第5話 大陸暦1210年4月
ヴラジーミロヴィチは、相変わらずナターリエに冷たく厳しく当たる。しかし、その関係には憎悪ではない優しさが感じられる。
「どうしたっ!? お前の復讐にかける思いはそんな程度かっ!!」
顔面がパンパンに膨らみ体中痣だらけ…もしかしたら数本骨にヒビが入っているのではないか? ガクガクと膝を震わせ立ち上がろうとするナターリエに必死に声をかけるアルナウトは、胸が熱くなり…涙でナターリエの姿を見失った。
歯を食いしばるナターリエの鋭い突っ込みからの突きをヴラジーミロヴィチの木刀が体ごと弾く。
「そこまで!!」と教育係モーリスさんの声が高原に響く。
地べたに這いつくばるナターリエは、目線だけをヴラジーミロヴィチに向ける。
「ヴラジーミロヴィチさん。ありがとうございました。先に…国境を超えた騎士団になって待っていてください」
「あぁ。いつまでも待たせるなよ。先にお前の仇をぶち殺しちまうぜ…」
立ち去っていくヴラジーミロヴィチさんの背中を見ながら意識を失った。
◇
目を覚ますと、心配そうな顔でハンプスとアルナウトが駆け寄ってきた。
「二人とも…ありがとう。久しぶりに世話になっちゃったね」
「へへっ。良いってことよ。久しぶりにナターリエの胸見させてもらったぜ。結構…育ってんだな」
「あぁ…。アルナウトに感謝した私が馬鹿だったよ…」
「あのね。肋骨と右腕と左足の親指が骨折だって。モーリスさんが、王都の治癒所に行くまで、絶対安静にしておけって」
「うわっ。私、ボロボロのボロ負けじゃない…」
「仕方ないよ。今は基礎しか習ってないからね。どうしても体躯の差が出ちゃうよ」
「ハンプス…優しく慰めないでよ。最近じゃ、ハンプスにも勝てないんだから…」
私より背の低かったハンプスは、声変わりと共にグングンと背が伸びて、ヴラジーミロヴィチさんの次に体が大きくなっていた。同じく、笑顔が可愛いアルナウトも、凛々しくガッチリとした体つきに変わり、二人とも男の子から男になっていたのだ。
「大丈夫。俺達が守ってやるさ」
「うん。安心していいよ」
嬉しさのあまり「馬鹿! 前までチビ子だったくせに!!」と言ってしまう。しかし、恥ずかしくても体中がボロボロの私は、毛布で顔を隠すこともできなかった。
「はははっ。ナターリエこそ、随分と女っぽくなったな」とアルナウトに笑われた。
そう。どんなに頑張っても、男は男らしく、女は女らしく、育っていくのだ。
腕を組みながら真剣な顔でアルナウトは、「そうだな、ナターリエの腕とか、柔らかくて気持ちよかったな。俺、沢山マッサージしてやるよ」と言い出したので、「ごめん。エロザルはお断りなの。マッサージはハンプスに頼むことにするね」と答えておいた。
「なっ!? なんでだよ!! ハンプスだって、気持ち良いって、絶対に思ってるぞ!?
「思ってても口にしないところが、ハンプスの良いところなの」
「そ、そんなの…ムッツリなだけだろ!?」
「もう…二人とも息がぴったりでラブラブ過ぎて…見てるこっちが恥ずかしい。もういい加減、お互いを好きって認めて、付き合っちゃいなよ」
「「はっ!?」」
本当に自覚がなかったのか、教えてあげたら、急にモジモジしはじめてしまいヘンな空気になってしまったと反省するハンプスだった。