第三十七話 黒いの
やっと白い糸を見つけた!
待っていろ白狼!!
第三十七話 黒いの
翔鬼は何もない真っ暗な場所に立っていた。
屋内のようだが鬼神の目でもかなり暗くて壁も床もよく見えない。
何も聞こえない静寂が耳を刺し、動かない空気が圧迫してくる。
「白狼ぉ~!! どこだぁ~~?! 白狼ぉ~~~!!」
自分の声だけが響き渡り消えてゆく。
白狼を呼びながら部屋の中を探し回るが何もなく、何の気配もない。
その時突然目の前に扉が現われた。
少し迷ったが、ドアノブに手をかけて回してみるとすんなり開いた。
用心しながら中をのぞく。
「···白狼?···」
当然返事はないが中に入ってみると、後ろでバタン!と扉が閉じる音がして振り返ると、先ほど通った扉が影も形もなくなっていた。
ほんの少し逡巡したがすぐに気を取り直して白狼探しに専念する。
「白狼! どこだ? 俺だ! 翔鬼だ!」
恐ろしいほどの静寂だけが返ってきた。
「そうだ! 糸!」
白狼がいる場所まで案内してくれ! と念じてから周りを見回したが糸は見つからない。
「分かりにくいって言っていたな」
もう一度念じながら部屋の中を探し回る。
その時、床が揺らめいたように見えた。
「ん?」
ジッと見つめる床から何かが出てきた。
それは全身が闇に紛れた黒でよく分からないのだが、小鬼くらいのサイズと形だが頭だけが異様に大きい。 目はあるのかないのかよく見えないが、顔の半分くらいある大きな口の中には鋭くて白い歯がズラリと並んでいるのが見えた。
「なんだこの黒いのは···」
もぞもぞと床から這い出てきて、ゆっくりと翔鬼を取り囲み、いつのまにか5~6体ほどに増えてきている。
こいつらは何だと様子をみていると、気づかぬうちに足元から黒いのが出てきて、大きく口を開けると翔鬼の足に咬みついた。
「いってぇ!!」
黒いのを反対の足で蹴り上げると黒い霧になって消えた。 すぐに別の一体が飛び掛かってきたのを手刀で殴るとまた簡単に霧となって消えていった。
「弱い···しかし···」
翔鬼は翔斬刀に手を伸ばすが、そこには何もない。
「夢の中だから翔斬刀まで一緒に来れなかったのか···では···」
今度は刀を出そうとしたが、そこにも何も現れない。
「そうか、術は使えないって言っていたな。 クソッ」
仕方がないので構える。
それを待っていたかのように黒いのが一斉に飛びかかてきた。 小さいので手で攻撃しようとすると屈まないといけない。 高く飛んで襲ってくるもの以外は足で応戦する。
回し蹴りで3体同時に吹き飛ばし、前に後ろに蹴りを入れるとあっと言う間に倒せた。
「弱いのはいいのだが···」
また闇の中に黒いのが浮かび上がってくる。
心を視ればどこから出てくるのが分かると思ったが···視えない。
心が視えるのは術ではなく鬼神の本質のはずだ。 よく耳を澄ますと何もない心が視えてきた。
そう···心が視えないのではなく、心がないのだった。
時々出てくる黒いのを倒しながら移動するうちに、また扉が現われた。
翔鬼は少し扉を開けたが慌てて閉めた。
その部屋の中はギュウギュウ詰めに扉の際まで黒いのが詰まっていたのだ。
バタンと扉を閉じた途端にその扉はフッと消えた。
「やっべぇ~~···まさかあんな所に白狼はいないよな···」
随分暗いのにも慣れてきたが、気合を入れると少し良く見えるようになる気がしたので気合を···【気】を入れてみた。 するとスッと明るくなり周りが見えやすくなった。
「おぉ···できるじゃん俺···」
見えやすくなった眼で周りを見渡したが、何も変わらない。 何もないのだ。 いや、黒いのが床から這い出てくるのが少し分かりやすくなった程度か···
