第五話 玄武
翔太は玄武と言われる者に会うのだか、思っていたのと違う姿に驚いた(゜_゜;)
第五話 玄武
「玄武様って誰だろう?···どこかで聞いたことがあるんだけど···」
「さぁ···」
シロも首をひねる。 その時、翔太がパッと顔を上げた。
「あっ!! そうだ!!」
「どうした?」
翔太の大声にシロはビクッとして振り向く。
「思いだした! お母さんが見ていた韓流ドラマの[太王]何とかに、山ほど大きな玄武という亀のおばけが出てくるんだけど、それと同じかもしれない!
あと、朱雀と白虎と、もう一つは何だったかなぁ······とにかく物凄くデカいのが4匹出てくるんだ! この湖の中にいるのなら、出てくるときにこの辺りは水浸しになるかもしれないよ」
翔太は念のため、シロを引っ張って少し下がる。
しばらくすると緑子が先ほどの場所に顔を出した。
「玄武様が来られました」
来るぞ来るぞ!と、湖の遠くの方ばかり見ていると、近くでポチャンと水音がした。
緑子が出てきた岩の後ろに何かがいる。 それはゆっくりと岩に登ってきた。
短い黒髪で、口元は亀に似て尖り、大きくクリっとした目は思ったより可愛い。
1m程の緑がかった体には黒い亀の甲羅が付いている。 頭の上に皿こそないが···
これってまるで······
「カッパ?! 玄武ってカッパの事?!! って、カッパって本当にいるの? でも、カッパって川にいるからカッパって言うんじゃないの? 湖にいるならミズウミッパ? んなわけないか···ハハハハ」
「これ!! 失礼ですよ!!」
緑子が慌てて翔太を叱る。
「玄武様は先の戦いで神気を吸い取られ、わずかに残った妖気でこの御姿を保っておられるのです! 失礼にもカッパカッパって! 玄武様って言いましたでしょ! それにちゃんと[様]を付けなさい! [様]を!」
すると玄武がハハハハハ!と笑った。
「緑子、良いではないか。 叱るではない」
緑子は「木霊の言う通り無礼な御子だわ」と、ブツブツ言いながら隣の岩に登った。
玄武は岩の上に胡坐をかいて、翔太とシロをじっと見つめた。
「あなたがたが翔太殿とシロ殿ですね。 大変でしたでしょう」
水を被る心配はなかったので、翔太は水際まで近づいて来た。
「うん。 遠かった」
「ハハハハハ、そうですか」
「玄武···様が帰り道を教えてくれるの?···ですか?」
「気にせず、普通に話すがいい」
水かきの付いた手を前に出してピラピラさせる。
「へへへ···」翔太は頭を掻いた。
「今すぐ教えて差し上げたいのですが、こちらに来るのはほんの偶然でも、あちらに戻るのは簡単にはいきません。 そのために先ずはこの世界で過ごす事が出来るように、私の知識を授けましょう」
翔太はゲッ!と言う。 今から勉強ってあり得ないだろう?
