? これは……ちょっとわかんないな。どうやって移動してるのかが検出出来なかった。
まあ、いいや。
オレはオレのやり方でやれば。
炎の塊が一頭のファングの胸に直撃する。
てっきり、そのまま爆発するのかと思ったがそうではなかった。
炎は消えること無く、グリグリとファングの胸をえぐってゆく。
毛皮と肉の焼ける匂いが立ちこめ、いかにも獣ちっくな悲鳴を挙げてのたうち回り……やがて動かなくなった。
え、えぐいな。灼けた石を押しつけられてるようなもんだ。
「……もう一発」
さらに集中して、呪文(?)の詠唱を始める。
それは言葉というよりも、歌のようにオレには聞こえた。
再び、拳大の空間が赤熱化。
今度はオレもちょっと手伝ってやる。
ナノマシンの分子操作をもってして、同じく空間を加熱。
その運動エネルギーはバケツリレーの要領で周囲の空気の分子運動からちょこっとづつ分けて貰うことで補うことにする。
少し、気温が下がったかな? という気がしないでもないが、それでも拳大の炎の塊が全部で10ほど出来上がった。
フィオナのと合わせると11だ。
残りのファングは4匹。十分だろう。
そのまま、作り出した炎の制御権をフィオナに委譲する。
彼女の脳波から逆算して、彼女の意思に従い自由に動かせるようにしておく。
カンの鋭い彼女なら、自分の変化ぐらいは気がつくだろう。
「お、お嬢?」
ファングを牽制していたカレンが目を丸くしている。
「………………えい」
フィオナはそんなカレンを無視して、なぜか今度は気合いの抜けた声でていっとファイアボールを放った。
カレンの意思に従い、オレの生成した10の炎の塊が4頭のファングにそれぞれ着弾。
あっさりとファングの群れは全滅。
それでも油断なく周囲を警戒していたリアムとカレンは、ややあって肩の力を抜いて構えを解いた。
「もう、大丈夫そうだな。リックス!」
「あいよー。ちょっと周囲を探ってきたけど、もう群れはいないよ。たぶん、こいつらハグレだね。もしかすると、大きめの群れが移動してるのかも」
呼ばれたリックスが身を隠していた木の上から身軽に飛び降りてきた。
まるで、忍者だね。
シーフっていうよりも、そっちの方がよく似合う。
「だとしたら、面倒だな。一応、街に戻ったら知らせておいた方がいいか」
「だね。それにしても……お嬢、いつのまにあんな凄いこと出来るようになったのさ? ビックリしちまったよ」
「…………違う。私じゃ無い」
素直なフィオナは自分がやりました、などとは言わずにじっとオレに視線を注いだ。
「猫さん」
「は? こいつが? 冗談だろ?」
「…………本当。私が作った炎弾は1つだけ。残りは猫さん。はい、お礼」
おお、お魚! 干物!
思わずむしゃぶりつくと、ふんわりと頭をなでられた。
む、結構、猫のあしらいが上手いな。乗せられないように注意せねば。
「マジで本物の精霊様の使いかよ……」
「最初からそう言ってる。お代わりは? いる?」
マジで本物です@シーワン。
まあ、精霊なんかではないけどね。
もっとも、フィオナたちから見てみれば、それはわからないだろう。
あれだ。
クラークの第三法則。
十分に発達した科学技術は、魔法と見わけがつかないってやつ。
逆にフィオナの魔法も、オレやシーワンでは理解出来ない科学技術の産物である可能性も否定出来ないわけだが。
その辺の探究はおいおい、だな。
まずはフィオナたちを助けることが最優先だ。
「ま、ただの猫でも精霊様の使いでもどっちでもいいじゃないか」
リーダーらしく、リアムがそう締めくくる。
「そうだね。ボクとしちゃあ、あそこでもっとお宝を探してくれると言うことないよ。ここ掘れにゃんこっていうじゃない」
リックスの現実的な願望に皆が笑い声をあげた。
◇ ◇ ◇
みなが寝静まった夜半。
見張りのリアムを出し抜いて、オレはそっと近くの泉にまで足を伸ばしていた。
なんのためかというと……
「あーーーー。やっぱ、こっちの方が落ち着くなあ」
そう。
人間の身体にいったん、戻るためだ。
成り行きで猫のまま来たが、あまり猫モードに馴染んでしまうと人間の尊厳を失ってしまいそうでちょっと怖い。
ちなみに年齢は冷凍睡眠に入った時の身体年齢では無く、少し若めに設定してある。
ちょうどフィオナと同じ年齢ぐらいだ。
理由は簡単で、身体を小さく体重を軽くしておけばその分だけ余剰に扱えるナノデバイスが増えるから。
いざという時のためにも、完全制御下のナノマシンは多いにこしたことはない。
ただ、これ以上幼くしても、残念ながらオレのスキルの権限が追いつかない。
実際、猫モードの時はかなりのナノマシンは遊んでいるのだ。
もっと使い込んで権限をアンロックしていかないとな。
そんなわけで、これぐらいのサイズがちょうど良かったりする。
パシャパシャと久しぶりに人間の形態で水の感触を楽しんでいると、ナノマシンのネットワーク網に誰かの気配。
やべ。猫に戻らないと。
すばやく猫に戻るのと、気配の主が姿をみせるのはほぼ同時だった。
「誰?」
その声は紛うこと無き、フィオナの声だった。
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