第3話 大陸暦1209年6月
教育施設に来て一ヶ月。たった一ヶ月でも体力が随分とついた。
最初は酷い有様だった。
高低差の多い高原を疾走れば年少組にもついて行けずに途中で棄権し、筋力トレーニングをすれば体が痙攣して言うことを聞かず、食事を摂っても胃が受け付けずに吐いてしまったり、寝て起きても筋肉痛で家事手伝いすらままならなかった。
倒れた私の汗臭い体を拭いたりとか、嘔吐の片付けやら、訓練後のマッサージとか、献身な介護を文句も言わずにしてくれた同期のハンプスとアルナウトには感謝の言葉しかありません。
「二人共…ぐっすん…。ありがとう…」
年少組の仕事である水汲み。三人は湧き水の出る岩場に来ていた。そこで休憩しているうちに、感極まって泣いてしまったのだ。
「訓練中には絶対に泣かないくせに」
「だって…。感謝してんだよ? ぐっすん…。二人が親切で頼もしくて…」
「わかった。わかったから、もう泣くな」
「本当にアルナウトはナターリエの涙に弱いね。だけど一ヶ月で訓練についてこられるって、逆に凄いんだけどね」
「えっ…。二人は…余裕でしょ…私なんて…」
「俺はナターリエより背が低いけど、小さい頃から狩人の父親に鍛えられていたからね。アルナウトだって騎士の父親に鍛えられていたんだろ?」
「アルナウトって貴族なの?」
「親父がな。俺は四男。貴族じゃないよ」
基本的に、国境を超えた騎士団への道を歩み出した者は、死んだ者と扱われ世間から隔離されるのだ。それは家族や友と二度と会えないことを意味していた。それがどれ程厳しい世界なのか? 5つも国がありながら、たった6名しか志願者のいない現状を見ればわかるだろう。
随分と場が湿っぽくなってしまった。毎日の日課の水浴びのため衣服を脱ぐ。一ヶ月も全裸を見ていれば、もう見慣れたとばかりにチラ見すらしなくなった二人。女として見られるのは恥ずかしいし悔しいけど、その態度も気に食わない。
「ハンプス。ほらほら、みてみて、胸筋増えてない? ビルドアップしたした?」
「はいはい。いちいち見せに来なくていいからね」
「ナターリエは俺達にどうしろと言うのだ?」
ハンプスに邪険に扱われ、アルナウトに避難さた。
水汲みから帰る道中に、気になっていたことを質問した。
「ねぇ。いつになったら剣術の訓練するんだろうね?」
「年少組は、やらないぞ?」
「うん、年長組になって、やっと基礎かな?」
「き、騎士だよね? 私達?」
「ここの教育施設の目的は、基礎体力と精神力の向上だからな」
「は、はい!? に、二年も…体力作り?」
「俺達が文句を言っても何も変わらないよ。だって、ずっとそれで国境を超えた騎士団は続いてきたんだからね」
確かに年長組にさえ、体力が追いついてるとは言えない。文句を言っても仕方がないのだ。
国境を超えた騎士団たちは、ある理由により複数のクラスが存在する。例えば、剣と盾を巧みに使う守りの固いグラディエーターや、剣に魔力を付与して攻撃するエンチャンターなどだ。
まだ幼い教育施設の子供たちでは大人になったときの体躯も不明であることと、ある理由により、クラスが選択できないために、剣術の訓練は基本までとなっている。