第1話 タスク、未来に目覚める
目覚めよと、呼ぶ声が聞こえる。
オレは暗がりの中でゆっくりと瞼を持ち上げた
「……ここは?」
周囲は完全な闇。自分の身体の感覚さえも定かじゃない。フワフワと浮いているような心地よい感覚だった。
《ここは仮想空間です。今のあなたは身体がありませんので、こうして意識のみを仮想空間で覚醒させて話しかけています》
ふっと闇の中から、1人の青年が姿を現した。
年の頃は多分……オレと同じぐらいだろう。
ただ、不思議な存在感だった。
年齢以外は性別も人種も見当がつかない。
何人にも見えるし、何人にも見えない。女にも見えるし、華奢な青年にも見えた。
「お前は?」
《私は管理知性体、AR850056C1。シーワンとでもお呼びください》
「管理知性体。要するにAIみたいなもんか……随分とリアルだな」
《恐れ入ります》
シーワンが慇懃に頭を下げる。こうして見ていても、まったく普通の人間と見分けがつかない。その仕草も振る舞い方もひっくるめて。
ぼんやりとしていた意識が徐々に覚醒するにつれて、これまでのことを色々と思いだしてきた。
最後の記憶は家族に看取られ、コールドスリープのポッドに入った時のこと。
「そうだ。確か、オレは……」
《はい。タスク様は治療のために冷凍睡眠措置を受けられました》
「ああ、そうだったな。で、こうして覚醒したってことは治療が完了したのか?」
あれから、何年経ったか知らないが……治ったか治る見込みが立ったからオレを覚醒させたんだろう。
だが、シーワンは残念そうに首を振った。
《いいえ。治療方法は発見されませんでした》
「……なんだって? じゃあ、なんでオレを目覚めさせたんだ?」
《タスク様の意識を保持しておける限界点に達してしまったためです。このままではタスク様の意識が消失・再生不能になるため、やむを得ず覚醒させていただきました》
「……マジか」
《大マジです。誠に申し訳ございません》
これは予想外だった。つか……何年経てばそんなことになるんだ?
50年か? 100年か?
ぞっとしながらもオレはこれからオレがどうなるのかを聞いてみた。
「それで、オレはどうなるんだ? このまま……安楽死か?」
オレの病気は進行性のものだった。早ければ数ヶ月。遅くても1年ほどで手足が動かなくなり、目も耳も聞こえなくなり、やがて五感を絶たれた状態で死を迎えることになる。
それぐらいなら……と医者たちが考える可能性は多いにある。というか、そっちの方が自然だろう。
案の定、シーワンはオレにこう告げた。
《タスク様が選べる方法は2つございます。1つはこのまま、意識を閉じて尊厳死を迎えていただくこと。もう一つは……意識を人工の身体に移植し、第二の生を歩んでいただく方法》
「選択の余地がどう考えてもないよな。で、その人工の身体って?」
そこが問題だ。
どうも、シーワンの性能やオレの状態から考えて、オレの生きていた時代からかなり未来らしい。ならば、人工の身体と言ってもそうとう高性能だと期待出来るんだが。
《細胞の代わりにナノマシンで構成された身体になります。五感もタスク様の身体情報より完全に再現可能です》
「マジか」
《これも大マジです》
予想以上というか想像の遙か上のぶっちぎりのスペックだった。
シーワンの言うことが事実ならば、おそらくオレは自分の身体が人工のモノだと認識することさえ出来ないはずだ。
おっけ。
文句なし。
こんな超絶技術が普通に使われる未来となると、オレの生きているうちには絶対に無理だろうと思っていた超光速航行だとか星間国家が実現しているかもしれん。
これはちょっと……いや、かなりワクワクするな!