「ゆっくり勉強している暇もないし···勉強は嫌いじゃないけど好きでもないし···文字とか漢字とか妖怪と同じかどうかも分からないし···それはちょっと···」
アタフタする翔太を見て、玄武はまたハハハハハ!と笑う。
「御心配には及びません。 一瞬で終わりますから。 翔太様【知識の本】をお受け取り下さい」
そう言うと、目の前に縦横の大きさが50㎝ほどあり、厚みが15㎝以上あるデッカイ本が出てきて玄武の前に浮いている。 茶色いハードカバーのその本の表紙には勾玉が二つ円の中に描かれた太極図が描かれている。
そんな本がゆっくり翔太の前に動いてきた。
こんなにデカい本で勉強なんてできないぞ! 一瞬で終わる訳ないじゃん!! 優しく教えてやると言われても絶対に断ってやる! と、翔太は決意していた。
ゆっくりと近づいて来たその本は、翔太の目の前まで来ると、スッと消えた。 と言うより翔太の体の中に吸いこまれていったように見えた。
「あれ? どうなったの?」
「先ほどの本は【知識の本】といいます。 多くの知識が詰まっているのですが、翔太殿の中に入りました」
「僕の中に?!」
「知識の本は翔太殿が分からない事、不思議に思っていることなどを教えてくれます。 そうですね···あちらに帰ること以外、こちらの世界で何か疑問に思った事はありませんか?」
「時間!!」
翔太はすぐに答えた。 いつまでたっても過ぎていかない時間が不思議だった。 携帯が壊れているかもしれないが、それにしても時間が過ぎなさすぎる。
「では、頭の中で【知識の本】を開いて、時間について聞いてみて下さい」
「知識の本? その本を開くの?」
翔太は心の中で先程の本を思い出してみた。 すると鮮明に頭の中に知識の本が浮かび上がる。
そして頭の中で時間について聞いてみると、わずかに開いた本の中から言葉が聞こえて来た。
《人間界が1日過ぎる間に、妖界では人間界の1年分ほどの時間が流れる。
朝の季節、昼の季節、夜の季節、深夜の季節。
人間界の者の体の機能は人間界の時間の流れに準ずる。
太陽や雲の動きは目視できない。
水の流れは見えない。
風が吹くのは分からない。
雨は霧となって降り注ぐ。
これが人間界と妖界の時の流れの違い》
「難しい説明はよく分からないが、時間の進み方が違うという事はわかった。 という事は···12ヶ月で24時間だから、1カ月が時間で···」
翔太は地面に数字を描いて計算している。
「わかった! 4分でだいたい1日だ! やっぱり丸々3日ほど歩き続けていたんだ···疲れてないけど疲れた」
翔太は座り込んだ。 どうして疲れないのかわからないが、3日も歩き続けていたなんて···
「時間について分かりましか?」
玄武の言葉に翔太は頷き、それを見た玄武は満足そうに頷いた。
「分からないことがあれば大概の事は本が教えてくれます。 私の役目はここまでです。 では、知識の本にこの先どうすべきか聞いてください。 人間界への帰り道に近道はありません。 順番に熟していけばいつかは帰る事が出来るでしょう」
「なんだか先は長そうだなぁ~」
翔太は少しうんざりしてきた。
仕方がないのでこの先どうすべきか本に聞いてみた。
《東の青龍に会い、人ならぬ者の体を手に入れろ》
同時に青龍の場所が頭に浮かぶ。
さっき思い出せなかったもう一人が青龍だったと、翔太は思い出せてスッキリした~と思ったのだが、それより聞き捨てならない言葉を聞いた。
「人ならぬ者の体を手に入れろって?! もしかして僕が妖怪になるの?!」
「どういう事だ? 妖怪になるって?」
今まで黙って見ていたシロが翔太の言葉を聞いて驚いた。
それに答えたのは玄武だ。
「この妖界、妖怪の世界で人間は危険です。 詳しい話しは知識の本に聞いてもらえればいいと思いますが、遠い昔こちらに来た人間達の欲と権力のために妖怪達を二分する戦争が起こりそうになりました。
寸での所で戦いは回避されましたが、それ以来妖怪達は人間を目の敵にしているのです。
そのために妖界にいる間だけでも、術をかけて人ならざる者になった方が安全です」
その事には納得できたシロだが、別の疑問が浮かんだ。
「そうか。 それは分かったが、なぜ私たちにそこまで親切にしてくれるのだ?」
玄武は少し言いあぐねる。
「それは···そのうち分かるでしょう。 それでは御無事をお祈りいたしております」
そう言って、水の中にバシャンと飛び込んでしまい、続いて緑子さんも湖の中に消えていった。
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参考
人間界の一日が過ぎる間に、妖界では一年程の時間が過ぎます。
その時間を大きく四つの季節で表されています。
夜の季節・・・・17時頃から23時頃
深夜の季節・・・23時頃から5時頃
朝の季節・・・・5時頃から11時頃
昼の季節・・・・11時頃から17時頃
人間界の1日が、妖界では一年分の時間が過ぎる。