第二話 カーテンの向こうは異世界だった
シロのような石。そして聞こえてきた翔太を呼ぶ声?!
第二話 カーテンの向こうは異世界だった
「アッチィ~······」
玄関のドアを開けるとムッとした熱気と、刺すような日射しが翔太に二の足を踏ませた。
手をかざして空を見上げると、雲一つない抜けるような夏空が広がっている。 ジージーと耳の奥まで響くようなセミの声が残暑を一段と厳しくしているように感じる。
翔太の家は小高い丘の上にポツンと建っている。 神奈川の中でも田舎の方なので、近所にはまばらにしか民家はなく、10分ほど坂道を降りた所にコンビニがあり、その辺りから住宅街が広がっていた。
家の前の道は見晴らしが良く、眼下には住宅街が広がり、そのずっと先にはW字になった少し変わった形の海岸線と海が見え、凪いだ波が太陽の光を反射してキラキラ輝いている。
そして右側に目を向けると、威圧するような雄大な姿の富士山が雑木林の上から顔を出していた。
翔太は立ち止まって、いつものように富士山を見上げた。 山頂にわずかに薄い雲を乗せた壮大な富士山がくっきりと見える。
「うん。 今日も綺麗だ」と呟いた。
暑さで道路の路面がユラユラ揺れ、白いガードレールが眩しい。
「しかし暑いな···」
ふう~と、汗を拭って翔太は再び歩き出した。
『······た······』
「えっ?」
その時、誰かに呼ばれたような気がして足を止め、周りを見回したが誰もいない。
「気のせいか···」
翔太は再びコンビニに向かって歩き出した。
『···しょう···』
「えっ? 誰?」また聞こえた。 自分の名前だったようだ。
「誰かいるの?」
雑木林の方から聞こえた気がしたので目を凝らして覗き込んだが、やはり誰もいない。
確かにこっちの方から聞こえたと思い、雑木林に足を踏み入れる。
「誰?···僕を呼んだ?」
それでも返事はなく、蝉の声がジージーとうるさいばかりだった。
「確かに聞こえたんだけどなぁ···」
諦めて戻ろうとした時の事だった。
『翔太!』
今度ははっきりと聞こえた。
翔太は弾けるように振り返ったが、誰もいない。 雑木林の草の中にわずかに上の方だけ見える大きな白っぽい石が見える。
よく見ると、直径1mほどのその石は、まるで誰かが彫刻したかのように、犬が丸まって寝ている姿にも見える。
「···あんな岩なんてあったっけ?···」
そう呟きながら石に近付くと、フワッと薄いカーテンをくぐったような感覚があり、真夏の刺すような日射しがふっと和らぎ、耳を押さえたくなるようなうるさい蝉の鳴き声が突然止んだ。
「えっ? 何?···」
周りを見回したが、今は石の方が気になる。
「まぁいいか···」翔太は首を傾けながら犬のような形の石に近付いた。
近くで見れば見るほどシロの寝姿にそっくりだ。
「まさかシロって事はないよね?」
シロが家に来た時からずっと一緒に過ごした。 学校にいる時以外はほとんど行動を共にしていた。 仲の良い兄弟の様に常に一緒だった。 犬が寝ているような石を見ているうちにシロを思い出して悲しくなってきた。
「シロ······どこに行ってしまったんだよ······」
翔太は屈みこみ、シロのような岩をそっと撫でた。
「優しい人に飼われているといいな···」
屈み込んだまま大きな溜息をついてその岩を見ていると、岩の表面がザワッと動いたように見えた。 翔太は思わず目をこすり岩の表面を見なおす。
すると今度は石全体がザワザワと動き出した。
「わぁ!」
驚いて尻もちをついてしまったのだが、怖いと思う半面、その大きな白い石から目が離せずにいる。 瞬きも忘れてじっと見入っている。
そのうちゴツゴツした石の表面がまるで溶けるように沈んでいったかと思うと、フサフサした白い毛に変わっていき、みるみる白い大きな犬の姿になっていった。
それは見慣れたホワイトシェパードのシロのようだった。
白い犬はゆっくりと頭を上げ、翔太を見つけるなり飛び付いてきた。
「···あぁ、戻れた······翔太! 翔太が私を元に戻してくれたのか?!」
白い犬は尻もちをついたままポカンとしている翔太を押し倒して覆いかぶさり、盛大に尾を振りながら、翔太の顔をベロベロと舐め始めた。
「ちょ···ちょっと待って!···シロ?···シロなの?···」
「そうだ! 私だ! 翔太···逢いたかった!」
「待って、シロ」
翔太はシロの顔を引き離そうとするが、なかなか離れずにいつまでも顔をなめ続ける。
「シロは今···人間の言葉を話しているよ···」
それを聞いたシロは舐めるのをやめて翔太の顔を見つめた。
「えっ?······私の言葉がわかるのか?」
「うん···」
「···もしかして···まだこちらの世界にいるのか···」
シロは頭を上げて翔太の家の方を見た。
翔太もつられてそちらを見ると、確かにあるはずの場所に家はなく、枯れた木が数本生えているだけだった。
「あっ! 家が無い!」
翔太が見上げると、そこにはいつも見ている···いや、つい先ほど見たばかりの富士山が寸分変わらない雄大な姿でそこにある。 どこか知らない場所に来た訳ではないようだ。
「どうなっているの?···そうだ!」
翔太は踵を返して走って道に戻った。しかし先ほどまであった白いガードレールはなく、道の先はただの崖になっている。 その先に広がる街並みがあった場所には、所々に不思議な枯れ木の道がある森が広がっているばかりだった。
そしてその森の先にはいつも見る海岸線がいつものラインで横たわっているのだ。
「家はどこに行ったの? 道は? 街は?···そうだ! あの時、カーテンみたいなものをくぐった時からおかしかったんだ。 急にセミの声が聞こえなくなったし、暑くなくなったし」
シロもハッとして顔を上げる。
「私もカーテンをくぐった! そのカーテンの場所を覚えているか?」
「うん! シロがいた場所だよ。こっち!」
雑木林の場所に急いだ。 家も道もないが地形は同じなので間違いようはなかった。
「この辺だよ」
翔太は雑木林に向かって立った。
ここには道があった。 後ろの白いガードレールが眩しく、夏の終わりを主張するような騒がしいセミの鳴き声が四方から降り注いでいた。
翔太は横に来たシロの首の毛をしっかりと掴む。
「行くぞ」
「うん」
二人は雑木林に向かって歩いてみたが、何も起こらない。
「戻るなら、反対向きに歩かないとダメなんじゃないか?」
「そうだね。 じゃあ、今度はこっちから···」
少しずつ場所を移動しながら何度も往復してみたが、元の世界に戻る事は出来なかった。
「ダメだな···」
「うん···」
何度試してもムダな事に気が付いた二人は諦めた。
どうやらカーテンのこちら側は異世界のようだった。
これから色々な妖怪が登場します!
お楽しみに( v^-゜)♪
読んでいただいてありがとうございました
m(_ _)m