遠話 -1- 陰謀と衰亡の兆し
今回はいよいよ、タスクの子孫たちを陥れた貴族にスポットが当たります。
「断って来た、だと?」
かつての主から奪い取った邸宅の一室で、ナザレ公爵メティーオは不快な報告に苛立っていた。
「…………」
報告をもたらした執事は慇懃に頭を垂れるだけで、無言を保っている。こうした時、主人はいかなる言葉であっても聞く耳を持たないことを骨身に染みて知っているためだ。
こうした場合、とにかく主人の不快の嵐が通り過ぎるのを巌のようにじっと耐えて待つ。それが最良の方法だということを長い主従の生活の中で彼はきっちりと学んでいた。
嵐さえ過ぎ去ってしまえば――有能な人物であることには違いないのだ。その能力が陰謀や暗殺などという負の一面に特化していたとしても、だ。
イライラと豪奢な調度品で彩られた広い部屋を歩き回る。それはメティーオの幼少時代からの……癖と言ってしまって差し支えない。
そして、その歩調を妨げるものに当たり散らすことも。
ガッシャーーーン!
と壺がたたき割られ、窓ガラスに杖が投げ込まれる。
それで気が済んだのか、メティーオはようやく執事に向き直った。
「詳しく話せ」
「は。砂の民が申しますに、彼の者を害する企てには加わることは出来ぬとのことでございます」
「…………アレが何かをしたのか?」
「どうやら、砂長の一族の娘を癒やしたと」
毒の治療を行ったのは、フィオナではなくタスクなのだが、もちろんそんなことは執事のあずかり知らぬことであった。
単純にフィオナが魔術でもって、癒やしを施した程度に思っている。
それが後の不幸に直結することを彼が知るのはまだ先のことであったが、いずれにしろ、そのことを彼は貧苦の中で噛みしめることとなる。
そして、それとは別にタスクが行ったもう一つの奇跡。
泉の奇跡に関してはまったく知らなかった。
これは砂の民がフィオナの身を案じて、隠したためである。
それ故に、メティーオは知るべき情報をこの時点で手にすることは出来なかった。出来ていれば、あるいは運命は変わっていたかもしれないが。
そうならなかったのが、あるいはメティーオの運命であったのかもしれない。
「治癒の魔術か。忌々しい魔女め。それで、砂漠の地虫どもへは?」
「とりあえず、当領地との取引を停止いたしました。さらに砂の民と関係の深い街への税を増やし、功のあったものは増税前の額で据え置きということに」
「まあ、良かろう。それでも態度を改めぬ場合は、さらに絞り上げろ。我が領地が無ければ奴らはいずれゆっくりと干上がるしかないのだからな。しかし……やはり放置は出来ぬな」
放置できぬ、とはもちろん前大公息女フィオナのことだ。
「お館様。1つお伺いしましても?」
「なぜ、私が逆賊の娘の助命を嘆願しつつも、今になってあの娘を始末しようとするのか解せぬ、か?」
見抜かれていた。その怖れに執事はさらに深く頭を下げた。
「そうだな。お前には教えておこう。今後のこともある」
「恐悦に存じまする」
「なぜ、私があの兄の娘を庇ったか? 決まっている。あの娘が逆賊の娘となれば、逆賊の実弟である私も処罰は免れぬ。あくまでも叛意を未然に防いだ……という体でなくてはならんのだ。であれば、あの娘は正式には逆賊の娘ではないのだ。皆、そう思っているが、な」
これがこの男、メティーオの恐ろしい部分であった。
メティーオが実兄である前公爵を陥れ、その地位を奪ったのだ……ということは少し目端の利く者であれば誰もが知っていることだ。
しかし、建前としては前公爵が反旗を翻す直前でメティーオがそれを諫め未然に防いだ……ということになっている。
その後の大公夫妻の事故死もむろん、メティーオの企てである。だがこれも、王家への忠誠と先祖の名を汚さないために泣く泣くしたことである……ということになっている。
少なくとも王家はそのように受け取っているし、他の六大公家も同様だ。
