虐める計画は必要ありません
「今回は名前が少ないぞー」
「ホントだ!二人しかない」
「そのかわり、セットが大変だぞ!」
「はーい、公園の使用許可書、取ってきます」
「ボートのある公園だぞ」
「古着のドレス、OKです」
「すぐ脱げるようにしとけよ」
「潜りの名人、声かけてあります」
「マットも準備できそうか?」
「この日しか無理でした。次の予約が入っているらしくて」
「わかった! それから先に撮るぞ」
「「「「「イエッサー」」」」」
「お嬢様」
私は学園から帰ってきたお嬢様と向き合うとクワっと目を釣り上げました。今からいつまでかかるかも分からない説教時間の始まりです。
発端は、お嬢様の部屋を掃除している時に見つけた紙。それには嫌がらせ計画書と書かれていました。お嬢様が嫌がらせをしたい相手は分かっています。お嬢様の婚約者であるトッシ様の近くにいるミダラという子爵令嬢です。可愛い外見をした女狐。トッシ様の他にも噂になっている男性は全て婚約者がいます。お嬢様はその令嬢の方々と一緒に女狐に嫌がらせをするつもりです。侍女のネットワークを使って、どなたたちとこの計画書を作成したのかは調査済みです。
「なあに?」
お嬢様はビクッと肩を揺らしながら、私が誘導したソファーに深々と座りました。逃がしませんからね。
「これ、です」
ピラリと計画書をお嬢様の前に突き出します。
「あ~!」
お嬢様、減点です。淑女がそんな目を剥いて大声を出してはいけません。
「こんなことしてよいとお思いですか?」
お嬢様は私から視線を逸らし唇を尖らせています。
それも減点です。こんな時は妖艶な微笑みでも浮かべられるように…、お嬢様には到底無理な話でした。
「だって…」
お気持ちは分かります。顔合わせで好感を持ち、それからドンドン好きになったトッシ様が女狐に夢中だから。けれどして良いことと悪いことがあります。
「お嬢様は不幸になりたいのですか?」
ブーと頬を膨らませたお嬢様。やることが幼さ過ぎます。
「まず、この計画書が見られただけで不幸、いいえ、破滅します」
「ただ書いただけじゃない」
ただ書いただけ? それで済まないから説教時間なんですよ!
「まず、この紙一枚で、トッシ様との婚約が無くなります」
お嬢様の顔が真っ青になりました。
「お嬢様がしていなくてもミダラ様が今されている嫌がらせは全てお嬢様がしたことになります」
どうして? て顔されていますね。女狐は邪魔なお嬢様を排除出来て、本当にやっていた人たちは刑を免れます。お嬢様だけ貧乏籤です。
「お嬢様は悪女として、良縁が望めなくなります」
そんな顔をされても、本当ですよ。
「後妻になるか、難ある男性に嫁ぐことになります」
お嬢様はゴクリと唾を飲み込み、ブルリと体を震わせました。たぶん、悪評高い伯爵を思い浮かべたのでしょう。
「修道院に行くことになるかもしれません」
お嬢様には修道院の生活は…、まあ、頑張ってください。毎日過ごせば、おいおい慣れていきます。
「領地に軟禁、貴族籍剥奪して平民、国外追放、娼館行き、極刑で処刑もありえますね」
ブルブル震えてますね。そうなる可能性があるのですよ、実行していなくてもこの紙一枚で。
「もちろん、ご家族にも刑が及ぶ場合があります」
「お父様たちまで!」
そうですよ。ご家族ですから。お嬢様のご家族は大変仲が良いのでお嬢様を切り捨てることなどなさいません。
「悪質とされたら、一家郎党処刑もありえます」
もちろん私たち使用人も、です。
「わ、私、そんなつもりじゃあ」
お嬢様、分かっていただけましたか?
