遠話 -2- クラーダという異常と執事の憂鬱
ナザレ公爵メティーオ三男のクラーダは父から授けられた指示に従い、1人の男を辺境へと派遣した。
むろん、目的はフィオナを拐かす……ありてい言ってしまえば誘拐して自分の元へと連れてくることだ。
「ああ。楽しみです。とてもとてもとても、楽しみです」
うっそりと昏い笑みを貼りつけながらクラーダは何度も何度も繰り返す。
「あなたもそうは思いませんか?」
そう言葉を投げかけた先にうずくまっているのは、1人の少女……いや、少女であったものだった。
すでに彼女が苦痛から解放されて、1ヶ月が過ぎ去っている。
そこにあるのはもはや人の形さえもあやしい、腐肉に塗れた骨でしかない。
にも関わらず……クラーダは昏い目で、部屋に充満する死臭に顔をしかめることもなく、むしろそれが香しいがごとくウットリとした目を向ける。
「ああ。もうすぐ、彼女もあなたのように美しくなる。そう思うとボクは……もう、たまりません。ええ、そうです。そのころにはあなたはもっともっと美しくなっていることでしょうね……」
チラリと背後に目を向ける。
そこには丹念に磨き上げられた人骨が並んでいた。
端的に言って、クラーダは狂っていた。
それはクラーダ意外の全ての公爵家にとっては周知の事実であったが、そのことを指摘する物は公爵を含めて誰も居ない。
ただ、彼を事実上の軟禁として、ときおりこうして気の毒なメイドをあてがうだけである。
もっとも、執事にしてみれば……それにも限度があるわけだが。
奉公元の農民などには気の毒だが事故で死んでしまった。と幾ばくかの見舞金を与えているが、人の口に戸は立てられないものだ。
クラーダの元に奉公に出た……娘ばかりが事故にあったり行方知れずになるとあっては怪しい噂は避けられない。
それだけに、執事としてはこの悪癖はなんとしてでも改善してもらいたかった。
それが無理ならばほとぼりを冷ますまでの時間が必要だった。
それ故にフィオナである。
前大公息女の彼女ならば、クラーダもある程度の我慢が効くのでは無いか……という儚い希望は、だがやはり無理そうだった。
豪奢な一室でクラーダを待ちながら、執事はうんざりとした顔で窓から中庭を見下ろした。
手入れなどされていない、荒れ放題の草地の真ん中に枯れた噴水がポツネンと所在なげに佇んでいる。
かつては大公家の夏の離宮として使われていたこの屋敷も、今では荒れ放題だ。何しろ手入れをするものがいないのだから、どうしてもそうなってしまう。
クラーダの身の回りを世話するものは日替わりで本邸から派遣している有り様で、それも離宮の本邸には足を踏み入れさせない。
小さな離れで食事や入浴などを済ませているのだ。
それで済んでいるのはクラーダが幸いにも人並みの――貴族らしい営みにはまったく目を向けないからに他ならない。
よくも悪くも、クラーダは彼岸の住人であった。
「待たせてしまいました。彼女との語らいが楽しくて……ついつい、時を忘れてしまったものでして。どうか許してください」
「滅相もございませぬ……」
慇懃に頭を垂れて、恭順の意を示す。
もっとも、ことクラーダに関して言えば、これはまったく意味が無いのだが。
「して…………大公殿下のご下命に関しましては、いかがでございましょうか?」
「ええ。すでに辺境へと向かっていることでしょう。それから――あなたには申し訳無いとは思ったのですが、私の独断で使者を増やすことにしました」
「クラーダ様のよろしいように。して、どなた様を?」
「ミスティオを遣わしました。あの男は数少ない精霊魔法の使い手です。フィオナには噂では精霊の加護があるとか……。であれば、あなたの推薦するカムリだけでは手に余る可能性があります」
執事が推薦したカムリというのは、要するに人買いであった。とにかく、人当たりがよく誰でも彼でも丸め込む才能に長けている。
フィオナのような小娘ならあっという間に籠絡するに違いないし、なによりも「生きたまま」という目的がある。
だが、クラーダはそれだけで足りないと考えたようだった。
確かにフィオナに精霊の加護がついている、という噂が事実ならば荒事には向いていないカムリだけでは手に余る。
今日はそのことをクラーダに告げるためにやってきたのだ。
だが、クラーダは執事の目的もその用件も先回りして済ませてしまっていた。
「ご存じでございましたか」
「ええ。それであなたのご用件は?」
意地が悪い。だが、有能だ。
そんなところもメティーオによく似ている。
「いえ。すでにクラーダ様がご対処の由。臣は感服いたしました」
「そうですか。それでは……私の愛しい彼女に会って行かれますか? まだ、お披露目までは少し時間が必要なのですが……他ならぬあなたになら」
「滅相もございませぬ。そのようなご幸甚。臣のみが預かれば嫉妬を呼びまする。さすればどうか、臣のことは」
「そうですね。うかつ、でした。忘れてください。お楽しみは皆と分かち合おうというあなたの忠心を嬉しく思いますよ」
本気で言っているのだ、このクラーダという男は。
本当に心の底から、誰もが腐りかけた死体を美しいと思うと信じている。
執事はうんざりしながら、頭を垂れたまま屋敷を後にした。
再び、貴族サイドのお話です。
大公の意を受けて、いよいよフィオナに魔の手が迫ります。
かなりドン引きなサイコ野郎になってしまいました。
そして、精霊魔法の使い手とは?
タスクとフィオナ。そして公爵のラインが交わるのもすぐそこです。
続きが少しでも気になったり、ちょっとでも続きを読みたいなと思われた場合はブックマークをしていただけると励みになります!
また、評価もしていただけますと今後の展開などの参考とさせていただきますのでよろしくお願いいたします。




