第五十四話 茨木童子
大の阪町に入ってはいけないと言われたが···
第五十四話 茨木童子
只ならぬ気配に、与作は訓練中の白鈴と白狼を呼び寄せる。
「翔鬼、どうした?」
「何かあったの?」
「···今、慶臥が心に話し掛けてきたんだ」
「慶臥が?」
「大の阪町にいる茨木童子が俺を殺そうと待ち受けているから、近づくなと言ってきた」
「どうして茨木童子が貴方を狙うの?」
「多分八岐大蛇と繋がりがあるからだろう···茨木童子と酒吞童子は八岐大蛇から生まれたと言っていた」
「「「酒呑童子が??!!」」」
三人は茨木童子の事より酒呑童子の事にショックを受けた。
「そんな話しは初めて聞いたわ。 本当なの?! 堂刹が八岐大蛇から生まれたって?」
「分からないが、慶臥はそう言っていた」
「信じられないわ···それが本当なら八岐大蛇の手先という事も考えられなくもないけど、それなら堂刹に勾玉が付いている事がおかしいわ」
「先ほどの餓鬼のように、味方のふりをしているだけなのではないですか?」
与作が言うが、それは絶対にないわと白鈴が言う。
「それなら堂刹の勾玉が翔鬼の配気に反応して幽鬼の攻撃を無効化できたことが説明できないのよ」
翔鬼は腕を組んで考えていたが、顔を上げる。
「俺は堂刹を信じる。 いくら八岐大蛇から生まれたと言っても、この世界では親子関係などないのだろう? 堂刹が八岐大蛇の手先と決めつける事は出来ないと思うんだ」
「翔鬼の考えも一理あるが、無条件に信じるのも問題だと思うぞ」
「そうよね。 とりあえず堂刹の件は置いておいて、茨木童子が貴方を狙っているって?」
「そうらしい。 でも石魂刀のことを聞きに大の阪町に行きたいし」
「他の町で聞けばいいだろう?」
「もちろんそうだけど他の町での情報が何もなければ? ······与作はその町について何か知らないのか?」
黙って話しを聞いていた与作に振る。
「私は幽鬼が蔓延し始めた時には、旅をやめたので···それに全ての村の位置を知っているわけでもありませんし···」
「そうだよな···とりあえず周りの村で聞いてみてダメなら変装でもして大の阪町に入れば大丈夫だろう」
◇◇◇◇◇◇◇◇
という事で周りの村に聞いて回るが新しい情報はない。 幽鬼に滅ぼされた町があるという事を知っている者はいても、場所まで知っている者はいなかった。
しかし、ある村でその滅ぼされた村の在り処を知っている者を知っているという情報があった。 その者は大の阪町の中央区画にある呉服屋にいる烏天狗だという。
「大の阪町に行かないとダメみたいだな。 でも大丈夫。 俺は···」
翔鬼は青鬼に変化した。
「それなら···」と、白狼は黒い翼狼になる。
「私の美貌は隠しきれないけど、これなら大丈夫かしら?」
白鈴は肩が隠れるくらいの丈の頭巾をかぶると、フサフサな長い二本の尻尾がなくなった。
「わぉ! 白鈴! そんな事が出来るのか。 それなら分かりにくいよな」
白鈴は一周回ってフフンと笑って見せた。
与作は姿を変える必要はないだろう。 どちらにしても変える事が出来ないらしいが、烏天狗や小天狗はみんな同じに見えるし、着ている着物も同じような物ばかりだから、ヘタに変えた方が目立ってしまう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
変化した姿で大の阪町に入った。
「清宗坊様の別邸がありますので、先ずはそちらに参りましょう」
町の入り口は北側にあり、清宗坊の別邸は西の地区にあるそうだ。
ここの別邸もあるのは扉だけで、結界の中に入ると江の坂町の清宗坊邸ほど豪華ではないが結構広く、多くの使用人が働いている。
与作に連れられた翔鬼達を丁寧に持て成してくれた。
別邸の結界内ではいつもの姿に戻って過ごす。
久しぶりにゆっくりした気がする。
少し早い昼食も用意してくれたのでいただき、白狼との二人部屋でくつろいだ。
お腹が膨れた翔鬼は縁側に寝転がって肉味の飴を口に放り込み、横で伏せている白狼の口にも飴を入れてやった。
「なんだかここまで来るのが長かったような短かったような···あっちの時間にするともう直ぐ丸一年が過ぎるのかな?···お母さんは明後日帰ってくるんだけど、それまでに帰れるかなぁ···」
