第15話 奇跡完了!
砂漠の男達が呪文? というよりも祝詞のようなものを唱える声が響いている。
時にはゆっくりと時には早く。
それは不思議な異国情緒を感じさせる呪文だった。
どれぐらいの時間が経過しただろうか。気がつけば中天にさしかかっていた太陽の姿が縦穴の縁に隠れて見えなくなったころ。
ようやく、ゆらりと水面が揺らめいた。
「……おいでになられました」
爺さんが囁くようにオレとフィオナに注意を促す。やがて、底の方から巨大な影がゆっくりと姿をあらわした。
「……大きい」
想像以上にデカい。というよりも長い。
オレたちが乗っている舟のゆうに数倍はある。
まっすぐに身体を伸ばすことが出来ず、ゆったりと円を描くように舟の周りを周回中。これ、パクっと来ないだろうな。
こんな小さな舟、一のみにされちゃいそうなんだが。
というオレの心配は杞憂だったようで、爺さんの合図で男が新たな祝詞を唱え出す。二重奏になった歌に誘われるように魚ゆっくりと水面に近づき……
そして、そのまま周囲の水ごと持ち上げられた。
縁日の金魚の入った袋を想像するとわかりやすいかもしれない。
あんな感じの透明度抜群の水風船の中に、リュウグウノツカイのような長ーーーい魚体がゆっくりと円を動きながら泳いでいる感じだ。
じっくりとその長い身体を見ると、サケの稚魚のお腹にくっついてる感じの袋がリュウグウノツカイもどきの腹にもくっついていた。
ただし、色はどす黒い緑でいかにも猛毒注意という感じで染まっている。
「それでは、お願いいたします」
「ん(タスク……これからどうすればいいの?)」
「にゃあん(適当にそれっぽく、さっきみたいに。それに合わせて麻酔するから)」
フィオナの過剰演出呪文が始まった。うっすらぼんやりとフィオナの身体が発光し始めて、妙に神々しいエフェクトがかかる。
結構、お茶目さんだな。
それに合わせて、オレもナノマシンを起動。神魚へと侵入させて、ちょいちょいちょいと麻酔完了。
それにしても……こんな妙な魚みたことないな。
何から進化したんだろうか。というか、確かにこの縦穴はかなりデカいのはデカいけど、こんな巨大魚が繁殖出来るほどのキャパは無いと思うんだが。
地底湖にでも?がってたりするのかな?
ナノマシンを送り込めば、おそらく探査は可能だろうけど、今はまあいいか。いつでもやろうと思えば出来ることだし。
麻酔の効いた神魚はゆっくりと動きを止めると、そのまま剥製のように動かなくなった。麻酔だけではちょっと不安なので、急に暴れたりしないように筋肉への伝達チャンネルも制御してある。
「…………信じられん」
「はい。まるで…………お眠りになるように、鎮められました」
ん? 普段は麻酔の前に一暴れしたりするんだろうか?
もうちょっとダイナミックにやられたーってな感じで大人しくさせた方が良かったのかな。
しかし、それやって毒袋破れたらシャレにならんしな。
まあ、よしとしよう。
(終わったよ。適当に呪文は終わらせて、さっきの宝石を毒袋に埋め込むように言ってくれる?)