けれど、これからですよ。この計画がどれだけ無謀なのかも教えて差し上げます。
「では、この計画書ですが、お嬢様たちには実行不可能です」
はい、はっきり言わせていただきます。
「池に落とす」
誰が言い出したのですか? こんな恐ろしいこと。
お嬢様は人並みの反射神経も運動神経も持ってないのですよ。突き落とすつもりがお嬢様が池に落ちていますよ。
「お嬢様、池に落ちたらどうなると思いますか?」
この池は、学園のボートを浮かべることが出来る池ですよね? ある程度の水深かあります。
「人は水に浮くのよね」
私って賢いという顔で言わないで下さい。
「はい、重いドレスを着ていなくて、暴れなかったら」
パニックを起こしていたら、お嬢様の膝下の水深でも溺れる人は溺れます。
「水を含んだドレスは凄く重たくなります。ドレスを着ていたら沈みます」
その重たいドレスで水の中をどれだけ動けますか?
「も、もしかして、死んでしまう?」
私は頷きました。もしかしなくても死にます。救助が間に合わなければ。けれど、咄嗟に水の中に飛び込める人がどれだけいるでしょう?
「危ないことを分かっていただけましたか?」
お嬢様はコクコクと頷いています。
「階段から突き落とす」
タイムリーな話ですね。お嬢様の耳にはまだ入っていないようなので、スルーしますが。
「こ、これは、水じゃないから危険じゃないでしょう?」
お嬢様、幼い頃から階段では遊ばないと何度もお教えしましたよね? なら、危なくないなんて思えるのですか?
「階段から落ちて、打ち所が悪いと死にます」
もう一度言います。死んでしまいます。
「軽くて全身打撲」
「前進打撲?」
お嬢様、前に進む打ち身って何ですか?
「全身打撲、落ちた時に体のあちこちをぶつける、ということです」
踊り場から転がり落ちた場合ですけど。転がらなかったら、まっ逆さまに落ちてしまったら? 小説の殺人事件で階段から落とされ頭から血を流している話はお嬢様も読んだことがあると思いますが?
「打ち身、捻挫、擦り傷、切傷骨折、下半身麻痺、全身麻痺、死亡」
軽症から重症までこうでしょうか? 擦り傷や切傷は痕か残るとダメなので軽症でも重症よりです。
「突き落とした時に巻き込まれる場合があります」
ええ、お嬢様の場合、突き落とそうとしてお嬢様だけ落ちていますね。きっとじゃなくて絶対に。運よく突き落とせたとしても一緒に落ちて女狐の下敷きになっている可能性が…、すごくすごく高いです。
「よ、四段くらいの高さなら…」
お嬢様、お嬢様は一段踏み外しただけで額を打ち付けるのですよ。四段もあるなんて恐ろしすぎます。
「やってはいけませんよ」
コクコクと頷いてくれたのでヨシとしましょう。
「破落戸を雇う」
頭か痛くなりました。
誰が破落戸と連絡をとるのですか! 伝など持っていないでしょう。運よく破落戸に会えたとして、身代金目的に誘拐されるのがオチです。いえ、お嬢様は見た目だけは極上品です。商品になる可能性もあります。
「お嬢様、この破落戸は何処にいるのですか?」
「平民の酒場でしょ」
うーん、どう説明しましょう? 酒場は酒場に違いないですが、酒場のランクがねぇ…。
「お嬢様、お話に行けますか?」
お嬢様はコテンと首を傾げました。
「破落戸と交渉しなければなりません。幾ら支払うから何をして欲しいか」
「えっ? 勝手にしてくれるんじゃあ…」
お嬢様、何も知らない人が会っただけで、「はい分かりました」と言うと思いますか? 最初から依頼内容を知っていたら、それはそれで怖いですよ。
「だって、ドレスやアクセサリーを頼む時…」
それは商売人だからです。売りつけたい相手の好みを把握するのは当たり前です。
「依頼しても依頼通り動いてくれるかどうかも分かりません。
お金だけ盗られるならいいですが、反対に売られることもあります」
「うる、売るって何を? 食べ物?」
人に危害を加えることで生活している人たちが、そんな真っ当なものを売っているわけないじゃないですか! あっ、カモフラージュでなら有りですね。
「情報です! お嬢様が人を襲おうとした、と。破滅一直線です」
まあ、このお嬢様が人を襲えなんて依頼できるわけは無いですけど。
「とにかく、これもしてはいけません」
よく分からないという表情をしていますが、コクコクと頷いてくれました。まあ、ヨシとしましょう。
「水をかける、転ばせる、落とし穴に落とす」
落とし穴? 誰が掘るのですか? そんな深い穴なんて掘れないでしょう?
