第三話 木の精霊 木霊
妖怪の世界に来てしまった事がどういう事がようやく理解できた翔太は?!
第三話 木の精霊 木霊
翔太はふぅ~~と、大きなため息をついて崖の上から海を見ている。 そんな小さなご主人様の後姿をシロは複雑な気持ちで見つめた。
翔太と一緒なのは嬉しいが、自分のせいでこの異世界に来てしまったのではないか···この先、翔太を自分がちゃんと護ることが出来るのだろうか···
よく見ると翔太の肩が震えている。 泣いているのか···まだ子供の翔太には辛い経験だ。
「···翔太···」
シロは何と声をかけていいものかと言葉を詰まらせていた。
すると翔太が海の方を見たまま、ゆっくりと話し始めた。
「ねぇ、シロ······ここって···もしかすると異世界だよね···」
「そのようだ···しかし私が何としても護るから大丈夫だ」
クルッと振り返った翔太は······笑っている?
「翔太?!」
なぜ笑っているのか分からずにシロは戸惑う。
「異世界って[異世界チート○○士]みたいに、ドワーフとかエルフとかが出てきて、僕がチートな魔術師になってこの世界を救ったりするのかな?!!」
「えっ?」
「獣人とかこの世界にいないの?」
「さぁ···」
「ここでお友達になった人はいないの? エルフとかドワーフとか···」
「エル?···なんだそれは?」
「シロと話しができたり石になっていたりするんだから、きっと何でもありだよね! そうだ! シロは何で石になっていたの?」
「その事を話さないといけないと思っていたんだ。 翔太、よく聞け」
シロは翔太の正面に来て座った。
「富士山の周りに黒い雲が見えるか?」
翔太は富士山の方に目を向ける。 かなり遠くて分かりにくいが、幾つかの黒い雲が麓に見えた。 それはせいぜい50m四方ほどの大きさしかない雲なのだが、脈絡もなくそこにポツンとあるように見える。
「あの雲の下には〈幽鬼〉という化け物がいて、奴は生気や妖気を吸うらしい。 本来所かまわず生気や妖気を吸う奴らではないらしいのだが、何かに操られているかのように吸いまくっていると言っていた」
「生気を吸うの? 吸われたらどうなるの?」
翔太は少し不安そうだ。
「初めは空気が冷たくなってきて、直ぐに体の自由が利かなくなり、最後は先程の私のように石のようになって固まってしまう」
少し翔太が考えていた。
少しは危機感を持ってもらわなければとシロは正直に話した。
「ところで、幽鬼の話を誰に聞いたの?」
気にするのはそこ? と、シロは少し拍子抜けだ。
「〈木霊〉から教えてもらった」
「木霊ってなに?」
「木の精霊だと言っていたが······」
翔太は顔をパッとほころばせる。
「もしかして[転○ラ]に出てくる[樹妖精]のドラ○アドさんみたいなの?」
「ドラ?···よく知らないが···」
「凄くきれいな人なんだ! そんな人が本当にいるんだね! 会ってみたい! どこで会ったの?」
「この辺りだが···」
「私がその木霊よ、フフン」
突然声が聞こえたので振り返ると、後ろの木の枝の上に30㎝ほどの木偶人形みたいなのがいた。 緑の髪が地面に引きずるほど長く、肘丈膝丈の短く赤い着物を着ていて、なにげに自慢げな態度だ。
しかし顔は綺麗とか不細工とかいう以前の問題で、目と口だけを線で描いたような、幼稚園児でも書けるわ! 的な出来だった。
明らかに翔太は落胆する。
「え~~~っ···これが木の精霊?···」
表情は分かりにくいが(なにせ線だけでできているから···)どうもムッとしているようだ。
「白いの、久しいわね」
「いたのか?」
〈白いの〉とは、シロの事のようだ。
「見ていたわよ。 それでその人間は?」
「私の主人だ」
「僕の名前は神木翔太。 よろ···」
「それで一緒にいたのね」翔太の話を途中で遮る「その子が白いのを石から戻したように見えたけど?」
「やっぱりそう思うか?」
「えっ?! 僕がシロを元に戻し···」
「北の湖に行ってみなさい」再び翔太の言葉を聞いていないように話しを被せてきた「あの湖が見える?」
海と反対側に目をやると、遠くの方に水のきらめきが見える。 そこに湖があるのだろう。
「あそこには〈緑子さん〉と呼ばれる亀が棲みついているの。 彼女に会ってみるといいわ」
「えぇ~~···遠い···」
「あちらに戻る方法を探していたでしょ? 白いの」
木霊は絶対わざと翔太を無視している。
「亀に?」と聞いたのはシロだ。
「彼女はもう随分昔にあちらから来たの。 彼女なら何かを知っているかもしれないわ
「ただ帰れなくてこっちにいるだけじゃないの?」
翔太が口を挟むと、木霊はキッと翔太を見てからフッとため息をついた。
「あら、チビの割には鋭いわね。 でも緑子さんは好きでこちらにいると言っているそうよ」
翔太の言葉に初めて反応したが、なぜか険を感じる。
さっき木霊を見てあからさまにガッカリしたからだろうか?