であれば、メティーオを面と向かって糾弾することの出来るものはいない。少なくともこの王国の中には。
だが、闇から闇へと叛意そのものが葬られたということになっているために法的には前大公は逆賊ではない。あくまでも事故死だ。
つまり、フィオナも逆賊の娘とは言えない。
であれば、メティーオが大公家を継承することは出来ない。だからこそ、メティーオは助命嘆願してみせたというわけだ。
逆臣の疑いのある娘であるが、あくまでも疑惑。
であれば、さすがに死を賜るのは忍びない、と。
だが、そのような疑いのある娘が大公家の相続人であることは許されない。
結局、見せかけの忠心と疑惑だけで全てを手に入れてしまった。
「わかるか? あの娘のことを誰もが逆賊の娘であると思っている。なぜだ? 私が助命を願い出たからだ。慈悲をかけられる立場であることを内外に示したからこそ、あの娘は逆賊の娘となったのだ。逆賊の娘だから、助命したのではない」
「……お館様のご深慮のほど。臣はほとほと感服つかまりましてございます」
うむ、と満足そうにメティーオはうなずいた。
「だが、もはやそれも無用だ。あの娘の役目は終わった。しかし……砂の民を動かせぬとなると少し厄介よな」
さすがに公爵家の騎士団を動かすわけにはいかない。そこまでしては話が大げさになりすぎるし、何よりも未だに前大公を慕っているものも少なくないのだ。
うかつにことを大きくすれば、公爵家が割れかねない。
必要なことは事件の風化であり、フィオナの暗殺もメティーオにとっては風聞のタネを取り除く程度の話でしか無いのだ。
「であれば、親方様。クラーダ様にお任せしては?」
「……クラーダ、か」
クラーダはメティーオの三男であり、執事にとっては頭の痛い存在だった。長男は大公家の一員として王都に住まい長く大公領を留守にしている。次男はというと、これも王都の魔術学院に入り浸って滅多に家に顔を出さない。
が、三男のクラーダは未だ若輩の身であり、公爵家で家庭教師につき学問を積んでいる最中である。
ということになっている。
実際にはその性格に問題がありすぎて、王都に出せないというのが正解だった。
とにかく、我慢が出来ない性格なのだ。
メイドを何人も与えているが、みな、壊してしまう。
奉公に出した娘が廃人になるという風評が立てば、これはさすがに大公家の風評にも影響が出る。
おもちゃが必要だった。
それも無残に扱われても、誰からも文句の出ない、大義名分のあるおもちゃが。
逆賊の娘、というのは実にぴったりではないか。
「たしかにアレに扱わせるにはちょうどよいやもしれぬな。が、アレに娘を拐かせる駒があるのか?」
「はい。クラーダ様は無頼……失礼申し上げました。流浪の者を幾人も側に置いておりますれば。そのうちの1人に心当たりがございます」
クラーダが性格に問題があるにも関わらず、廃嫡にならぬは同じような性格のものに対する一種のカリスマ性があるからだ。
なぜか、他人をおもちゃとしてしか見なさないような、そういう輩からは尊敬されているのだ。
今や立派な大公家の暗部の長である。
「よかろう。クラーダにやらせろ」
「はっ」
執事が退室すると、メティーオは荒れ果てた部屋を見回した。
その原因はむろん、砂の民の不服従にある。クラーダというお世辞にも有能とは言えない息子を使わざるを得なかったことも、また、砂の民の不服従が原因だ。
それが落日の兆候であるとは、まだ彼は気がついていなかった……
今回はタスクの子孫たちを陥れた、貴族サイドのお話でした。
まだ、彼らは得意の絶頂にあり破滅の足音が忍び寄っていることには気がついていません……
次回から、またタスクとフィオナにスポットが戻ります。
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