「わかった。それでいいよ。再生してくれ」
《承知致しました。それでは再生を開始します。タスク様に全ノード管理者権限を委譲。再生プロセスを開始いたします。それでは良いお目覚めを……》
管理者権限を委譲? シーワンの声が遠くなり、オレは再び瞼を閉じる。
新しい世界、来るべき未来に胸を密かに躍らせながら。
そして……もう、妹や家族には会えないのだなと思うとチクリと胸が痛んだ。
◇ ◇ ◇
再び目が覚めたとき、オレはさっきのようなフワフワした感覚では無く、もっと確固たる実在感をもって、この世に存在していることを実感していた。
「…………にぎにぎ」
などと言いつつ、手を握ったり開いたりしてみる。とても人工の身体とは思えない。じっくりみると産毛はもちろん、皺に指紋に全て再現されている。
おまけにそっと触れてみても、ばっちり感覚がある。義手だとか義体なんて可愛いもんじゃ無い。
たぶん、切れば血だって出てくるだろう。完璧だった。
ゆっくりと身体を起こして、周囲を見回す。
病室だとは思うのだが、とてもそうは思えなかった。
オレが寝かされているのはベッドというよりも作業台で、がらんとした部屋の照明は最小限に落とされている。
どちらかというと、アンドロイドでも作っていそうな、そんな雰囲気だ。
まあ……この身体が人工のものだというのなら、あながち間違ってもいないわけだが。
だが、それにしては…………とオレは首をかしげた。
なんというか、全体的に薄暗くて埃っぽくて、端的に言うと研究室とか開発室というよりも――廃墟っぽい。
「誰かいないのか……ん?」
身体を起こそうとすると、かさりと手元に何かが触れた。みると紙切れに《root》とだけ書かれている。
「ルート?」
とオレが呟いた瞬間だった。
いきなり猛烈な勢いで目の前が無数の半透明のホログラフウィンドウで埋め尽くされる。全てのウィンドウの中を猛烈な勢いで文字列がスクロール。とても読み切ることなんて出来ない。
「な、なんだ?」
文字列の奔流はものの十秒ほどで収まった。始まった時と同じように何の前触れも無く、ウィンドウが消え去り、最後にまるでVRのように小さなメニュー画面だけが取り残される。
チカチカと瞬いているのは《ガイドAIコール》というボタン。
もしかして、今のはオレの身体の初期化、みたいなものだったんだろうか。それが終わったので、案内用のプログラムが使えるようになったと。
さすが未来社会。ハイテクだ。
迷うこと無く、ボタンに意識を集中。クリックのイメージ。
ボタンの色が反転して、まるでSF映画の転送のように目の前にシーワンが姿を現した。
半透明で向こうが透けているところを見ると、実体では無くホログラムっぽい。
《再生、おめでとうございます。タスク様。そして、未来の世界へようこそ》
「おう。ところで……ここ、どこなんだ? 人の気配がまるで感じられないんだが」
《はい。この施設に現在、存在している人間はタスク様のみでございます》
え? どういう意味?
《より正確に申し上げますと、現時点で私たち管理知性体が管理者と認識可能な形質を保持しておられるのは全世界でタスク様のみ、でございます》
「ちょ、ちょっとまて。それって、どういうことだよ? もしかして人類が滅亡してゾンビワールドになってたり、猿の惑星になったりしてんじゃないだろうな!?」
《そこまで酷くはございませんが》
そこは否定して欲しかった。
だが、そんなオレの焦りを無視して、シーワンはさらに続ける。
《いずれにせよ、そのような次第でございますので、管理知性体およびナノデバイスの管理者権限をタスク様に委譲させていただきました。ご了承のほどよろしくお願いいたします》
「ナノデバイスの管理者権限?」
《後ほど、改めてご説明いたします。ようこそ、タスク様。西暦13万3654年へ。全人類および全人工知性体に代わり歓迎いたします》
今、なんて言った? じゅ、じゅうさんまん?
ちょっと待て。未来にもホドがあるだろう!
「マジ?」
《これも大マジでございます、タスク様》
……なんてこったい。
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