もう一度白狼の所まで案内してくれる糸が出てくるように念じてみてから見回すと、何かがキラリと光った気がした。
そちらに急いでみる。
「この辺りだったけど······あった!!」
糸と言ってもお母さんがボタンを付けくれる時に使うような糸ではなく、ユラユラと空中を漂う蜘蛛の糸のような恐ろしく細い糸だ。
ともすれば見失いそうな、黒いのと戦う時の風圧だけでどこかに飛んでいくか切れてしまいそうなほど頼りない糸だった。
「絶対見失わないぞ···こっちだな」
糸を道標についていくと、また扉が現われてその中に繋がっている。
糸を切らないようにゆっくりと扉を開ける。
「今度の部屋は黒いのが詰まってなくて良かった」
安堵しながら中に入る。
この扉の中もまた先が見えないほど広い場所だ。
「白狼!! いるか?!」
思念通話で話してみるが、思念通話自体が使えないようだ。
奥の方に伸びている糸に沿って歩いて行くと、遠くの方に何かが見えてきた。 黒い塊がモゾモゾ動いている。
その時、黒いのが足元から出てきた。 蹴り上げると直ぐに消える。 また出てきたのでまた蹴る。
次から次に出てくるので、黒い塊に近付けないが、その塊の中に白い物が見えた。
「おい!! 白狼か?!」
返事はないが心を読んでみた。 白狼だった。
『痛いぞ!···いつまで続くんだ···くそぉ、少しも減らない!』
苦しんでいる白狼の心が視えた。
「白狼!! 俺だ!!」
周りの黒いのを急いで倒すが、とめどなく湧いてくる。
白狼が見えた。 翔鬼の夢で見た時と同じように、白癒羽(翼)がなくて青い模様もない狼の姿なのだが、赤い斑模様になっている。
模様がいつもと変わっているのか? と思ったら、それは模様ではなく血だった。 体中が血に染まっている。
あの豪勢な尾は半分位の長さになっていて、片方の耳はなくなり、右の後ろ脚の膝から下はブラブラになっていて用を足していなかった。
「白狼ぉ!!!」
翔鬼の悲痛な叫びが聞こえたようだ。
「翔鬼? 翔鬼か?」『どうして翔鬼が···来てくれたのか?···よかった』と心が移ってゆく。
「今、そっちに行く! 大丈夫か? 助けに来たぞ!!」
しかし黒いの達は次々に湧いてきて、どうしても近付けない。
「白狼!! もう少し頑張れ!! ウワッ!!」
一瞬白狼に気を取られている隙に左腕に黒いのが噛み付いた。 肘辺りまで口の中に入っている。
「この野郎! いってぇ~~~っ!!」
涙が出るほどの激痛だが手を休めると食われてしまう。
痛みをこらえながら腕に喰らい付いたままの黒いのを殴るうちに翔鬼の腕が千切れた。
「グワッ!!」
全身をデカい金棒で殴られたような痛みが貫いたが、その後はとても熱いが激しい痛みはなくなった。 とにかく腕を庇いながら足で攻撃を続ける。
「白狼! もう少しだ!頑張れ! 一緒に帰って肉味の飴を食おう!」
しかし、返ってきた返事は思いもよらないものだった。
『···俺はもうダメだ···翔鬼、今までありがとう···翔鬼に飼われて幸せだった』
翔鬼に会えて気が緩んだ白狼は、もう楽になりたいと考えた。
「ダメだ!! 諦めるな!! 白狼!! 一緒に帰るぞぉ!!」
しかし、白狼の動きは既に止まってしまっていて、白狼の上に黒いのが山のように群がっている。
翔鬼にも無数の黒いのが止めどなく襲い掛かってきて、近づく事もままならない。
「ダメだ!! はくろぉぉぉ~~~!! 誰か助けてくれぇ~~!! 白鈴! ぬらりひょん!清宗坊! 堂刹!! 誰でもいいから白狼を助けてくれぇ~~~っ!!」
白狼は諦めてしまった!!
誰も助けには来てくれない!!
( ̄□||||!!