「分かった。 とりあえず行ってみる。 ここにいても埒が明かないからな。 翔太、いいだろ?」
「うん。 行こうか」
「そうそう」木霊は少し嫌みっぽく口の端を上げて笑う「幽鬼も妖怪だけど、他の妖怪達に見つからないように気をつけてね」
翔太はビクッとして振り返る。
「よ···妖怪?!」
「あら、知らなかった? ここは妖怪の世界よ。 そして妖怪達は人間を見つけると喰うか、いたぶってから殺すかどちらかだわ。 せいぜい気をつける事ね」
「木霊! 翔太を怖がらせるな!」
「だって、本当の事だもん···フフフ」
それだけ言うと、木霊はポンと姿を消した。
「ねえシロ。 大丈夫だよね、 人間を食べるなんて嘘だよね」
「分からない。 私もこちらに来てすぐに石にされたから、木霊と幽鬼しか知らない。 でも大丈夫だ。 私が何としても護るから。 行くぞ」
「う···うん」
翔太はシロの首の毛をグッと握り締める。
ここは高台になっているので、先ずは下りなければならない。 それが思ったより大変だった。
もちろん道などない。 丈の高い藪の中を進み、滑りやすい坂道をシロにつかまりながら少しずつ降りていき、倒木があれば越えるか潜るか、遠回りをするか。
いつもならあっという間に下りていた坂道を、苦労しながらやっとの事で下り切った。
ここからまた、森の中を進む。
高い木が生い茂り、太陽の光を遮っていて、森の中は薄暗い。
シロが歩きやすい道を選んでくれているが、平坦な道などない。 低木や丈の高い下草が生い茂り、起伏が激しく倒木があり大きな木の根が幾つも盛り上がっていて越えるだけでも一苦労なのに、それ以外にも大きな岩がボコボコと出ている。
所々幽鬼が枯らしたと思われる木が枯れた道になっているような場所を横切るのだが、皮肉な事にそこだけは少しだけ歩きやすい。
始めはここが異世界と分かって楽しそうだと思ってのだが、アニメの主人公と違う事に今頃気がついた。
アニメの主人公は危機に合っても死なない。 死んだとしても生き返ったりするのだが、現実はそうはいかないのだ。
木霊の最後の言葉を聞いてから、何かに追い立てられるように恐怖が湧き出てくる。
―― 妖怪達は人間を見つけると喰うか、いたぶってから殺すかどちらかだわ ――
まだ11歳の少年にとっては、真っ暗で先の見えないホラーハウスより、この薄暗い森の中が恐ろしかった
―― 怖い 怖い! 怖い!!――
気づくとシロの毛をむしらんばかりに握り締めていた。
「翔太、大丈夫か?」
「う···うん」
「少し休憩しようか?」
そう言われて気がついた。 かなり長い間歩いていると思うのだが一向に疲れていない。
剣道と空手で鍛えてはいるが、春の遠足の時のハイキングコースは、たいした山でもないのに結構疲れて、みんなで文句を言いながら登った覚えがある。
上り坂ではないとはいえ、それよりはるかに大変な道を歩いてきたのに、なんともないなんてあり得る?
まさか実は夢でしたって事はないよな···
「うん···疲れてないけど、ちょっと休もう」
疲れてはいないが、長く歩き続けて気が滅入る。
翔太は盛り上がっている太い木の根に座った。
真夏のうだるような暑さのあちらの世界に比べて、こちらは過ごしやすくて歩き回っても汗も出ない。 熱くも寒くもなく···ノドも乾かず、お腹もすかない?
『本当に夢じゃないのか?···ところで今、何時頃だろう?』
「そうだ!」
携帯を持ってきている。 かなり長い間歩いたのでそろそろ日が暮れるのではないかと思い、時間を見た。
「あれ?···壊れてるのかな?」
確か家を出たのはちょうど[13:00]になった時だ。 なのに今は[13:06]と表示されている。
「6分しか経っていない···シロを見つけた頃には既に3分くらい過ぎていたよな···どうなっているんだ?」
「どうした?」
シロが不思議そうにしている翔太の携帯を覗き込む。
「携帯の時計がおかしいんだ」
「そうなのか?」
しかし当然の事ながらシロには機械の事など分からないし、文字も読めない。
「まぁいいや」
絶対半日は歩いているはずなのに一向に太陽が傾かない。 お腹も空かない。 この感覚や匂いは確かに現実のものだが、リアルな夢もあるだろう。 もしかしたら本当に夢なのかもしれない。
とりあえず、少し休憩した事で翔太は少し落ち着いた。
読みに来ていただいてありがとうございます
(///ω///)♪
翔太とシロを見守って下さいね( v^-゜)♪