水をかける、お嬢様だけが濡れるでしょう。
転ばせる、お嬢様だけが転ぶでしょう。
「全てダメです」
条件反射になってしまいましたか? お嬢様はコクコクと頷きます。
「持ち物を隠す、持ち物を壊す、教室に閉じ込める」
やっと可愛らしい嫌がらせになりました。
「人の持ち物を勝手に取ることは窃盗になります。壊すのは器物破損に、閉じ込めるのは監禁・軟禁に」
「えっ! 犯罪なの?」
お嬢様、ここに書かれているのは全て犯罪ですよ。
「犯罪に手を染めたらどうなるのでした?」
幼い頃からこんこんと言い聞かせましたよね?
「ねずみや虫がいる薄暗い汚い部屋にお引っ越し」
そうです。″牢屋″という場所に住むことになりますよ。
「じゃあ、ここに書いてあることは全てしてはいけませんよ」
お嬢様はちょっと涙目になりながら、頷いてくれました。
「お嬢様、聞きたいのですが、隣にふられている番号は?」
危険度順ですか?
3.池に落とす
2.階段から突き落とす
1.破落戸を雇う
4.水をかける
6.転ばせる
5.落とし穴に落とす
9.私物を隠す
8.私物を壊す
7.教室に閉じ込める
「それはする順番で…」
はあ? 普通逆からでしょう! 本人に危害を加えるのは最終手段です。
一緒に考えた令嬢の中に女狐を殺したいほど憎んでいる者がいる? わけではありませんね。確実にお嬢様を嵌めるためですね。是非ともお礼を差し上げなければなりません、もちろんたっぷりと盛大に。
「ねえ、ねえ、本当に私、何もしなくていいのかな?」
お嬢様にとって、トッシ様は大切な方ですからね。
「お嬢様。お嬢様とトッシ様の婚約は陛下がお決めになられたもの。そう簡単にどうこう出来るものではありませんよ」
動くとお嬢様だけ怪我をしそうです。
「ご心配なら、旦那様に相談されてはどうですか?」
相手は商売で繁盛しているとはゆえ、子爵の令嬢。侯爵家のこちらから抗議文を送れば、余程の後ろ楯がない限り大人しくなります。高位貴族から睨まれるのは商売人にとって悪手ですからね。
「お父様からは、嫌な噂が広がるけど噂だから気にしないようにと言われているの」
そうですか。旦那様はもう動かれていらっしゃいますか。
「トッシ様からも、仕事で一緒にいるだけだからと言われてて。それでも私に悪いからって一緒にいた時間だけ花を贈ると…」
キャッと頬を赤く染めて。お嬢様たら、可愛らしい。
お嬢様、だから最近トッシ様からの花の贈り物が多かったのですね。心配なされることはありませんでしたね。
私は、さーと血の気が引くのを感じました。昨夜起こったことが噂になっています。きっと、トッシ様が解決してこちらに来られるでしょう。
お嬢様が帰宅されてからどれだけ時間が経ちました? 昨夜の公演は何時間ありました? 一緒にいた時間だけ花が来るのでしたよね?
「急いで屋敷中の花瓶を準備しなさい!!」
「花屋から花が大量に届きましたー(悲鳴)」
遅かった…。
「はーい、終了でーす」
「お疲れ様でした」
「池、ポッチャン役、お疲れ様」
「男だって、分からないように撮れているだろうな」
「あー、胸を作ったパットが映り込んでます」
「もう一回やれるか?」
「ドレスがありませーん」
「鬘も藻だらけでーす」
「寒いです、早く温まりたい」
「上げ底設定にするぞ」
「「「「「イエッサー!」」」」」
「おい、泣いていたぞ」
「春が終わったのでっす」
「短い春だな、何日だ?」
「三日でっす」
「それって、付き合ってたというのか?」
「思いあっていた時間があれば、例え一秒でも・・・・・」
「「「・・・・・・・(そりゃ違うだろ)」」」
「で、お前はどうだったんだ?」
「?」
「玉砕に行ったんだろ」
「終わった過去は振り返らないっす」
「・・・・・(可哀想に)」
「次はあの新人っす」
「・・・・・(切り替わりはやっ)」