(ん。わかった)
フィオナは呪文を唱えおえると、ゆっくりと汗を拭うフリをする。
「終わった……と精霊様は言ってる」
「…………これが精霊の御業なのでございますか」
感極まったような爺さんの声。
「ん。どうして?」
「はい。いつもはもっと時間がかかりまするし、抵抗もされますゆえに。我らにとっては毒の袋でも神魚にとっては己の身体の一部に他なりませぬ。幾度も幾度も同じ事を繰り返しておりますれば、非常に警戒されるのですが…………この目で見ても信じられませぬ。まるで赤子のように眠ってしまわれた」
「ん。それは良かったと精霊様が言ってる」
「おかげで次はあまり警戒されずにすむやもしれませぬ。感謝いたしまする――さ、今のうちに毒袋を取り去るのじゃ」
はっ、と頭を下げた最後の男が懐から鋭いナイフ――というよりも刀を取り出した。恐ろしく鋭く研がれていて、触れただけでも真っ二つなオーラが漂っている。
かなりの業物なんだろうな。
なんせ、神魚の手術用だし。
「それでは……」
「ちょっと待って。精霊様よりこれを預かってる」
キラリとフィオナの手の中で輝くアクアマリン。
「それは…………そういえば、それはどのように使われるのですかな?」
「ええと、それは、その(タスク?)」
「みやう(毒袋の中に埋め込むように指示して。後はこっちで全部やるから)」
「これを神魚の毒袋の中に埋め込むようにって」
「……? はて。毒袋は切り取ってしまうのでございますが」
「いいから、やる。精霊様はそう言っている」
ちょっと強引にフィオナは爺さんにそうたたみ掛けた。まあ、詳しい説明って言われてもフィオナも困るよな。
オレも何も説明してないし。
「…………はあ。よくわかりませんが…………精霊様がそうおっしゃるのであれば。おい」
「はっ」
渋々と言った顔で爺さんが男に命じる。
男は舟から身を乗り出すと、そーっと静かに毒袋の付け根に剣を差し込んだ。つぷりと剣の先っちょが沈み込み、小さな切れ目が入る。
結構、粘度が強いのかこれぐらいの傷だと毒が漏れたりはしないみたいだ。
そして、アクアマリンをぐいっと押し込む。
と同時にオレはアクアマリンを核に多量のナノマシンを送り込んだ。さらにナノマシンに自律制御プログラムを走らせて、オレがここを離れてもちゃんと仕事をし続けるように調整を施す。
さーっと毒袋の色が薄くなっていく。ドブ緑からエメラルドグリーンへ。エメラルドグリーンから完全な透明へと。
「な、なんじゃとッ!!!!! な、な、なにが起こっておるのだ!」
「し、信じられませぬ! 毒袋が……毒が…………ただの水に! あ、あり得ませぬ! あり得ませぬぞ!」
ざわめきを通り越して、ちょっとしたパニックになる爺さんたち。
ちなみにフィオナも予想外だったのか、目を丸くして固まっている。
が、まだやることがあるんだよな。むしろ、こっちの方が重要だ。
【コマンド 報告:毒袋の毒の無毒化による神魚への影響】
【レポート:影響なし。呼称名:神魚と猛毒の袋との依存関係は検出されませんでした。現在、神魚は安静状態で安定。影響はありません】
オレの疑問に対して、即座にナノマシンから返事が戻ってくる。
おk。問題なしっと。
こっちには毒でも神魚に必要な栄養源だったりしたらシャレにならないからな。
【コマンド 実行:無毒化をループ】
【実行完了:稼働可能時間は47,304,000,000秒】
これで、ざっくり1500年は放置しても問題ないはずだ。
(フィオナ。終わった。これで1000年以上は無毒化が続くから、もうしばらくはこんな面倒な儀式は必要ないって伝えて)
(………………タスク、凄すぎる)
んー。巫女役がびっくりしてちゃ困るなあ。
「精霊様からのお言葉を伝える。よく聞いて。ちょっと、その、信じられないかもしれないけど……本当のことだから」
「し、しかし! しかし!」
「いいから、聞いて。精霊様を怒らせたく……ないから」
その一言は絶大な効果を示した。
まるで雷に打たれたように、シンっと静まりかえる。
「も、申し訳ございませぬ。あまりにも、その、信じられぬ光景を見てしまいましたので……。よもや、あの猛毒の毒袋を無毒化してしまうとは……」
「ん。それは半分」
「は、半分でございますと!?」
「ん。無毒化は……1000年以上もつから、しばらくは儀式は不要だと精霊様は言っている」
「せ、せせんねん! で、ござまいすか!」
爺さん、語尾が壊れてる壊れてる。
(短いなら、もっと伸ばせるけど。あと、神魚って代替わりするのかな? だとすると、もう面倒だから水場を永続浄化しちゃうけど。ちょっと確認、お願い)
ぶっちゃけ、毒袋の無毒化は演出だからね。
「足りないなら、もう少し長期間無毒化できるって」
「め、滅相もございませぬ! それでは、もう、我らはこの水場の汚染を心配する必要がないのだということに……」
「それから、あのお魚さんってどれぐらい生きるの?」
「…………我が祖父のそのまた祖父の代から変わらず、生きておると聞いてございます」
まあ、1500年あれば十分か。そもそも、そんなにこの水場を使うかどうかといえば怪しいしね。
「そう。なら良かった……と精霊様は言ってる」
「な、なんというご加護を……なんという奇跡を…………もったいのうございます」
「ん、構わない。それよりも……」
「は! 何なりと!」
「さっきの精霊様の宝珠の依代の宝石。あれは別会計だから、お願い」
「も、もちろんでございますとも!」
ちゃっかりしてるなあ。
さ、これで心置きなく村に行けそうだな。
クエストクリア! なんちゃって。
と1人で戯けていると、ぴろぽーんっとナノマシンの制御レベルが上昇したことを知らせるチャイムが聞こえたのだった。
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