「まだ丸々二日はある。 きっと大丈夫だ」
翔鬼はハァ~とため息をついた。
「本当に帰れるのかなぁ···あぁ~ハンバーグが食べたい···宿題もあと少し残っているのに···うぅ~アイスが食べたい~······」
◇◇◇◇◇◇◇◇
翔鬼はいつの間にか昼寝をしていたようだ。 誰かに蹴られて目が覚めた。
「いってぇ~~、何するんだよ···あ···白鈴」
「いつまで寝てるの? いいかげん起きなさい! 与作と行ってきてあげたわよ」
「どこに?」
「決まっているでしょう! 石魂刀のある村を知っているという烏天狗の所よ」
翔鬼は飛び起きた。
「そうか! どうだった?」
答えたのは与作だった。
「ここから南南東にある山奥の洞窟です。 やはり石魂刀があるかどうかは定かではありませんが[鵺]という妖力の強い妖怪が入り口を護っていて、中に入る事は難しいそうです。
話に聞いた通りに、結界内にいた数百人の村人が全員石にされているそうです」
「またアブラカダブラだな···さっそく行こうか」
「そうね」
「初めから町に入らずに与作にお願いすればよかったなぁ」
「だが、翔鬼は久しぶりにゆっくりできただろう?」
「それもそうだ。 とにかく、二人共ありがとう」
清宗坊の別邸の使用人達にお礼を言って家を出た。
北にある町の入り口に向かっている時、不穏な気配を感じた。
「ちょっと、まずい気がするわ」
「すでに囲まれている」
「···とにかく、与作は先に町の入り口辺りに行って隠れておけ」
「わかりました」
早々に飛んでいった。
直ぐに鬼達に囲まれた。 鬼神が五人もいる。 鬼神だけなら五人でも負ける気がしなかったが、恐ろしい気配が凄い勢いで近付いてくる。 そしてそれは上から翔鬼の目の前にズダン!!と降り立った。
凄まじく邪悪で強大な気配だ。 ワザとなのだろう、自分の【気】を全開していて物凄い威圧感を与えてくる。 そして驚いた事に酒呑童子とまるで同じ顔をしていた。
幻術かと思ったが、まがい物の餓鬼の時とは全然違い、本人の邪悪な妖気であり、酒呑童子の堂刹とは明らかに別人の妖気だった。
···こいつが······茨木童子···
勝てない事は一瞬で察知できた。 白狼などは珍しく耳が後ろに倒れ、。尾を内股に巻き込んでいて、白鈴も何も出来ずにただ立ち尽くす。
翔鬼は完全に舐めていた。
角一本の違いなら、白鈴と白狼もいるのだからどうにかなるだろうと思っていた。
堂刹は気を押さえていたという事は分かっていたはずなのに、五本角の酒吞童子と四本角の自分は大して違わないと思い込んでしまっていたのだ。
翔鬼は恐怖で体が竦み、上手く動く事も出来ずにただ突っ立っている事しかできなかった。
その時、茨木童子の体が一瞬揺れたと思った途端、青鬼の姿の翔鬼の頭を片手で掴んで持ち上げた。 避ける事どころか動く事もできない。
「バレないと思ったか?」
酒呑童子と同じ低い声でそう言うなり茨木童子の拳が翔鬼の腹にズドン!と食い込む。
「ウグッ!!」
その一発で翔鬼の変化の術が解けて、本来の姿を現した。
まだ茨木童子に持ち上げられたまま片手で茨木童子が自分を持ち上げている手を掴み、反対の手で殴られた腹を押さえる。
···ダメだ···殺される···
「クックックッ、妖気を抑えているつもりだろうが、四本角のお前の妖気は分かりやすいんだよ。 こんなに簡単に終わるとは拍子抜けだな」
茨木童子の手に太い刀が現われたかと思うと、翔鬼の心臓めがけてドスッ!と突き刺した。
「グワァァァッッ!!」
なすすべなく刀が体を貫き、血が噴き出す。
「じゃぁな」
茨木童子が翔鬼を横の雑貨屋の中に放り投げると、ガッシャンガラガラ!!と壁も壊して店の瓦礫の下敷きになり翔鬼の体は見えなくなった。
それでも白鈴と白狼は動かない。 いや、動く事が出来なかった。
一人の鬼神が茨木童子に駆け寄る。
「茨木童子様、止めを刺して参りましょうか?」
「捨て置け、じきに死ぬ」
そう言うと、翔鬼を放り投げた雑貨屋を一瞥してから悠々と歩きだし、鬼神や鬼達もゾロゾロと茨木童子と共に離れていった。
翔鬼!!!
何もできず、一突きでやられてしまった!!
( ̄□||||!!




